第317回 記憶喪失1 〜記憶が消えて失うものと、残るもの


ロボマインド・プロジェクト、第317弾!
こんにちは、ロボマインドの田方です。

地上波テレビは規制だらけで面白くないですけど、ネットの番組は、面白いのがありますよね。
アベマテレビで、いろんな障害を持って生きる人を紹介するシリーズがあるんですけど、どれも興味深いんですよ。
その中に、41歳で記憶を失った男性の話があります。
沖縄に住む大庭英俊さん、55歳です。
14年前のある日、大庭さんは病院のベッドで目を覚ましました。
「名前何だっけ・・・俺」
これが、最初に思ったことだったそうです。
自分の手を見つめて、「この手の持ち主は、いったい誰なんだ・・・」
それがわからなくてパニックに陥ったそうです。
大庭さんは、仕事中に急性心筋梗塞で突然倒れて、13分間も心臓が止まってたそうです。
何とか蘇生したそうですけど、その間、脳への血流がとまって高次脳機能障害となったそうです。
その結果、41年間の記憶を失いました。
失ったのは過去の記憶だけではありません。
新たに覚えることもできなくなりました。
部屋の壁には、自分の免許証をA4に拡大したものを張り付けてあります。
毎朝、起きて、まずするのは、それを見ることです。
自分がだれか、確認するためです。
毎日、ゼロから人生をスタートするわけです。
これが、大庭さんの日常です。

記憶とは、いったい何なんでしょう?
これが今回のテーマです。
記憶が消えて失うものと、残るもの。
それでは、始めましょう!

心停止から蘇生したとき、大庭さんは、自分の名前を思い出せませんでした。
記憶が全て失われたわけです。
でも、よく考えたらおかしいんですよ。
記憶が全て失われたんなら、自分が名前を持っていたことも忘れてるはずですよね。
「名前があったはず」って記憶はあるわけです。

記憶って、当たり前すぎて、それが何かなんか、普段、考えないですよね。
当たり前に存在するものって、無くなったとき、初めて気づくんです。

じゃぁ、大庭さんが目覚めたとき、何に気づきましたか?
それは、自分が誰かってことですよね。
自分が誰かわからないって気づくってことは、少なくとも、「自分は誰かであった」ってことはわかってるってことです。
その「どこの誰か」がないってことに気づいたわけです。
こんな風に考えると、心はどんな部品で構成されてるのか、解明できそうです。

つまり、心って、パズルとか、プラモデルみたいに、いくつかの部品で組み立てられてるんですよ。
普段は、気づかないですけど、事故とかで部品が無くなった時、初めて、こんな部品があったんだって気づくわけです。
今気づいた部品は、自分です。

大庭さんは、自分って存在を持ち続けることができなくなったわけです。
だから、毎朝、自分の免許証を見て、自分が誰かを、新たに作り出さないといけないわけです。
そうしないと、社会で生きていけないわけです。
どうやら、人の心の重要な部品の一つに、「自分」って部品があるようです。

心臓が止まったことで、それが失われたわけです。
でも、失われなかったものもあります。

物が壊れるときって、壊れやすい部分から壊れますよね。
壊れやすい部分って、表面にあったり、最後に追加されたものです。
壊れにくいのは、奥にあったり、古くからあるものです。

今、最初に壊れたのが「自分」ですよね。
一方、壊れずに残ってるのもいっぱいあります。
言葉とか、歩き方とか、心臓を動かすこととかです。

そう考えると、自分とか自我ってものは、比較的最近できたものじゃないかって思うんですよ。
ここでいう最近っていうのは、ホモサピエンスの進化ってスケールでの話です。
何十万年とかってことです。

「自分」について、もう少し考えてみます。
自分っていうのは、どこで、どんなふうに生きてきたかってことです。
それに指し示すのが名前です。
自分って、簡単に消えることのない確固たるものだと思ってましたけど、最初に消えるってことは、意外と、そうでもないようです。

このことで思い出すのがピダハンです。
ピダハンっていうのは、南米に住む未開の民族で、独特の文化を持っています。
ピダハンも、もちろん、自分の名前を持ってます。
ただ、ピダハンは、生きてる間に、何度も自分の名前を変えるんです。

