第417回 見えないことに気付かない? 世界は,頭の中にある.


ロボマインド・プロジェクト,第417弾!
こんにちは,ロボマインドの田方です.

グレッグは目が見えません.
問題は,目が見えないことより,自分が目が見えないことに気づいてないことです.
サックス先生が,「手に何を持ってるか分かりますか?」って聞くと「赤いペンです」って迷わず答えます.
でも,実際に持ってるのは緑のボールです.

今回の話も,オリヴァー・サックスの「火星の人類学者」から取り上げます。

グレッグは多感な10代を1960年代に過ごしました.
ヒッピーの時代です
グレッグは、グレイトフルデッドに夢中になって,LSDでハイになって,ユートピアを求めていました.

そして,最終的に辿り着いたのはクリシュナ教団というインドの宗教でした.
ここは,スティーブ・ジョブズやビートルズのジョージ・ハリスンも参加してたようです.
グレッグは,熱烈な信者になって教団の寺院で修業して瞑想とかするようになりました.
様子がおかしくなってきたのは1年後です.
視力がだんだん弱くなってきたそうです.
でも,「内なる光が強くなってきたからだ」とか,「悟りを開いたのだ」とか言われて修行を続けます.
家族の元には,「何も問題ない」「新しいステージに進んだ」とかって連絡が行くだけで,何が起こってるのか知らされていませんでした.
それでも心配になって,4年後,父親が教団に直接乗り込みました.
その時には,グレッグは完全に目が見えなくなっていました.
意外にも,教団はあっさりとグレッグを解放してくれました.
たぶん,教団も,目が見えないグレッグを世話をするのに手を焼いてたのでしょう.

さっそく病院に連れて行って検査をしてると,脳腫瘍が見つかりました.
幸いにも良性だったので摘出すれば治ると言われました.
もっと早く気付けばよかったんですけど,3年以上も放置してたので,腫瘍の大きさは,なんと,小さいグレープフルーツぐらいになっていたそうです.
でも,手術は無事,成功しました.
ただ,あれだけ大きな脳腫瘍ができていたので,脳のいろんな機能が損傷を受けていました.
その一つが,完全に目が見えなくなったことです.
それから,新しいことを覚えることもできません.
1分前のことも忘れてしまいます.
でも,本人は,そのことに気づきもしません.
本人は,完璧な世界に生きてると思っているんですよ。
これが今回のテーマです.
見えないことに気付かない?
世界は,頭の中にある.
それでは,始めましょう!

まずは,なぜ,目が見えないことに気付かないのかから考えてみます.
サックス先生が,緑のボールを持っているのに,「赤いペン」って答えてましたよね.
これ,もし,本当に赤いペンが見えてたとしたらどうでしょう?
いくら説明しても,本人は赤いペンが見えてるんですから,見えてない証明にはならないですよね.
それより,相手が嘘をついてると思います.
だって,自分には赤いペンが見えてるんですから.
でも,そんなこと,あり得るんでしょうか?

これは夢で考えたらわかります.
たとえば、目覚ましが鳴ったとき,電話が鳴ってる夢をみたりします.
それから,僕は,ハシゴを登ってる夢をたまに見るんですよ.
その時,ちゃんとハシゴがあるかなって,ふと,思っちゃうんですよ.
そう思って足元を確認したら,必ず,足元のハシゴが消えて,落ちてしまうんですよ.

何が言いたいかって言うと,夢を作ってるのは自分なんです.
でも,そのことに気づかないですよね.
夢の中じゃ,これが夢だと気付かないわけです.
起きてから考えたら,おかしなことが起こってたってわかりますけど,それは,現実世界と比べてるからです.
現実世界では,足元のハシゴが急に消えたりしません.
でも,夢の中にいるときは,その世界しか知らないわけです.
まさか,今見てる世界以外に現実世界があるなんて,その時は思っていません.
だから,これが夢だって気付かないんです.

グレッグには,それと同じことが起こっているんです.
つまり,「手に何を持っていますか?」って質問されたとき,赤いペンを持ってるサックス先生を作り出したんでしょう.
夢の中で,目覚まし時計の音を聞いて電話を作り出したり,ハシゴがあるか確認したら,ハシゴがない世界を作りだしたりするのと同じです.
何らかの刺激をきっかけに,そこから連想される世界を作り出してるんです。
起きてるときは,現実世界が見えるから,現実世界に合わせて矛盾のない世界を作り出すんです.
でも,目が見えないと,現実世界からの制約がないので,連想から思いついた世界をそのまま作るんです.

