第393回 自閉症から、人の心の仕組みを解明せよ!


ロボマインド・プロジェクト、第393弾!
こんにちは、ロボマインドの田方です。

第391回で、最近のAI批判をしました。
AI業界の人は、このままAIが進化して人間を超えるって心配してますけど、人間の心なんて、ほとんどわかってません。
そんな簡単に、人間を超えるAIなんて生まれるわけがありません。
そんな心配するより、人間の心の仕組みを解明するのが先だってことをいったわけです。

じゃぁ、心の仕組みって、どうやったら分かるんでしょう。
個人的に、僕が一番参考にしてるのが自閉症です。
今回、紹介するのは、コメント欄で教えてもらったこの本『RPMで自閉症を理解する』です。

作者のソマ・ムコパディエイは自閉症の息子ティトを育てる独自のメソッドを開発しました。
それが、脳科学に基づいてて、ものすごく理にかなってるんですよ。
心の回路についても、どの回路がうまく機能しないと、どんなふうに感じられるのかってことを具体的に説明してます。
この本を読むと、僕らが当たり前に感じてる感覚が、複雑な脳の機能の絶妙なバランスの上でなりたってるってことがよく分かります。
そのバランスがちょっと崩れただけで、心が不安定になってしまうんです。
それが自閉症です。
たぶんねぇ、AI開発も、この本に書いてあるような機能を少しずつ実装して、人間の心に近づけるってアプローチが正解だと思うんですよ。
これが今回のテーマです。
自閉症から、人の心の仕組みを解明せよ!
それでは、始めましょう!

前回、第392回で脳の処理を分かりやすい図でまとめたので、今回もこの図を使います。

簡単に説明すると、脳には、「ある系」と「反応系」の二種類の情報処理経路があります。
「ある系」っていうのは、目の前に「リンゴがある」って思えるタイプの情報処理です。
この処理の最大の特徴は、意識が「リンゴがある」って思うことです。
反応系は、外界に直接反応して行動する処理経路です。
たとえば熱い鍋に触って、思わず手を引っ込める脊髄反射なんかがこれに含まれます。
どちらの処理経路も、現実世界を五感などの感覚器を介して知覚します。

さて、「ある系」が、どうやって「リンゴがある」と認識するかっていうと、知覚情報を基に現実世界を仮想世界として構築します。
この仮想世界の中に、仮想的なリンゴを作って、意識は、この仮想的なリンゴを認識するわけです。
これが「リンゴがある」と思うことです。
この仮想世界にあるリンゴのことをリンゴオブジェクトと言います。
これが僕が考える意識理論、意識の仮想世界仮説です。

今回紹介する本に書かれてる内容も、じつは、僕の考える意識理論がそっくり当てはまるんです。
この本では、感覚器からの情報をまとめ上げる機能を符号化と呼んでいます。
これは、僕の理論でいうところの仮想世界のオブジェクトにあたります。

それから、符号化するには、視覚や聴覚といった複数の知覚情報をまとめ上げる能力が必要だって言います。
複数の知覚情報のことをマルチモーダルって言います。
マルチモーダルと言えば、AI業界で最近、よく聞く言葉です。
今のAIって、テキストデータだけとか、画像データだけとか一種類のデータだけで学習してますけど、今後は、複数種類のデーターを学習しなければいけないって言われています。
それがマルチモーダルです。
同じことを言ってますよね。

さて、こっからが自閉症の話です。
自閉症の子は、マルチモーダルで処理するのが苦手だそうです。
たとえば、自閉症の子は、何かに一つの感覚にこだわりがあります。
たとえば、テーブルを触ったり、トントン叩いたりし続ける子がいます。
これは、触覚にこだわりがあるわけです。
この子に、「これはテーブルというのよ」って教えても、「テーブル」って言葉と、今、触ってるものが同じだとなかなか結びつかなかったりします。
つまり、マルチモーダルで学習するというのは、いろんな感覚から得られた情報を一つに統合したオブジェクトを生成するってことです。
その機能がうまく機能しないと、一つの物事がいろんな感覚で感じられるってことが理解できないんですよ。

たとえば、作者ソマの息子ティトは生後数か月の頃から歌が大好きでした。
ソマがわざと歌詞を間違えて歌うと、すぐに合図をするぐらい、歌に興味があったそうです。
ところが、かなり大きくなってから、お母さんが歌ってるとき、お母さんの唇が動くことに気づいたそうです。
つまり、それまで、歌声がお母さんの口から出てるとは思っていなかったわけです。
何となく天から歌声が聞こえてくるとでも思っていたみたいです。
感覚を統合できないってこういうことです。

