第298回 頭の中で誰かの声がする 統合失調症


ロボマインド・プロジェクト、第298弾!
こんにちは、ロボマインドの田方です。

今回も、前回紹介した本『私はすでに死んでいる』からです。
この本のテーマは、自分とか自己とは何かです。
前回、第297回で語ったのは、身体としての自己です。
自分の体が自分のものと思えない身体完全同一性障害の男、デヴィッド。
彼は、自分の足が、自分のものと感じれなくなって足を切断しました。

今回は、身体でなく、自分とは何かについてです。
ローリーは、イギリスに留学していました。
ある時から、出身国に強制退去になるっていう考えが頭から離れなくなりました。
もちろん、現実には、そんな心配は全くありませんでした。
でも、
「お前がいなくなっても誰も悲しまない」
「お前は役立たず、お前は敗者だ」
って言われてるって妄想に憑りつかれました。
それが、はっきりした声として聞こえるようになるのに時間はかかりませんでした。
その声は、中年女性で、「命を終わらせてしまえ」とまで言うようになりました。
しまいには、「手首を切れ」って命令します。

ある日、花火を見て、自室に戻った時、ローリーは奇妙な感覚を覚えました。
まるで、自分が自分でない感覚です。
誰かからコントロールされてる気がしました。
気が付いたら、ナイフで左手首を傷つけていました。
血が止まらないのを見て、ハッと我に返って、あわてて病院に行ったそうです。
そこで、ローリーは、統合失調症と診断されました。

頭の中で誰かの声がする幻聴や、妄想は統合失調症の症状です。
では、なんで、幻聴が聞こえたり、妄想が起こるんでしょう?
頭の中で語り掛ける人とは、いったい誰なんでしょう?
それを追及していくと、自分とは何かってことが見えてきます。
これが今回のテーマです。
頭の中で誰かの声がする。
それでは、始めましょう!

ローリーの頭の中で声がしたとき、当時の婚約者のピーターが、その声と会話したそうです。
頭の中で聞こえる声を、そのままローリーが口に出します。
「ローリーは敗北者だ」って言うと、ピーターが「なぜ、そう思うのか?」って聞き返します。
そしたら、その声は「大学を卒業できなかったからだ」って言います。
ピーターは、「卒業できなかったんじゃない。病気で休学してるだけだ」って反論します。
そんなやり取りが1時間ぐらい続くこともあったそうです。
会話の内容から、声の主は、ローリーの心の声だって分かります。
大学を卒業できないとか、ローリーが心で恐れてることです。
つまり、悪魔とかが頭に直接語り掛けてるわけじゃないってことです。

それじゃぁ、なぜ、心の声が、他人の声に聞こえるんでしょう?
もう少し問題を絞ります。
声が聞こえたとします。
ローリーは、それが、頭の中の自分の声か、外から聞こえる他人の声か分からなくなったわけです。
逆に言えば、普通の人は、頭の中の自分の声と、外から聞こえる他人の声を区別ができるってことです。
つまり、まず、解明しないといけないのは、自分の声と他人の声の区別です。
もっというと、自分と他人の区別です。
まずは、自分とは何かについて考えてみます。

ローリーは、手首を切った時、自分が自分でないような感覚だったって言ってます。
誰かからコントロールされてるようだって。

ここで、ロボットと人間を考えてみます。
ロボットのリモコンの「右手を上げる」ってボタンを押したら、ロボットの右手が上がりました。
次に、人間に対して、「右手を上げてください」って言います。
そしたら、その人は右手を上げました。

どちらも同じ動きですけど、決定的な違いがあります。
何かわかりますか?

それは、人間は、断ることとができるってことです。
人間は、「右手を上げて」って言われても、断れますけど、ロボットはできません。
じゃぁ、その断ってるのは何でしょう?
それが、「自分」です。

次は、脳の実験の話をします。
脳の頂上には左右に走る大きな溝、中心溝があって、中心溝の前にあるのが運動野です。

運動野には、こんな風に体がマッピングされています。

これを発見したのはカナダの脳外科医、ワイルダー・ペンフィールドです。
ペンフィールドが、手術中に、運動野の手に当たる部分を刺激すると、患者の手が上がることを発見しました。
ただ、この時患者はこういったそうです。
「自分では動かしてない。ペンフィールド先生が動かせたんだ」って。

これ、さっきのリモコンロボットと同じですよね。
ペンフィールドに操作されて、動かされたわけです。
じゃぁ、リモコンロボットと違いはあるでしょうか?

