第414回 なぜ,意識は一人一つしかないのか?


ロボマインド・プロジェクト,第414弾!
こんにちは,ロボマインドの田方です.

意識のことを考えてて,一つの疑問がありました.
それは,意識は,なぜ,一人一つだけなのかってことです.
たとえば,第326回で多重人格を取り上げました.
haruさんは,性別も年齢もバラバラな12人の人格を持っています.
それで,いつ,どの人格が表に出るか分からないそうです.
表に出るっていうのは,体を動かしたりしゃべったりする人格のことです.
誰かが表に出てるときは,自分は水槽の中で眠ってるそうです.
人格が入れ替わるとき,今まで,誰と何を話したかとかやり取りするそうです.
それをしないと,周りの人は,急に話が合わなくなって困るからです.

疑問というのは、意識が複数の人格を同時に持つことはないのか?ってことです.
12個も人格があるなら,二つや三つの人格を同時に経験してもいいと思うんですけど,それはないんです.

ちょっとわかりにくいので映画で説明します.
アニメ「君の名は.」では,男子高校生と女子高生の心と体が入れ替わりましたよね.
アニメって,何でもありです.
だから,入れ替わるんじゃなくて,一つの意識が二つの体を制御するってパターンがあってもいいと思うんですよ.
一つの意識が,男子高校生と女子高校生の二つの体に同時に入って,二つの体を同時に経験するんです.
でも,これ,ちょっと想像できないでしょ.
これが疑問だったんです。
なんで想像できないのかってことです.
おそらく,脳の構造に起因して想像できることの限界が存在するんですよ.

これが,今回のテーマです.
なぜ,意識は一人一つないのか?
それでは始めましょう!

僕が,心をコンピュータで再現しようとしたとき,最初,心はOSだと思ったんですよ.
でも,そうじゃないってわかったんです.
たとえば,PCだと,ワードとエクセルとか,複数のソフトを同時に起動できるでしょ.
もし,意識がOSだとしたら,ワードとエクセルの両方の処理を感じれるはずです.
でも、原稿書きながら,今月の売り上げの計算を同時にするとかできないんですよ。
と言うことは,意識はOSというより,OSの上で動くソフトの方なんですよ.

これ,コンピュータの一番下のレベルで考えるとよくわかります。
今,僕らは心をヴァーチャルマシンで作ろうとしています.
ヴァーチャルマシンというのは,仮想的なCPUです.
ヴァーチャルマシンは,こんなメモリを読み取って動きます.

人が書いたプログラムは,まず,ヴァーチャルマシンが読めるバイトコードに変換されてメモリに入れられます.
このことは,第409回~411回で詳しく語ってますけど,簡単なプログラムで説明します.
たとえば,こんなプログラムがあったとするでしょ.

Let a = 1 + 2;

これは1+2を計算して変数aに代入するってプログラムです.
これをバイトコードに変換するとメモリの中にはこんな形で入ります.

このうち上半分には

1とか2とか変数aがあります.
下半分には,

1と2を足して,それを変数aに代入するってことを1ステップずつ順に書かれてあります.
ここが,元のプログラムを変換したバイトコードです.
ヴァーチャルマシンが,下半分の処理を順に実行することで最終的に変数aに3が代入されます.

これ,分かりやすいように数式を例にあげましたけど,別に数式でなくてもいいんです.
たとえばパンとランドセルがあるとします.
これが上半分のメモリにオブジェクトとして格納されます.
これって、ある瞬間の部屋とか、世界の状態を表現してるわけです.
下半分には,パンを食べたらランドセルを背負って学校に行くって処理が書かれています.
これは,その世界でどう動くかってことです.
これがメモリに一列に格納されるわけです.

注目してほしいのは,世界の動きが一列で書かれてるってことです.
なぜか?
それは,ヴァーチャルマシンは,一度に一つのことしか処理できないからです.
だから一列に書かれてあるんです.

でも,世界って同時にいろんなことが起こってますよね.
パンを食べてる間,お母さんはお弁当に何を詰めるか悩んでて,お父さんは新聞を読んで世界情勢について考えてるとか.
でも,それを一度に全部認識できません.
それは,人間の思考の仕組みが,ヴァーチャルマシンと同じだからです.
だから,言葉は一行の文で書かれるんです.

ソシュールは,言語の特徴は線状性だっていいました.
線状性っていうのは,線のように一本だってことです.
つまり,言葉は,単語を順に並べた一本の文で表現されるってことです.
なぜそうなったのか?
ソシュールは,それは口が一つだからだって説明します.
一度に一つの音しか発声できないから言葉は一列で表現されるってことです.

