第419回 自閉症の描く絵は芸術といえるのか?


ロボマインド・プロジェクト,第419弾!
こんにちは,ロボマインドの田方です.

今回の主人公は自閉症の画家,スティーブン・ウォルトシャーです.
彼がどんな才能があるかは,これを見ればすぐに分かります.

まずは,ヘリコプターに乗ってローマを上空から観察します.
多くの歴史的建造物を含む45分のフライトです.

何をするか,もう分かりますよね.
スティーブンに,今見た光景を記憶だけで描いてもらうんです.
それも5mの巨大なキャンバスにです.
下書きなど一切しないでいきなり書き始めます.
3日間かけて見事に描き上げました.

さらに検証もしました.
これはサンピエトロ広場です.
見事です.

今度はコロッセオです.
スティーブンの絵を重ねてみます.
完全に一致します.

とんでもない記憶力ですよね.
自閉症のなかで特別な能力をもった人のことをサヴァン症候群といいますけど,スティーブンもその一人です.
今回も,オリバー・サックスの『火星の人類学者』から取り上げます.

スティーブンが最初の画集を出したのは10歳の時でした.
それを見たサックス博士は,その素晴らしさに驚きました.
ロンドンで開業してた弟のデヴィッドにその話をすると,なんと,こういったそうです.
「スティーブン? 彼は僕の患者だよ.3歳の時から知ってるよ」って.

オリバー・サックスの本を読んでると,こういう話ががちょくちょく出てくるんです.
たとえば,前々回,第417回で,目が見えないグレッグの話を紹介しましたよね.
彼はグレイトフルデッドの大ファンです.
グレッグを元気づけようとしてグレイトフルデッドのコンサートに連れて行くってエピソードがありました.
ただ,コンサートがあることを知ったのは一週間前で,チケットなんか手に入りません.
ところが,サックス博士は,たまたまグレイトフルデッドのドラマーと知り合いだったので,特別に席を用意してもらったそうです.
たまたまグレイトフルデッドと知り合いって,そんなことある?って思いますよね.

それはともかく,今回のテーマ,非常に深いんです.
一言で言えば,サヴァン症候群の描く絵は芸術と呼べるのかってことです.
確かに,スティーブンの描く絵は素晴らしいです.
普通の人には絶対真似できません.
でも,あれって,ただのコピーじゃないって思いませんか?
芸術といっていいのかってことです.
もっと言えば,自閉症の子は,沸きあがる感情とか,深い心を持ってるのかってことです.
ここは踏み込んじゃいけないところと思うんですけど,サックス博士は,そこに果敢に切り込んでいきます.
これが今回のテーマです.
自閉症の描く絵は芸術といえるのか?
それでは,始めましょう!

スティーブンは,5歳のころには,紙と鉛筆を見つけると何時間でも夢中で絵を描いていたそうです.
特に興味があったのは建物でした.
自閉症の指導をしてた教師のクリスは,その絵の正確さに驚いて,スティーブンの絵の指導をかって出ました.
クリスが何に驚いたかというと,その記憶力です.
どんな複雑な建物でも数秒で覚えて,いつまでも記憶することができました.
だから,建物をみてスケッチするとかでなくて,後から思い出して描きます.
それも,細部と全体との関係とか,遠近法とかそんなことを考えることなく,いきなり細部から書き出すんです.
まるで,お手本をなぞってるようです.
そして,完成した絵は,完璧にバランスもとれていて,遠近法的にも正確なんです.

特に驚いたのは,爆破された建物とか,地震で壊滅した街を描いたときです.
飛び散った破片を丁寧に全部正確に描いてたそうです.
スティーブンの記憶の特徴は,すべてを記憶することでした.
些細なことと重要なこと,前景と背景といった区別なく全部です.
そんな絵をみて,サックス博士は,スティーブンは意味を理解してるのかが疑問でした.
カメラが意味を理解しないように,ただ,見たままを写し取ってるんじゃないかってことです.

