第289回 身体感覚が消えると、自我が消える!


ロボマインド・プロジェクト、第289弾!
こんにちは、ロボマインドの田方です。

第六感って知ってますか?
五感ってありますよね。
視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚の五つです。
よく、六番目の感覚として直感とか、超能力みたいなものがあるとか、ないとかっていいますよね。
じつは、この6番目の感覚、生理学的に存在が確認されてるんですよ。
発見したのはイギリスのノーベル生理学者、チャールズ・シェリントンです。

ただ、それは、超能力とかじゃなかったです。
それは、固有感覚と言って、誰もが持ってるものです。
なのに、それまで、誰も気付かなかった感覚です。
それがどういうものかと言うと、関節とか、筋肉からのフィードバックです。

具体的に、どういうときに使うかっていうと、自分の体の位置とか、姿勢を把握するときに使います。
目をつむっても、自分の手がどこにあるかわかりますよね。
「手を上にあげてください」って言われたら、上にあげれますよね。
これができるのは、固有感覚があるからなんです。

今回の主人公は、この固有感覚が全くなくなった27歳の女性、クリスチーナです。
今回の話も、オリヴァー・サックスの「妻を帽子とまちがえた男」からです。

固有感覚って、意識で感じるものじゃなくて、無意識が感じるものです。
だから、あることすら気づかなかったんです。
でも、固有感覚がなくなると、今、どんな姿勢か、分からなくなるんですよ。
それどころか、体を一切、動かすこともできなくなるんです。

勘違いして欲しくないのは、骨も筋肉もあって、ちゃんと動きます。
体が麻痺するとか、そういうわけでもありません。
ただ、どう動かしていいのか分からなくなるんです。

固有感覚が無くなると、自分の体を感じれなくなります。
自分の体を感じれなくなると、生きてるって実感も薄くなるそうです。

今まで、このチャンネルでは、自我とは何かとか、心とは何かってことを追及してきました。
でも、体の方は、あまり触れてこなかったです。
でも、クリスティーナの話を聞くと、体も、自我を感じるのに、絶対不可欠だって分かりました。
これが、今回のテーマです。
身体感覚が消えると、自我が消える!
それでは、始めましょう!

まず、固有感覚についてです。
これが、イマイチ、よく分からないんですよ。
辞書によると、関節や筋肉の位置や動きの感覚だそうです。
まぁ、それは何となくわかります。
分からないのは、固有感覚がなくなると、何で、体を動かせないのかってことです。
だって、筋肉は今まで通りあります。
だから、筋肉に指令を出せば、動かすことはできますよね。

ここで、サーボモーターを例に考えてみます。
サーボモーターというのは、ロボットの腕とかを動かすモーターのことです。
コントローラーから指示された角度だけ、正確に回転させることができます。

サーボモーターの特徴は、エンコーダーが付いてることです。
エンコーダーっていうのは、モーターの回転角度を検出するセンサーです。
コントローラーから「時計回りに90度回転せよ」って指示が出されると、まず、サーボモーターを時計回りに回転させます。
その回転角度は、エンコーダーで検出されて、コントローラーに入力されます。
コントローラーは、エンコーダからの入力を観察して、90度になったらサーボモーターの回転を止めます。
エンコーダーからの信号のことをフィードバック信号と言います。
この制御のことを、フィードバック制御といいます。
または、制御のループが閉じてるので、閉ループ制御とも言います。

閉ループ制御の反対は開ループ制御です。

たとえば、モーターに1アンペアの電流を流せば、90度回転するって分かってるとして、90度回転するのに1アンペアだけ電流を流すとします。
これが、開ループ制御です。
開ループ制御だと、外部環境がちょっと変わっただけで、正確に回転できません。
どんな状況でも、確実に、90度回転させることができるのがフィードバック制御です。
フィードバック制御は、フィードバック信号を感じながらモーターを動かすことで、正確に制御してるわけです。

人間の体も、フィードバック制御をしています。
たとえば、サーボモーターが腕の関節とします。
コントローラ―は脳となります。
そうすると、エンコーダーからのフィードバック信号、これが固有感覚となります。
クリスティーナの場合、フィードバック回路が故障して、脳にフィードバック信号が入力されなくなったわけです。

さて、ここで最初の疑問です。
フィードバック回路が故障しても、サーボモータを動かす回路は生きています。
だったら、体を動かすことはできるはずですよね。
それが、なぜ、クリスティーナは、全く体を動かせなくなったんでしょう。

そのヒントは、フィードバック制御にあります。
さっき、言いましたよね。
フィードバック制御は、フィードバック信号を感じながらモーターを動かしてるって。
最初に、ちょっと動かすって信号を出して、実際に動いたのを感じるわけです。
こんだけ信号を出せば、こんだけ動くって感じながら、少しずつ信号を増やして制御するんですよ。

だから、フィードバック信号が返ってこないと、コントローラーは、「あれ、ここに信号出しても動かないなぁ」ってなって、それ以上、信号を出さなくなるんです。
これが、固有感覚が無くなると、関節が動かなくなる原因です。

クリスティーナは、全身の固有感覚が無くなっていました。
これが、何を意味するかわかりますか。
体を全く動かせなくなるんですよ。
ただ、ベットにだらりと横たわるしかできないんです。

じゃぁ、このまま、体を動かせないままなんでしょうか?
じつは、そうじゃありません。
動かす方法はあります。
それは、目を使うんです。

別の患者の例で説明します。
そのおじさんは、足の固有感覚が無くなりました。
その人に、「足を動かせますか」というと、こう答えるそうです。
「もちろんです。足が見つかればね」って。

