第381回 7歳まで言葉を教えられずに育てられるとどうなるか


ロボマインド・プロジェクト、第381弾!
こんにちは、ロボマインドの田方です。

最近、僕がずっと語ってるのが言葉はいかにして獲得するのかって話です。
自閉症の東田さんの話から始まって、第378回では、脳性麻痺でほとんど動けなくて、言葉も理解できないと思ってた子が、じつは、言葉をちゃんと理解してたって話をしました。
ここからわかってきたのは、言葉の理解に最も重要なのは、言葉を話すことより、言葉をインプットすることだってことです。
じゃぁ、生まれてからずっと話しかけなかったら、どうなるんでしょうか?

それを確かめようと思っても、まさか、人間の赤ちゃんを使って実験はできないですよねぇ。
でも、そう考えるのは現代人だけです。
昔の人は、無茶な実験も平気でしていました。
歴史の本を読んでると、ローマ皇帝が信じられないようなことをしてたって話はよく聞きます。
たとえば、今から800年ほど前の神聖ローマ皇帝、フリードリヒ二世です。

フリードリヒ二世は多芸で、すぐれた詩人でもあり、学問好きでもありました。
特に動物の生態に興味があって、宮廷では、ヒョウやキリンといった異国の動物を飼っていたそうです。
ここまではいいんですけど、人間にも興味があって、いろんな人体実験の記録も残っています。
その一つが、言葉を一切教わらなかったら、人間は、最初にどんな言葉を話すのかって実験です。
そこで、50人の生まれたばかりの赤ちゃんを隔離して、以下の三つを禁じて育てました。
1.赤ちゃんに話しかけてはいけない。
2.赤ちゃんの目をみてはいけない
3.赤ちゃんに笑いかけてはいけない

ただし、ミルクをあげたり、お風呂に入れたり、排せつ処理とか生きるために必要なことはします。
結果、3歳までに49人が死んで、6歳に最後の一人が死んだそうです。
この実験で分かったのは、しゃべるかどうか以前に、愛情をもって育てないといくらミルクを与えても人は死んでしまうということです。
結局、言葉を教えなかったら、どんな言葉を話すのかわからないままとなってしまいました。

現代では、そんな実験はできないですけど、事故や事件で特殊な状況になった場合にわかることがあります。
たとえば動物に育てられた赤ちゃんの話とかです。
今から100年程前、インドで狼に育てられた姉妹が発見されました。
妹はおよそ1歳半、姉はおよそ8歳で、アマラとカマラと名付けられました。

四つ足で歩いて、生肉を手づかみで食べてたそうです。
それが、保護されて少しずつ、二本足で立って歩けるようになりました。
少しずつ言葉も話せるようになったそうですけど、二人とも病気で数年でなくなったそうです。
この話、ぼくも20年以上前、古本屋で見つけて夢中になって読んだのを覚えています。

言葉を教えられずに育てられても言葉を理解できるようになるのかが知りたかったからです。
ただ、Wikipediaを見てみると、この話、デタラメだったそうです。
孤児院を維持するための金銭目的の詐欺だったようです。

言葉を教わらずに育てられるとどうなるかって事例って意外と見つからないです。
ところが、なんと、それが21世紀になって起こったんです。
それも、アメリカのフロリダ州でです。
近隣住民から、家から出されない少女がいるとの通報を受けて、警官が、ある荒れ果てた家を訪問しました。

ドアを開けると、ゴミや食べ残しや動物の糞が散乱して足の踏み場もありませんでした。

蜘蛛の巣があちこちに張られて、ゴキブリも数え切れないほどいました。
いくつかの部屋を調べて、最後に一番奥の小さな部屋をあけると、そこに少女がいました。

少女は長い間、交換されないおむつだけを履いて、何も食べていない状態でした。
そして、警官の顔を見るとカニ歩きで部屋を移動して、動物のようにうなり始めたそうです。
少女の名前はダニエル・クロケット。
母親のネグレクトで、生まれてから抱きしめられることもなく、言葉をかける事もなく育てられました。
最低限の食事は与えられてかろうじて生きていただけでした。
7歳になろうとするのに、おむつをはいて、ほとんど裸で暮らしていました。
そして、言葉も話せませんでした。

ダニエルは、すぐに児童養護施設に引き取られました。
そして、1年後、ある家族に養子として引き取られました。
その家族が、ほんと、素晴らしい人たちで、ダニエルを愛情をもって育てたんです。
ダニエルが15歳の時、この話がテレビ番組で取り上げられて全米で話題となりました。
その時の様子は、今でもYouTubeで見れますので最後に紹介したいと思います。

そして、この話は一冊の本にもなりました。
それがこの本『愛を知らなかった子 ネグレクトされた少女が家族を得るまで』です。

これが今回のテーマです。
7歳まで言葉を教えられずに育てられるとどうなるか
それでは、始めましょう!

