第421回 魂を失った男の話


ロボマインド・プロジェクト,第421弾!
こんにちは,ロボマインドの田方です.

今回も,オリヴァー・サックスの『妻を帽子と間違えた男』からです.

サックス先生が,病室に入ると,トンプソン(60ぐらいのおっさん?)は「いらっしゃいませ」と陽気にあいさつします.
「ハムサンドにしますか? それともホットドッグにしますか?」っていいます.
サックス先生が,「私を誰だと思ってるんですか?」って聞くと,
「おっと,お客さんかと思ってしまいました.なんだ,幼馴染のトムじゃないか」っていいます.
「いや,トムじゃないですよ」っていうと,
「そうだった.トムなら白衣なんか着てないよな.よく見たら,肉屋のハイミーだよね。売れ行きはどうだい?」って言います。
そんな感じで,サックス先生は5分ほどの間に10人以上もの人に間違えられたそうです.
トンプソンは,パン屋でサンドイッチを売ってるつもりですけど,トンプソン自身,パン屋で働いたこともありません.
すべて架空の人物です.

この男、一体,どういう病気かというとコフサコフ症候群による記憶障害だそうです.
記憶がなくなって,相手が誰なのか,自分が誰なのかすら分からなくなっているんです.
でも,単なる記憶障害なら,こんな風にはなりません.
第288回「記憶が消えると魂も消えるのか?」で紹介したジミーもコルサコフ症候群の記憶障害でした.
ジミーは49歳ですけど,19歳で記憶が止まって,今も19歳だと思っています.
だから,鏡に映ってる自分の顔をみるとショックを受けます.
でも,1分も絶たないうちに,そのことを忘れてしまいます.
新しい記憶をつくれないんです.

サックス先生の病院は,カトリック系の病院で,患者の世話はシスターがしています.
あるとき,サックス先生が,ジミーには魂があると思うかってシスターに聞くと,
「チャペルにいるジミーを見れば分かりますよ」っと言います.
それで,チャペルに行ってみると,熱心にお祈りをしてるジミーがいました.
それを見て,サックス先生は,ジミーには,間違いなく魂があると確信しました。

サックス先生は,同じシスターに,「トンプソンには魂があると思いますか?」って聞きました.
そしたら,「トンプソンにはないです」ってあっさり返されたそうです.
まぁ,たしかに,トンプソンは,とにかく軽いんですよ.
その場だけで適当なこと言ってるので,魂があるとは思えません.
魂というか,自我とか,人格を感じないんです.

同じ記憶障害なのに,いったい,何が違うんでしょう?
これが今回のテーマです.
魂を失った男の話
それでは,始めましょう!

トンプソンは,次から次へと言うことがかわりますけど,嘘をついてるようには思いません.
本当に,そう思って行ってるようです.
相手の服装とか,言葉からその瞬間思いつくことを言ってるだけのように思います.
この話を聞いて思い出したのは,第417回のグレッグです.
グレッグは目が見えません.
目が見えないだけじゃなくて,自分が目が見えないことに気づいてません.
たとえば,サックス先生が緑のボールを持って「何を持ってますか?」って質問すると,平気な顔で「赤いペン」って答えます.
これ,嘘をついてるわけじゃなくて,本当に赤いペンが見えるらしいんです.

どういうことかって言うと,おそらく,夢と同じ状況じゃないかって思うんですよえ.
たとえば,目覚ましが鳴ったとき,電話が鳴ってる夢を見ることありますよね.
これ,目覚ましの音が,夢の中で電話に変換されてるわけです.

なぜ,こんなことになるかって言うと,意識の仮想世界仮説で考えたら分かります.
意識の仮想世界仮説というのは、僕が提唱する意識仮説です。
人は,目で見た現実世界を頭の中で仮想世界として構築します.
意識は,この仮想世界を介して現実世界を認識します.

そして,仮想世界をつくっているのが無意識さんです.
無意識さんは,意識さんに、矛盾のない完璧な世界を提供するのが仕事です.
たとえば、目覚ましのアラームが聞こえたら,これはきっと電話やって思って,電話が鳴ってる世界を作りだすんです.

でも,目が覚めたら目が見えますし,目が見えない人の場合,真っ暗な世界になりますよね.
ところが,グレッグの場合,脳が損傷して,起きてるのに無意識さんが夢と同じように世界を作りだしたんです.
だから,「何を持っていますか?」って聞かれたら,何かを持ってるんだろうって思って,無理やり,何かを持ってる世界を作り出したんです.
意識は,まさか、無意識が勝手に作った世界とは思ってないわけです.

