第411回 意識をもつヴァーチャルマシンの作り方③ 〜言葉はこうして生まれた


ロボマインド・プロジェクト,第411弾!
こんにちは,ロボマインドの田方です.

第409回,410回と「意識をもつヴァーチャルマシンの作り方」について解説してきましたが,今回はその三回目,最終回となります.

ヴァーチャルマシンというのは,仮想的なコンピュータでCPUそのものです.
人の意識の最大の特徴は,言葉を操ることです.
だから,言葉を理解する装置が脳内にあるはずです.
その中心となるのが、ヴァーチャルマシンです.

ヴァーチャルマシンっていうのは,別の言い方をすればノイマン型コンピュータです.
ノイマン型コンピュータっていうのは,今,皆さんが使ってるPCやスマホとかで使われてる一番普通のコンピュータのことです.
最大の特徴は,プログラムを読み取って実行するってことです.
逆に言えば,プログラムを変えれば,別のプログラムを実行できるわけです.
このプログラムが,言葉と同じだってことです.
つまり、言葉を聞いて,理解するっていうのは,プログラムを与えられて実行するのとおなじと言えるんですよ.
それと同じものが脳内にあるというのが僕の考えです.

ただ,勘違いしてほしくないのは,僕も、脳の中に,本当にノイマン型コンピュータがあるとは思っていません.
やりたいのは、脳がやってるのと同じことをコンピュータで実現するってことです.
おそらく,脳細胞を使って言葉を理解する部分は,ヴァーチャルマシンとは全然違う仕組みだと思います.
でも,同じ機能なら,脳細胞でなくても、コンピュータで実現してもいいだろうってことです.
飛行機でたとえたら、飛びさえすれば,鳥みたいにはばたかなくてもいいだろうってことです.
この考えは、トップダウンアプローチとも言います.
その逆が,ボトムアップアプローチです.
鳥の羽を詳細に分析して,羽と動きを分析して,なぜ空を飛べるのか解明する方法です.
現在,意識研究してる世界中の科学者のほとんどは,このやり方です.

さて,前回,ヴァーチャルマシンの意味について説明しました.
意味というのは,コンピュータのメモリ中で,いかにして現実世界が再現されてるかってことです.
今回は,意識がどのように世界を認識して,最終的にどうやって言葉を話すかってとこまでを解説します.
これが,今回のテーマです.
意識をもつヴァーチャルマシンの作り方③
言葉はこうして生まれた
それでは,始めましょう!

まず最初に,哲学で昔から問題となってる存在論の話から始めます.
存在論には二つの考え方があります.
一つは,世界というのは僕ら人間がいなくても存在するって考えです.
これが当たり前の考えですよね.
人類が誕生する前から宇宙は存在してましたから.
まず,確たる世界というものがあるわけです.
僕らの考えや認識は,その確たる世界に基礎づけられてるわけです.
これを基礎づけ主義って言います.

ところが,この反対の考えもあります.
どういうことかっていうと,世界があるって思うのは,人の主観ですよね.
つまり,世界がどんなふうに存在するかは,認識する主観によって変わるって考えです.
これを,反基礎づけ主義といいます.
いや,でも,認識の仕方が変わったからと言って,世界その物が変わるわけじゃないって思いますよね.
たしかにそうですけど、認識する世界が変わるなら、その人に取ったら、世界が変わったのと同じです。

たとえば,第317回~319回で記憶喪失になった大庭さんの話を取り上げました.
大庭さんは,朝,目が覚めると昨日までの記憶が一切,消えてるそうです.
どこで生まれて,どこの学校を卒業して,何の仕事をしてたか全て忘れるそうです.
長期記憶の中のエピソード記憶を持てないわけです.
大変な障害やなぁって思いますよね.
でも,ほとんどの生物は,エピソード記憶はもってないです.
昨日,楽しかったねぇなんて語り合うことないです.
そんな風に認識してる生物は、人間と認識する世界が全く違うって言えますよね。

大庭さんの場合は脳に障害がある場合です.
でも、障害がなくても,たとえば時間って概念を持たない民族もいます.
第400回で,時間を持たない民族,アモンダワ族を紹介しました.
アモンダワ族は,1時間とか,1日とか,一週間って言葉を持っていません.
それどころか,「忙しい」とか,「間に合わない」とかって概念もないんです.
時間を表す言葉がないから,そこから派生する概念も考えれないんです.
そう考えたら,人が認識する世界って,頭の外にあるんじゃなくて,頭の中にあるって思いますよね.
存在論でいえば,反基礎づけ主義です.

僕が提唱する意識の仮想世界仮説っていうのも,反基礎づけ主義です.
人は,目で見た世界を頭の中で仮想世界として構築します.
意識は,仮想世界を介して現実世界を認識します.
現実世界の「もの」は,仮想世界でオブジェクトとして生成されて,意識はオブジェクトを認識します.
これが,意識の仮想世界仮説です.
意識が認識するのは、あくまでも頭の中に自分が作った世界ってことです。

さて、意識は,頭でいろんなことを考えますよね.

