第401回 脳を制御する三つのモード


ロボマインド・プロジェクト、第401弾!
こんにちは、ロボマインドの田方です。

コンピュータに意識を発生させるロボマインド・プロジェクトですけど、400回を超えて、ようやく意識の中身に入ってきました。
じゃぁ、今まで何を語ってきたのかというと、意識以前の心の仕組みです。
無意識が仮想世界を作るとか、意識は仮想世界を認識するとかって話です。
僕の中では、この基本部分が重要で、意識の中身は、たぶん、そんなにややこしくないだろうって思ってました。
感情や記憶に従って、行動を決定するだけですから。
でも、意識が認識する部分って、かなり複雑な構造になってるってことがわかってきたんですよ。

たとえば、脳には複数のモードがあるんですよ。
集中モードとか、ぼぉーっとしてるモードとか。
これは、脳内ネットワークに対応します。

脳は、ブロードマン脳地図という52の領野に分けられて、それぞれに機能が割り当てられてるって考えられていました。

ところが最近は、それらはバラバラに動くんじゃなくて、いくつかの領野がつながってネットワークを形成してるって分かってきました。
それが脳内ネットワークです。

感情や記憶っていうのは、脳内ネットワークを構成する部品の一つです。
コンピュータで心をつくるには、この脳内ネットワークに相当する機能を作らないといけません。
これが今回のテーマです。
脳を制御する三つのモード
それでは、始めましょう!

今回は、この本を参考にしました。

虫明元(むしあけはじめ)『学ぶ脳 ぼんやりこそ意味がある』です。
ぼんやりっていうのが脳内ネットワークの一つ、デフォルトモード・ネットワークのことです。

デフォルトモード・ネットワークっていうのは、このチャンネルでも何度も紹介しましたけど、ぼぉーっと考えてるときに活性化する脳内ネットワークです。
ロボマインド・プロジェクトでは、マインド・エンジンという心のシステムを開発しています。
だから、このマインド・エンジンに、脳内ネットワークの機能を追加していく必要があります。
そこで、まずは、マインド・エンジンの概要を説明します。

僕の考えでは、人の脳には大きく二つの処理経路があります。
一つは「反応系」で、もう一つが「ある系」です。
反応系というのは、外部環境に反応して自動で動く部分で、自転車の運転するときとかに使う処理経路です。
自転車の運転って、体が半分自動で動いてバランスを取ったりしますよね。
これは長期記憶の手続き的記憶にあたります。
長期記憶は海馬を介して大脳皮質に記憶されます。
脳の内側には、海馬や基底核、偏桃体、小脳があって、これらで皮質下ネットワークが形成されます。
海馬は、皮質下ネットワークの一部というわけです。
それから、偏桃体は情動や短期記憶に関係しますし、基底核や小脳は運動に関係します。
うまく行動できると「やったぁ」って感じて、うまく行かないと「失敗した」って感情が偏桃体でうまれて、それが記憶されるわけです。
こういった処理がおこなわれるのが皮質下ネットワークです。

感覚器からの外部入力と、記憶をもとに行動するのが感覚運動ネットワークです。
感覚に反応して自動で行動する部分です。
これが、マインド・エンジンでいえば「反応系」の処理となります。

「ある系」っていうのは、ものがあるって思える処理経路です。
「ある系」で重要なのは仮想世界です。
仮想世界というのは、目や耳などの感覚器で捉えた現実世界を、そっくり頭の中で再構築した世界です。
この仮想世界を認識するのが意識です。

仮想世界は、コンピュータだと、3DCGで作れます。
カメラでリンゴを撮影したら、画像解析して3Dのリンゴオブジェクトを仮想世界に生成します。
意識プログラムは、そのリンゴオブジェクトを認識します。
これが「リンゴがある」って思うことです。

考えたり、感じたり、悩んだりするのは、この「ある系」の処理です。
つまり、僕らが普段、心で感じてることは「ある系」となります。
さて、意識は、仮想世界を使って考えて行動を決定します。

意識が行動するとき、中心となって活動する脳内ネットワークが中央執行ネットワークです。
中央執行ネットワークは、前頭前野と頭頂連合野の外側を含むネットワークです。
普段、起きて活動するときのさまざまな処理は、この中央執行ネットワークが行っています。
その一つが、集中です。

集中力って、ものすごく重要な能力の一つですよね。
よく、天才はものすごい集中力を持ってるって言いますよね。
ただ、集中力は人によって個人差も大きいです。
それじゃぁ、皆さんが、どれだけの集中力を持ってるか、簡単なテストで調べてみましょう。
今から、二つのチームが同じ場所で同時にバスケットボールをパスする動画を見せます。
一つは白シャツのチームで、もう一つは黒シャツのチームです。
このうち、白シャツのチームが、何回パスをしたか数えてください。
それでは、どうぞ。

はい、終了です。
分かりましたか?
答えは15回です。
正解しましたか?
ところで、ゴリラには気づきましたか?