それに近いことがトンプソンにも起こってるんじゃないかと思うんです.
でも,トンプソンは目が見えます.
ただし,記憶がありません.
普通なら,記憶を元に自分は誰だとか,相手は誰だとかって世界を作ります.
それができないから,無意識さんは数少ない手がかりから自分とか相手を作るわけです.
白衣をきてるから,きっと肉屋に違いないとか。
そうやって,肉屋のハイミーを作り出したわけです.
もちろん,ハイミーなんて知り合いはいませんし,そもそも,自分もパン屋じゃありません.
すべてその瞬間に作り出した偽の記憶です.

でも,本当にそんなこと起こり得るんでしょうか?
目が見えないとき、幻を作り出すのなら、なんとなく理解できますけど,目が見える場合も,こんなこと起こるんでしょうか?

そこで思い出すのは分離脳です.

重度のてんかんの場合,左右の脳をつないでいる脳梁を切断する分離脳手術をすることがあります.
分離脳患者で興味深いのは,左脳と右脳に別々の人格が宿ることです.
たとえば,右脳だけに「歩け」ってカードを見せます.
すると,席を立って歩きだします.
そのとき,「なんで席を立ったんですか?」って質問します.
言語を司るのは左脳なので,左脳が答えようとしますけど,左脳は,「歩け」のカードのことは知りません.
だから,なんて答えるのかと思ったら,「喉が渇いたから,コーラでも飲みに行こうと思って」って答えたんです.
こんな風に,無意識さんは,その場の状況から,行動の理由まで勝手に作り出すんです.
でも、さすがに、人格まで作ってるわけじゃないですよね.

そこで思い出すのは多重人格です.
第326回で多重人格のharuさんを紹介しました.
haruさんは,13人もの異なった人格を持ってて、それぞれ性別も趣味も違います.
だから,洋服を選ぶときとか大変だそうです.
かわいい恰好が好きな人格と,男っぽい恰好がすきな人格が喧嘩するそうです.

ところで,人格って,一体何なんでしょう?
僕は,コンピュータで心をつくろうとしてるので,ここは,かなり具体的に考えてるんですよ.
僕の考えだと,一つの人格には一つのヴァーチャルマシンがあります.
ヴァーチャルマシンっていうのは,仮想的なCPUのことです.
ソフトウェアなんで,脳の中にいくつ作られてもおかしくないんです.

あと必要なのは,記憶と性格です.
記憶っていうのは,その人の人生です.
どこで生まれて,どこの小学校に行ってとかって,その人が積み重ねてきた経験の集積です.
人生の経験の中から,その人なりの性格とかが形成されます。

でも,これだけじゃまだ足りません。
一番肝心なのが必要です.
それが意識です.
自分といってもいいです.
これらがそろって一つの人格となります。

それで、この中で中心となるのがヴァーチャルマシンです.
ヴァーチャルマシンって,何をするものかって言うとプログラムを実行するものです.
プログラムって,1ステップずつ実行します.
たとえば
a = 1 + 2;
ってプログラムがあったとするでしょ.
これは,まず「1」を取ってきて、次は2を取ってきて、その次は,この二つの数字を足し算回路に入れます。
そしたら答えの3が返ってくるから、それを変数aに入れるって感じです.

すべての処理は,このヴァーチャルマシン経由で意識に送られるんですよ.
何が言いたいかって言うと,意識はあらゆる物事を一列の処理で認識するってことです。
だから、文は一列の文字の並びになるんです.
これをソシュールは言語の線状性って言いました.
一本の紐みたいに一列で書かれるわけです。
その根本理由は、ヴァーチャルマシンは、一度に一ステップしか実行できないからです.

人の心は一つの意識,一つのヴァーチャルマシン,一つの記憶,一つの性格でできてるわけです。
これが脳の中に一式あるわけです.
これらすべてソフトウェアです。
だから、ハードウェアとしての一つの脳の中に複数インストールすることもできます.
なぜか,13個もインストールされたのが多重人格のharuさんなんでしょう.
ヴァーチャルマシンが13個あるから、同時に複数の人格を持てるんです。
他の人格と会話したり、喧嘩できるのは、別のヴァーチャルマシンの人格だからです。

でも、一つの脳に別人格が現れるなんて、そんなこと、あるんでしょうか?
多重人格はそんなに多くないですけど、頭の中で他人の声がするとかって話ならたまに聞きます。
統合失調症になると幻聴が聞こえるって言います。
僕も、ソファでウトウトしてたとき、誰かに名前を呼ばれた気がしたって経験ならあります。
はっきりと聞こえたんですけど、誰もいなくて、どうも頭の中だけの声だったようです。

じゃぁ、幻聴と多重人格じゃ何が違うんでしょう。
それは、別人格が体まで乗っ取るかどうかです。
Haruさんは、いつ、自分の体が他の人格に変わるかわからないって言ってます。
友達と食事をしてて、トイレに行ったら突然、自分に体が戻って、どのテーブルに戻ったらいいのかわからなくなることもあったって言ってました。

心はヴァーチャルマシンと意識、記憶、性格の組み合わせです.
それじゃぁ,それ以外の組み合わせも考えられますよね.
たとえば,意識は一つで複数の性格をもってるとか.
まぁ、これは,よくいますよね.
家では,偉そうなこと言ってるのに,会社では頭を下げて,「すいません,すいません」って言ってる親父とか.