それは、操作されてるって思ってる「自分」がいるってことです。
ここに「自分」が出てきました。

ペンフィールドの患者は、自分の意志で手を上げるのと、誰かに操作されて手を上げるのと、区別できたわけです。
じゃぁ、もし、それが区別できなくなったらどうなるでしょう。
たぶん、自分の意志で手を上げても、誰かにコントロールされて手を上げたって感じるんじゃないでしょうか?
ローリーはこうも言ってましたよね。
「自分が誰かからコントロールされてるようだ」って。
ローリーに起こっていたのは、まさに、これです。

何かを知覚したとき、それが自分がしたことなのか、他人がしたことなのか、区別がつかなくなっていたんです。
逆に言うと、普通の人は、知覚したとき、それが自分がしたことか、他人がしたことかを区別する仕組みが備わってるってことです。

たとえば、わきの下をこちょこちょこちょってくすぐると、くすぐったがりますよね。
でも、これ、自分でやってもくすぐったくないです。
これ、自分の行動か、他人の行動かを区別する機能が働いてるからです。
ところが、統合失調症の人は、自分で自分をくすぐってもくすぐったがるんですよ。
つまり、自分の行動と他人の行動を区別する機能が低下してるってことです。

これは、触覚だけじゃありません。
聴覚でも確認されています。
外の音を聞くと、それに反応するN1と呼ばれる脳波が発生します。
この脳波は、自分が声を出したときには発生しません。
つまり、自分の声と他人の声を区別してるんです。
ところが、統合失調症の場合、自分の声でも、この脳波が発生するんです。
つまり、自分の声と他人の声を区別できないんです。
頭の中の自分の声が、他人の声に聞こえるってことです。

自分の行動と、他人の行動を区別する機能があって、それが無意識で働いてるわけです。
意識は、その機能のおかげで、自分の行動を認識できるんです。
統合失調症の場合、この機能が低下して、自分が頭で思ったことが、他人の声として聞こえるんでしょう。

自分が思ったことが、他人の声として聞こえるのって、じつは、僕も経験したことがあります。
夜、ソファでウトウトしてたとき、名前を呼ばれた気がして、ハッと目覚めたことがあるんです。
それは、はっきりとした声で、しばらく耳に残っていました。
たぶん、無意識でここで寝たらアカンって思って、起こそうとしたんでしょう。
ウトウト状態で、自分と他人を区別する機能も低下してて、自分の頭の中の声を他人の声として聞こえたんじゃないかって思います。

この無意識の機能は、脳の処理でいえば、かなり下のレベルです。
脳細胞を伝わる信号レベルの処理です。
じつは、脳には、もう少し上のレベルで、自分の行動を認識する機能があります。
上のレベルっていうのは、推論レベルです。
つまり、結果から自動で推論する機能があるんです。

たとえば、ローリーは、こんな風にも言っています。
「手が自分のものだって思えないんです。手が動いてから、それが自分が起こした行動だって理解するまで、一瞬遅れるんです」

この時働いてるのが、自動推論機能です。
まず、手が動いたのを見たり感じたりします。
ローリーは、自分と他人の区別する処理が動いてないので、自分が動かしたと感じません。
でも、自分の手を動かせるのは自分しかいません。
だから、今、手を動かしたのは自分だって、自動推論機能が推論します。
その結果を受けて、意識は、自分が手を動かしたって思うんです。
ただし、動いた後に思うので、一瞬遅れます。
これがローリーに起こったことです。

自動推論機能と聞いて思い出す話があります。
それは、第244回で取り上げた分離脳です。
重度のてんかんで、左脳と右脳を切断した人がいます。
左脳と右脳が分断されると、お互いの脳が何を考えてるか分かりません。
たとえば、右脳だけに「歩きなさい」ってカードを見せます。
すると、その人は席を立って歩こうとします。
その時、左脳に「なんで、席を立ったんですか?」って質問します。
でも、左脳は、右脳に見せられたカードのことは知りません。
そしたら、左脳は何て答えたと思います?
「ちょっと喉が渇いたから、コーラでも飲みに行こうと思って」って答えたんですよ。