この心理実験、有名なので知ってる人もいたと思いますけど、僕も、これを始めてやった時、まったく気づきませんでした。

これが中央執行ネットワークの機能の一つ、注意です。
注意は二種類あって、これはトップダウン型注意です。
トップダウン型注意というのは、タスクが与えられた時、意識が、必要なものだけに選択的に注意を向けることです。
このとき、他のことには気付かないわけです。
たとえ、ゴリラが出てきてもです。
これが集中モードです。

でも、集中してなかったらゴリラに気付きますよね。
それは、ボトムアップ型注意です。
外界を観察してて、おかしなことがあったら注意を向けさせることです。
これを図にしてみます。

現実世界を写し取った仮想世界を現実仮想世界といいます。
現実仮想世界におかしなことがおこったら、それに注意を向けるように意識に知らせる機能があります。
それがボトムアップ型注意です。(上の矢印)
トップダウン型注意というのは、意識から現実仮想世界に向かいます。(下の矢印)
現実仮想世界のうち、今、集中すべきものだけを選択して注目します。

集中するということは、脳のリソースをできるだけその処理に使うということです。
それは、結果的にボトムアップ型注意を抑制することになります。
だから、ゴリラが出てきても気づかないわけです。
これが中央執行ネットワークの注意の機能です。

何となく、実感として分かりますよね。
この実感として分かるっていうのが、意識や主観で、感じてるってことです。
これが重要なんです。
これって言うのは、意識で感じてるのと同じものを作ろうとしてるってことです。
逆に言えば、今のAIは、意識で感じてるものを作ろうとなんて考えてません。
たとえば、ChatGPTは、この単語が来たら、次に来る単語の確率を学習して文を生成してます。
でも、僕らは、そんなこと考えて言葉を発してないでしょ。
「うわ、ゴリラが出た」って文は、直前の単語から、次に出てくる単語を予測して生成したわけじゃないですよね。
「え~」ってびっくりして、思わず出たわけです。
「え~」って感じたのが意識で、それを言葉で表現するわけです。
僕らは、そんな当たり前のシステムを作ろうとしてるわけです。
ところが、今のAIは、人間の心とかけ離れたシステムを作ろうとしてるんですよ。
こんなやり方、どう考えてもおかしいでしょ。

それじゃぁ、もう少し脳内ネットワークについて考えていきます。
つぎも心理テストを取り上げます。
これは第350回「心から差別するAIの作り方」でも取り上げたテストです。
どんなテストかというと、中央に写真があって、左右にそれに関する単語が示されていて、関連する方を選びます。

たとえば人物の写真には「白人」と「黒人」が表示されてます。
物の場合、「良い」と「悪い」が表示されてます。
こんな写真が次々に表示されて、対応するボタンを素早く押してもらって、反応速度を測定します。

テストは、ほとんど同じ課題を2回行います。
課題1では、「白人」と「良い」単語が左、「黒人」と「悪い」単語が右です。
課題2では、「黒人」と「良い」が左、「白人」が「悪い」が右となっています。
つまり、課題1と課題2では「白人」と「黒人」の位置が入れ替わって、それ以外は全く同じです。

さて、次々に写真がでてきます。
「銃」とか「ナイフ」とか悪いものがでてきたら右のボタンを押します。
「プレゼント」とか「花」とか良いものが出てきたら左のボタンを押します。
そんな中、黒人の写真が出てくるわけですよ。
もし、その人が、黒人は悪いって思ってたら、右のボタンを押そうとしますよね。
でも、顔写真の場合は「良い」「悪い」じゃなくて、「白人」「黒人」です。
右がちょうど「黒人」だったらそのまま押して問題ないです。
でも、課題2では、右が「白人」となってます。
そうなると、「おっと」と思って、左を選び直しますよね。
すると、反応速度がいつもより遅くなるわけです。