ピダハンと暮らしていた言語人類学者のエヴェレットが、名前を変えたピダハンに、まちがって、昔の名前で呼びかけたそうです。
そしたら、その人は、聞こえてるのに聞こえてないふりをするそうです。
何度も呼び掛けると、その男はこう言ったそうです。
「その男は、もうここにはいない。ここにいるのは○○だ」って。
どうも、ピダハンは、名前を変えると、今までの自分が消えて、新たな自分になるようなんです。

つまり、変わることのない不変な自分ってのは、現代の我々の文化が作り出しただけなんです。
人間に本来備わってる機能じゃないんです。
むしろ、最も最後に手に入れた、最も新しい機能なんです。
だから、最初に壊れたんです。

後で取り上げますけど、大庭さんは、昔、音楽を教えてて、モーツァルトやシューベルトの知識は残ってたんですよ。
自分のことは忘れて、モーツァルトのことは覚えてるって、どういうことって思いますよね。
わかってほしいのは、人の記憶って、一律に同じデータベースに保存するとかって、そんな単純なものじゃないってことです。

それから、大庭さんは、自分の手を見つめて「この手の持ち主は、いったい誰なんだ・・・」って言ってましたよね。
自分が誰かがわからなくなってたわけです。
でも、自分の手は、自分の手だとわかってます。
何が言いたいかというと、自分の体は、自分のものだってとこは壊れてないんです。
何を当たり前のことを言ってるんだって思いますよね。
でも、そうじゃないんですよ。

たとえば、第299回では離人症を取り上げました。
離人症は、自分の体が自分と思えなくなる精神障害です。
また、第297回では、身体同一性障害を取り上げました。
これは自分の体の一部が自分のものでないように感じて、ひどい場合には、自分の足を切断する人もいます。
こんな風に、自分の体が自分のものだと感じるのも、当たり前ってわけじゃないんですよ。
脳障害によっては、そう感じれないこともあるんです。
ただ、大庭さんの場合は、体は自分のものだと感じたということは、自分と体とは強固に結びついていたんでしょう。
失ったのは、自分の中身です。

この自分の中身というのが、自分の記憶です。
記憶を失ったわけです。
番組では、これを、高次脳機能障害と呼んでました。

高次脳機能障害ですよ。
これ、おかしいんですよ。
この言葉、何の説明にもなってないですよね。

つまりね、例えばおなかが痛くて病院行ったとするでしょ。
そしたら、盲腸ですとか、腸閉そくですとかって診断されますよね。
これが普通です。
これが、「これは、消化器の病気ですねぇ」って言われたらどう思います?
そんなこと、言われんでもわかってるってなりますよね。
難しく言っただけやんって。

それと同じです。
高次脳機能障害って、難しく言ってるだけです。
そういうことじゃなくて、なんでこうなったか、具体的な原因を知りたいわけです。
虫垂が炎症を起こして盲腸になってるとか、腸が詰まって腸閉そくを起こしてるとかってことです。

なんで、そういう具体的な原因を言わないで、高次脳機能障害とかってごまかすんでしょう?
それは、単純に心の仕組みが、何にもわかってないからです。
わかってるのは、それは脳が関係するってことだけです。
だから、高次脳機能障害なんて、それらしい名前をつけてごまかすんです。

でも、そういうこと、意外と、みんなわかってもないんですよ。
この前、あるYouTubeで『脳のなかの幽霊』って本を紹介してました。
作者は、神経科学者のラマチャンドランです。
これは、僕の人生を変えた一冊として、今まで何度も紹介した本です。
この本は、脳の機能と、心の関係を解き明かそうとしてる画期的な本です。
そのYouTubeでも、この本は面白いって紹介してたんですけど、ただ、出版されてから20年以上たってるから、できたら、最新の脳科学の知見も加えて、書き直してほしいって言ってました。

そう言いたい気持ちはわかります。
脳科学は、この20年、ものすごく進歩してますから。
でも、それ、全くの勘違いなんですよ。
たとえば、脳に電極を埋め込んで、AとかBとかって文字を思い浮かべただけで、モニターにAとかBって正確に表示することができたって記事を最近、見たことがあります。
最新の脳科学でできることってこの程度です。