じゃぁ、そんな世界を作り出してるのは誰でしょう?
それは、無意識さんです。
矛盾のない世界をなんとか作り出す無意識さんがいると考えたら、全部説明できるんですよ.
無意識さんは,今ある情報から完璧な世界をつくって意識さんに見せるのが仕事です.
だから,目からの情報が入ってるときは,視覚情報を基に世界を作り出します.
でも,眠ってるときは,情報が少なくて、ちょっとした情報から,それらしい世界をつくります.
たとえば、目覚まし時計の音が聞こえたら,「これ、電話ちゃうかなぁ」って思って電話を作り出すんです.
ハシゴを登ってる夢を作ってるとき,意識さんが,ふと,「もしかして,ハシゴないんちゃう?」って思ったら,その思いを受けて,ハシゴのない世界を作り出すんです.
これが無意識さんのやってることです.

起きてるとき、目をつぶったら、視覚情報は真っ黒なので、それを意識さんに見せます。
でも、グレッグの場合,目からの情報自体が来てないので,夢と一緒で、それ以外の情報から世界を作ろうとします.
だから,「手に何を持ってますか?」ってサックス先生が質問したら,いかにもありそうな状況を考えて,赤いペンを持ってるサックス先生を作り出すんです.
これが無意識さんのやってることです.

この話を聞いて思い出したのが分離脳の話です.

第244回で話しましたけど,重度のてんかんの場合,左脳と右脳をつなげる脳梁を切断する手術をすることがあります.
すると,てんかんが起こらなくなります.
ただ,左脳と右脳が連絡できなくなるので,左脳と右脳で別々に処理するようになります.
でも,日常生活はほとんど問題ないです.
ただ,テストするとおかしな行動を取ることがあります.

たとえば,その人の右脳にだけ見えるように,「歩け」ってカードを見せると,席を立って歩きだします.
これは普通です.
その時,「なんで立ち上がったのですか」って左脳に質問します.
でも,左脳は「歩け」のカードのことを知りません.
すると,その人は「喉が渇いたから,コーラでも買いに行こうとおもって」って平然と答えたそうです.

これも,さっきと同じですよね.
無意識さんが,今ある情報から,矛盾のない世界を作り出してるわけです。
左脳は,「歩け」のカードのことを知らないですけど,自分が歩き出した事実だけは知ってます.
無意識さんは、その事実に矛盾のない世界を作り出さないといけません.
だから,「コーラでも買いに行こうと思った」って理由を作り出したんです.
意識さんは,まさか,それが無意識さんが勝手に作り出したものとは思ってないですし,本当に,自分がそう思ったと思って、そう答えるわけです。

ここで注意してほしいのは,これ,左右の脳がつながってたり,目が見えたりしたら,何もも問題ないってことです.
「歩け」ってカードに書いてあったから歩いたって答えますし,緑のボールを持ってるのが見えますって答えます.
逆の見方をすれば,他人と問題なくコミュニケーションが取れるのは,たまたま,同じ世界を見てるだけなんです。
同じ感覚器を持っていて同じ世界を頭の中に作り出してるから,コミュニケーションが取れるんです。

グレッグの場合,目が見えないだけでなくて,新しいことを覚えることもできません.
今でも1960年代に生きてると思ってます.
だから,「今の大統領は?」とかって聞いても,話しが噛み合いません.
でも,それは,こちらが記憶する能力を持ってるから,相手がおかしいって思うだけです.
どちらも新しいことを覚えれなかったら,お互い,その世界で矛盾なく会話できるはずです.
「ビートルズの新曲はいつ出るんだろう」とかって会話が弾むわけです.
そう考えたら,世界って,頭の中にしか存在しないっていえますよね.
たまたま,同じ世界を見てるから会話が成立するんです.

グレッグは,一分前のことも覚えれないので,なにかに集中するといったことはなくて,一人でいるときはぼぉーっとしてるそうです.
でも,過去のことはよく覚えています.
大好きなグレイトフル・デッドのことを聞くと,生き生きと語りだします.
最高のロックバンドだ.
フィルモアイーストに行ったし,セントラルパークにも行ったって,曲目まで細かく教えてくれます.
「いつ行きましたか?」って聞くと,「もう,1年になるかなぁ」って答えます.
でも,実際は10年以上前のことです.
やっぱり,今も,60年代だと思ってるようです.