僕らは、感覚を統合して世界を認識するのが当たり前だと思っています。
でも、まず、分かっておかないといけないのは、感覚を統合する機能が脳の中にあるってことです。
もし、それが機能しなくなると、あらゆる感覚をバラバラに感じるわけです。
自閉症患者の脳をMRIで調べたところ、脳内の様々な領域をつなぐ白質に異常があることも発見されています。
このことからも、自閉症の人はいろんな感覚をうまく統合できてないと言えそうです。

さて、感覚は視覚とか聴覚とか複数ありますけど、一つの感覚だけ取り出しても、いろんな認識の仕方があります。
たとえば、視覚でいえば、全体を把握する方法と、一部だけ選択的に把握する方法があります。
普通は全体と部分を適切に切り替えながら世界を認識します。
でも、自閉症の子は、これがうまくできない場合が多いです。
同じ本を見ても、ある子は、ページをめくりながら馬の写真だけ選択して見たりします。
ティトの場合、ページの数字だけ選択して見るそうです。

それから、ある女の子は、誕生日パーティーでおばあちゃんからプレゼントをもらったんですけど、全然嬉しそうにしなかったそうです。
もちろん、その子が欲しかったプレゼントです。
なぜ、嬉しそうにしなかったんでしょう?

それは、いろんな人が家に来て、いつもと違う状況を把握するのに精いっぱいで、プレゼントに注意を向けられなかったようなんです。
みんなが帰って落ち着いたら、自分の欲しかったプレゼントに注意を向けて、嬉しそうな顔をしたそうです。
ここから、全体と部分に注意を切り替えられないと、コミュニケーションがうまく取れないってことがわかりますよね。

それから、ある自閉症の子に、先生がAという文字を教えました。
でも、先生が、Aという文字の書き方をいくら教えても、その子は、Aという字を書けませんでした。
だから、先生は、この子は文字を理解できないと判断しました。
でも、そうじゃないんです。
その子は、Aという文字を理解してますし、先生が、Aという文字の書き方を教えようとしてることも理解してました。
じゃぁ、なぜ、Aという文字を書けなかったんでしょう?

それは、自閉症の人は、脳の中のミラーニューロンがうまく機能していないからです。
ミラーニューロンというのは、マカクザルの研究をしてて偶然発見された神経細胞です。
研究者がエサを掴もうとすると、それを見ていたサルも、同じ掴む動作の神経細胞が活性化したそうです。
これがミラーニューロンです。
つまり、ミラーニューロンというのは、他人の動作を真似するときに活動するニューロンです。
これを自閉症患者で実験したところ、このニューロンは本人が動いたときにしか反応しなかったそうです。
このことから、自閉症の人は、他人の動きを真似ることが苦手と言えます。
でも、出来ないのは他人の動きを真似ることだけです。
文字を理解してないわけじゃないんです。
真似ることと、理解することは別です。
真似して文字が書けないからと言って、文字を理解できないと判断するのは間違いないんです。

それじゃぁ、理解するとはどういうことでしょう。
ある自閉症の男の子は扇風機が回ってるのを見ると、すぐに羽に触ってしまいます。
羽に触るのは危険だから触ってはいけないって注意するんですけど、何度言っても、触ってしまいます。
その子は、扇風機の羽が危険だと言うことが分からないんでしょうか?
そうじゃありません。
「なぜ、扇風機の羽に触ったらいけないのですか?」って聞くと、「危険だから」って答えます。
ちゃんと理解しています。
でも、回ってる扇風機を見ると、つい、触ってしまいます。
なぜかわかりますか?
もう一度、この図を見てください。

人の脳には、「ある系」と「反応系」の二種類の処理経路がありますよね。
反応系というのは、外界の状況に反応して動作する処理経路です。
今の場合、扇風機を見て、つい、手を出してしまうのは反応系です。
扇風機を触ると危険だって意味を理解するのは意識ですよね。
つまり、理解するのは「ある系」です。
実は、「反応系」と「ある系」では、「反応系」の処理の方が早いんです。
これは、ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンも、著書『ファスト&スロー』で同じことを述べています。

そして、「反応系」に影響を与えるのは神経伝達物質です。
この子は、扇風機など回ってるものに反応して、ドーパミンなどの興奮系の神経伝達物質がでるんです。
興奮は反応系を活性化するので、思わず、手が出て羽に触ってしまうんです。

一方、扇風機の羽に触るのは危険だと理解するのは「ある系」の意識です。
こちらは、仮想世界にオブジェクトを生成して、それを認識する意識が理解するので、どうしても反応系より処理が遅くなってしまいます。
頭で理解してても、行動してしまうというのはこういう脳の処理経路の速度の違いから起こるんです。

