第68回 脳の発達 〜赤ちゃんが獲得したもの① あれなーに?


ロボマインド・プロジェクト、第68弾!
こんにちは、ロボマインドの田方です。

さて、ロボマインド・プロジェクトの目的は、ロボットの心をコンピュータで創ることです。
ロボットの外見を、人間そっくりに作るってのは、世界中でやってますけど、人間の心を創ろうとしてるところは、ほとんど聞いたことないです。

人間そっくりにしゃべるってロボットなら、たまに見るんですけどね。
でも、まともに会話できるロボットは、まだ存在してないです。

2014年に、ソフトバンクのペッパー君が登場したときのことは、僕もよく覚えてます。
孫社長とペッパー君が、ステージの上で流暢に会話してるんですよ。
いよいよ、一般家庭にロボットが入ってくる時代になったんやなぁって、みんな、思いましたよね。
でも、残念ながら、そうはならなかったです。
ソフトバンクショップで、お客さんを案内することすら出来てないのが現状です。

ペッパー君はシナリオ通りにしかしゃべれないんです。
シナリオどおりに答えてくれないと、会話が噛み合わないんですよ。
孫社長と流暢に会話してたのは、孫社長がシナリオどおりにしゃべってただけだったんですよね。

意味は理解してないけど、流暢にしゃべるロボット。
そんなんじゃなくて、ぎこちなくてもいいから、意味を理解して、普通に会話ができるロボット。
そんな心を持ったロボット、なんで、誰も作らないんでしょう?

理由は簡単です。
人間の心なんて、どうやって創っていいか、誰も分らないからです。
僕も、最初はそうでした。
そこで、僕が取ったアプローチは、脳の機能を解明することです。

でも、脳の解明なら、世界中でやってますよね。
CTやMRIで脳を観察して、脳のどこで、どんな処理をしてるかとか。
でも、これでわかるのはそこまでです。
意識や心が、中でどんな処理をしてるのかは、CTやMRIじゃわからないんですよ。

そこで、僕は、逆のアプローチで脳を解明しようとしています。
つまり、外から見るんじゃなくて、中から外を見るんです。
意識や心は、どうやって外の世界を認識してるのかに注目したんです。

問題は、じゃぁ、どうやって、それをするのかってことです。
そこで、最初にやったのが、動物との比較です。
それも単に比較をするんじゃなくて、進化と対比させて比較することです。

生物は、進化に応じて、脳も進化しています。
脳が進化するということは、その脳が、どのように外界を認識するかも変わってきてるはずです。
だから、動物がどのような行動を取れるようになったかに注目することで、脳がどんな機能を獲得したかが見えてくるわけです。

第50回ぐらいからの話がそれにあたります。(サムネとかはいらないかな)
そこでは、魚やカエルからはじまって、哺乳類、ヒトまで、脳がどう進化して、意識は何を獲得したかを読み解いてきました。

その次に注目したのは、人間の脳です。
脳に物理的に損傷を負った人が、性格や人格が、どんな風に変わったのか、自閉症の人は、どんな風に世界を見ているのか、それを見てきました。

そして、その次に注目したのが、ヘレン・ケラーです。
見も見えず、耳も聞こえないため、7歳まで言葉を知らずに育ったヘレン。
ところが、ある日突然、言葉を獲得したんです。
そのとき、いったい、彼女は、何を得たのか。
今まで見ていた世界と、言語を獲得した後にみる世界とでは、何が違うのか。
それについて詳しく見てきました。
こうやって、脳の内側から、世界をどう認識するかを解明することで、人間の心に必要な根本的な機能を探ってきました。

さて、今回は、さらに別の方向から見ようと思います。
それは、脳の発達です。
生物の進化でなく、個体の発達です。
つまり、生まれてから成長する過程で、脳は何を獲得するかを見ていきます。

たとえば、赤ちゃんは、目に見えるもの、何でも触ろうとします。
時には、口にいれます。
このとき、赤ちゃんの脳では、何が起こってるのでしょう?

おそらく、手で触ることで、世界を確認してるんでしょう。
頭の中に、世界を創っているんだと思います。

皿とパンは別の物体だとか。
皿は硬くて、パンは柔らかいだとか。

僕らは、そんなこと、触らなくても知ってます。
触らなくても、見ただけで分かります。

それが分かるのは、頭の中で、皿オブジェクトとパンオブジェクトとがあるからです。
皿オブジェクトは硬くて、パンオブジェクトやわらかいって設定されてるからです。
こういったオブジェクトを作るってことが、頭の中に世界を創るってことです。

オブジェクトっていうのは、プロブラム言語の種類の一つで、オブジェクト指向言語で使われる用語です。
詳しくは、第64回「ヘレン・ケラー② 意味がわかる、分からないってどういうこと?」を見てください。

赤ちゃんは、生まれて1年ぐらい経つと、言葉を話しはじめます。
パパとかママと言えるようになります。
ご飯のことを「まんま」とか、犬のことを「わんわん」とか言えるようになります。

