第277回 多世界解釈 別世界は目の前にある


ロボマインド・プロジェクト、第277弾!
多世界解釈って聞いたことありますか?
この世界とは別の世界が無限に存在するって理論です。
量子力学から生まれた理論で、量子の重ね合わせ状態から、異なる世界に分岐していくって考えだそうです。

今回は、そんな、ややこしい理論を使わずに、多世界解釈について考えようと思います。
というか、多世界解釈と全く逆です。
多世界解釈っていうのは、この世界とは違う世界が多数存在するって話です。
でも、僕の話は、そうじゃなくて、この世界は一つです。
でも、解釈の仕方はいくつもあるって話です。

僕らが見て、当たり前に感じてるこの世界、じつは、それはいくつも考えられる解釈の一つなんですよ。
今、目の前にある世界。
全く同じ世界を見てるのに、全然別の解釈もあり得るんですよ。
じゃぁ、他に、どんな解釈があるんでしょう?
それが、今回のテーマです。
多世界解釈
別世界は目の前にある。
それでは、始めましょう!

フランスの心理学者、ジャン・ピアジェはこう言いました。

「赤ちゃんは、発達するにつれて、物体が隠れて見えなくなっても、それが存在し続けているということを発見する」って。

これは実験でも確かめられてます。
テディベアのぬいぐるみとついたてを用意します。
テディベアを動かしてついたての後ろを通過させます。
それを見てた赤ちゃんは、テディベアが反対側から出てくると予想して、ついたての反対側に目を移します。

次に、ついたての後ろでテディベアを消防車に変えます。
つまり、ついたての反対側からは消防車が出てきます。
すると、1歳ぐらいの赤ちゃんは、消防車に変わると驚くそうです。
でも、生まれたばかりの赤ちゃんは、消防車に変化しても、特に驚かないそうです。

この話、以前も、聞いたことありました。
そのときは、当たり前のことを確認しただけの実験やなぁって思っただけで、特に何とも思わなかったんですよ。
たぶん、実験した本人も、同じ感想を持ったと思います。

でも、これって、よく考えると、当たり前じゃないんですよ。
当たり前って思うのは、一つの解釈しか知らないからです。
それ以外の解釈の仕方があるなんて、思っても見ないからです。

たとえば、第261回「左側に世界が存在しないってどういうこと!」で、半側空間無視の話をしました。
半側空間無視っていうのは、右脳が損傷して、左側を無視するって症状です。
目は見えるんですけど、左の視界にある物を無視するんです。
たとえば、ご飯を食べるとき、左側に置いてあるおかずは気づかずに残すとかです。

この半側空間無視の人の目の前で、右側から左側にペンを動かして、ペン先を目で追ってもらいます。
すると、顔の真ん中までは目で追うんですけど、真ん中を過ぎたあたりで追えなくなって、目がきょろきょろするんです。

一見、これ、左側を無視するので、当たり前と思いますよね。
ただ、半側空間無視じゃなくて、眼球の障害で、左の視界が見えない人で同じ実験をしてみると、違う結果となるんですよ。
左の視界が見えない人の場合、ペンが左に移動して視界から消えたとしても、眼球は左を向くんです。
つまり、見えないけど、その辺りにペンがあるだろうと思って、目で追おうとするんです。

つまり、左に眼球を動かさない半側空間無視の人の場合、この辺りにペンがあるだろうってことすら分からないってことです。
もっと言えば、その人にとっては、左には位置とか空間ってものが存在しないってことです。

注意してほしいのは、「その人にとっては」ってことです。
当たり前ですけど、現実世界には、空間はずっと存在してます。
何が言いたいかと言うと、僕らが空間が存在するって思うのは、現実世界に空間が存在するからじゃないってことです。
空間が存在するのは脳の中なんです。
だから、右脳が損傷すると、左側の空間が消えるわけです。
頭の中の空間から、左側が消えたわけです。

僕が提唱する意識の仮想世界仮説では、こう説明しています。
人は、目で見て、頭の中に世界を仮想的につくります。
意識は、頭の中の仮想世界を介して現実世界を認識しますって。

