第158回 あっちの世界とこっちの世界を繋げるたった一つの物理法則②


ロボマインド・プロジェクト、第158弾!
こんにちは、ロボマインドの田方です。

あっちの世界とこっちの世界を繋げるたった一つの物理法則。
それは、エントロピーの法則です。
そして、その始まりは、マクスウェルの悪魔っていう思考実験でした。
前回はここまで話しました。

マクスウェウルといえば、理系の人が、まず思い出すのは、マクスウェウルの方程式ですよね。
電磁気学の偉い人です。
それが、なんで、エントロピーって熱力学の思考実験を考えたんでしょう?
疑問に思って調べてみたんですよ。
そしたら、意外なことがわかりました。
エントロピーの法則を提唱したのは、クラウジウスです。
マクスウェウルは、なぜか、このエントロピーの法則が気に入らなかったみたいなんです。
そこで、なんとか、エントロピーの法則が成り立たないことを証明してやろうと思ったみたいで、無理やり考え出したのが、マクスウェルの悪魔の思考実験だったそうです。
意地悪な動機だったんですねぇ。
でも、まさか、解決するのに、100年以上もかかるなんて、本人も思ってなかったでしょうね。
しかも、その結果、物理世界が、思ってもみない世界と繋がってるってことが分かったんですよ。
今回は、マクスウェルの悪魔の解決編です。
まずは、おさらいです。

AB二つの部屋があります。
二つの部屋には、はじめ、同じ温度の気体が入っています。
二つの部屋の仕切り壁には、分子一個が通れる小っちゃいドアがあります。
Aの部屋の温度が高い分子が飛んで来たら、悪魔は、ドアを開けて、Bの部屋に行かせます。
逆に、Bの部屋の温度が低い分子が飛んで来たら、ドアを開けて、Aの部屋に行かせます。
これを繰り返したら、Aの部屋の温度がどんどん低くなって、Bの部屋の温度がどんどん高くなりますよね。
二つの部屋の温度差が開くってことは、エントロピーが減少したわけです。
ドアの開け閉めのエネルギーは無視できるぐらい小っちゃいので0とします。
とすると、エネルギーを使ってないのに、エントロピーが減少したことになります。
これが、マクスウェルの悪魔の思考実験です。

部屋のエントロピーが減少したのなら、どっかでエントロピーが増加してないとおかしいんですよ。
でも、それが分からないんですよ。

この問題が解明されたのは、100年以上経った1980年代になってからです。
エントロピーが増加してたのは、なんと、悪魔の頭の中だったんです。
ここまでが、前回の話でしたよね。

ここから、悪魔が行ってることについて、丁寧に解説していきます。
悪魔が最初にすることは、分子の測定ですよね。
飛んでる分子の位置と速度を観測するわけです。

この問題、長い間、この観測でエントロピーが増加してるって思われてました。
それが、観測ではエントロピーが増えないってことが証明されて、この説は否定されました。

最終的にこの問題を解決したのは、IBMの研究者だったチャールズ・ベネットとロルフ・ランダウアーです。
はい、ここ、気づきましたか?
今、重要なこと、いいましたよ。
どこの研究者っていいました?
IBMです。
コンピュータの会社です。
つまり、この問題を解明したのは、物理学者じゃなくて、計算機学者なんです。
こっから、意外な方向に話が飛びます。

ここで、悪魔をコンピュータで動くロボットとして考えてみます。
ロボットは、まず、飛んでる分子を観測して、条件を満たす分子を発見したら、その位置、速度などの情報を記憶します。
そして、その分子がドアの前まで来たら、その瞬間にドアを開いて、すぐに閉じます。
これで一つの処理がおわったので、記憶してた今の分子の情報を消去します。
なぜなら、毎回、データを消去しないと、メモリがいっぱいになってしまいますから。
この処理を繰り返し行うわけです。

さて、ここで、エントロピーについて復習しておきます。
エントロピーって熱だけじゃなくて、乱雑さにも関係するんです。
コップにインク一滴を垂らすと、インクが広がっていきますよね。
水の中で、インクが一か所に集まってる状態がエントロピーが低い状態です。
コップ全体にインクが広がった状態がエントロピーが高い状態です。
整った状態がエントロピーが低くて、バラバラな状態がエントロピーが高いといえます。
自然は、整ったものがあれば、バラバラになるように変化するわけです。
これがエントロピーが増大するってことです。

これをコンピュータのメモリで考えてみましょう。
いろんな情報が書き込まれたメモリは、乱雑なので、エントロピーが高いって言えます。
何も書かれてないメモリは、一番整理された状態といえるので、エントロピーが低いって言えますよね。
このエントロピーのことを情報エントロピーと呼ぶことにします。

実際、情報理論ではエントロピーが使われます。
情報理論を確立したのは、クロード・シャノン(1916-2001)です。
シャノンは、熱力学のエントロピーの考えを流用して、情報理論を考えました。
だから、情報理論と熱力学のエントロピーは全く同じ数式なんです。
でも、シャノンは、あくまでも、熱力学のエントロピーの考えを流用しただけです。
熱力学のエントロピーと情報理論のエントロピーが直接結びつくって考えてたわけではありません。

