ロボマインド・プロジェクト、第318弾!
こんにちは、ロボマインドの田方です。
前回、アベマTVで紹介されてた大庭英俊さんの話を取り上げました。
大庭さんは、14年前の41歳の時、仕事中に急性心筋梗塞で倒れて13分間も心臓が止まったそうです。
その間、脳への血流も止まって、蘇生後、今までの記憶をすべて忘れました。
記憶を失っただけじゃなく、さらに、新たに覚えることもできなくなりました。
大庭さんは何を失って、何を失わなかったのか。
それを読み解くことで、人の心の進化がわかってきました。
これが、今回のテーマです。
人はいかにして心を獲得したのか
それでは、始めましょう!
一言で記憶といっても、いろんな種類の記憶があります。
大庭さんも、覚えられることと、覚えられないことがあります。
まず、大庭さんは自分のことを覚えていません。
名前も覚えていませんし、どこで生まれて、どんな仕事をしてたとか、全く思い出せません。
毎朝、A4に拡大した自分の免許証を見て、自分の名前を確認するところから始まります。
お母さんと暮らしていますが、お母さんのことも覚えていません。
毎朝、初めて会ったかのように思うそうです。
一方、覚えてることもあります。
大庭さんは、音楽の講師をしてたので、モーツァルトやバッハといった名前や、どんな曲を作曲したとか、いつの時代の生きてたかといったことは覚えてるそうです。
大庭さんは、楽器はホルンを担当していて、番組でも見事な演奏を披露していました。
それから、新しいことは覚えれないといいましたけど、ニュースは覚えてるそうです。
大庭さんは沖縄に住んでいて、地元のニュースには特に感心があって、米軍基地にフランスの軍艦が来てたとか、そんなことも覚えてるそうです。
自分の顔も名前も覚えられないのに、モーツァルトや総理大臣のことは覚えれるって、いったいどういうことなんでしょう。
まずは、事故後も残った記憶です。
わかりやすいところは、ホルンの演奏の仕方です。
それから、スマホの操作もできます。
スマホの操作は、事故後に覚えたものです。
記憶にはいろいろ種類があります。
楽器の演奏とか、スマホの操作は手続き記憶といって、体で覚えるタイプの記憶です。
体が覚える記憶は、小脳とか、運動を司るところで記憶します。
これは、進化的に古い生物も持ってる脳で、今回の事故で損傷しなかったのでしょう。
だから、体が覚えるタイプの記憶は残ったわけです。
脳の進化から考えて、古くからある機能は壊れにくくて、新しく獲得した機能が壊れやすいと考えるとわかりやすいです。
歩き方とか、食べ方とか、そういったことを忘れると生きていけません。
そういった生きる上で絶対不可欠なものは、進化的に古い機能で、壊れにくいようです。
次は自分です。
自分のことは覚えれないのに、音楽家や総理大臣は覚えてましたよね。
これは、どういうことでしょう?
これも、脳の進化から考えるとわかります。
大庭さんが覚えることができるのは、ニュースとか、芸能人とか音楽家でしたよね。
どうも、覚えれるのは、いつ、どこで何があったかといった客観的事実のようです。
それに対して覚えれないのは、自分のことです。
自分が誰かとか、家族とか、住んでる家とかです。
これは、自分を中心とした主観的な世界です。
どうやら、人が認識する世界は二種類あるようです。
一つは客観的な世界です。
客観的な世界は、自分は関係せず、客観的い存在する世界です。
もう一つは、主観的な世界です。
主観的な世界は、自分との関係で捉えた自分を中心とした世界です。
脳が損傷して、まず消えたのが主観的世界です。
これ、大庭さんだけじゃありません。
記憶喪失になった人が消えるのは、自分の名前とか、自分に関する記憶です。
客観世界の記憶は残るんです。
逆はありません。
例外はないんです。
これを進化から読み解くと、主観的世界の方が、客観的世界より新しく獲得したものといえそうです。
