第377回 自閉症からわかった言語発生の新仮説


ロボマインド・プロジェクト、第377弾!
こんにちは、ロボマインドの田方です。

今回も、東田直樹さんの本『自閉症の僕が跳びはねる理由2』を読み解いていきます。

僕が解明したいのは心の仕組みです。
特に、言葉です。
これが、意外と難しいんですよ。
何で難しいかというと、言葉を話すって、あまりにも当たり前にできてるからです。
ただ、考えたことをしゃべるだけですから。

でも、その裏では、無意識がいろんな複雑な処理をしてるはずです。
でも、そこはブラックボックスになっていて見えません。
見えるのは、入力されたデータと出力されたデータだけです。
だからChatGPTとか、今のAIは、目に見えるデータだけを学習してます。
それによって、単語が入力されると、それに続く単語を高精度に予測することができます。
でも、人間は、そんなことしてないですよね。
だって、国会図書館にある本を全部丸暗記しないと会話できないってことないですしね。

じゃぁ、ブラックボックスになってる人の心はどんな仕組みで動いてるんでしょう。
それは正常に動いてるときじゃなくて、不具合が生じたとき、チラって見えてきます。
僕がよく例に挙げるのが盲視です。
盲視というのは、脳の一部が損傷して見えなくなるって障害です。
盲視患者の目の前にリンゴを出して「何かわかりますか?」って聞いても、「見えないのでわかりません」って答えます。
つぎに、レーザーポインターで黒板を示して、「光の点を指差してください」っていうと、すっと指差しできるんです。
このことから、一言で「見る」といっても、「何」って認識する機能と、「どこ」って認識する機能の二つの機能から成り立つってことがわかります。
こうやって、ブラックボックスになっていた無意識の処理が少しずつわかってくるんです。

自閉症も同じです。
東田さんは重度の自閉症で、ほとんどコミュニケーションが取れませんでした。
それが、文字盤ポインティングとか筆談を使うことでコミュニケーションが取れるようになりました。

そしたら、どんなに言葉を話すのが難しいのか、心の中でどんなふうに考えてるのか、リアルに分かるようになってきました。

言語の発生の仕組みは、僕なりに、ほぼ解明できたと思っていました。
でも、そんな単純なことじゃなかったことが分かりました。
もっと複雑なメカニズムが見えてきたんです。
これが今回のテーマです。
自閉症からわかった
言語発生の新仮説
それでは始めましょう!

東田さんは、誰かに声をかけられても、それに気づかないことがよくあるそうです。
声がどこから聞こえてくるのかが分からないそうです。
なんで、みんなは簡単にできるんだろうって言います。
声が聞こえてくることに気づいて、それが自分に言われてる言葉だとわかって、すぐに相手に答えられることが信じられないそうです。

いやぁ、そんなこと、考えたこともなかったですよね。
当たり前にやってることなので、それが難しいなんて考えたこともありません。
おそらく、これがブラックボックスの無意識がやってる処理なんでしょう。

じつは、ここは、プロジェクト・エデンの無意識でも実現しています。
それじゃぁ、さっそくプロジェクト・エデンを見てみましょう。
AIアバター「もこみ」が公園で太郎に会った時のマインド・エンジンの画面です。
(第375回の15:18~15:21)

太郎が、「こんにちは」ってあいさつしました。
マインド・エンジンの現実仮想世界が、もこみの意識が認識する現実です。
仮想世界は、三次元空間にオブジェクトが配置されて3DCGで作られます。
もこみの意識プログラムは、仮想世界のオブジェクトを認識します。
たとえば、意識プログラムは、太郎オブジェクトを受け取ることで、「太郎がいる」って感じるわけです。

オブジェクトというのは、色とか形といったプロパティを持っていて、人物オブジェクトなら名前プロパティを持っています。
だから、意識プログラムが太郎オブジェクトを受け取ったら、名前プロパティを参照して「あっ、太郎」って思うわけです。
これらのオブジェクトを作ってるのが無意識です。
意識は、無意識が作り上げた世界からオブジェクトを受け取るわけです。

さて、オブジェクトは物や人だけでなくて、言葉もオブジェクトになります。
この場合だと、「こんにちは」って言葉オブジェクトを無意識が生成したわけです。
言葉オブジェクトは、誰が言ったかとか、誰に向けて言ってるとかってプロパティも持っています。
意識プログラムは、そのオブジェクトを受け取ったから、太郎が「こんにちは」って自分に言ったんだって分かるわけです。
自分に向けて言ったってデータまで生成してるので、意識は、自然と自分に向けて言われてるってわかるわけです。
この言葉オブジェクトをマインド・エンジンで示したのが、このセリフの吹き出しです。

この吹き出しは、僕ら開発者とかユーザーに分かるように示してあって、プログラム内では、言葉オブジェクトとして意識プログラムに渡されています。

この吹き出しのうち、これが、太郎が発言したって印ですよね。
それじゃぁ、もし、これが上にもついてたらどうでしょう?

