第262回 左腕が自分じゃないって、どういうこと?


ロボマインド・プロジェクト、第262弾!
こんにちは、ロボマインドの田方です。

前回は、左側を無視する半側空間無視の話をしました。
今回は、無視じゃなくて、否認です。
今回も、ラマチャンドラン博士の「脳の中の幽霊」から引用してます。
右脳が損傷すると、左半身が麻痺することがあります。
そして、まれに、麻痺したことに気付かなかったり、否認することがあります。

ある人は、左半身が麻痺して寝たっきりです。
その人に、博士が「右手で私を指差せますか?」って質問すると、ちゃんと指差します。
今度は、「左手で指差せますか?」って聞くと、「じつは、ひどい関節炎で、手を動かせないんです」といったりします。
中には、「両手効きじゃなくて不器用なんです」とか、意味の分からないことを言う人もいます。
ひどい人になると、「はい、今、さわってますよ」って答える人もいます。
でも、その人の左腕はベッドに置かれたままです。
こういった症状のことを、疾病失認と言います。

それから、麻痺した自分の腕を、自分の物でないと断言する人もいます。
博士が、麻痺した女性の左腕を持ち上げて、「これは誰の腕ですか?」って尋ねると、「兄の腕です」って平然と答えたそうです。
「なぜ、お兄さんの腕だと思うんですか?」って聞くと、「大きくて毛深いからです」って答えるそうです。

これは、自己身体否認と言います。
右脳が損傷すると、ごくまれに、こんな症状が出るようそうです。
これが、今回のテーマです。
自分の左腕が自分じゃないって、どういうこと?
それでは、始めましょう!

さて、自分の体が麻痺してることを頑なに認めないって、どういうことでしょう。
これは、自分の体は、問題ない、麻痺など存在しないって信じてるわけですよね。
つまり、そういう信念を持ってるってことです。

重要なのは、ここです。
信念です。
「正義は必ず勝つ」とか、「自分は、クラスで一番足が速い」とか、人は、いろんな信念を持っています。
その一つが、自分の体は問題ないって信念です。

今回の話が重要なのは、心の話に踏み込んだってことです。
前回の半側空間無視は、人は、空間をどのように認識するかって話でした。
空間認識なら、まぁ、今のロボットでもやってることです。
でも、今回は、信念ですよ。
人は、何を信じて、何を守ろうとしてるのか。
空間認識のレベルから、心で何を感じてるか、一歩、踏み込んだ話になります。

まず、そもそも、信念を持つって、どういう事なんでしょう?

「自分はクラスで一番、足が速い」って信念を持ってたとします。
ところが、ある日、転校生がやって来て、あっさり、抜かれてしまいました。
自分が一番速いって信念が崩れたわけです。
でも、そんなこと、認めたくないですよね。
それで、「昨日は、足をくじいて調子が悪かった」とか、「じつは、風邪をひいてひどい熱があった」とかって言い訳をするわけです。
これって、自分の信念を維持しようとしてるわけですよね。
「ひどい関節炎で、手が動かせないんです」って言うのと同じですよね。

この信念って、目で見えないですよね。
じゃぁ、目で見えない信念を、どうやって持つことができるんでしょう?

まずは、人がどうやって世界を認識するのかからおさらいします。
人は、目で見た世界を頭の中で仮想世界として構築します。
意識は、この仮想世界を介して現実を認識します。

仮想世界というのは、コンピュータだと、3Dオブジェクトでつくれます。
リンゴオブジェクトなら、見た目だけじゃなくて、中に種があるとか、甘いとか、そんな、いろんな情報と結びついています。
つまり、見た目では分からない、いろんな情報が関連し合ってるわけです。

自分もオブジェクトです。
自分オブジェクトには、名前は誰々だとか、どこに住んでるとか、クラスで一番足が速いとかって情報が関連してるわけです。
そう言った情報の集まりが自分なんです。
そして、こういう風に、ものごとを関連付けて考えるのが左脳です。