この実験、何をしようとしてるか分かってきましたよね。
それは、心の中で「黒人」を悪いと思ってるかって人をあぶりだそうとしてるわけです。
案の定、ほとんどの人は、課題2で反応速度が遅くなりました。
人種差別すべきでないって言ってる人でも、この実験をすれば、心の中では人種差別してるってことがバレるわけです。

橘玲の本では、この実験、白人だけでなくて、黒人でも同じ結果が出たって書かれてました。
つまり、黒人が悪いって、黒人自身も思ってるってことです。
そんな根深い人間の本性を暴いたのが橘玲の本でしたけど、今回の本はテーマはそこじゃありません。
脳内ネットワークがテーマです。

まず、カテゴリー分けするのは前頭前野です。
そして、それを記憶するのが皮質下ネットワークです。
人生経験から、「悪い」にカテゴリー分けされるものに「銃」とか「ナイフ」、それから「黒人」があるわけです。
これが長期記憶に記憶されてるわけです。
それから、今回の課題で、何度か連続して出題されることで、良いものは左、悪いものが右ってカテゴリー分けされています。
これが短期記憶です。
素早くボタンを押すことが求められてるので、これらかの記憶から判断します。
すると、黒人が目に入ると、悪いから右を押そうとするわけです。
これが直観による行動です。
または、「反応系」の処理です。

一方、ルールに従ってるかの判断は前頭前野が行います。
ルールとの比較は、意識による思考なのでちょっと遅れます。
この場合、「黒人」は左にあるので左が正解となります。
これが「ある系」の処理です。

ここで直観による判断と思考による判断に違いが出ましたよね。
このことを認知的不協和って言います。
そして、この違いに気づく脳内ネットワークがあります。
それが、気づきネットワークです。
セイリエンス・ネットワークとも呼ばれます。
気づきネットワークは、脳の島皮質と呼ばれる領域を含んでいます。

島皮質というのは、頭頂葉と側頭葉の間の溝の奥に隠れている領域です。
この島皮質の後方には、感覚器や内臓からのあらゆる情報が集まって、これらからまとまった自分って感覚を作り上げられます。
そして、島皮質の前方には、感情とか情動といった情報が入ってきます。
つまり、ここで、いま、自分は何を感じてるのかって気づくわけです。
今の場合、直観でやろうとしてることと、思考でやろうとしてることが違うって気づきです。
これに気づいて、「間違った行動をしようとしてるぞ」ってメッセージを意識に送るのが気付きネットワークです。
意識は、これを受けて、左を押そうとしてたのを、右に変更するわけです。
これが「おっと」ってなることです。

分かってきましたか?
一瞬の出来事ですけど、脳内では、これだけの処理が行われてるんです。
でも、説明を聞いたら、「たしかにそうや」って分かりますよね。
分かるってことは、意識してるってことです。
意識してるってことは、これが意識プログラムの中身ということです。

さて、今、何をしようとしてたのか覚えてますか?
脳内ネットワークについて学ぼうとしてるわけじゃないですよ。
マインド・エンジンの意識プログラムを完成させようとしてるんです。
それじゃぁ、今回分かったことを図にまとめます。

反応系は、黒人の写真と、黒人は悪いって記憶から無意識が判断して右のボタンを押そうとします。
一方、ある系には意識が認識する仮想世界があります。
仮想世界には現実仮想世界とルールがあります。
意識はこれらから判断して左のボタンを押そうとします。

気付きネットワークには、両方の判断が入力されて、同じなら何もしませんけど、違う場合は「違う」って意識に送ります。
体は、反応系からの命令で右を押そうと動き始めてましたけど、「違う」って気づきから意識は間違いに気づいて、急いで右の動きを取り消して、左のボタンを押します。
これが「おっと」ってなることです。

ちょっと複雑ですけど、意識側のプログラムが完成してきましたよね。
ただ、これでもまだ足りません。
実際は、まだまだ複雑です。
次回も、脳内ネットワークを基に、意識側のプログラムを解明していこうと思います。

はい、今回の動画が面白かったらチャンネル登録、高評価お願いしますね。
それから、意識の仮想世界仮説に関しては、こちらで詳しく解説してますので、よかったら読んでください。
それじゃぁ、次回も、おっ楽しみに!