第299回 あなたは、なぜ、それが自分の感情だってわかるの? 〜離人症


ロボマインド・プロジェクト、第299弾!
こんにちは、ロボマインドの田方です。

今回も、前回と同じ本、『私はすでに死んでいる』から取り上げます。
ニコラスは、両親が薬物依存症でした。
生後間もないころから育児放棄されて、言葉による虐待も受けていました。
「お前はどうしようもないバカだ」
「何一つまともにできない」
12歳の時、事件が起きました。
台所から悲鳴が聞こえて、行ってみると、コカインをやってた母親が倒れて痙攣していました。
ニコラスは、母親に三、四歩近づいたのは覚えています。
その時、全てが変わりました。
目が覚めてる状態から、突然、夢を見ている感じになりました。
すべてにもやがかかって、霧の中にいるようです。
自分の体や、まわりのものまで、すべてが現実でない感じがします。
ニコラスは、離人症と診断されました。

離人症というのは、自分の行動や感覚が、自分のものと思えない症状です。
文字通り、人から切り離されたって感じるわけです。
離人症は、ニコラスのように、幼少期の虐待が原因で起こることもあるようです。
自分の感情を切り離すことで、自分を守ろうとしたのかもしれません。
なぜ起こるかの原因も重要ですけど、僕が興味があるのはメカニズムの方です。

僕らは、心を持ったAIをつくろうとしています。
自分とか自我といった意識を持ったロボットです。
自我を持ったシステムは、どんなプログラムでできてるのかってことが一番知りたいんです。

ニコラスは自分の体、感情、行動、すべてが自分じゃないって感じるようになりました。
逆に言えば、自我を持つには、感情や体が自分のものだって感じれないといけないわけです。
じゃぁ、そう感じるには、どんなプログラムが必要なんでしょう?
これが、今回のテーマです。
あなたは、なぜ、それが自分の感情だってわかるの?
それでは、始めましょう!

離人症になると、感情を感じれなくなります。
ニコラスは、大喜びしたり、舞い上がったりすることがなくなりました。

さて、ここで根本的なことを考えます。
自分が感情を感じれないって、どうして思えるんでしょう?
感情を感じれないって思えるってことは、本来なら、こういう感情があるはずだって思えるってことですよね。
本来、あるべき感情を分からなければ、自分の感情がないってことに気付くことができないはずです。

逆の場合を考えてみます。
たとえば、第290回でトゥレット症候群のレイの話をしました。
トゥレット症候群は、突然、体を動かすチックの症状がでます。
それなのに、スポーツから、音楽、医療などあらゆる分野で活躍してます。
トゥレット症候群の特徴は、とにかくエネルギーに溢れてるってことです。
それがチックの症状に出たり、いろんな分野で才能を発揮できたりするんです。
そして、原因も分っています。
それは、ドーパミンの過剰分泌です。
ドーパミンって、やる気とか、快楽に関する神経伝達物質です。
それが、普通の人より過剰に出てるので、エネルギーに溢れてるってわけです。

レイに、ドーパミンを抑える薬を投与したところ、チックの症状は治まりました。
ただ、本人は生きてる気がしないっていいます。
そりゃ、そうです。
だって、ドーパミンが抑制されたら、今までより、やる気が無くなるのは当たり前です。
でも、それが普通なんです。
普通の人は、レイみたいにドーパミンが出ていません。
今までが、異常だったんです。
レイは、普通の人の感覚を知らないから、今までの感覚が異常だと思ってなかったんです。

ここが、ニコラスと違います。
ニコラスは、感情を感じれないって言います。
これは、普通の感情を分かってるってことです。
本来なら感じるはずの感情を分かってるから、自分には、その感情がないって感じるんです。

離人症の女性がいました。
その人の隣の家で事件が起こったそうです。
悲惨な事故で、小さいお子さんが亡くなったそうです。
普通なら、「なんてひどいことなの。かわいそうに」って思うはずです。
でも、彼女は、何も感じませんでした。
「何も感情を感じない。それが悲しい」って訴えたそうです。