でも、僕らが頭で考えてることって、そんなのと、全然違うじゃないですか。
「あぁ、今日、数学のテストがあるから学校、行きたくないなぁ。お腹が痛いことにして学校休もかなぁ」とかですよねぇ。
でも、そんなこと、脳に電極いくら差しても、全く読み取れないですよ。
脳と心の関係なんて、この10年、20年、ほとんど進展してないんですよ。
これが脳科学の現状です。
まず、その現状をわかっておいてください。

さっきの『脳のなかの幽霊』には、脳と心の関係を、かなり具体的に説明してあります。
心は、こんな風にデータを管理してるから、その機能を損傷すると、こんな症状になるとかって。
僕は、それを読んだとき、「これや!」って思いました。
「これを、そのままコンピュータで作れば、人間の心が作れるぞ」って。
ただ、ラマチャンドランも言ってますけど、これはあくまでも仮説です。
証明するのは難しいって。

ここなんですよ。
脳と心の関係って、わかったとしても、証明とかって、実質、不可能なんです。
なぜかというと、脳と心の関係って、コンピュータでいえば、CPUとその上で動くプログラムと同じです。
CPUを流れるデータを正確に読み取れたとしても、どんなプログラムを実行してるのかなんか、わからないんです。
だから、たとえ、脳細胞の動きを完璧に解明できても、心で何を考えてるかなんかわからないんですよ。

でも、障害になった人が、心でどんな風に感じるとかは、本人に聞いたらわかりますよね。
それがわかれば、そこから心の仕組みを想像することはできますよね。
それをやったのがラマチャンドランです。
そして、僕は、それを、プログラムでを作ろうとしています。

それでは、僕の仮説を基に、大庭さんの症状を読み解いていこうと思います。
人は、目で見た世界を頭の中で仮想世界として構築します。
意識は、その仮想世界を介して現実世界を認識します。
これが、僕が提唱する意識の仮想世界仮説です。
僕は、この仮説をもとに心のシステムを作ろうとしています。

このシステムは、朝、目が覚めたときに起動します。
目を開けて、頭の中に仮想世界を作り上げて、意識はそれを認識するわけです。
机がある、椅子があるって認識するわけです。
机や椅子の使い方は、過去の経験からわけです。
つまり、過去の記憶から仮想世界をつくりだしてるわけです。

仮想世界には、目に見える世界だけでなく、自分もつくり出されます。
自分は誰で、昨日まで何をしてて、今日、何をしないといけないのか。

ここですよね。
大庭さんが躓くのは。
大庭さんは、言葉は普通にしゃべれます。
つまり、椅子や机の意味はわかってるわけです。
でも、自分が誰なのか思い出せないわけです。
つまり、朝、起きて、仮想世界を創るとき、自分を作り出すとこでエラーが起きてるんです。
どうやら、心のシステムは、自分と、それ以外の世界とは別に管理してるようです。
もし一緒に管理してたら、机を見ても、それが何かわからないはずですから。

それから、大庭さんは、起きたとき、昨日までのことをを忘れてるっていいます。
これ、逆に言えば、起きてる間は覚えてるってことですよね。
起きて、仮想世界が起動してるあいだは、仮想世界にアクセスできるわけです。

でも、いったん、寝ると、それを忘れるようです。
じゃぁ、寝てるとき、何が起こってるんでしょう?

それは、今日あった出来事を記憶する作業です。
今日、あった出来事というのは、仮想世界の中にある状況です。
寝てる間に、それを保存するんです。
そして、起きたとき、それを呼び出して仮想世界を創るんです。

これが、昨日、何をしたかとか、今日、何をしないといけないとか、思い出すってことです。
仮想世界仮説を使った心のシステムで、大庭さんの症状をうまく説明できますよね。

次回は、大庭さんが普段、どんな生活をしてるのかを見ながら、心のシステムをもう少し詳しく読み解いていこうと思います。
高次脳機能障害なんて一言で済ますんじゃなくて、何をどうやって管理してるとか、具体的な心の仕組みを解明していこうと思います。
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あと、一番重要な意識の仮想世界仮説に関しては、こちらの本で詳しく解説してるので、よかったら読んでください。
それじゃぁ、次回も、おっ楽しみに!