ロボマインド・プロジェクト、第173弾!
こんにちは、ロボマインドの田方です。
今回は、ロボット工学の話から始めようと思います。
ロボット工学とロボマインド・プロジェクトを比較すると、ロボマインド・プロジェクトでやろうとしてることの意味がよくわかると思うんですよ。
ロボットで出来ることは何か、ロボット工学の延長線上に意識は生まれるのかって話をしようと思います。
それでは、始めましょう!
ロボット工学は、1980年代後半に大きな進展がありました。
それは、ロドニー・ブルックス(1954~)が提唱したサブサンプション・アーキテクチャです。
それまでのロボットというのは、中央制御装置があって、センサーからの信号を元に、手足を制御するものでした。
前方に何もないことを確認して、右足を何cm前に動かせ。
右足が地面に着いたら、体重移動して、次は左足を動かせとか。
こうやって、バランスを取りながら歩くプログラムを書いていたんですよ。
あるとき、ブルックスは、昆虫がどうやって歩くのかを観察したそうです。
そしたら、意外と、足を踏み外したり、転びそうになってたそうなんです。
どうも、昆虫はバランスを取ろうとか考えてないぞ。
バランスを取ることより、足を動かすことを優先してるみたいだ。
転びそうになってから、どうすべきか考えてるみたいだ。
そう思って、今までと発想を切り替えたんです。
そうやって作ったのが6本足のロボット「ゲンギス」でした。
このロボットは、でこぼこの地面を歩けるロボットです。
このロボットは複数の層で制御されてて、一番下の層が、足の動きを制御します。
足の動きは、いくつかのパターンがあります。
前に進むとか、バックするとか、横歩きするとかです。
どこどこに行けといった命令が上の層から、下の層に出されます。
それを受けて、下の層は、前に動くパターンで足を動かします。
でも、何かにぶつかったりして、前に進めなくなると、足の動かし方のパターンを変えるんです。
これ、どういうことか分かりますか?
足をどう動かすかとか、下の層が決めてるんです。
つまり、下の層の方に、行動の決定権があるんです。
上より下の方が決定権があるんですよ。
中央集権じゃなくて、地方が勝手に好きなようにやってるって感じです。
中央に、全体をコントロールする、でっかい脳がないってことです。
この方法で作ると、今までのロボットより素早く動けるようになったそうです。
プログラムのサイズも1/1000に小さくできたそうです。
ただ、このアイデアは、最初は人工知能の主流派からは無視されたそうです。
人工知能の大御所、マービン・ミンスキーからは「ミミズに対しては90%正しいが、人間に対しては話は別である」って批判されたそうです。
でも、その後、この考えが徐々に認められるようになりました。
そして、ブルックスが1991年に設立したロボットの会社がiRobot社です。
iRobot社、聞いたことありますよね?
そうです。
ルンバです。
この方式が、ロボット工学の主流となったんです。
さて、次は、ロボマインドの話です。
ロボマインドでは、まず、世界をどうやって認識するかから考えます。
僕は、世界の認識の仕方には二種類あると考えています。
一つは客観的な認識で、もう一つは主観的な認識です。
客観を突き詰めたのが今の科学です。
そして、科学は主観を排除しました。
でも、人は、世界を主観で認識しますよね。
僕は、この主観からみた世界をコンピュータで再現しようとしてるんです。
主観は、目や耳からの情報で世界を認識します。
重要なのは、頭の中に、先に感覚があることです。
目や耳が刺激に反応しても、それを、意識が認識できる情報に変換しないと、意識は感じれないんです。
つまり、意識が認識できる情報ってのが、先に頭の中にあるわけです。
それが、色とか音とか触覚って感覚です。
五感です。
五感で主観世界は組み立てられるんです。
これで、意識は世界を認識することができます。
世界を認識したら、次は、世界に対して働きかけます。
働きかけるのは体です。
意識は、体を使って世界に働きかけることができます。
五感と体、これが外の世界と主観世界を繋ぐ架け橋となるわけです。
これらが、主観世界を作る材料となっているとも言えます。
前回、第172回「意味が分かるって、こういうことだったのか!」は見てくれましたか?
前回、マインド・エンジン第11弾のデモをお見せしましたけど、そこで、「こする」って動詞の意味を定義しました。
接触センサーがいっぱい張り付いたブロックを使って、センサーの反応パターンで、「こする」の意味を定義しました。
なんでこんな方法で定義したかっていうと、接触系の言葉は、皮膚感覚で理解するからです。
主観世界は、五感で作れれてるっていいましたよね。
言葉は、主観が認識するものです。
だから、「こする」って動詞も主観世界の材料で作られてるはずです。
それが、皮膚感覚です。
つまり、このブロックは、皮膚を模したもので、皮膚をこすった時の感覚で「こする」って言葉の意味を定義してるんです。
人は、頭の中に、こういった主観の部品をいっぱい持ってるわけです。
目で見た世界に、そんな部品を当てはめて主観が見る世界はつくられてるわけです。
なぜなら、意識は、主観の部品で作られたものしか感じれないからです。
ここ、分かりにくいと思うので、もう少し丁寧に説明しますね。
目で見える世界って、単に、見えてるだけじゃないんですよ。
僕は、図書館とか本屋さんの本棚のようなのをイメージしてます。
本棚には背表紙じゃなくて、表紙の方をこっちに向けて並べてあるんです。
たとえば、目の前に机と椅子があるとするでしょ。
この場合、本の表紙に貼ってある机とか椅子の写真をこっちに向けて見せてるって感じです。
中身は本というより、コンピュータソフトの方が近いです。
本屋というよりゲームショップですね。
認識できるもの、一つ一つがソフトのパッケージと思ってください。
机、椅子、壁、天井ってソフトがあるわけです。
ほんで、そのパッケージで、隙間なく、世界は埋め尽くされてるんです。
ここまで想像できましたか?