スティーブンがしゃべるようになったのは,なんと9歳になってからです.
そのころ,絵を描かせるためにクリスがいろんなとこに連れ出してくれてて,それが刺激になったようです.
バスで街にでかけたとき,建物や場所を全部知っていて,興奮して,それらの名前を呼びあげたそうです.
13歳の時,スティーブンがテレビに取り上げられて、初の画集も出版されて,イギリス全土で有名になりました.
普通の子どもなら有頂天になるところですけど,スティーブンは全く気にかけることはなかったそうです.
クリスは,毎週のようにスティーブンをいろんなとこに連れ出して,絵を描かせていましたし,スティーブンも,それを楽しみにしていました.
そんな生活も,スティーブンば中学に進学することで,クリスの指導は終わってしまいました.
クリスがいなくなると,スティーブンは,絵を描く意欲を無くしたようでした.
ただ,スティーブンが個人的にクリスのことを懐かしがったり,悲しんだかどうかははっきりしませんでした.
サックス博士がクリスのことを尋ねると,特に感情もなく,ただ淡々と,いつ,どこに行ったって,事実を語るだけだったそうです.
スティーブンは,他人に対して感情を抱くのかどうかわからなかったそうです.
別の自閉症の少年の話ですけど、その子は15歳のとき母親を亡くして周りから心配されたときこういったそうです.
「ぼくなら大丈夫です.自閉症は愛する人を失っても,ふつうの人みたいに傷つかないんです」って.

クリスがいなくなってしばらくしてマーガレットが現れました.
彼女は,スティーブンの絵の著作権のエージェントをしていて,個人的にも芸術面でも,その後のスティーブンを支えることになりました.
マーガレットは週末になるとスティーブンを連れ出して絵を描かせます.
スティーブンも,マーガレットには最初からなついていて,日曜日を楽しみにしているようでした.
あるとき,アムステルダムのテレビ番組でインタビューを受けるとき,マーガレットが重い喘息の発作を起こして,ホテルから出られなくなったことがあったそうです。
そのとき,スティーブンはマーガレットの足元で「あなたが良くなるまで,僕はここにいる.あなたは死なない」といったそうです.
スティーブンが他人に気遣いをするのは,これが初めてだそうです.

その話を聞いたサックス先生は,スティーブンが人格的な発達をしてるんじゃないかと思いました.
それで,いろんな漫画を読んでもらって反応を見るテストをしました.
結果は,スティーブンは他人の心の状態を想像する能力が非常に低いということでした.
このテスト,かなり教育水準の高い自閉症に試してみても,同じ結果となるそうです.

一方,スティーブンは視覚能力がずば抜けて高いです.
ジグゾーパズルを渡すとあっという間に完成させます.
今度は,ジグゾーパズルを裏返して,絵が見えない状態でやってみても,同じ時間で完成させたそうです.
つまり,スティーブンは絵を見て,絵の意味を理解してジグゾーパズルをしてるんじゃなくて,ピースの形から,どれとどれが合うかを見抜く驚異的な能力を持ってるんです.
視覚的サヴァンの別の子は,500ピースのパズルを2分で完成させたそうです.
普通なら7時間かかるパズルです.
ただ,この子はスティーブンと違って絵が上手なわけではなかったそうです.
スティーブンの場合,視覚的能力が優れていただけでなくて,それ以上のものがあるようです.
それが芸術的なセンスなのか,サックス先生はそれを調べようとしました.

そこで,マティスのデッサンを時間をおいて何度も書いてもらうことにしました.

左上が,マティスのデッサンを見た直後に描いたものです.
これは,原画にほぼそっくりです.
その後,1時間ごとに思い出して描いてもらって、合計6枚、描いてもらいました.
時間が経つにつれて少しずつ,簡略化されていってますけど,元の絵の雰囲気は驚くほど残っています.
スティーブンは,マティスらしさを汲み取って表現してるようです.
これは,写真のように記憶して,そのままコピーして描いてるわけじゃないってことです.
マティスのスタイルといった,ある種の芸術の意味を理解してるようです.

マーガレットはスティーブンをロシアのエルミタージュ美術館にも連れていきました.
そこにはマティスの有名な絵「ダンス」があります.
帰ってきてから,スティーブンに思い出してもらってダンスを書いてもらいました.
これが,その絵です.

じつによく描けています.
ただ,その後に気づいたことがあります.
実は,マティスのダンスは二種類あります.

左がロシアのエルミタージュ美術館にある絵で,右は,ニューヨーク近代美術館にある絵です.
背景の色とか,踊ってる人のポーズが若干違います.

それで,これがスティーブンが描いた絵です.
よく見ると,エルミタージュ美術館のダンスに,ニューヨーク美術館の色を付けてるんです.
スティーブンは,以前,ニューヨーク近代美術館のマティスは見たことがありました.
これは,記憶の混乱というより,スティーブンなりの遊び心だそうです.