これが自動推論機能です。
自分で席を立ったってことは認識しています。
自分の行動には、何らかの理由があるはずです。
でも、その理由は分かりません。
そこで、自動推論機能は、無理やりでも理由を作り出そうとします。
だって、理由もなく行動するようになったら、自分を保てなくなりますから。
そこで、「コーラを飲もうと思って」って理由を無理やり作り出したんです。
これで、一貫した自分を保てるわけです。

この分離脳患者は、統合失調症ではありませんでした。
これ、何を意味するかわかりますか?
この機能は、誰でも持ってるってことです。
左脳と右脳を分断すれば、誰でも起こり得ることなんです。
似たことは、わざわざ脳を分離しなくても起こります。
たとえば、レストランでハンバーグを選んだとします。
「なんで、ハンバーグを選んだんですか?」って聞かれたとするでしょ。
そこで、「今日は、ハンバーグの気分だったから」とかって答えたとします。
でも、それって、本当でしょうか?
もしかしたら、無意識が、文脈に合う理由を、その場で作り出したのかもしれません。
でも、意識は、無意識が作り出した理由を、本当だと思ってるんですよ。

統合失調症の症例に妄想があります。
典型的なのが、盗聴器が仕掛けられてるって妄想です。
誰かが、四六時中、ずっと自分を監視してるって妄想です。
これも、自動推論機能で説明がつきます。

頭の中で誰かの声がします。
その声は、自分のことをしゃべっています。
しかも、自分しか知らないことをしゃべっています。
自分の心の声ですから、当然ですよね。

そこに、自動推論機能が働きます。
自分しか知らない秘密を他人が知ってる。
これは、盗聴器が仕掛けられてるに違いないって。
四六時中、自分を監視してるにちがいないって。
意識は、自動推論機能の推論結果は無条件で信じます。
こうやって、あり得ない妄想を信じるんです。

これで、統合失調症が起きるメカニズムが分かってきました。
それは、一言で言うと、自分を保つ機能が低下したことで起こります。
逆に言えば、今回の話から、自分を保つには、どんな機能が必要かが見えてきました。

さて、今、世界中で人間そっくりのロボットが開発されています。
たとえばこれは、グーグル傘下のボストンダイナミクスのロボットです。

歩いたり走ったりするどころか、バク中まで決めます。

こちらのイギリスのロボットは、人間そっくりの表情を創ります。

驚きや、恐怖、安心といった人間らしい表情を創れます。

でも、どうでしょう?
何か大事なもの、忘れてないですか?
それは、心です。
今のロボット研究が追及してるのって、見た目だけ、表面だけなんですよ。

これ、ロボットだけでなくて、自然言語処理も同じです。
GPT-3とかLaMDAとか、最近の自然言語処理は、文法的な間違いのない、自然な文章を自動生成できるようになりました。
これは、大量の文書から、単語の自然な並びを学習することでできました。
でも、よく読むと、意味が通ってなかったり、何が言いたいのかわからない文章となっています。

これも同じです。
見た感じ、それらしい文章となることしか考えてないんです。
気にしてるのは、表面的な見た目だけです。

そもそも、言葉って何の為にあるんでしょう?
何かを伝えるためですよね。
じゃぁ、伝えたいことって何でしょう。
それは、自分はこれがしたいとか、これを分かって欲しいってことですよね。
その中心にあるのは自分です。
まずは、自分ってものを持たないと、人間にならないんです。
いくら見た目が人間そっくりだったり、文法的に間違ってない文章が作れても、それじゃ、人間とは言えないんです。

一番重要なのは、「自分」って概念です。
でも、その「自分」をどうやって作るかなんか、世界中のロボットやAIの研究者は誰も考えてないんです。
こんなん、おかしいでしょ。

もちろん、心理学とか哲学は、自分とか自我について、昔から考えていました。
でも、それらは抽象的すぎて、とてもロボットに組み込めないんです。

翻って、今回の話はどうでしょう?
自分と他人を信号レベルで区別するとか、結果から自動推論する機能とか。
どれもプログラムで実現できる具体性がありますよね。
これなら、プログラムで自我を生み出せそうです。
世界で唯一、ロボットの自我を開発してる会社、それが僕ら、ロボマインドです。
グーグルでもできないことを、日本の片隅で、ひっそりと研究してるんです。
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それから、ロボットの心の基本は、こちらの本に書いてますので、興味ある方は読んでください。

それじゃぁ、次回も、おっ楽しみに!