ロボマインド・プロジェクト,第423弾!
こんにちは,ロボマインドの田方です.
オリヴァー・サックスの『妻を帽子と間違えた男』を読んでますけど,次々に,興味深い話が出てきます.
今回の話は,サックス博士の同僚の若き内科医のスティーブンです.
これは,スティーブンが22歳の医学生だった時の話です.
当時,彼は薬物常用者だったそうです.
覚せい剤やコカインを使ってました。
スティーブンは、ある晩,鮮明な夢を見ました.
それは,犬になった夢です.
夢の中で,想像できないぐらい豊かな臭いの世界にいました.
幸せな水の臭い,素晴らしい石の臭い.
ありとあらゆる物の臭いをかぎ分けることができたそうです。
あまりにもリアルな夢だったので,目が覚めたとき,本当に犬になったんじゃないかと心配したそうです.
でも,ちゃんと人間の姿をしていました.
ただ一つを除いては.
それは,嗅覚です.
スティーブンは,その日から,異常に嗅覚が鋭くなりました.
あらゆるものの香りをかぎ分けることができるようになったんです.
その日から,世界が一変しました.
スティーブンに,一体何が起こったんでしょう?
これが,今回のテーマです.
犬になった医者の世にも奇妙な物語
それでは始めましょう!
スティーブンが目が覚めたとき,変わったのは嗅覚だけじゃありませんでした.
あらゆる感覚が鋭くなってました.
たとえば色彩感覚です.
「以前は完全な色盲だったのが,突然,総天然色の世界に放り出されたかのよう」って言います.
どれも同じに見えた革表紙の本も,はっきりと別の色調が分かったそうです。
それから,以前は絵が苦手て、見たままを描けといわれても書けなかったそうです.
それが,高感度カメラを獲得したように感じたそうです.
見たものを正確に紙の上に映し出すことができて,その輪郭をペンでなぞると,完璧な絵を描けたそうです.
でも,これは,まだほんの一部です.
嗅覚に比べたら、色や形を識別できるなんて、大した変化じゃなかったそうです。
それほど,嗅覚が作り出す世界は生々しいものだったそうです.
スティーブンがいうには、世界をリアルに作り上げているのは臭いだそうです.
スティーブンは、友人や患者を臭いで区別することができるようになりました。
病院に入ると,臭いだけで、そこに誰と誰がいるかって分かるようになりました。
人は、一人一人、独特の臭いを持っているそうです.
それは,顔よりも,もっと生き生きとしたその人らしさを伝えるそうです.
臭いからその人の感情までかぎ取ることができました。
恐怖や満足の度合い,性的な状態まで臭いで分かるそうです.
町を歩くと,道や店も臭いで識別できました.
ニューヨークの街を臭いだけで迷わず歩くことができたそうです.
まさに,犬の感じてる世界です.
臭いの世界は強烈でした.
臭いから、あらゆる感情も生まれます.
快、不快はもちろん,美しいかどうかも臭いで感じたそうです.
世界をリアルで具体的に感じるようになったそうです。
一つ一つの感覚が直接的で,生々しくなったそうです。
それまでの彼は,知的で,抽象化して考えるタイプでした.
それが,今は,一つ一つの経験があまりにも直接的で,抽象化したり分類したりできなくなったそうです.
ここなんですよ.
重要なのは.
これによく似た話、今までもありましたよね.
サヴァン症候群の人は,一度見ただけで,完璧な絵を描くことができます.
スティーブンは,犬と同じ嗅覚を獲得しました。
見ただけで完璧に記憶したり,臭いだけで人を識別したり.
これら,本来、動物がもってる能力です.
人が失った能力です。
それが、何かのきっかけでよみがえったんです.
このことを,よく,人は野生を失ったって言います.
でも、僕は,そうじゃないと思うんですよ.
失ったんじゃなくて,わざと能力を抑制したんです.
じゃぁ,なんで抑制したのか.
それは,その方が好都合だったからです.
実際,動物って、あきらかに違いますよね。
人は言葉をはなしますし、文明や文化を持っています。
じゃぁ,人類はどこで他の動物と分かれたんでしょう?
歴史学者のハラリは,それは7万年前の認知革命だって言います.
認知革命で,ホモ・サピエンスは,虚構を生み出す能力を獲得しました.
それは,目の前にない世界を想像する力です.
その能力のおかげで,「あの山にライオンがいる」とかって伝えることができるようになりました.
それだけじゃなくて,「俺たちの祖先はライオンだ」とかって,神話もつくり出せます.
そうやって,共通の神を崇めて、巨大な人間社会が創られるようになりました.
認知革命のすごさはわかりました.
じゃぁ,具体的に脳の中で何が起こったんでしょう.
ハラリは,それについては分からないって言います.
僕は,これは全て「意識の仮想世界仮説」で説明できると思っています.
意識の仮想世界仮説というのは,僕が提唱する意識理論です.