その人は、足を見ると、足を動かせるんです。
でも、足を見てないときは動かせないそうです。

何でこうなるか、分かりますか?
それは、足を見ることが、脳へのフィードバック信号となるんですよ。
フィードバックって、どれだけ動いたかですよね。
脳は、今まで、固有感覚からのフィードバックで、足がどれだけ動いたかを感じてたわけです。
そのおじさんは、足がどれだけ動いたかを目で見て、それをフィードバック信号の代わりにしたんです。
だから、足を見つけたら、足を動かせるんです。

ただ、これ、そう簡単にできることじゃないです。
だって、今まで、この制御は、無意識がやってたことです。
意識がやるのは、「足を動かせ」って命令を出すだけです。
そっから先は、無意識が自動で関節を動かしてくれてました。
それを、足の関節一つ動かすのさえ、足が動くのを見て、確認しないといけないんです。

さて、問題はクリスティーナです。
クリスティーナは、足だけじゃなく、全身の固有感覚が無くなったんです。
これ、どれだけ大変か、分かりますよね。
腕を持ち上げるには、腕を見つめないと動かせません。
目をつむった途端、腕がだらりと下がってしまうそうです。

それを訓練によって、少しずつ、見なくても維持できるようにするわけです。
そのためには、動かす筋肉に集中しないといけません。
クリスティーナは、全ての固有感覚が消えたんです。
だから、体のあらゆる部位に意識を集中しないといけません。
ものすごい集中力が必要になりますよね。

クリスティーナは、3ヶ月かけて、ようやく、ベッドに腰かけることができるようになったそうです。
ただ、どこかぎこちなくて、無理やりポーズを取ってるような感じです。
それは仕方ありません。
本当に無理やり、ポーズを取ってるからです。
全身を緊張させておかないと、体が崩れ落ちてしまうんです。

こんな話を聞くと、普段、僕らが、どれだけ無意識でいろんなことを行ってるかって気づかされます。
当たり前にできることって、そんなもの、本当はないんですよ。

たとえば、クリスティーナは、食事の時、ナイフやフォークを思いっきり握りしめます。
爪が手のひらに食い込むぐらいに握りしめます。
そうしないと、ナイフやフォークを落としてしまうからです。

僕らは、ちょうどいい感じで持てますよね。
それができるのは、どれだけの力を入れてるかが分かるからです。
それが分かるのは、固有感覚からのフィードバックがあるからです。
どのくらい関節に力をかけてるかって感じれるからです。
それを感じれなくて、目で確認するしかないから、掴んでるか放してるかしかわからないんです。
だから、常に、思いっきり掴まないといけないんです。

まだ、あります。
固有感覚は、関節だけでなくて、筋肉をどれだけ動かしたかのフィードバックでもあります。
筋肉って、手や足だけじゃありません。
表情筋も筋肉です。
つまり、顔の表情って、固有感覚からのフィードバックがあるから、自然と作れるんです。
表情も、顔の筋肉を意識しないと作れないんです。

クリスティーナは、言います。
自分が、今、どんな姿勢にあるのか全く分からないって。
腕がここにあると思ってたら、全然違うとこにあったり。
まるで、体が無くなったようだって。

僕らは自分のボディイメージを持っています。
今、こんな姿勢で、ここまでが自分の体だって。
自分とか、自我っていうのは、ボディイメージのことでもあるんです。
いってみれば、肉体的自我です。
クリスティーナは、肉体的自我を失ったといってもいいんです。
だから、生きてるって実感が薄くなったそうです。

前回、第288回では、新たな記憶をつくれないジミーの話をしました。
ジミーは、昨日何をした、今朝、何を食べたって記憶を一切持てません。
そうなると、どうなったと思います。
生きてるって実感が無くなったんですよ。

気分が良いとか、気分が悪いとか、感じなくなったんです。
幸せとか、不幸だとかが、思わなくなったんです。
昨日より良くなったとか、悪くなったっとかって感覚。
この感覚の変化を感じることで、生きてるって感覚がもてるんです。

クリスティーナは、それが肉体に起こったんです。
自分の体がここにある。
手を握ってる。
足で地面を踏ん張ってる。
そんな感覚が一切なくなると、生きてるって感覚が薄くなってしまうんです。
空気になったように感じて、この世界にちゃんと生きてるって感じれなくなるそうです。
まるで、幽霊になったようだって。
「私は本当に存在するの?」
「私が見える?」って、誰でもいいから、つかまえて聞き出したいって衝動に駆られるそうです。

クリスティーナは、1年のリハビリで、ほぼ、前と同じ生活ができるようになりました。
コンピュータを使った仕事もできるようになったそうです。
体からのフィードバックを感じれないので、視覚と、意識的な集中力だけで全てカバーしています。
そこまで回復しても、やはり、体がないという感覚は、ずっと続いてるそうです。

体の内側からのフィードバックは感じれなくても、皮膚感覚はあります。
クリスティーナは、外の風に当たるのが好きだそうです。
一番気持ちいいのは、オープンカーに乗ることだそうです。
風が自分の体に強くあたると、その時、生きてるって感じるそうです。
自分はこの世界に、ちゃんと生きてるって。
自分は幽霊なんかじゃない。
たしかに、現実世界に生きてるって。

生きてるって実感は、体があってこそなんですよね。
そんな当たり前のことを、クリスティーナに、思い知らされました。
はい、今回の動画が面白かったら、チャンネル登録、高評価お願いしますね。
それから、よかったら、この本も読んでください。
それでは、次回も、おっ楽しみに!