僕は、最初、それって逆じゃないかって思ってました。
世界の把握の仕方って、自分中心の方が原始的で動物でもやってるやり方やと思ってました。
でも、そうじゃないんですよ。
これも、生物の進化から考えたらわかります。
最も単純な世界とのかかわりは、脊髄反射のような反応です。
天敵の影を感じたら逃げるとか、虫を認識したら反射的に捕まえるとかです。
この段階は、世界の認識というより、知覚に反応してるだけといえます。
世界を認識するのは、その次の段階です。
世界を認識する主体が意識です。
僕は、意識が世界を認識する仕組みとして意識の仮想世界仮説を提案しています。
それは、まず、目で見た現実世界を頭の中に仮想世界として構築します。
意識は、この仮想世界を介して現実世界を認識します。
今までは、反応して行動するという形で世界とかかわっていました。
それが、行動でなく、ただ単に、世界を眺めるってことができるようになったんです。
これって、じつは、スゴイことなんですよ。
だって、それまでは、何も考えずに、ただ、反応してただけです。
それが、世界が存在するって思えるようになったんですから。
考えたら、とんでもない進化です。
さて、今、皆さんが見てるこの世界。
おかしなことに気づきませんか。
大事なものが存在しないんですよ。
それが何かというと、そこには、自分がいないんですよ。
どこ見渡しても、自分が見えないんですよ。
つまり、世界を認識できるようになった段階では、まだ、自分は認識できないんです。
つまり、最初に認識できるのは客観世界の方なんです。
自分を認識するには、そこからさらに、自分ってものを作り出さないといけません。
これも、またさらに大きな進化です。
どうやって自分を認識するかというと、仮想世界に、自分というものを作り出したんです。
見えないですけど、自分を、無理やり作り出したんです。
これで、ようやく、自分を認識できるようになったんです。
脳の進化で最後に獲得したもの、それが自分です。
または自我です。
つまり、自分とか自我というのは、客観的な世界とは別に生み出したわけです。
コンピュータシステムで考えたら、世界と自分は、別のモジュールになってるんです。
そして、別々に作られた世界と自分を合成する仕組みがあるんです。
その仕組みがあるから、自分は世界の中に存在するって感じるんです。
僕らは、当たり前のように、世界の中に自分がいるって感じますよね。
でも、それって、世界、自分、そして、それらを合成する仕組み、それだけの仕組みがそろって、ようやく認識できるわけです。
さて、大庭さんが失ったものは記憶だけじゃありません。
感情や感覚も失ったといいます。
たとえば、空腹とか、睡眠欲も感じなくなったそうです。
空腹を感じないとどうなるかというと、突然、動けなくなるそうです。
動けなくなって、初めて、そういえば、何も食べてなかったって気づくんです。
これは非常に興味深いです。
僕は、空腹感というのは、お腹が空いたら自然と生まれるものだと思っていました。
でも、大庭さんの話を聞いて、そうじゃないってわかりました。
ということは、空腹感は、自然と発生するんじゃなくて、わざと作り出されたものなんです。
これ、システムとして考えると、結構、重要なことを意味するんです。
ここから想像できる心のシステムって、こんな感じです。
仮想世界を使って世界を客観的に認識できるようになったとき、意識も生まれました。
システムでいえば、仮想世界モジュール、意識モジュールが生まれたわけです。
それまでの反応だけで動く生物の場合は、一つの巨大なシステムでした。
それが、機能ごとにモジュールが分割されたんです。
分割されたモジュールは、互いに通信する必要がありますよね。
通信には、やり取りするデータがありますよね。
それじゃぁ、意識モジュールに送られるデータって、何でしょう?