それじゃぁ,意識が一つで,記憶が複数あるってパターンはどうでしょう?
自分の人生を思い返したら,二つの記憶があるとか.
これは,あまり聞いたことないですよね.

これ,ぼくも直接はきいたことないですけど,ネットの話だと聞いたことあるんですよ.
僕は都市伝説系の話が大好きで,タイムリープとか,パラレルワールドのYouTubeとかをよく見るんですよ.
そんな中に,二つの記憶を持つ話も聞いたことあります。
その人は、普通に小学校にいってったって記憶があります。
ところが,もう一つの記憶もあるらしいんですよ.
それは,今のこの世界じゃなくて,なんでも植物が支配する世界で暮らしてたって記憶だそうです.
それが,今の人生にどう結び付くかは分からないんですけど,とにかく,なぜかそんな記憶があるらしいんです.
植物が支配する世界といえば,都市伝説業界では,ヴォイニッチ手稿って有名な古文書があります.

もしかしたら,その人は,パラレルワールドのその世界でも暮らしていて,その記憶を思い出したのかもしれません.
さて、そんなこと、あるんでしょうか?

これは、脳をずっと研究してる僕の考えです.
本当の世界がどうなってるかは別にして,ぼくらが認識してる世界って,この頭が認識できる世界に限られてるんですよ.
たとえば,第416回では,色は頭の中にしか存在しないって話をしました.
頭の外にあるのは光の波長です.
そのうち,可視光を赤緑青の三色で検出して脳内で組み立てたから色を感じるんです.
色なんて、現実の世界にありません。
それに、可視光以外の波長の光はありますけど、あることにきづきません.
僕らは、脳が認識できるもので作られた世界しか理解できないんです。
それが、脳が作り出す世界です。

でも、存在するけど僕らが認識できない世界があるかもしれないんですよ.
僕らが知覚できないだけじゃなくて、存在するけど、物理的に検出できないものもあります。
たとえば、ダークマターとかです。
ダークマターは、この宇宙の85%も占めるそうです。
もしかしたら,そんな観測できない物質でできた世界があって、そっちの世界で暮らしてる人もいるかもしれません.

記憶は情報です.
情報を伝える媒体が物理的な存在なわけです.
でも、物理的に観測できない物質でも情報を伝えたることはできます.
何かの拍子に、別の世界の記憶にヴァーチャルマシンがたまたまつながることがあるかもしれないんですよ。

話が大きくなりすぎたので話を戻します.
トンプソンの話です.
トンプソンは,人格のうち,記憶が完全になくなったようです.
ただ,世界を作り出す無意識さんは生きています.
無意識さんは,矛盾のない世界をつくって意識さんに提供するのが役目です.
それは,目に見える世界だけじゃなくて,矛盾のない人生とか記憶もです.
だから,目の前の人が話しかけてきたら,二人は知り合いという人生をつくるわけです。
それで、自分がパン屋でサックス先生が肉屋という人生です。

それから,分離脳患者の話で,もう一つ,面白いエピソードがあります.
左脳に「将来の夢は何ですか?」って聞くと,製図家って答えたそうです。
同じ質問を右脳にすると,「カーレーサー」って答えたそうです.
これ,潜在意識でカーレーサーになりたいと思ってたとかそんなんじゃないんです。
たぶん,たまたま外で自動車の音がして,無意識さんがそれを聞いて、そっからカーレーサーって思いついただけです.

だから、何かの拍子でパラレルワールドの情報にヴァーチャルマシンがつながるかもしれません。
それを感じ取った無意識さんは、矛盾のないように、もう一つの人生として取り込むんです。
それが、植物に支配されてた世界で生きてたって記憶です。
どうでしょう。
いつか,ヴォイニッチ手稿の謎を、僕も解明したいと思ってます.

はい,今回はここまでです.
おもしろかったらチャンネル登録,高評価お願いしますね.
それから,動画で紹介した意識の仮想世界仮説に興味がありましたら,こちらの本も読んでください.
それじゃぁ,次回も,おっ楽しみに!