でも,これ,よく考えたらおかしいんです.
話し言葉は確かにそうですけど,書き言葉なら一列の制限はないですよね.
つまり,二つの出来事が同時に起こるなら二行に書いたほうが正解です.
たとえば,こんな感じです.

おじいさんは山に芝刈り.
おばあさんは川に洗濯.

そして,この二行を同時に読むんです.
でも,そんな風に2行を同時に読む文を人類は発明してませんよね。

これ、書き言葉だけじゃなくて,映画でも同じです。
やろうと思えば、画面を二つや三つにわけて,同時に再生できますよね.
でも,そんな映画は作られてません.
なんでかって言うと,意識は,一度に一つの処理しか実行できないからです.
言語が線状性なのは,口が一つだからじゃなくて,一度に一つずつしか実行できないって、脳の中のバーチャルマシンの制約からです.
これが人の心の限界なんです.
つい,人間の想像力には限界はないって思ってしまうんですけど、想像できないこともあるんです.

でも,この想像できるってことだけでもスゴイことなんです.
サピエンス全史でハラリは言いました.
7万年前,認知革命が起こったと.
それは,目の前に存在しないものを想像する能力です.
それがあるから,ホモサピエンスは,噂話や宗教を創り出しました.
そこからホモサピエンスの大躍進が起こったわけです。

じゃぁ,人間以外の生物は,どんなふうに世界を認識してるんでしょう.
それを,ヴァーチャルマシンを使って考えていきます.

僕は,哺乳類は意識をもってると考えています.
僕の言う意識の定義は,仮想世界を使って現実世界を認識する仕組みです.
これを意識の仮想世界仮説と呼んでいます.

仮想世界は,コンピュータならメモリ空間の上半分です.
目の前にリンゴがあるって思えるのは,メモリにリンゴオブジェクトが生成されて,意識プログラムは,それを認識できるってことです.
ここまでは,人も動物も同じです.
でも動物は,下半分のオペコードの部分がありません.

オペコードって,世界の動きを記述する部分です.
オペコードの基になってるのがプログラムです.
人は,プログラムを書いて,世界を自由に操作できるようになりました.
これが,目の前にない世界を想像することです.
それから,プログラムを自由に変更できるってことは行動も自由に変更できるってことです.
それができないってことは,動物は,生まれたときから決められた行動しかできないってことでしょうか?
必ずしも,そうじゃありません.
制限はありますけど,ある程度は変更できます.

動物もオブジェクトで世界を認識します.
それから,「食べる」とか「逃げる」とかって行動ができます.
これは,一種の関数です.

たとえば,さっきのオペコードには,「ADD」ってあるでしょ.
これは足し算をする関数です.
動物は,こんな関数は持ってるんですよ.

現実世界,つまり上半分のメモリ空間に食べ物オブジェクトを認識したら「食べる関数」を呼び出して食べたり,天敵を認識したら「逃げる関数」を呼び出して逃げるとかです.
つまり,認識した物に対して関数を使って反応することはできます.
だから、認識したものと関数の組み合わせで表現できることが、動物でもできることです。
たとえば、美味しいものを優先して食べたりとか,逃げなくてもいい相手がいるとか学習できるわけです.

第372回で,ベストセラーになってる今井先生の『言語の本質』を紹介しました.

ここには,チンパンジーと人間の赤ちゃんの思考の違いを示す面白い実験が紹介されています。
犬とドラゴンの動画のキャラクターがいて,どちらもボールに変身します.

犬がボールになるとジグザグした動きをします.
ドラゴンがボールになると,曲線的な動きをします.
まず,こんな動画を見せてチンパンジーと赤ちゃんに覚えてもらいます.

次に,ボールの動きから犬かドラゴンかを予想してもらいます.

つまり,ジグザグした動きのボールは犬に変身して,曲線的な動きをしたらドラゴンに変身すると予想できるかを確かめたわけです。

そしたら,赤ちゃんはちゃんと予想できたんですけど,なぜか、チンパンジーは予想できませんでした.
この予測を一般化すれば,「AならばB」から「BならばA」と予測できるってことになりますよね。
これをアブダクション仮説というそうです.
そして,これができるのは人間だけだそうです.
ただ,なんで人間だけ,この予測ができるかどうかは分かっていません.

でも,ヴァーチャルマシンで考えればその謎が解けます.
チンパンジーは,オブジェクトを認識して,それに対応する関数を結び付けることができますよね.
だから,犬はジグザグ,ドラゴンは曲線的に動くって記憶することはできます.

人間の場合,単にオブジェクトと関数を関連づけるだけじゃなくて,プログラムで記述できます.
そのプログラムは,
犬→ジグザグ(犬ならばジグザグ)
ドラゴン→曲線(ドラゴンならば曲線)
とかって書かれてます.