言葉を覚えるとき、最初にするのが指差しです。
指差しができるということは、ご飯とか犬が何を指すか、分かっているということです。
つまり、世界の中に、ご飯とか、犬があるってわかっているわけです。

たとえば、写真のデータは、色の点々の集まりです。
どの点が赤で、どの点が青ってわけです。
写真を色の点々で管理してるだけじゃ、これが犬で、これが地面でって分からないですよね。

指差しができるってことは、世界を点々で管理してるじゃなくて、犬とか地面とかって、分けて管理してるってことなんです。
だから、犬を指差して、「わんわん」って言えるわけです。

ところで、指をさすって、当たり前と思っていませんか?
じつは、指差しができるって、すごいことなんですよ。

たとえば、犬は指差しを理解できません。
あっちにボールがあるよって指差しても、この、指を見たりします。
それから、自閉症。
自閉症の子も、指差しができないって言われています。

犬や自閉症の子も、世界をオブジェクトとして管理しています。
でも、オブジェクトとして認識してるからって、指差しができるわけじゃないってことです。
じゃぁ、指差しができるには、どんな機能が必要なんでしょう?

何か物に注目したとしますよね。
空に何か飛んでるとか。
注目するってのは、あっ、何か飛んでるって、心の中で思うだけです。
指をさすわけじゃないです。

指をさすって、どんな時でしょう。
それは、近くにいる人に教えるときですよね。
「あれ、UFOちゃう?」って。
このとき、指を指しますよね。

つまり、指差しって、相手がいて、初めてする行動です。
コミュニケーションです。
自分が今、注目しているものを、相手にも注目して欲しいときの行動です。

ここ、ものすごく重要です。
自分が見てるものと同じものを、相手にも見て欲しいわけです。
これができるには、相手の立場になるってことができないと無理なんですよ。
「相手の立場になる」ですよ。

世界にある物をオブジェクトとして管理して、それを認識してるのは自分なんですよ。
それは、あくまでも自分だけが認識してる世界なんですよ。
まず、そこを理解しないといけないんです。

今、認識してる世界は、自分だけが認識してる世界だ。
自分以外の人は、同じように認識してるわけじゃない。
じゃぁ、これが理解できるには、どうすればいいでしょう?

それには、自分の外にでないといけないんです。
それが、相手の立場になるです。

自分の外に出る機能。
これって、システムを根本的に作り変えないといけませんよね。
このシステム、夕方までに修正しといてって言ったら、開発者は絶対怒りますよ。
「そんなん、最初っから言っといてもらわんと困りますよ」って。
「既に、稼働してるシステムで、今から、そこ変えるなんて、そんな無茶な」ってなりますわ。
まぁ、よくある話ですけど、そのぐらい、大変なわけです。

自分の外に出るって、別の言い方をすれば、客観的に世界を見るってことです。
これは、第58回「意識に必要な2番目の鍵」で説明した2番目の鍵のことです。

でも、じつは、客観的に世界を見るってだけじゃ、まだ、指差しのコミュニケーションは成立しないんです。
もう一つの重要な条件。
それは、相手も客観的に自分を見る機能があるってことです。

客観的に世界をみる機能がある。
相手も同じ機能を持っている。
この条件がそろって、初めて、コミュニケーションが成り立つんです。

さて、条件がそろいました。
じゃぁ、二人でどうやってコミュニケーション取りましょ?
そこで、必要となってくるのが、「自分と相手が共有できる世界」です。
この共有する世界、それが、客観的な世界です。

自分も相手も、同じ世界を見てたとしたら、あとは、その世界を、別の表現で伝えればいいわけです。
「あれ」といって、指を指さすのが、その指の延長線上にあるオブジェクトに注目するってルールを決めるわけです。
そうすれば、共通の世界で、共通のオブジェクトを注目することができます。

重要なので、もう一度言いますよ。
指差しができるってことは、相手も自分も、どちらも共有できる世界を理解できてるってことです。
逆に言えば、自分だけが認識できる世界と、相手も認識できる世界を区別できてるってことです。
自分が心の中で思ってることは、相手には分からないって理解できてるってことです。

犬を見つけて、単に喜ぶだけなのは、自分の心の中だけの世界です。
犬を見つけて、「わんわん」といって指差しできるってことは、自分の心の世界を、客観的に把握して、それを相手にもわかる客観世界で表現し直してるわけです。

こう考えると、やっぱり、スゴイ機能ですよね。
言語でコミュニケーションするのに絶対必要な、根本的な仕組みってことは、これで、理解できますよね。

最初の話に戻ります。
この根本原理を作らずに、会話ロボットを作ったとしても、会話が成立しないのは、当たり前ですよね。
シナリオを何万、何十万って用意しても、会話が成立しないわけです。

脳の発達から、心の根本的な仕組みを説明しようと思ってたんですけど、今回は、指差しでおわっちゃいました。
この話は、もう少し続ける予定です。

それでは、次回もお楽しみに!