これ、厳密には正確じゃないんですよ。
どこが正確じゃいかって言うと、目で見て世界をつくるってとこです。
そうじゃなくて、世界は、じつは、頭の中に先にあるんです。
世界というか、三次元空間です。
そして、目で見た映像が、三次元空間に配置されるわけです。
目で見たペンの位置は、ペンの映像が配置された三次元空間の位置情報からわかります。

半側空間無視の人は、左側に、三次元空間が存在しないんですよ。
つまり、ペンの映像を三次元空間に配置できないんですよ。
すると、ペンの位置がわからなくて、目がきょろきょろしてしまうんです。

つまり、普通の人にとっては、頭の中の空間と現実の空間は完全に対応しています。
ここで、大事なことを言いますよ。
頭の中の空間と現実の空間は完全に対応しています。
だから、人は、頭の中の空間と現実の空間を区別しないんです。
どういうことか、わかりますか?
つまり、今、こうして、現実世界を見てると思ってますけど、じつは、それは頭の中の仮想世界を見てるんです。

ということは、同じ現実世界を見ても、別の見方もあるってことです。
別の解釈です。
つまり、多世界解釈です。
ようやく、今回のテーマに辿り着きました。

目からの視覚情報は、現実世界の情報を忠実に写し取ってます。
世界を認識するとは、現実世界の情報を解釈してるってことです。
その解釈の仕方が、じつは、一つに限らないってことです。
もしかしたら、人間以外の生物は、同じ世界を見ても、違う風に感じてるのかもしれないってことです。

話を赤ちゃんに戻します。
赤ちゃんは、ついたての一方からテディベアが入ったら、反対側から出てくるって予測できるわけです。
これができるってことは、赤ちゃんは、頭の中に、すでに三次元空間がつくられてるってことです。

さらに、1歳ぐらいになると、反対側から消防車が出てきたら驚くんですよ。
これを当たり前と思ったらだめですよ。
だって、さっきも言いましたけど、これ、生まれたばかりの赤ちゃんは、驚かないんですよ。

つまり、反応が異なるってことは、認識してる世界が違うってことです。
でも、目からの視覚情報は同じですよね。
ということは、違うのは、その後ってことです。
つまり、頭の中の世界が違うってことです。

これ、一般的には、赤ちゃんは、発達が未熟だからと言われています。
大人になれば、正しい世界を認識できるようになるってことです。
それも一つの意見ですけど、そんな見方してたら、本質を見失うんですよ。

本質って何かと言うと、現実世界を100%、正しく認識することはできないってことです。
だって、目からの情報は、世界の一部ですよね。
ついたての後ろで見えないテディベアが、本当はどうなってるかなんて分からないんです。
できるのは、予想するだけです。
解釈するだけです。
僕らが感じてる世界は、解釈の一つだってことです。

赤ちゃんが成長すれば、大人と同じ正しい世界を認識するようになるっていいましたよね。
でも、大人が見てる世界が正しいって、どうやって言えるんですか?
もしかしたら、本当の現実世界は、全然違うかも知れないんですよ。

この感覚を持っておいて欲しいんですよ。
今見てる世界は、いくつかある解釈の一つだって。
この感覚を忘れないようにしてください。

それじゃぁ、これを踏まえたうえで、話を続けますよ。
テディベアがついたての一方から入って見えなくなると、今度は、反対側から出てくると赤ちゃんでも想像するわけです。
つまり、赤ちゃんは、見えなくなっても、テディベアは、存在してて、ついたての後ろを動いてると思ってるわけです。

これ、別の解釈もできますよね。
たとえば、見えないものは存在しないと。
つまり、ついたての後ろに隠れたら、その物が存在しなくなるとか。
物体は、突然消えたり、何もない所に突然現れたりするとか。
そんな解釈も可能ですよね。

こんな世界観を持っていたとしたら、ついたての反対側からテディベアが出てくるって予想しないわけです。
見えなくなったから、この世から存在しなくなったんだろうって思うだけです。
反対側から出てきても、その瞬間に、この世に出現して出てきたんだろうって思うだけです。