関連の中には、AすればBとなるって、原因結果も含まれます。
AすればBとなる、BすればCとなるって理屈で考えること、これも、左脳の得意な機能です。

さて、目や耳などの感覚器で知覚したもので仮想世界はつくられます。
仮想世界は、様々なオブジェクトが関連し合って作られます。
知覚情報と、それに関連するオブジェクトの組み合わせから仮想世界を組み立てるとすると、いくつもの仮想世界をつくることができます。
仮想世界って、意識にとったら現実そのものです。
もし、いくつもの現実世界があったら、どれが本当の現実か、意識はこんがらがってしまいますよね。
だから、左脳は、現実世界を一つに絞るんですよ。
じゃぁ、どの一つに絞るんでしょう?
それが、自分が信じてる世界です。
つまり、信念です。

自分は、クラスで一番足が速いって信念を持ってるとします。
それが、転校生にかけっこで負けるとか、信念に合わない状況が出てきたとします。
そんな場合、何とかして、自分の持つ信念を維持しようとするのが左脳です。
だから、「あの時は、調子が悪かっただけだ」って理屈を考え出すわけです。
理屈を考えるのは、左脳の得意なとこです。
そうやって、自分の信念を維持するわけです。
これが、左脳の役目です。

システム工学には、ロバストって言葉があります。
外乱やノイズがあっても、システムを安定して維持することをロバストって言います。
たとえば、小さな船だと、ちょっとした波で大きく揺れますけど、大型の船だと、多少の波じゃ揺れないですよね。
こういうのをロバスト性が高いとかって言います。
そう考えると、信念のロバスト性を担保してるのが、左脳の役割と言えそうです。

でも、そうはいっても、信念がいつも正しいわけじゃありません。
いつかは、自分の信念を変えないといけない状況が来ます。
それを促すのが右脳の役目なんです。
右脳の役割って、たとえて言えば、アンデルセンの『裸の王様』で、「王様は裸だ」って指摘する子供みたいなものです。
町の大人たちは、「さすが、王様ですね」「おしゃれなお召し物ですね」って無理やり言ってるわけです。
これは、「自分はバカじゃない」って信念を維持するために行ってるわけです。
それに対して、「なんかおかしない?」ってシステムに揺さぶりをかけるのが右脳です。
頭の中の仮想世界は、今までの世界を維持しようとする左脳と、それを壊そうと揺さぶりをかける右脳のバランスで成り立ってるわけです。
そして、右脳の揺さぶりで仮想世界が壊される、つまり、信念が崩れたら、新たな仮想世界をつくり直さないといけないんです。

つまり、「自分は、もう、クラスで一番足が速いわけじゃない」って現実を受け入れることです。
「もう、運動会でヒーローになれない」とか、「女子からちやほやされない」ってことを受け入れるってことです。
その上で、次の一歩を踏み出すんです。
走る練習をして、再び一番を目指すとか、かけっこが無理なら、勉強で一番になってやれと勉強に励むとか。
または、どうせ、俺なんて、何をやっても一番にはなれないってふて腐れて、不良になるとか。

どれも、新たな信念です。
そして、新たな信念が、次の一歩を決定します。
次の一歩が、新たな自分をつくり出すわけです。
これが成長です。
これが、人間の心です。
右脳は、心の成長に欠かせないとも言えます。

それじゃぁ、その右脳の持つ信念に揺さぶりをかける機能が停止したら、どうなるんでしょう?
どこまでも、信念を維持することになるんでしょうか?
はい、そうです。
それが、疾病失認とか自己身体否認です。

左腕が動かなくても、何としても、それを認めないわけです。
「関節炎で腕が上がらないんです」とかって理屈をつくり出すわけです。
「左手で、先生の鼻を触ってますよ」って、見えてもない幻覚が見えるようになるんです。
それが、疾病失認です。

信念を維持するには、別の方法もあります。
それは、動かない自分の左腕は、自分の腕じゃないって思う事です。
「この腕は、兄の腕です」とかっていうわけです。
これが、自己身体否認です。

ここで確認したいのは、はたして、本人は本当に、そう思ってるのかってことです。
つまり、無意識では、気付いてるんじゃないかってことです。
ラマチャンドラン博士は、それを確かめる実験をします。

まずは、コップが載ったお盆を、その人に手渡す実験をします。
普通なら、お盆を両手で持ちますよね。
もし、左手が動かないことを知っていたら、右手だけでお盆を持ちますよね。
右手だけで持つとしたら、お盆の真ん中を下から支えないといけません。
はたして、疾病失認の患者の右手は、お盆の右端を持つか、真ん中を支えるか、どっちでしょう?