まず、分からないのは、母親はなぜ、これほどまでのネグレクトをしていたのかです。
母親は、境界知能とかボーダーと呼ばれる発達障害でした。
子育てをせずに外で遊びまわっていたようです。
ダニエルの父親も誰だか分からないそうです。
でも、赤ちゃんは定期的に診察を受けるので、どこかで気づくはずですよね。
アメリカにも低所得者向けの保険とかあって、ダニエルも加入しようと思ったら加入できました。
でも、母親は、それにも加入してなかったそうです。
子育てをちゃんとしてないことを知られたくなかったからです。
なんと、ダニエルは生まれてから一度も医者に診てもらったことがないそうです。
おそらく、母親は知能が低いというより、自分のことしか考えられない、かなり自分勝手な人間なんでしょう。
目先の快楽だけを追い求めて、その場その場だけでやり過ごして生きて来たようです。

でも、いくら本人が隠そうとしても、周りが気づくはずですよね。
アメリカにも児童虐待を通報する仕組みがありますし、今回も、その通報で発見されました。
それでも、7歳になるまで発覚しなかったって、どういうことでしょう。
じつは、ダニエルは保護されるまで、3回通報されていました。
一番最初は、ダニエルが3歳の時でした。
通報されるたびに訪問して確認していたそうですけど、母親の言うことだけ聞いて、問題なしとされてたようです。
同じような話は、日本でも何度かニュースでありましたよね。
ダニエルの場合、最後は捜査令状を持った警察が家の中まで踏み込んだから発見できたようです。

そうして救出されたダニエルを引き取ったのがリーロウ夫妻です。
この人たちは、本当に素晴らしい人です。
養子を探してたらくして、ダニエルの写真を一目みて、この子にすると決めたそうです。

その後、ダニエルがどういう状況にあるのか聞かされて、かなり悩みました。
でも、この子が今まで死なずに生き延びたのは、もしかして、私たちに会うためじゃないかって運命を感じて引き取ることにしたそうです。
そして、ダニエルを、本当に愛情をもって育てたんです。

さて、家に来たばかりの頃のダニエルは、何でもわしづかみで物を食べていました。
つねに飢えていたみたいで、食べ物を見つけると吐くまで食べ続けていたそうです。
だから、冷蔵庫はロックしないといけなかったそうです。

最初は、スプーンで食べる練習からです。
そういえば、ヘレン・ケラーも同じでした。
なんでも手づかみで食べてたヘレンに、サリヴァン先生が最初に教えたのがスプーンで食べることでした。

映画『奇跡の人』でも、サリヴァン先生がなかり厳しくしつけてました。

そんなダニエルも、今では毎日学校に通って幸せに暮らしています。
15歳の時、オペラ・ウィンフリー・ショーという有名なトーク番組に出演しました。

そこでは、毎日学校に通って幸せに暮らしてる様子が映っていました。

動物が好きで、毎日、動物と戯れています。

さて、それでは、ダニエルは言葉を話せるようになったでしょうか。
この本の最後に、少しだけ話す様子が書いてありました。
家族で買い物に行ったとき、お父さんとお母さんに笑いかけて、自分の胸をたたいて「わたしかわいい」って言ってたそうです。

今のところ、話せると言ってもこのぐらいのようです。
でも、当初に比べたら驚くべき成長です。
家に来た頃は、叫んだり、床に寝転がって手足をバタバタさせていましたし、おむつも外せませんでした。
それが、今ではトイレを我慢できるようになりましたし、していいことと、悪いことの区別もつきます。
ちょっとしたいたずらも好きで、ユーモアの感覚もあるそうです。
それから、本を読んでもらうのも好きで、お母さんがソファに座ってると、読んで欲しい本を持ってきて、横で体を丸めて、静かにお話を聞いてるそうです。

さて、人間の脳には、何百億もの神経細胞があって、互いにシナプスでつながっていて複雑に絡み合っています。

シナプスの形成は、生後8か月ぐらいがピークで、その後、10歳ぐらいまでで半減します。
その間、使われないシナプスは消滅して、よく使われるシナプスは増強されます。
これが学習です。
言語の発達に重要な期間は2歳~3歳です。
つまり、2歳~3歳までの間に話しかけることで、言葉の理解に必要なシナプスが残り、さらに強化されます。
でも、この期間に話しかけられないと、言葉をしゃべれなくなります。
ダイアンが言葉をしゃべれるようにならないのは、この大事な時期にしゃべりかけられなかったからです。