ここにボールペンがありますよね。
これも一つのソフトです。
ボールペンなんで、紙に線を書けますよね。
それが、ソフトの中身です。
目が知覚してることって、赤緑青の3色の点です。
何百万、何千万って色の点です。
そこには、紙に書くって情報は含まれてないですよね。
書くって動作は頭の中にあるわけです。
書くって動作が、ソフトの中身です。
外にあるのは、単なるパッケージです。
ここで、一回、目を閉じてみてください。
ボールペンが見えなくなりましたよね。
でも、ボールペンで書くところは想像できますよね。
目を閉じても想像できるボールペンの動き。
これが、ボールペンの正体です。
ボールペンの本質です。
はい、目を開けていいですよ。
目を開けて見えるボールペンってのは、ボールペンの本質に、目で見た、見た目を投影したものです。
これ、どういうことか分かりますか?
目で見えてるものは幻想なんです。
本質は、目に見えない方なんです。
目で見える方を客観って言います。
目で見えない方を主観って言います。
科学が扱うのは、目で見える方だけです。
科学は、目で見える方が本質です。
科学だと、目で見えない方は幻想です。
でも、主観からみると、目で見える方が幻想です。
これは、どっちが正しいとかじゃないと思います。
どっちの見方があってもいいと思います。
ただ、今まであまりにも主観世界を排除してきたので、主観世界については、ほとんど何もわかってないだけです。
僕は、その主観世界を、少しずつ解き明かそうとしてるわけです。
まとめますよ。
頭の中にはいろんなソフトの中身が格納されてます。
目に見えるのは、ソフトのパッケージです。
ソフトのパッケージを隙間なく貼り付けて世界を作ります。
世界をつくってるのは無意識です。
こうやってできた世界を認識するのが意識です。
だから、気になるパッケージがあれば、中のソフトを再生します。
ボールペンのソフトの中身は、書くって行動です。
書くっていうのは、手でボールペンを握って、こうやって紙に書くとかです。
動作です。
体を使って理解するわけです。
体とか、五感ってのが主観世界の材料でしたよね。
つまり、体とか五感を使って、ソフトの中身がつくられてるわけです。
これが主観世界の全体構造です。
こんな仕組みがあるから、ボールペンで手紙を書こうかなとか、あの人に、ボールペンをプレゼントしようとかって、いろいろ想像できるわけです。
想像するってのは、ソフトの中身を再生するのと同じです。
再生したソフトを認識するのは意識です。
いろんなソフトを組み合わせて再生したりもできます。
ソフトの中身は、体の動きや、感覚で作られてるので、そのまま行動することもできます。
行動でなく、内容を表現することもできます。
それが言葉です。
言語です。
そろそろ、最初の話に戻ります。
今のロボットは、中央集権でなくて、足を制御する方が優先されてるって言いましたよね。
つまり、頭で考えて動くんじゃなくて、環境に合わせて手足を動かすわけです。
このタイプのロボットだと、行動は環境が決めるとも言えます。
それじゃぁ、人間の場合はどうでしょう?
主観が感じるのは環境だけでしたか?
違いますよね。
環境は、ただのソフトのパッケージです。
主観は、パッケージも見ますけど、その中身も認識します。
それから、中身を自由に再生したり、組み合わせることもできます。
それが、頭の中で想像するってことです。
想像した中から、その人にとって、最適な行動を選びます。
それは、自分に得になることだったり、相手が喜ぶことだったりします。
人によって、正確によって、行動が変わるわけです。
つまり、同じ環境でも、人によって行動や意見がちがってくるんです。
ミンスキーの、サブサンプション・アーキテクチャでに対する批判を覚えてますか?
「ミミズに対しては90%正しいが、人間に対しては話は別である」って言いましたよね。
この批判、やっぱり当たってるんですよ。
昆虫みたいなロボットを作りたいなら、このやり方でも問題ないです。
でも、人間のような心をもって、会話したり、悩んだりするロボットをつくるなら、主観を作らないといけないんですよ。
ドラえもんを作りたいなら、サブサンプション・アーキテクチャじゃできないんです。
主観をコンピュータで再現しようとしてるのは、世界でも、ロボマインド・プロジェクトだけです。
はい、この動画が面白いと思った方は、チャンネル登録、高評価お願いしますね。
それから、今日話した内容は、意識の仮想世界仮説が基になっています。
意識の仮想世界仮説に関しては、この本に詳しく書いてあります。
説明欄にリンクを張ってあるので、興味がある方は、ぜひ、読んでみてください。
それでは、次回もお楽しみに!