お腹が空いたなぁ.
何か食べたいなぁ.
たしか,ポテチがあったよなぁ.
いや,今ポテチ食べてたら太るよなぁ.
ちょっと我慢しよ.

こんな風に,普段,頭の中で考えますよね.
注意してほしいのは,今,全部言葉で考えたでしょ.
これ,言葉なしで考えることできないんですよ.
つまり,脳の中には言葉で考える仕組みがあるってことです.
その仕組みの中心がヴァーチャルマシンです.

それじゃ,これをヴァーチャルマシンと意識の仮想世界仮説を使ってどうやって実現するか,考えていきましょう。

まず,お腹が空いたと感じました.
これは,体の状態を観察している無意識があって,それが空腹を検知して,空腹オブジェクトを仮想世界に作り出したわけです.
意識は,仮想世界にオブジェクトが作られるとそれを認識します.

空腹オブジェクトは,不快って感覚を伴ってます.
快、不快って感覚は何らかの行動を引き起こします.
快なら,それをもっと感じるように行動するし,不快なら,それを避けるような行動をします.
この場合,空腹という不快を感じたので,そこから引き起こされる行動は「食べる」です.
これを言葉にすると,「何か食べたいなぁ」です.
そこで,意識は、食べ物を探すわけです.
そしたら,ポテチがあったことを思いましましたけど、太るから止めよって思ったわけです.

さて,今,次々に考えましたよね.
意識が認識するのは仮想世界です.
だから,考えたことを仮想世界で再現しないといけません.
たとえば,ポテチを食べたら太るって考えるには,まず,ポテチを食べたところを仮想世界で再現します.
つぎに,それによって起こる太るって結果を再現するわけです.
でも,仮想世界はある瞬間の世界しか再現できません.
だから、太った結果を仮想世界で再現したときには,ポテチを食べてる仮想世界は消えてしまってます.
それがきえたら,なんで太るかがわからなくなりますよね.
これじゃ,ポテチを食べるのやめよとかって,次の思考に移れないです.
だから,直前に考えてたことを保存する機能が必要なんです.
じゃぁ,それを,どうやって実現しましょう?

そこで,これをヴァーチャルマシンで考えてみます.
仮想世界を操作するのはスクリプト言語でしたよね.
前回,スクリプト言語として,
Let a = 1 + 2;
って数式を紹介しました.

スクリプトは,そのままではヴァーチャルマシンで実行できないので、バイトコードに変換する必要があります.
変換されたバイトコードはメモリ空間に配置されます.

これが,メモリ空間に配置されるバイトコードです.

注目してほしいのは上半分です.

ここには,1とか2とかaがありますよね.
これは,
a = 1 + 2
の計算をする前の状態を表しているんです.
つまり,ここで再現されてるのは,ある一瞬の世界の状態です.
そして,メモリ空間の下半分がオペコードです.

オペコードっていうのは,実際に動くプログラムの中身です.
これを実行すると変数aに1+2の結果の3が代入されます.

さて,意識が認識するのは上半分のある瞬間の世界です.
今の例だと,数字の1とか2でしたけど,それ以外にオブジェクトもあります.
今回の場合なら,ポテチオブジェクトです.
そして,ポテチを食べるってオペコードが下半分にあるわけです.
これを実行すると,上半分のメモリに太った自分のオブジェクトが生成されるわけです.
太るってことを意識は認識するわけです。

さて,ここからです.
なんで太ったかを覚えておかないといけないわけですよね.
それは,ポテチを食べたからです.
それは,下半分のオペコードに入ってましたけど,さらにたどるとスクリプトで書かれてましたよね.
たとえば,
I eat Poteto chips.
とかってスクリプトです。

だから,このスクリプトを保存しとけばいいんです.
そうすれば,「ポテチを食べたら太る」ってことを意識は認識できます.

意識は太った自分を認識します.
太った自分は不快って感情を引き起こします.
だから、意識は,これは避けないとって思います.
その結果にならないためには,その結果を引き起こした原因を止める必要があります.
それがスクリプトとして保存されてる「ポテチを食べる」です.

じゃぁ,なんでポテチを食べようと思ったのか.
それは,お腹が空いたからですよね.
それも,その前のスクリプトに保存されてます.
これがこの一連の思考のスタートです.
だから,お腹がすいたけど,ここは我慢しようってなるわけです.
ねぇ,こうやって,人と同じ思考ができるようになったでしょ.

そのために追加した機能は,直前に実行したスクリプトを覚えておく機能です.
これは,脳のワーキングメモリに相当します.

ワーキングメモリに保存されるのは数秒から数分の記憶です.
だから、ワーキングメモリの内容は,数時間単位で保持できる短期記憶に移されます.
今日,何をやって,何を考えたとかって記憶です.
ワーキングメモリから短期記憶に移るとき,不要な部分が削除されるので,細かい部分は省略されます.