プログラムは「犬→ジグザグ」って一列に書かないといけないって制約はあります.
でも一列に書くって制約さえ守れば,自由に変更できます.
だから,「犬→ジグザグ」ってプログラムは簡単に「ジグザグ→犬」ってプログラムに変更できます.
だから,ボールの動きから犬って予測することができるんですよ.
世界にあるものをオブジェクトで再現して,その動きをプログラムで記述する仕組み.
この仕組みで世界を認識するようになったから,逆方向の予測もできるようになったわけです.
チンパンジーができるのは、オブジェクトと関数を結び付ける形で世界を認識することです。
つまり、犬オブジェクトを認識したら、ジグザグ関数を呼び出して、犬はジグザグに動くって予測するわけです。
でも、これだと、ジグザグ関数を呼び出して犬が出てくるって変形は出来ません。
だから、ジグザグから犬を予想できないわけです。

最後はヘレン・ケラーについて考えてみます.
このチャンネルで何度も取り上げた話です.
ヘレンは井戸の水に触れたとき,ものには名前があることに気づきました.
そのあと、家に帰るまで,手に触れる物,何でもサリバン先生に聞いて,なんと,30以上の単語を覚えたそうです.

事件は家に帰った時起こりました.
部屋に入ったヘレンが足元に感じたのは,壊れた人形の破片でした.
それは,今朝,イライラして床にたたきつけて壊した人形でした.
でも,それは大好きなサリバン先生にもらった大切な人形だったんです.
そのことを思い出して、ヘレンの目に涙が浮かびました.
生まれて初めて「後悔」って感情を感じたんです.

さて,ここです.
なぜ,ヘレンは物に名前があることをしっただけで,後悔って複雑な感情まで感じるようになったんでしょう?
これも,ヴァーチャルマシンで考えれば分かります.

物に名前があるって気づくってことは,言葉を覚えたってことですよね.
それまでのヘレンは,言葉を知らない動物の心でした.
でも意識はもってるので,メモリ空間にあるオブジェクトを介して現実世界を認識することはできました.
でも,できるのは物に対する反応だけです.
認識したオブジェクトに何らかの動作関数を結び付けることだけです。

さて,ヘレンは物に名前を付けることができました.
オブジェクトに名前を付けたわけです.
名前とは一種の記号です.
記号の操作を記述したのがプログラムですよね.
そして,人は,プログラムを使って考えるって能力を持ってるわけです.
そして,プログラムとは記号操作です.
だから,ものをオブジェクトで認識していても,それに名前をつけて記号化しないと自由に操作できないんですよ.

さて,ものに名前があると気づいたヘレンは,プログラムでそれを自由に操れるようになりました.
今,足元に人形の破片に気づきました.
そこから今朝の出来事を思い出しました.
たぶん,そこまでは今までもできたと思うんです.
ただ,今までできたのは思い出すだけです.
でも,今は違います.

思い出した出来事を記号化してつなげてプログラムが作れます。
サリバン先生にもらった大事な人形が壊れている.
こんなプログラムです。
プログラムなので、自由に変形したり、逆にだどることもできます.
そしたら,壊れた原因は自分だと気づきます.
自分がイライラして床にたたきつけたからだって気づきます.

それだけじゃありません.
プログラムの内容を変更することもできます.
「もし,あの時,人形を床にたたきつけなかったら」ってプログラムです.
そうしたら,大事な人形が壊れることもありません.
プログラムを使って理論的な思考もできます.
結果を変えるには原因を変えればいいって理論的思考です。
つまり、人形を床にたたきつけなければ、人形は壊れません。

ここにきて,ハッと気づきます.
過去の出来事は絶対に変えることができないって.
いくら強く願っても,過去に自分が犯した過ちを後から変更することはできません.
この残酷な事実に気づいたんです.
これが後悔です.

ヘレンは,記号を操作する機能は生まれつき持っていました.
でも,その機能は,記号にしか適用できません。
つまり、ものに名前をつけて記号化しないと、その機能は使えません。
目も見えず,耳も聞こえないヘレンは,名前を理解できませんでした.
それを,名前があると知ったとき、一気に,記号操作する能力が発動したんです.
だから,後悔なんて複雑な感情が、突然湧き起こったんです.

脳の機能をコンピュータで再現することで,人の認識する世界の限界と,動物と人間の認識できる世界の違いが理解できるようになりました.
同じ世界を生きていても,世界を認識する仕組みが違うと,全然違う世界を感じてることになるんです.

はい,今回の動画が面白かったらチャンネル登録,高評価お願いしますね.
それから,今回紹介した意識の仮想世界仮説に興味があれば,こちらの本を読んでください.
それじゃぁ,次回も,おっ楽しみに!