ここ、気付きましたか、
今、おかしなこと言いましたよね。
もう一回言いますよ。
「何も感情を感じない。それが悲しい」です。

感情を感じないなら、悲しいも感じないはずですよね。
ここに矛盾があるんです。
離人症患者は、自分が感情を感じないことに思い悩んで落ち込みます。
でも、落ち込むのも感情ですよね。
離人症患者は、感情を全く感じないわけじゃないんです。

離人症の脳で何が起こってるか、少しずつ明らかになってきています。
たとえば恐怖などの感情は偏桃体で発生します。

そして、脳の中には、感情を抑える働きをするところもあります。
それが、腹内側前頭前野です。
つまり、感情を発生するところと、それを抑えるところがあって、通常は、それがバランスを取ってるわけです。
ところが、離人症の場合、この腹内側前頭前野が過剰に活動してることがわかっています。
つまり、発生した感情を過剰に抑制してるわけです。
だから、感情を感じないんです。

でも、自身症の女性は、感情が発生しないことが悲しいって言ってましたよね。
じゃぁ、これはどういう事なんでしょう。

どうも、感情には二種類あるようです。
感情は動物でも持ってます。
天敵に襲われそうになったら恐怖って感情が発生します。
逆に、肉食動物が、獲物を追いかけてるときは、興奮しているでしょう。
これらは、直接、自分が感じる感情です。

離人症患者が感じてたのは、感情が発生しないことが悲しいって感情です。
この感情は、ちょっと複雑です。
まず、必要なのは、普通なら、こう感じるであろうって感情を予測する機能です。
普通の人がもつ感情を予測するには、どうすればいいでしょう?
それには、たとえば、心のモデルを使います。
そして、こんな状況なら、心のモデルは、どんな感情を発生するかって、シミュレーションするわけです。
じゃぁ、それを実現するには、どんな仕組みが必要でしょう?

こんな時に使えるのが意識の仮想世界仮説です。
意識の仮想世界仮説は、僕が提唱する心のモデルです。
人は、目で見た世界を頭の中で仮想世界として構築します。
意識は、仮想世界を介して現実世界を認識します。
これが、意識の仮想世界仮説です。

仮想世界は、現実世界だけでなくて、想像する時にも使います。
想像するっていうのが、シミュレーションするってことです。
つまり、仮想世界に心のモデルをもった人を配置して、ある状況を再現するわけです。
たとえば、隣の家に不幸が起こって、それを知ったときの心のモデルをシミュレーションするわけです。
そうしたら、「可哀そう」って感情を発生しますよね。
そのシミュレーション結果から、普通なら可哀そうって感じるって予測するわけです。
でも、離人症の場合は、可哀そうって感情を感じないわけです。
そうしたら、自分は、みんなみたいに感情を感じれないんだってなりますよね。
その事に対して、悲しいって感じるんです。
思い悩んだり、落ち込んだりするんです。
かなり複雑な感情ですよね。
頭の中で考えて、頭の内側から生まれる感情といえそうです。

それに対して、動物でも持ってる感情は、外敵とか、外部環境とか、外からの刺激に対する反応として生まれる感情です。
そして、離人症患者が抑制してたのは、この外側から生まれる感情です。
内側から生まれる感情は抑制されないので、感情を感じなくて悲しいってなるわけです。
悩んだり落ち込んだりはするわけです。
少しずつ、離人症が起るメカニズムが分かってきましたよね。

どうやら、離人症では、予測機能が重要な役割を果たしているようです。
ここから離人症の不可解な症状も解明できそうです。
それは、現実感覚がないとか、自分とのつながりが感じれないって感覚です。
肉体としての体が、自分でないと感じるといいます。
これは、体外離脱に似てますけど、離人症の場合、肉体から抜け出たわけじゃありません。
自分の肉体にとどまりながら、体と一体化してる感覚が持てないわけです。

これも、予測機能から説明できます。
予測機能とは、自分はこう反応するだろうと常に予測するわけです。

まず、大前提として自分という意識があります。
意識は、心のシステムのトップに君臨していて、感覚や感情を感じて、行動の決定権を持っています。
意識はこの体、五感を通して様々な経験をします。