それが感覚や感情です。
たとえば、お腹を管理するモジュールが、おなかが空いたと意識モジュールに知らせるときに使うデータが空腹感って感覚です。
つまり、空腹感って、おなかが空いたら自然と発生するわけじゃなくて、システムのためにわざわざ作り出されたものなんです。
自然と発生するものじゃないから、障害が起こると消えることもあるわけです。
そして、いろんなデータが集約されるモジュールがあります。
それが意識モジュールです。
心のシステムのトップで全体を制御するモジュールです。
意識モジュールは、データを受け取って、行動を決定します。
たとえば、空腹データを受け取った意識モジュールは、一種の苦痛を感じます。
その苦痛を和らげるために、食べるって行動を取ります。
ところが大庭さんは、空腹データを生み出せなくなったので、食べるのを忘れて、気が付いたら体が動かなくなっていました。
意識モジュールが受け取るデータがどれだけ重要か、わかりますよね。
感覚と同じように、感情も意識モジュールが受け取るデータです。
意識モジュールが受け取るデータによって、人の行動は決まります。
言い換えれば、人の行動の多様性は、意識モジュールの多様性によって決まるともいえます。
大庭さんは感覚だけでなく、いくつか感情も失いました。
たとえば、人を好きになったり、嫌いになったりする感情が無くなったといいます。
楽しいも、悲しいもあまり感じないそうです。
今でも、ホルンを演奏するそうですけど、演奏しても楽しいって感じないそうです。
一緒に暮らしてたお母さんが最近、亡くなったそうです。
でも、悲しいといった感情は湧かなかったそうです。
それから、変化が苦手だそうです。
毎日、同じルーティンを続けるのが安心するそうです。
逆に、より強く感じるようになった感情もあります。
寝る前に、もしかしたら、明日、このまま目が覚めないんじゃないかって、感じるそうです。
つまり、死への恐怖です。
死の恐怖は、強く感じるそうです。
さて、これらはどう解釈したらいいんでしょう。
ここも、新しい感情が失われて、昔からある感情が強化されたと考えたら理解できます。
新たに手に入れたものは、自分とか自我ですよね。
人を好きになるとか嫌いになるとか。
これ、自分というものがないと生まれない感情だと思います。
個々の存在、個々の違いを認識できるから、人を好きになったり、嫌いになったりするんです。
好きな人がいなくなったとき、悲しみを感じるわけです。
好きがなければ、悲しみも感じないわけです。
自分を認識する前は、客観的世界だけを認識していましたよね。
客観的世界だけでも、社会は作れます。
社会を形成する動物はいっぱいいます。
ただ、動物の社会には、個性とか多様性は少ないです。
でも、人間社会は、多様性がありますよね。
じゃぁ、それはどこから生まれるんでしょう。
それを生み出す感情が「楽しい」って感情です。
楽しいは、生きるのに不可欠な感情じゃありません。
でも、楽しいがあるから、多様な文化が生まれたんです。
人それぞれに、その人なりの楽しさを持っていて、それが個性を生み出すわけです。
そして、その個性に魅かれて人を好きになるわけです。
楽しいの反対は退屈です。
毎日、同じことの繰り返しだと、嫌になります。
何か、新しいことをしたいと思います。
楽しいって感情を感じなくなった大庭さんは、変化を嫌います。
同じルーティンだと安心します。
毎日、ルーティンどおりに行動します。
おそらく、人以外の動物の行動の動機は、ルーティンなんです。
多様性は少ないですけど、安定した社会は作れます。
一方、人は、「楽しい」って感情を持つようになりました。
行動の動機として、楽しさを求めるようになったんです。
ここから、社会から逸脱する行動も生まれるようになりました。
個性や多様性が生まれたんです。
番組で、「大庭さんは将来はどうしたいですか?」って聞かれてました。
大庭さんは、「どうしたいってのはあまりないですけど、なるべく長生きしたいって」って答えてました。
たぶん、これは、生物がもつ根本的な動機なんでしょう。
できるだけ長生きしたい。
それから、死への恐怖。
これらが、人を含めて、生物が最も根本に持ってる感情です。
それから、大庭さんには夢があります。
自分の経験を、世間の人に伝えたいそうです。
そうすることで、自分と同じように悩んでる高次脳機能障害の人を、救いたいそうです。
大庭さんは、欲は失われたそうですけど、人の役に立ちたいとか、感謝って気持ちは強く残ってるそうです。
これこそ、最も人間らしい、人間しか持ち得ない尊い感情だと思います。
これは、進化でなくて、生まれてから育て上げて、手に入れたものです。
だから失われずに残ったんです。
最後まで残るのは、その人がどんなふうに生きていたかってことなのかもしれません。
はい、今回の動画がおもしろかったらチャンネル登録、高評価お願いしますね。
それから、今回紹介した意識の仮想世界仮説に関しては、こちらの本に詳しく書いてありますのでよかったら読んでください。
それじゃぁ、次回も、おっ楽しみに!