新しいことを覚えれないといっても,何度も会っていると,記憶に残ることもあるようです。
だから,サックス先生のことも覚えてくれるようになったそうです.
音楽療法士のコニーに音楽を習うようになって,何度か会ううちに,コニーのことも覚えるようになったそうです.

そうすると,あるとき,高校時代にもコニーって友達がいたことを思い出したそうです.
その子も,音楽が得意だったそうで,今頃,どうしてるかなぁって言っていました.
サックス先生が,その子のことを聞き出すと,どうも,それは音楽療法士の同じコニーのことのようでした.
おそらく,記憶がうまくつながらなくて,それを矛盾なく説明するために,無意識さんが,もう一人のコニーを作り出したみたいです.

たぶん,この矛盾のない世界を作るって機能がないと,自分を維持できなくなると思うんですよ.
「なぜ,自分がこの行動をしてるのか」とか,「こういう世界がある」って,当たり前のことじゃないですか.
当たり前の事実があって,その上で考えたり思い悩んだりするわけです.
でも,その当たり前の事実が揺らいでしまうと,もう,何を信じていいかわからなくなって,生きていけなくなると思うんですよ.
そうならないように最低限の機能が備えられているんです.
それが,無意識さんが作り出す矛盾のない世界なんです.
めちゃくちゃ大事な機能なので,最後まで残るんです.
巨大な腫瘍を取り除いたり,左脳と右脳を分離したりしても,矛盾のない世界を作り出す機能だけは最後まで動き続けるんですよ.

さて,グレッグは,前頭葉も損傷しています.
前頭葉は,最も人間らしさを作り出すところで,深く考えたり,思い悩んだりするのは前頭葉があるからです.
だから,前頭葉を損傷すると,深く考えれなくなります.
たとえば,前頭葉の眼窩皮質を損傷すると,ダジャレとか,オヤジギャグを連発するようになるそうです.
これは,別名「ふざけ症」とも呼ばれるそうです.
グレッグも,まさにそんな感じの軽いキャラだったそうです.
だから,サックス先生も,グレッグは深く思い悩んだりすることはあるのかって思っていたそうです.

病院には,毎週のようにお父さんが見舞いに来ていて,グレッグは,それを楽しみにしていました.
そのお父さんが亡くなったそうです.
そのことを伝えると,グレッグはかなりショックを受けたそうです.
いつも陽気なのに,その時は辛い表情を見せたそうです.
今は,一人にしておこうと部屋を離れたそうです.
10分後,部屋に戻ると,お父さんが亡くなったことはすっかり忘れていたようです.
「お父さんはどうしてますか?」って聞くと,「来週,来ますよ」って答えたそうです.

ただ,お父さんが亡くなったという事実は覚えていないようですけど,その日から,グレッグの元気がなくなったようでした.
意識的な記憶としては覚えていなくても,潜在意識の深いとこで悲しみを感じてるようでした.
あまりにも元気がないので,サックス先生は何か,元気を出させる方法はないかと考えました.
そしたら,ちょうど,グレイトフル・デッドが,ニューヨークのマジソン・スクエア・ガーデンでコンサートを開くことを知りました.
これだと思って,グレッグをコンサートに連れ出したそうです.
コンサートで,グレッグは本当に,大興奮してました.
「ブラボー!」って叫んで,ほとんどの曲を一緒に熱唱してたそうです.
歌詞を完全に覚えているようでした.

こんな生き生きした表情をみるのは初めてです.
この感動を忘れさせないためにサックス先生は,帰りの車の中でもグレイトフル・デッドの昔の曲を大音量でずっと流していたそうです.
グレッグは,ずっと興奮しっぱなしで,車の中で大声で歌っていたそうです.

翌日,グレッグの部屋に行って,「グレイトフルデッドのコンサートはどうだった?」って,昨日のことを聞きました.
そしたら,「グレイトフルデッドのコンサートに最後に行ったのは,1年ぐらい前かなぁ」って答えます.
「マジソン・スクエア・ガーデン」のコンサートのことは覚えていない?って聞くと,「マジソン・スクエア・ガーデンには行ったことないなぁ.行ったのはフィルモア・イーストと,セントラル・パークだよ」って答えたそうです.

はい,今回はここまでです.
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それから,よかったらこちらの本も読んでください.
それじゃぁ,次回も,おっ楽しみに!