スティーブンは,視覚能力はずば抜けていますけど,理論的な思考能力はかなり低いそうです.
たとえば,直径の小さい背の高いコップと,直径の大きい背の低いコップがあって,背の高いコップに入ってる水を背の低いコップに移し替えると水の高さが低くなりますよね.
スティーブンは,水の高さ中さが低くなると,どうしても水の量も少なくなったと感じるようです.

それから,自閉症の子は,ある種の運動能力も抜群にあるそうです.
サックス先生が飛行機の中でメモを取るのに苦労したそうですけど,スティーブンは,となりでずっと絵を描き続けていたそうです.
揺れてることに気付かないぐらいで,器用に絵を描いてたそうです.
自閉症の運動能力は,絵を描く能力と一緒で,練習して獲得するものじゃなくて,最初からいきなりできるそうです.
ある自閉症の女の子は,サーカスの綱渡りを見て興味を持って,自分もやるといって挑戦したら,最初からすぐにできたそうです.
全く恐れることなく,当たり前のことをするように綱の上を歩いたそうです.

サックス先生は、グランドキャニオンにもスティーブンと一緒に行きました.
グランドキャニオンは,アメリカインディアンのナヴォホ族の聖地で,その時は,ナヴォホの画家も同行してたそうです.
ナヴォホの画家が神妙な顔でグランドキャニオンを描いてたそばで,スティーブンはぶつぶついいながらうろうろしてただけでした.
そして、いつものように帰ってから思い出してグランドキャニオンの絵を描いたそうですけど,明らかに,ナヴォホの画家より上手かったそうです.
グランドキャニオンの神聖さとか,神秘的な「聖地」といった印象はスティーブンの絵にありありと現れていたようです.
スティーブンは,インディアンの画家より,グランドキャニオンの神秘性を感じ取っていたようです.
スティーブンは,マティスらしさとか,グランドキャニオンの神秘性とか,その物が持つ特徴とか雰囲気を感じ取って表現する能力は,明らかにあるようです.

ただ,スティーブンには個性というか,自分らしさといったものはあるのか,それが,まだ,サックス先生にはよく分かりませんでした.
そのものらしさを感じ取って表現することはできても,スティーブンらしさといったものを持ってるのか,それはわかりませんでした.

あるとき,マーガレットから興奮しきった電話がかかってきました.
スティーブンの音楽の才能が爆発したということです.
その頃,スティーブンには音楽の教師も付けて,その先生との相性がかなり良かったようです.
絵もそうでしたけど、スティーブンは教える前から複雑な音楽理論を完璧に理解してるようでした.
ジャズの即興演奏とか,複雑なコード進行を理解してないとできないんですけど,スティーブンはすぐにできるようになったそうです.
でも、サックス先生が驚いたのはそこじゃありません。
そのことより驚かされたのは、スティーブンが音楽を通して感情表現してたことでした。
スティーブンの演奏には感情が表現されてたんです。
それは、誰かの演奏のマネじゃなくて、間違いなく、スティーブンの心の内から沸き起こってるものでした。

それから,音楽を言葉で表すレッスンもありました.
曲を聞いて,連想される言葉を言うんです.
たとえば,曲を流すと、原っぱの空気,春のスイセン,小川,日光,そよ風とかって言います.
感情をほとんど持ってなかったスティーブンが,音楽からこんな連想をするなんて信じられません。
最初は、でたらめな単語しか出なかったそうですけど,音楽の持つイメージを教えて訓練すると,だんだんできるようになってきたそうです.
本人に聞くと、記憶してる単語を読み上げてるんじゃなくて,本当に感じてるそうです。

さらに驚いたのは,歌を歌ったときです.
トム・ジョーンズの曲だったそうですけど,黒人らしく,スティービー・ワンダー風の味付けで、音楽と溶け合って歌っていたそうです.
普段しゃべるときは,首を傾けたり,視線が宙にさまよったり、チックの症状も出るんですけど,歌ってるときは自閉症が完全に消えてたそうです.
堂々とまっすぐ前を見据えて,湧き出る感情を音楽にのせて素直に表現してました.
それは誰のものでもない、スティーブンらしさそのものです.
スティーブンが自分を表現するのを始めて見て、サックス先生も感動しました。

ただ,歌い終わると,もとの自閉症に戻ってしまいました.
でも,スティーブンの内側に,個性とか心がちゃんとあることは確認できました.

はい,今回はここまでです.
面白かったらチャンネル登録,高評価お願いしますね.
それから,よかったらこちらの本も読んでください.
それじゃぁ,次回も,おっ楽しみに!