ところが、先ほどのランダウアーが発見したのは、この情報エントロピーが物理的に存在するってことなんです。
概念とか比喩としてのエントロピーじゃないってことです。

コンピュータは、メモリをクリアするとき、情報エントロピーが減少します。
すると、情報エントロピーの減少を補うために、メモリのまわりの物理環境のエントロピーが増加するんです。
つまり、熱力学的エントロピーが増加するんです。
熱が発生するってことです。
コンピュータのメモリを消去すると、実際に発熱するんですよ。

わかりますか?
これが、どんだけとんでもない発見かって。

情報処理って、1+1=2とかって計算ですよ。
計算って、この物理世界と何の関係もないですよね。
でも、そうじゃなかったんですよ。
計算が、現実の物理世界に影響を与えるんですよ。
現実の物理世界と、情報の世界が、エントロピーを介して繋がったんですよ。
はい、ここで、ようやく、あっちの世界が何かわかりましたよね。
あっちの世界っていうのは、情報の世界です。
物理の世界と情報の世界がエントロピーの法則で繋がったんです。

それでは、マクスウェルの悪魔の思考実験を、順を追って解説していきます。
悪魔が、特定の分子を隣の部屋に移動させると部屋全体の熱エントロピーが減少します。
その時、悪魔は分子の位置や速度を覚えています。
そして、次の分子の情報を覚えるときに、さっきの分子の情報を忘れます。
すると、悪魔の頭の中の情報エントロピーが下がります。
そこで、それを補うために頭の外の熱エントロピーが増加するわけです。
これで、部屋の減少した熱エントロピーと、悪魔から発生した熱エントロピーのバランスが取れるんです。
100年以上かけて、ようやく、マクスウェルの悪魔が解決しました。

メモリを消去すると熱エントロピーが増加すると言いましたけど、厳密には、入力より出力が減る情報処理をすると熱エントロピーが増加するんです。

例えば、電子回路にAND回路とかOR回路ってありますよね。
これなんか、二つ入力があって、出力が一つですよね。
だから、この回路を通ると、情報エントロピーが減少するので、それを補うために熱エントロピーが増えるんです。
つまり、熱が発生するんですよ。

NOT回路ってのもあります。
これは、1入力1出力です。
だから、NOT回路じゃ、情報エントロピーは減少しないので計算による発熱はないんです。

ただ、メモリやCPUが熱くなる原因のほとんどは、電子の動きによる発熱です。
計算による発熱はわずかなんです。
でも、間違いなく、発熱してるんです。
計算することで、物理世界に影響を与えてることは間違いないんです。

さて、最後になります。
今回、何で、僕がこの問題を取り上げたか分かりますか?
それは、意味理解に通じるからです。
計算だけじゃなくて、文や物語の意味を理解することも情報処理です。
情報を処理するってことは、情報エントロピーが減少することでしたよね。

例えば、推理小説を考えてみましょ。
資産家の主人が殺されました。
誰が殺したか分かりません。
その時家にいたのは、奥さんと、息子と女中です。
よく調べると、それぞれ殺す動機がないわけでもありません。
でも、アリバイがあります。
みたいな話です。

探偵は、いろんな可能性を考えます。
ワインに毒をいれて飲ませたんじゃないのか、とか。
じゃぁ、ワインを飲ませることはできるのは誰だ、とか。
もう、いろんな可能性が考えられるわけです。

ほんで、最後のシーンで全員を呼びだすんです。
淡々と、事件を説明して、最後に、「犯人はお前だ!」って叫ぶわけです。

探偵のあざやかな推理で、いろんな可能性が消えて、正解が一つだけ残るんです。
この時、情報エントロピーがどどどどって消えるんです。
「あぁ、そうか!」って読者が思った瞬間です。
これが、意味理解です。
意味がわかるって、こういう事なんですよ。

そうして、奥様も泣き崩れるんです。
「あなた、ごめんなさい」って。
この時、読者の脳も、ちょっとだけ発熱してるはずです。

意味を理解するには、情報エントロピーが減少しないといけないんですよ。
これを分かってない人が結構いるんですよ。
コンピュータに意味理解させるのにオントロジーっていうのがあります。
単語同士の関係を示したものです。
たとえば、これはラーメンのオントロジーです。

一見すると、こうやって細かく書いていけば、意味が分かるような気がしますよね。
でも、これじゃぁ、意味理解になってないんです。
何でか分かりますか?
これ、どんどん情報エントロピーが増加してるんですよ。
意味を理解するには、情報エントロピーを減少させないといけないんですよ。

重要なのは、どうやって情報エントロピーを減少させるかってことです。
情報を減らすってのは、推理小説なら犯人を捜すってことです。
これは、あくまでも推理小説の例です。
文脈によって、情報の減らし方は違ってきます。
だから、その方法を考える必要があるんです。
でも、意外と、それをやってるとこって少ないんですよ。
どうやったら情報を減らせるかってことは、あんまり誰も考えてないんですよね。

そこで、文脈の意味を、どうやったらコンピュータで理解することができるかって視点で書いたのがこの本です。
「普通に会話ができるドラえもんの心のつくり方」です。
説明欄にリンクを張っておくので、意味理解に興味がある方は読んでみてください。

この動画が面白いと思ったらチャンネル登録、高評価ボタンお願いしますね。
それでは、次回もお楽しみに!