反対側から出てくるって予想するってことは、赤ちゃんの頭の中には、見えなくても、物体が存在するって世界観を持っているんでしょう。

ただ、生まれたての赤ちゃんは、反対側から消防車が出てきても驚きません。
1歳ぐらいになって、ようやく、消防車に変わったことに驚くわけです。
ということは、その間に、頭の中の世界観が変化したわけです。
どう変化したかと言うと、同じ物体が、別の物体に変化することはないって世界観です。
だから、変化すると驚くわけです。

これ、おそらく人間だけがもってる世界観のようです。
たとえば、動物とかは手品を見ても驚かないです。
空中からバラを取り出したり、ハンカチがハトに変化しても、特に驚かないです。

同じ世界を見て、どんな世界観を持つかは、段階があると言えそうです。
これは、知能の段階と言ってもいいかもしれません。

一番下のレベル0は、単なる画像データだけです。
1000万画素とかのカメラからのビットマップ画像とかです。
画素の点々があるだけで、点と点は関係がありません。
この段階は知能とは呼べません。

その次のレベル1は、物体を認識できるレベルです。
点と点をつなげて、まとまりのある物体として認識します。
物体と背景を区別して、物体のまとまりが動いてると判断する段階です。
ハエとかの虫が動いてると判断できる知性です。
カエルとかは、この段階だと思います。
背景から虫を判別して、捕まえることができます。
ただし、このレベルは、目に見えてるものが全ての世界です。
見えない物は存在しない世界に生きています。

その次のレベル2は、ついたての後ろに隠れても存在すると認識できる世界観です。
ついたての反対側から出てくると予想できる知能です。
僕は、この予想できるってとこで、知能の大きな飛躍があったと思うんですよ。
カエルのレベル1の知能は、見たままに反応するだけです。
レベル2の知能は、見たままじゃなくて、動きを予想するんですよ。
予想する知能が生まれたんです。
この予想する知能、これが何かわかりますか?
それこそが、意識だと思うんですよ。
生まれたばかりの赤ちゃんとか、哺乳類が持ってる知能だと思います。

予想するとは、直接感知できないものを創り出してるわけです。
ここに、解釈の余地が生まれるわけです。
同じ世界を見ても、いろんな世界を認識してる可能性があるわけです。

そして、さらに高精度に予想できるように、世界観が進化します。
それは、世界観にルールを追加することで行われます。
たとえば、物体は勝手に変化しないとかってルールです。
このルールを持ってるから、ついたての後ろでテディベアから消防車に変化したら驚くってことです。

これが、同じ物を見て、同じ世界を生きてても、全く違う世界観を持ってるかもしれないってことです。
これ、生物だけの話じゃありません。
AI、人工知能でも同じです。

同じ文章を読んで、同じような文を出力するからといって、そのAIは、人間と同じ世界観をもってるとは限らないんですよ。
たとえば、ディープラーニングは、テキストデータの文字の並びを学習してるだけです。
さっきの例でいえば、文字をつなげた単語を、一つのまとまりとして認識してる知能レベルです。
それから、単語の次に、どの単語が来るかの確率も学習してるので、次の単語も予想することはできます。
ただ、世界観と言いうものは持ってません。

三次元空間も理解してないし、三次元空間の中に物体が存在するとか、物体は突然現れたり、消えたりしないとかってルールも持ってないってことです。
ただ、単語の並びは学習してるので、自然な単語の並びの文章は出力できます。
そうすると、一見、僕らと同じような文字列を出力することができます。
そうなったら、もしかして、このAIは、僕らと同じような世界観をもってるんじゃないかって思うんですよ。
さらに、このAIには、意識が宿ってるんじゃないかって勘違いするんですよ。

でも、全く世界を理解してないAIが、僕らと同じ意識を持ってるなんてこと、あり得ないですよね。
これが、意識が宿ったといわれるグーグルのAI,LaMDAに起こってることです。

人間のもつ世界観については、時間とか、感情とか、もっと様々な要素が考えられます。
そのことについては、次回、検討していこうと思います。

それから、今回触れた、意識の仮想世界仮説に関しては、この本で詳しく解説していますので、興味ある方は読んでください。

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それじゃぁ、次回も、おっ楽しみに!