第304回 自分が壊れていく アルツハイマー


ロボマインド・プロジェクト、第304弾!
こんにちは、ロボマインドの田方です。

第297回から、『私はすでに死んでいる』の本を紹介してきました。
毎回、一章ずつ紹介してきましたけど、今回で、とうとう最後になります。
一冊の本を、これだけ丁寧に紹介するのは、初めてです。
それだけ、面白かったわけです。
ただ、僕の動画を見て、この本買って読んでも、動画でしゃべってる内容は、半分も書いてないですよ。
難しい表現を分かりやすくするために言い換えたら全然別の話になったり、僕のオリジナルのアイデアを語ってたりするので。
ただ、すべて、この本がヒントになってるので、面白い本であることは間違いないです。

さて、この本のテーマは自分とか自己とは何かを、精神障害から探るってものです。
そして、最後に紹介するのはアルツハイマーです。
認知症の一種です。
アルツハイマーになると、記憶障害が出ます。
すぐに忘れてしまいます。
家族のことも分からなくなります。
やがて、自分が誰なのかもわからなくなります。
自己が崩壊します。
さて、それじゃぁ、そもそも自分って、いったい何なんでしょう?
自分を成り立たせてるものとは、何なんでしょう?
これが今回のテーマです。
自分が壊れていく。
アルツハイマー
それでは、始めましょう!

さて、あなたは、自分が誰かを説明するとすれば、何て答えますか?
たぶん、どこで生まれて、どこの学校を出て、何の仕事をしてるとかって答えますよね。
趣味は映画鑑賞ですとか、足が速いのが自慢ですとかって答えますよね。
一言で言えば、自己紹介です。

自己紹介の内容は、二つに分解できます。
一つは、どこで生まれて、どこの学校を卒業したっていう自分の歴史です。
もう一つは、映画が好きとか、足が速いとかって自分の性質とか特徴です。

どちらも、自分の記憶から作られていますよね。
ここで、記憶の種類についておさらいしておきます。
まず、記憶には短期記憶と長期記憶があります。
短期記憶は、数秒から数分程度の記憶です。
長期記憶は、数時間から何年、何十年の記憶です。

長期記憶は、意識的に思い出すタイプの記憶と、体で覚えるタイプの記憶に分かれます。
体で覚えるタイプの記憶っていうのは、自転車の乗り方とか、スキーの仕方とかです。
無意識で自然と出てくる体の動きです。
意識的に思い出すタイプの記憶は、意味記憶とエピソード記憶の二種類に分かれます。
意味記憶というのは、リンゴは赤いとか、甘いとかっていう記憶です。
辞書にのってるタイプの記憶です。
客観性のある記憶とも言えます。
他人と共有できるものです。
エピソード記憶というのは、卒業式の思い出とか、修学旅行の思い出とかです。
自分が経験したことを映像として思い出すタイプの記憶です。
こちらは主観で感じるものです。

さて、記憶といえば、脳科学では、HM氏が有名です。
HM氏は、重度のてんかんで、27歳のとき、外科手術によって、脳の一部を除去しました。
これによって、てんかんはほとんど起こらなくなりましたけど、その代わり、今度は記憶障害に悩まされることとなりました。
HM氏は、新たに覚えることができなくなったんです。
たとえば、毎日会う看護婦さんに、「初めまして」って挨拶してたそうです。

HM氏が除去したのは脳の中の海馬というところです。
彼は2008年に亡くなりました。
死後、脳が取り出されて詳細な分析が行われました。
そこで分かったことは、HM氏の海馬は、後ろ半分は残っていました。
その代わり、前半分と、海馬と大脳新皮質をつなぐ内嗅皮質が完全に取り除かれていました。
記憶というのは、大脳新皮質に保存されます。
大脳新皮質と海馬とのつながりが断たれたから記憶が作れないということです。
ということは、大脳新皮質に記憶を書き込むのが海馬といえます。
そして、海馬と大脳新皮質をつなぐ内嗅皮質は、アルツハイマーで最初に発症する部位でもあります。
だから、アルツハイマーになると記憶障害が起こるんです。

さて、ロボマインド・プロジェクトの目的は、人間と同じ心を作ることです。
その中心となる心のモデルが意識の仮想世界仮説です。
人は、目で見た世界を頭の中で仮想世界として構築します。
意識は、この仮想世界を介して現実世界を認識します。
これが、意識の仮想世界仮説です。