「それ、なに?」って思いますよね。
これは、僕らは、言葉というもは、誰がしゃべってるって思ってるからです。
でも、それが空中を指してたら、「誰がしゃべってるの?」「もう一人いるの?」って混乱するわけです。
逆に言えば、僕らの頭の中の意識プログラムは、誰がしゃべったかってプロパティを持った言葉オブジェクトを受け取るように作られてるわけです。
だから、それに合わない形式のデータが渡されると、エラーを出すわけです。
それが、「何、それ?」というわけです。

さて、東田さんです。
東田さんは、話しかけられても、わからないって言ってましたよね。
それは、誰に向けて話したかってデータが抜けてるんだと思います。
つまり、ただの音声しか受け取ってないんです。
おそらく、無意識が、完全なデータを作成できないんでしょう。
だから、誰が自分に話しかけてるのか分からないわけです。
そう考えたら、無意識のブラックボックスの中身が、ちょと見えてきますよね。

それから、東田さんは、いつもと違う場所で誰かに会うと、その人だと認識できないそうです。
人を場所と一緒に記憶してるそうなんです。

もう一度、マインド・エンジンを見てみます。

上の視覚入力が、カメラにに映った画像です。
下の現実仮想世界が、3DCGで再構成した世界です。
上の画像は二次元画像なので、どこが太郎で、どこが芝生とかって分かれてません。
下の仮想世界は、太郎オブジェクト、芝生オブジェクトって分かれています。
だから、人物と背景を分離して管理できます。
場所が変わると人物が分からなくなると言うのは、上のような画像として認識してるのかもしれません。
二次元画像から3次元世界をつくるのは無意識です。
東田さんの場合、この無意識の機能が低下して、背景と人物を完全に分離できてないのかもしれません。
こう考えると、無意識がどんな処理をしてるのかがわかってきますよね。

さて、次は、今回のメインとなる重要な話です。
東田さんは、今では、筆談や文字盤を使って自分の意志を伝えられますが、幼いころは、全く伝えることができなかったそうです。
だから、欲しいお菓子やおもちゃがあっても伝えることができませんでした。
両親は、東田さんの様子を観察して、これが欲しそうだと思うものを買ってくれてたそうですけど、あまりうまくいってなかったそうです。
たとえば、東田さんは、お店などで商品を手に取ることがあります。
でも、それはこだわりでつかんでる物がほとんどで、欲しいとか好きだから掴んで出るわけではなかったそうです。
嬉しい気持ちをうまく表情や態度に表せなかったので、たとえ欲しい物が手に入っても、両親でさえも、喜んでるのかどうか分からなかったそうです。

さて、これを聞いてどう思いましたか?
ここには、言語の重要なヒントがいっぱい隠れています。

順番に読み解いていきます。
まず、疑問なのが、嬉しいって感情を表現できないってことです。
これ、不思議ですよね。
前回、怒ったり、嬉しかったりすると、つい声をあげてしまうって話をしました。
これって、嬉しいって感情を表現してますよね。
おもちゃが欲しいと、何が違うんでしょう。

このことを理解するために、感情や感覚についてもう少し考えてみます。
お腹が空くとか、眠いとかって感覚は、生物が生きていくために必ず必要です。
ところが、これをほとんど感じないって例をいくつか紹介しました。
一つは、第317回〜319回で紹介した記憶喪失になった大庭さんです。
大庭さんは、ぎりぎりにならないとお腹が空いたと感じないそうです。
動けなくなって、初めて、何も食べてないことに気づくそうです。
それから、第326回で紹介した多重人格のharuさんも同じことを言っていました。
スマホの充電でたとえると、普通の人は残り30%ぐらいになるとお腹が空いたって感じるけど、haruさんの場合は3%ぐらいにならないと感じないそうです。
それから、狼と犬を掛け合わせたウルフドッグを飼ってる人も同じようなことを言ってました。
ウルフドッグは、エサをあげても2~3日食べないことがよくあるそうです。
毎日、決まった時間にご飯を食べてくれないそうです。

生物は、食べないと生きていけないので、空腹感は必ずあるはずです。
でも、一日三食たべるのは人間の食習慣です。
食事の時間になるとお腹が空くのは、人間とか、飼いならされた家畜とかペットだけなようです。
本来持ってる空腹感というのは、定期的に訪れる物じゃなくて、ぎりぎりにならないと感じないもののようです。
だから、記憶喪失や多重人格とか、脳機能に不具合が生じると、人間が身に着けた機能が低下して、本来の機能だけを感じるようになるんでしょう。
そう考えると、人間は、独自の感覚を身に着けたと言えそうです。
それが、食習慣による空腹とかです。