さて、この本の目的は、いかにして自閉症の子に教えるかです。
それが、作者が考えたRPMという手法です。
これ、ほんと、良く考えられているんですよ。

自閉症って、心を閉ざしてるから自閉症と言われます。
でも、自閉症の人でも、開いてる扉はあります。
それがこだわりです。
だから、自閉症の子とコミュニケーションを取るには、まず、こだわりをみつけて、それをとっかかりとするんです。

たとえば、ソマの息子ティトは、本を見ても、ページの数字しか見ません。
ティトにとって、数字が世界に開いてる扉です。
そこで、ソマは、数字を教えることから始めたそうです。
三枚の紙を用意して、1枚目に37、2枚目に38、3枚目に39と書いて、バラバラにしてティトの前におくと、ティトは小さい順に紙を入れ替えたそうです。
まだ数字を教えていないのに、本のページをめくって数字を見てるだけで、数字の並びのパターンを覚えていたわけです。
そこでティトには数字から教えることにしました。
こだわりを入り口に教えるって、こういうことです。

ある自閉症の子は、すぐに人の服や髪の毛を掴んで引っ張ります。
逃げようとすると、面白がって余計に引っ張ります。
これは、触覚にこだわりがあるからです。
そして、服を掴まれて逃げたり、「やめなさい」って怒ったりすると、興奮して、余計に引っ張ります。
これは、興奮することで「反応系」が活性化したからです。
これでは逆効果です。

じゃぁ、どうすればいいでしょう?
まず、この子に近づくと、服を掴んできます。
そこで、逃げたり、怒ったりしてはいけません。
興奮して、反応系が活性化するだけですから。
教えるときは、理性的に考える「ある系」の処理回路を使わないといけません。

そこで、小さい紙を用意しておきます。
そして、服を掴まれたら、「あなたが今掴んでるのは服ですか、それとも本ですか」と聞いて、紙に「服」と「本」と書いて、どちらかを選ばせます。
選ぶというのは、考える処理回路、つまり「ある系」の処理回路を使うことです。
そして、服から手を放して、「服」と書いた紙を選んだら「そうです。正解をえらびましたね」と静かに言います。
ここで、「よくできました!」って大げさに褒めると、興奮して反応系の処理回路が活性化してしまいます。

ただ、そう簡単に、服から手を放さない子もいます。
そんな場合は、正解の紙を相手の手に押し込んで「これが正解です」といいます。
服を掴む子は、服の感触が心地よくて掴んでいて、紙のチクチクした感覚を押し付けられると嫌がるので、思わず手を開くそうです。
手を開いて、服から手を離すと、素早く正面に移動して、服を掴まれないようにします。
そうして別の質問をします。
質問はなんでもいいです。
たとえば今日の天気は晴れですか、雨ですかとかです。
そして、「晴れ」と「雨」を紙に書いて、選ばせます。
そうすると、考える処理回路を活性化します。
そうやって、紙に手を伸ばす行動と、考える回路とを結び付けて習得させるわけです。
これがRPMです。
その子の開いてる扉を使って、考える回路を活性化させるわけです。
よく考えられてるでしょう。

これ、一見、行動療法と似てますけど、アプローチが逆なんです。
行動療法は、「服を掴むのをやめなさい」って命令して、こだわりを止めさせます。
でも、RPMでは、逆に、その子の「こだわり」を使って教えるわけです。
だって、その子のこだわりこそ、その子が唯一、世界に開いてる扉ですから。
無理やり命令して従わせようとすると、その扉が閉じてしまいます。
そうなったら、もうコミュニケーションが取れなくなって、教えるどころじゃなくなります。
そうじゃなくて、わずかに開いてる扉から、その子の世界にそっと入ってコミュニケーションを取るわけです。
これ、自閉症だけじゃなくて、全ての教育、人間理解につながることじゃないでしょうか。

今回の話で、人の心がどれだけ複雑な機能で作られてるか分かったと思います。
今のAIは、大量のデータを学習させてるだけです。
それで、心や意識が生まれるなんてことはありません。
まして、超AIが生まれて人類を支配するなんてありえないです。

まだ、心をもったAIは生まれていません。
でも、心の基本は分かってきました。
まずは、基盤となるAIの心をつくって、それを少しずつ育てるんです。
赤ちゃんを育てるように、丁寧に心を育てるんです。
そんなAIの心の基盤となるのが、僕らが作ってるマインド・エンジンです。

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それから、今回紹介した意識の仮想世界仮説に関しては、こちらの本に詳しく書いてあるので、良かったら読んでください。
それじゃぁ、次回も、おっ楽しみに!