でも、そう考えたらヘレン・ケラーも同じですよね。
ヘレンがサリヴァン先生に出会ったのも7歳のときでした。
じつは、ヘレン・ケラーは生まれたときは目も見えて、耳も聞こえていました。
それが、1歳半とのとき、高熱で視力と聴力を失ったんです。
つまり、それまでは、言葉を聞いていて、簡単な言葉はしゃべれてたようなんです。
だから、言葉に関する最も基本的な能力は残されていたんでしょう。

それじゃぁ、言語に関する最も基本的な能力とは何でしょう?
ここを、細かく区切って考えていきます。
最初にも言いましたけど、言語にとって最も重要なのは、言葉の入力です。
たとえ、体がほとんど動かせなくて、言葉を理解してるか分からなくても、声をかけて、絵本を読み聞かせていれば、言葉を理解できるようになります。
でも、チンパンジーにいくら絵本を読み聞かせても言葉を理解できるようになりません。

つまり、人間の脳には最初から言葉の素になる仕組みがあるわけです。
じゃぁ、人間にあって、チンパンジーにないその仕組みとはどういうものでしょう?

それは、目の前にないものを想像する力です。
僕の考えでは、意識は、目の前にある物をオブジェクトとして認識します。
オブジェクトというのは、人間が認識するデータのまとまりで、色とか形といったプロパティと、動作といったメソッドを持っています。
たとえばミニカーのおもちゃがあったとしたら、子供は、「あっ、ミニカーだ」っていって、ブッブッーって前後に動かして遊びますよね。
これは、ミニカーは前後に動かすってメソッドがあることを知ってるからです。
これが、オブジェクトとして認識してるってことです。
ただ、ここまでは、チンパンジーでもできます。

でも、チンパンジーにはできないことがあります。
それは、「もし、ここにミニカーがあったら」って思うことです。
つまり、目の前になものを想像することです。
ここをもう少し細かく見ていきます。

ミニカーを見て、どうやって遊ぶかわかるってことは、予めミニカー・オブジェクトを頭の中に持ってるわけです。
そして、目の前のミニカーに、そのオブジェクトを当てはめたわけです。
だから、どうやって動かして遊ぶか分かるわけです。
これが、ミニカーを理解してるってことです。

この「見てわかる」っていうのは、別の見方をすれば、目で見たものからオブジェクトを生成する能力とも言えます。
もっと言えば、オブジェクトの生成のきっかけは、外の世界だと言えます。

じゃぁ、「もし、ここにミニカーがあったら」と言われた場合はどうでしょう?
この場合、オブジェクト生成のきっかけは言葉ですよね。
そう言われて、頭の中にミニカー・オブジェクトを生成したわけです。
でも、誰かに言われなくても想像できますよね。
つまり、自分で思いついて頭の中に想像するわけです。
これが、人間のみがもつ言語の素になる最も重要な機能です。
つまり、外の世界になくても、自ら頭の中にオブジェクトを生成できる能力です。
この能力があるから、言葉で言われただけで、頭の中に、目の前にない物や世界を想像できるんです。

この機能は、おそらく人間の遺伝子がもともと持っていて、1~2歳の頃までに発現するんでしょう。
だから、その時期に話しかけると、その機能に必要なシナプスがどんどん強化されていくんです。
そうやって、複雑な世界も想像できるようになるんです。

子供は絵本が大好きですよね。
絵があることで、頭の中にオブジェクトを生成しやすくなります。
物語を読むと、頭の中のオブジェクトが動き始めます。
「昔々、あるところにおじいさんとおばあさんがいました」っていうだけで、物語の世界が頭の中で展開されるんです。
こうやって、世界と文章との対応関係を学習するわけです。

ダニエルは、7歳まで話しかけられずに育てられました。
だから、未だに、ほとんど言葉を話すことができません。
でも、まだ、どうなるかは分かりません。

お母さんが言っていましたよね。
ダニエルは、読んで欲しい絵本があると持ってるって。
お母さんにもたれかかって、絵本を読んでもらうのが大好きだそうです。
これ、チンパンジーは絶対にしない行動です。
もしかして、ダニエルの頭の中で、残された言語機能が刺激されてるのかもしれません。
それを感じるから、絵本を読んでもらいたいのかもしれません。

言語機能の中で、最も最後に表れるのが言葉をしゃべる能力です。
言葉を理解しても、なかなか表に現れません。
もしかしたら、ダニエルは、すでに言葉を理解してるのかもしれません。
ただ、それをうまく表現できないだけかもしれません。
それはまだ、誰にも分かりません。
たとえ、言葉を理解していなくても、絵本を読んでくれる家族に出会えたことは、ダニエルにとっては本当に幸せなことだったと思います。

はい、今回はここまでです。
おもしろかったらチャンネル登録、高評価お願いしますね。
それから、よかったらこちらの本も読んでください。
それじゃぁ、次回も、おっ楽しみに!