それから記憶喪失になった大庭さんは、眠たいって感覚も感じなくなって、毎晩、睡眠薬を飲んでるそうです。
これも野生の動物を考えればわかります。
野生動物は、いつ、天敵に襲われるか分からないので、いつまでも寝てるわけにはいきません。
夜から朝までぐっすり眠るのは人間だけです。
夜になったら眠くなるのは人間が獲得した機能です。
そう考えると、本来持っていた感覚にプラスして、人間は、独自の感覚を持つようになったといえそうです。

さて、人間のみがもつものといえば言語です。
言語を認識するのは、意識です。
人間の意識モデルとして、僕は、意識の仮想世界仮説というのを提唱しています。

人は、目で見た世界を頭の中に仮想世界として構築します。
意識は、この仮想世界を介して現実世界を認識します。
これを、意識の仮想世界仮説と言います。

さっき説明したマインド・エンジンは、この意識の仮想世界仮説をベースにしています。
マインド・エンジンでは、仮想世界にオブジェクトが配置されて、意識プログラムはオブジェクトを認識していましたよね。
つまり、意識が認識できるのは、仮想世界に配置されるオブジェクトだけだっていうのが、意識の仮想世界仮説の考えです。

さて、ここからが本題です。
意識をもたない生物も、空腹や睡眠欲といった感覚とか、恐怖といった感情を持っています。
ただし、意識をもってないので、それを意識的に感じられません。
意識が感じる代わりに、体が感じて反応するんです。
餌を見つけたら反射的に捕まえたり、天敵の影を感じたら、反射的に逃げたりです。

意識を持つようになると、空腹や恐怖って感覚や感情を、意識的に感じられるようになりました。
マインド・エンジンだと、感覚や感情は仮想世界に置かれたオブジェクトです。
人の意識の場合、これは感情や感覚のクオリアです。

そう考えると、東田さんの疑問も解けます。
東田さんは、嬉しいって感情を表現できないって言ってましたよね。
一方、大好きな電車や車を見たら、興奮して思わず声が出るとも言っています。
これ、同じ「嬉しい」でも違いがあるってことなんですよ。

生物が本来持ってる空腹と、人が感じる空腹とは別なのと同じです。
生物本来の空腹感は、動けなくなるほどお腹が空いたときに感じるものです。
人が感じる空腹感は、それとは別で、空腹のクオリアです。
空腹のクオリアは、空腹度合いまで含んだ複雑なデータになってるんですよ。
記憶喪失になった大庭さんや、多重人格のharuさんは、空腹のクオリアを作れなくなったんでしょう。
だから、生物本来持ってる空腹感が発生するまで、空腹って感じなんでしょう。

人は、クオリアを認識することで、本来、存在しないものまで感じることができるようになったんです。
本来存在しないというか、より高精度に感じることができるようになったとも言えます。

嬉しさって感情も同じなんです。
好きな自動車とか電車を目の前にすると嬉しくて、思わず声を上げてしまいます。
これが生の嬉しいって感情です。
それは、生の感情は体に直結しています。

そこまで行かなくても、好きな自動車や電車のおもちゃを見ると、嬉しいと感じるんでしょう。
この時感じるのは嬉しさのクオリアです。
無意識が嬉しさのクオリアを生成したんです。
それを、意識が感じ取ったんです。
これが、東田さんも、嬉しさのクオリアは感じていました。

でも、クオリアは体には直結していません。
だから、嬉しさを感じても、体では表現されないんです。
だから、欲しいものがあっても伝えられなかったんです。

それじゃぁ、東田さんは、その後、どうなりましたか?
筆談とか文字盤を使えるようになって、ようやく、欲しいものを伝えられるようになりましたよね。

わかりましたか?
ここなんですよ。

クオリアは、直接体に結びついてません。
クオリアを感じられるのは意識だけです。
だから、そのクオリアを伝える表現が必要なんです。
それが、言語です。
言葉です。

ねぇ、言葉の生まれるメカニズムがわかってきたでしょ。
人は、進化によってクオリアと、それを認識する意識を獲得しました。
クオリアを介して感じることで、今までにない微妙な感覚を感じることができるようになりました。
ちょっとお腹が空いたって感じとかです。
嬉しいって感じもその一つです。

でも、感じただけじゃ、まだ、意識の半分も使いこなせていません。
感じたものを、他人に伝えてこそ、本当の威力が発揮されるんです。
だから、意識で感じたものを表現する方法を発明したんです。
それが、言語です。
言葉です。

ねぇ、分かってきたでしょ。
これが、人間の持つ心です。
意識とクオリアをつかって世界を正確に把握できるようになったわけです。
そして、それを人に伝えるために生み出されたのが言語です。

東田さんのおかげで、言語がいかにして生まれたかが解明できました。
はい、今回はここまでです。
この話、まだまだ続きそうです。

今回、紹介した意識の仮想世界仮説に関しては、こちらの本で詳しく解説していますので、よかったら読んでください。
今回の動画がおもしろかったらチャンネル登録、高評価お願いしますね。
それじゃぁ、次回も、おっ楽しみに!