実験の結果、疾病失認の患者は、どの人も、お盆の右端を持って、コップをひっくり返したそうです。
このことから、本人は、左手が動くと、本当に思ってるようです。
そこで、もう一つ実験しました。

次の実験は、報酬を与えることにします。
一つは、電球を交換できたら5ドルあげます。
これは、右手だけでできる簡単な作業です。
もう一つは、靴の紐を結べたら、10ドルあげます。
これは、報酬は高いですけど、両手を使わないとできない難しい作業です。
さっそく、疾病失認の患者に試してもらうと、どの人も、報酬の高い靴の紐を結ぶ方を選んだそうです。
もちろん、靴紐を結べません。
この実験からも、やっぱり、本人は左手が動くと思ってるようです。

次に、翌日、この実験のことを尋ねます。
「昨日、何をしたか覚えていますか?」
すると、「はい、覚えてますよ。靴の紐を結べるかの実験をしました」って答えます。
つぎに、「ちゃんと、結べましたか?」って聞くと、
「ええ、もちろん。両手でちゃんと結べましたよ」って答えます。

ここで、奇妙な点が二つあります。
一つは、結べてないのに結べたって答えてることです。
これは、自分の信念を維持するために、記憶を書き換えたんでしょうね。
問題は、もう一つです。
気づきましたか?

それは、「両手でちゃんと結べましたよ」って答えた点です。
靴の紐を結ぶのに、普通、「両手で」って言いますか?
わざわざ、「両手で結んだ」なんて言わないですよね。
つまり、「両手で」なんて言葉が出てくるってことは、左手が動かないってことを、無意識で隠そうとしてるってことのようなんです。
どうやら、本人の意識が気づかないところでは、左手が動かないことに気付いているようです。

さすが、ラマチャンドラン博士、なかなか鋭いですよね。
でも、これだけで終わりません。
博士は、なんとかして、本人に事実を認めさすことはできないかって考えます。

左手が動かないことを認めないのは、左手が動くって信念が邪魔をするからですよね。
それじゃぁ、左手が動くって信念を維持しつつ、左手が動かないって状況を作れば、本人も認めるんじゃないでしょうか?

そこで、博士は、新たな実験を考えました。
それは、腕が動かなくなるニセの麻酔注射を打つことです。
単なる生理食塩水を用意します。
そして、「この麻酔注射を打つと、腕が動かなくなります」と説明して、左腕に打ちます。
その上で、「左手を動かせますか?」って聞きました。
さて、何と答えたでしょう?
「動きません」って答えたんです。
あれだけ、頑なに認めなかった左腕の麻痺を、あっさり、認めたんです。

なぜかわかりますか?
それは、左手が動かないのは、麻酔注射を打ったことが原因だからです。
つまり、本当は左手は動くって信念は維持できてるんです。
だから、あっさり、動かないことを認めれたんです。

念のため、普通に動く右腕にも同じ注射を打ってみたそうです。
そしたら、右腕には全く効かなかったそうです。

さて、右脳と左脳の役割の違いがわかってきたでしょうか?
左脳は信念を作り上げて、右脳は、その信念が間違ってないか、常に、疑問を投げかけます。
じゃぁ、なんで、こんなややこしい仕組みになってるんでしょう?
それは、人間は、現実世界をありのままに受け取るんじゃなくて、仮想世界を介して現実世界を把握するようになったからです。
ありのままの現実世界だけを受け取ってたら、解釈の違いは生まれません。
その代わり、外界からの入力には一つの行動しか取れません。
誰もが同じ行動をする面白くない生物になってしまいます。
人間らしさは、仮想世界を使って信念を持つようになって生まれたんです。
意識が感じる仮想世界に関しては、この本に詳しく書いてあるので、良かったら読んでください。

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それじゃぁ、次回も、おっ楽しみに!