この仮想世界というのは、じつは、二つあります。
一つが、目の前の現実世界を認識するときに使う現実仮想世界です。
もう一つが、過去の出来事を思い出したり、未来のことを想像したりするときに使う想像仮想世界です。
この意識の仮想世界仮説、いつも、当たり前のように語ってますけど、これは、あくまでも僕が考えた仮説です。
広く認められてるものでもないですし、科学的に証明されたものでもありません。
ただ、脳科学とか、精神障害の本を読むと、矛盾なく説明できることがかなりあることは確かです。
そして、今回の本には、次のように書かれてました。
「未来を想像するときも、過去を思い出すときも同じ脳内ネットワークが使われることは、ここ10年の研究で確かめられてる」って。

どうです?
未来と過去を思い出すとき、脳の同じ部分が使われるんですよ。
これって、まさに、想像仮想世界そのものじゃないですか。
ますます、意識の仮想世界仮に確信が持てるようになりました。

それでは、この意識の仮想世界仮説を使って、記憶の仕組みを説明していきます。
意識の仮想世界仮説というのは、コンピュータで心を作るための心のモデルです。
だから、コンピュータプログラムで説明すると分かりやすいので、プログラムで説明します。

まず、仮想世界というのは、目で見た世界をそのまま頭の中で構築するものでしたよね。
これは、3DCGで作れば実現できます。
厳密には、3DCGだけじゃないんですけど、イメージしやすいのでここでは3DCGで説明します。
3DCGというのは、三次元空間に3Dオブジェクトを配置して作ります。
3Dオブジェクトは、色とか形のデータを持っています。
リンゴオブジェクトなら、赤いって色とか、丸いって形です。
これ、さっき説明した意味記憶と同じですよね。
つまり、意味記憶というのは、オブジェクトの属性とか性質と言えます。

それじゃぁ、意味記憶ってどうやって作られるんでしょう。
それは、経験によって作られます。
リンゴを食べるって経験をするわけです。
家で食べたり、おばあちゃんの家で食べたりって何度も経験するわけです。
そうやって繰り返し経験してるうちに、共通点が見つかりますよね。
赤いとか丸いとか甘いとかです。
これがリンゴの意味です。
これが意味記憶になるんです。

リンゴを食べたって経験は思い出です。
つまり、エピソード記憶です。
ということは、エピソード記憶から意味記憶が作られるわけです。
経験って、現実世界で体験することですよね。
それは、コンピュータで実現するとすれば、3DCGのシミュレーションで再現されます。
それを認識するのが意識プログラムです。

3DCGで再現された3D映像を記憶したものがエピソード記憶です。
人間の脳で言えば、大脳新皮質に保存されます。
コンピュータで実現するとすれば、保存先はデータベースでしょう。
どんな形で保存するかというと、オブジェクトデータと、それを動かすストーリーデータとにわけて保存します。

おばあちゃんの家でリンゴを食べたとします。
リンゴオとか、おばあちゃんとか、自分ってのオブジェクトデータと、それらの動きのデータであるストーリーデータに分けます。
そして、オブジェクトデータはオブジェクトデータベース、ストーリーデータは、ストーリーデータベースに保存します。
そして、その思い出すときは、オブジェクトデータベースからリンゴオブジェクトとかおばあちゃんオブジェクトとか自分オブジェクトを取り出して、想像仮想世界に配置します。
そして、ストーリーデータを基にリンゴを食べるってストーリーを再現するわけです。
これがエピソード記憶です。

さて、HM氏は、新たなエピソード記憶を作れませんでした。
これは、現実仮想世界の3Dシミュレーションをデータベースに保存する機能が失われたからと言えそうですよね。
でも、過去の記憶はあります。
でも、それも完全に思い出せたわけじゃありません。

HM氏に、「お母さんの懐かしい思い出はありますか?」って質問したそうです。
そしたら、HM氏は、こう答えたそうです。
「いや、彼女は母親というだけですから」って。

これ、どういうことか分かりますか?
これ、お母さんの思い出を思い出せないってことです。
エピソード記憶を思い出せないってことです。
思い出せるのは、「母親」っていう意味だけです。
つまり、意味記憶だけです。

これ、オブジェクトデータは取り出せるけど、ストーリーデータは取り出せないってことですよね。
どうやら、HM氏は、新規にエピソードを保存するだけでなくて、過去のデータを取り出して再現することもできないようです。
ただし、オブジェクトデータベースにはアクセスできるようです。
だから、母親という意味は認識できるんです。
でも、母親とこんな風に過ごしたとかってエピソードは、もう、思い出せないんです。