そして、つぎは、夜寝るとき,今日一日の短期記憶が長期記憶に保存されます.
このとき、さらに不要な記憶が捨てられて,印象に残ったことや,感情が動かされた出来事だけ記憶されます.
これがエピソード記憶です.
この記憶は,コンピュータで言えば,ハードディスクとか,電源を落としても記憶を保持する記憶装置に保存されます。
ワーキングメモリとか短期記憶は,コンピュータで言えば電源が落ちたら消える揮発性メモリに保存されるんです.
さっき紹介した,記憶喪失になった大庭さんは,短期記憶は保持できるけど,エピソード記憶に保存する機能が損傷したんでしょう.
だから,夜寝ると,昨日までの記憶が全て消えるわけです.

今日の話で一番重要なのは,ワーキングメモリを使って次々に考える仕組みです.
ワーキングメモリがなければ,その時,仮想世界にあることしか認識できません.
そうなると,言葉も話せなくなるんです.

このことを実際に体験した人がいます.
それは,第352回で紹介したジョン・エルダー・ロビソンです.
自閉症のジョンは,TMS治療という方法を受けることになりました.
それは,特殊な電磁コイルを使って,脳の機能の一部を低下させる治療法です.
自閉症は,脳の一部の機能が活性化し過ぎてることで起こるらしくて,それを磁気で抑えれば,治ることがあるそうです.

そこで,脳のいろんな場所にコイルを当てたそうですけど,ある時,ブローカー野にコイルを当てたそうです.
ブローカー野というのは,言語を司る部位です.

すると,一瞬で言葉が消えたそうです。
それまで,「帰ったら犬の散歩をしないといけないなぁ」とかって考えてたそうですけど,それが,一瞬で消えたそうです.
消えただけでなくて、しゃべろうと思っても、言葉が浮かんでこなかったそうなんです。
かといって、見えてる光景は今までと全く同じです。
「ドアがある」とか、「どうやってドアを開けたらいいか」って考えることはできます。
ただ、それを言葉で表現できないんです。

見えてる光景っていうのが仮想世界です.
意識は,メモリ空間にあるオブジェクトを認識してるわけです.
それを言葉にできないってことは,それをスクリプトにしてワーキングメモリに保存することができないってことです.

「ドアがあるとか,どうやってドアを開けたらいいか」って考えることはできるって言ってましたよね.
オブジェクトは,色とか形ってプロパティと,その動きのメソッドを持ってます.
だから,「ドアがある」って思えるし,「ドアは開けることができる」って考えることができるんです.
でも,できるのはそこまでです.
「もし,いま,ドアを開けて,どこかに行ったとしたら,先生はびっくりするやろなぁ」とかって考えることはできません.
できるのは,実際にドアを開けてどこかに行くことです.
そしたら,先生がびっくりして出てきます.
それを見て,「あっ,先生がびっくりしてる」って思うわけです.
つまり,現実に起こったことしか認識できないんです.
ワーキングメモリが機能しなくなったから,こうしたらこうなるだろうって次々に考えることができなくなっていたんです.

このときのことを,犬の感じてる世界ってこんな感じだろうって言ってました.
犬は,今,目の前の状況しか認識できてないんだろうって.
こうしたら,どうなるって先のことを考えれない世界で生きてるんだろうって.

ここなんですよ.
人間と動物の最大の違いは.
大脳をもってる哺乳類は,意識を持ってると思います.
つまり,仮想世界を使って世界を認識してると思います.
仮想世界に配置されるオブジェクトがクオリアです.
クオリアを使って世界を認識するのは同じなんです.

僕が分からなかったのは,なんで人間だけが言葉を話すのかです.
サルと人間の違いは何なのかです.
ヴァーチャルマシンで考えたら,それが分かったんです.
あと必要なのは、ワーキングメモリだったんです.

人類は,何万年か前,このワーキングメモリを獲得したんです.
今考えてることを保存して,次々に考えることができるようになったんです.
考えの内容はスクリプトで記述されます.
これが言葉の基になるわけです.

おそらく,この一連の仕組みがあるのがブローカー野じゃないかと思います.
だから,ブローカー野の動きをTMSコイルで抑えたら,一瞬で言葉が消えたんです.
しゃべろうと思っても言葉が出なくなったんです.

これで,言語を生み出す脳の仕組みの核心部分がほぼ解明されました.
それは,世界を表現する仮想世界と,仮想世界を操作するスクリプトと,スクリプトを保存するワーキングで実現できます.

そして,この通りに実際にコンピュータで作ろうとしてるのがロボマインド・プロジェクトです.
今のところ,このやり方で言葉を理解するAIを作ろうとしてるのは他にはありません.
大規模言語モデルじゃ,どうしても意味理解ができないと悩んでるAI研究者の方がいたら,よかったらこの動画を教えてあげてください.

はい,今回はここまでです.
おもしろかったらチャンネル登録,高評価お願いしますね.
それから,動画でも紹介した意識の仮想世界仮説に関しては,こちらの本で紹介してまうのでよかったら読んでください.
それじゃぁ,次回も,おっ楽しみに!