誕生日に欲しかった物をプレゼントされたら、嬉しい感じます。
山を歩いてヘビが出てきたら、ギャー、怖いってなって、逃げだします。

プレゼントをもらったとき、予測機能は、嬉しいって感情を予測します。
ヘビを見たとき、怖いって感情を予測します。
そして、普通は、予測通りの感情が発生します。
意識は、それを感じます。
ただ、離人症の場合、脳内で感情の発生を抑制するので、感情を感じません。

感情を予測するけど、実際には、感情を感じないわけです。
この予測と現実のギャップを意識は受け取るわけです。
自分の肉体は、感情を感じないって。

そして、人は、自動で原因を探し出す機能も持ってます。
第244回で、左脳と右脳を分離した分離脳患者の話をしました。
右脳に「歩きなさい」ってカードを見せると、その人は席を立ちました。
そのとき、「なんで、席を立ったんですか?」って質問します。
言語を司るのは左脳なので、質問に応えるのは左脳です。
でも、左脳は右脳に見せられたカードのことは知りません。
そしたら、「喉が渇いたので、コーラでも飲みに行こうと思って」って答えたそうです。
この答えを出したのが、原因探索機能です。
原因探索機能は、原因がみつからなかったら、無理やりでも理屈にあう原因をつくり出します。
なぜかというと、そうしないと一貫した自分を保てないからです。
理由もなく自分が行動してるってなったら、自分を保てなくなるじゃないですか。
そうならないために、「コーラでも飲もうと思って」って無理やりな理屈を考え出すんです。
すべては、意識のためです。
心のシステムのトップに君臨するのが自分という意識のためです。

そして、もう一つ重要なのは、意識は、結果を受け取るしかできないってことです。
受け取った結果が真実です。
ただ、感じるだけです。
たとえば、感情の場合なら、意識が嬉しいと感じたら、嬉しいんです。
悲しいと感じたら悲しいんです。
感じた感情を疑う事も、変更することもできません。

これは、原因探索機能も同じです。
原因探索機能がつくり出した理由が、意識にとったら真実なんです。
だから、「コーラを飲もうと思って」って原因探索機能が結果を出したら、意識はそれを受け取って感じるだけです。
それが真実です。
だから、意識は、本気でコーラを飲もうと思って立ち上がったと思ってるんですよ。

第297回のデヴィッドの場合、これが心と体の矛盾という形で起こりました。
自分が感じる体と、実際の肉体とが一致ませんでした。
そうなったとき、原因探索機能が無理やりでも理由を考え出します。
考えられる理由は、心が間違ってるか、体が間違ってるかのどちらかです。
この場合も、優先されるのは心です。
心が感じる方が正しいわけです。
だから、原因探索機能は、体が間違ってると判断するわけです。
デヴィッドの場合なら、自分の足が自分のものでないって結論です。
意識は、それを受け取って感じるわけです。
だから、自分の体が自分のものじゃないって感じたわけです。
これは、変更することも無視することもできません。
だから、最後には、自分の足を切断することになったんです。

さて、離人症です。
今、感情を予測する機能と、実際に起こった感情が一致しません。
そこで、原因探索機能が働きます。
ここでも、自分の心を優先する理由を作り出します。
つまり、この体は自分のものじゃないって結果を出します。
そして、意識は、それを受け取って感じるわけです。
つまり、この体は自分のものじゃないって感じるわけです。
だから、心と体の一体感というのを感じないわけです。
自分なのに、誰か他人のように感じるわけです。
現実感がなくて、なんか膜を通して世界を感じてるような感覚です。

自分というものが、どんな機能で作られてるのか、かなり具体的に分かってきましたよね。
ここまで細かいメカニズムが分かってきたら、あとは、それをプログラムで書けば、自分って意識をもったロボットができそうです。
それをやろうとしてるのが、ロボマインドです。
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それから、今回紹介した意識の仮想世界仮説に関しては、こちらの本に詳しく書いてありますので、良かったら読んでください。
それじゃぁ、次回も、おっ楽しみに!