それから、HM氏に、星型とか、複雑な図形を鉛筆でなぞるゲームをしてもらったそうです。
そしたら、毎日、少しずつ上手になっていったそうです。
つまり、手が覚えてるんですよね。
これは、手続き記憶は生きてるってことです。
どうやら、手続き記憶は、海馬とか大脳新皮質とは関係ないところに記憶されるようです。

ようやく準備が整いました。
冒頭の質問、覚えてますか?
自分とは何か?
自分を成り立たせてるものは何かです。
それについて、回答します。

意識が認識するのが仮想世界です。
仮想世界に配置されるのがオブジェクトです。
オブジェクトは、リンゴといった物とか、お母さんといった人物があります。
そして、人物オブジェクトは他人だけでなくて、自分もあります。

リンゴオブジェクトには、赤とか甘いって意味が与えられます。
お母さんオブジェクトには、母親って意味が与えられます。
じゃぁ、自分オブジェクトの意味は何でしょう。
というか、自分の意味、これこそが、自分を成り立たせるものです。
それじゃぁ、自分の意味はどうやって作られるんでしょう。

まず必要なのは、自分はどうありたいかって思いです。
足が速くなりたいとか、美しくなりたいとかって思いです。
それは、まだ実現されてないことなので、想像仮想世界に作られます。
そして、現実の自分は現実仮想世界にあります。
意識は、その二つを認識します。
二つを見て、その差分を感じます。
その差分から、何をすべきかって行動が見えてきます。
速くなりたいなら、走る練習をするとか。
きれいになりたいなら、きれいな洋服を買うとかです。

やるべき行動が決まったら行動します。
そして、行動したら、それは思い出となります。
それがエピソード記憶です。
毎日走る練習をしたとか。
デパートできれいな洋服を買ったとかです。

そうやって、少しずつ、理想の自分に近づいて行きます。
足が速くなったかなぁ、きれいになったかなぁって思います。
最初は自分で思うだけです。
やがて、友達からも言われます。
「おまえ、足、速いよなぁ」とか、
「かわいいお洋服ね」とかって。

そうやって、足の速い自分、きれいな自分が作られて行きます。
これが自分の意味です。
つまり、自分の意味は、こうありたいって自分の思いと、他人から見た自分で作られます。
主観で感じるエピソード記憶と、客観的な意味記憶から自分が作られるわけです。

こうやって自分とはこうだって、自己が確立されます。
それが確立されるのは、10代~20代の頃です。
この頃に、その人の根本的な自己、自分らしさが確立されるわけです。

アルツハイマーになると、新しいことを覚えられなくなります。
ちょっと前のこともすぐに忘れてしまいます。
でも、若いころのことはよく覚えています。
「運動会では、いつも一番だったんじゃ」とか。
「学校で一番きれいって言われてたのよ」とかって。
しかも、何度も同じ話をします。
だって、それこそが、その人を成り立たせてる根本的な自分だからです。

ただ、アルツハイマーの末期になると、それさえも思い出せなくなります。
アルツハイマーのある高齢の女性患者がいました。
その女性は、老人ホームで車椅子で生活しています。
認知能力が衰えて、ほとんど会話もできません。
着替えや排せつも自分一人ではできません。
手続き記憶すら、衰えてきたんでしょう。

その施設では、食事のとき、服を汚さないように、職員が前掛けを着けさせます。
すると、その女性は毎回、同じ行動をするんです。
それは、こうやって首元から前掛けの下に手を入れて、首にかけてる真珠のネックレスを前掛けの上に引っ張り出すことです。
それをしないと、絶対に食事を始めないんです。

言葉も、食べ方も忘れても、最後まで残るものがあるんです。
それは、自分とは何者かってことです。
その女性の場合は、美しくありたいって自分です。
人と食事をするときは、真珠のネックレスは欠かせないわけです。
だって、それがその人を成り立たせてるんですから。
それが、最後まで残る自分です。

さて、それじゃぁ、あなたを成り立たせてるものはなんでしょう?
最後まで残る自分とは、何でしょう?
よかたら、一度、考えてみてください。

はい、今回の動画が面白かったら、チャンネル登録、高評価お願いしますね。
それから、今回紹介した意識の仮想世界仮説に関しては、こちらの本に詳しく書いてありますので良かったら読んでください。
それじゃぁ、次回も、おっ楽しみに!