人は,目で見た世界を頭の中で仮想世界として構築します.
意識は,仮想世界を介して現実世界を認識します.
これが,意識の仮想世界仮説です.
ここまでは,動物も同じだと思うんですよ.
少なくとも哺乳類は意識をもっていて,仮想世界を使って現実世界を認識してると思います.
じゃぁ,動物と人間はどこが違うんでしょう?
それは,人間はもう一つの仮想世界を獲得したんです.
人間以外の動物がもってる仮想世界は,目の前の現実世界を認識する現実仮想世界です.
一方,人間が獲得したのは,目の前にない世界を想像する想像仮想世界です.
「あの山にライオンがいる」とか「我々の祖先はライオンの神である」といったことを想像できる仕組みです.
さて,スティーブンは動物の感覚を取り戻しましたよね.
それは、現実世界を生々しくリアルに感じる能力です.
すべてが直接的で,あまりに具体的なので抽象的考えることができないって言ってました.
動物はきるだけ正確に世界を認識するように進化したんですよ.
獲物や天敵を正確に見極めないと自然界で生き延びれないですから.
ところが,人類は物事を正確に把握することを,あえて抑制したんです.
なぜでしょう?
それも,スティーブンが語っています.
その時,抽象化して考えることなどできなかったって.
リアルに具体的に感じるってことは,逆に言えば、抽象化できないってことです.
抽象化って,よく似たものをまとめて分類するってことです.
一つ一つ個別に識別するんじゃなくて,犬とか猫とかって,大雑把にまとめる能力です.
これは、一つ一つをリアルに感じてたらできないんですよ.
つまり,人類は退化して野生の能力を失ったんじゃなくて,あえて,その能力を抑制するように進化したんです.
それじゃぁ,抽象化できたら、何が嬉しいんでしょう?
それは、推論とか論理的な思考ができるようになります。
ライオンは肉食動物だから襲われる危険があるとか,馬は草食動物だから襲われることはないって考えたりできます。
こんな風に考えることができるのは,肉食動物とか草食動物って抽象化して分類ができるからですよね。
そして,同じ種類のものは同じような行動するって推論できるからです.
これ,どれも具体的な話じゃないです.
少なくとも,肉食動物とか草食動物って概念は,目の前の現実世界にあるわけじゃないです.
目の前にない世界を想像するには、想像仮想世界がないとできないんです。
抽象化っていうのは,重要でない要素をそぎ落として,重要な部分のみ残した概念です.
「我々の祖先はライオンの神だ」といったとき,重要なのはライオンの強さです.
その強さを受け継いだから,我々は強いのだっていいたいわけです.
具体的なもの全部認識してたら,言いたいことが伝わりません。
ライオンのたてがみが髪の毛になったのかなぁとか,余計なこと考えてしまいます.
抽象化できるようになったから、人類は飛躍的い進歩したんです。
それが認知革命です.
そう考えたら,動物と人間の違いがすっきりしますよね。
知能が高くなったというより,脳内の処理の構造が変わったってことなんです.
知能はまた別なんです.
たとえば、サバンナモンキーは,ワシが出たときの鳴き声と,ライオンが出たときの鳴き声を使い分けます.
これって,もう,言語といってもいいです.
「気を付けろ,ワシが出た!」とか,「気を付けろ,ライオンが出た!」って言葉です.
ただ,サバンナモンキーの言語で表現できるのは,目の前の世界だけです.
だから,「あの山にライオンがいる」って言えないんです.
これは,知能が低いんじゃなくて,脳の処理の構造上,目の前にない世界を想像することができないからです.
でも,サバンナモンキーは嘘をつくことはできます.
たとえば,バナナを見つけたときとか,「ライオンが出た!」とかっていうサルがいます.
そしたら,周りにいた仲間はみんな木の上に逃げだして、その後,そのサルがバナナを独り占めするんです.
ねぇ,かなり知能が高いって思いますよね.
でも,出来るのはここまでです.
「我々の祖先はライオンの神だ」とか言って群れをまとめることはできません.
これができるには,抽象化の能力を獲得しないといけないんです.
抽象化っていうのは,正確に把握する能力を抑制することです.
スティーブンは,薬物によって,その抑制が外れたんでしょう.
だから,動物時代に持っていた能力が返り咲いたんです.
スティーブンは,もう一つ,興味深いことも言っていました.
嗅覚で感じ取った世界は,生々しくて直接的だって.
それは直接感情に訴えかけてくるっていいます。
感情っていうのは行動の原動力です。
たとえば,怖いって感情は逃げるって行動を促します.
じつは,感情は思考の逆なんですよ.
思考っていうのは行動を決定するためのものです。
でも、思考自体は,行動を引き起こしません.
というか、感情は思考の邪魔です.
スティーブンは,抽象的に考えることができなくなったって言ってました.
これ,すべて辻褄があいますよね.
抽象化能力によって、人は,考えてから行動するようになりました。
逆に、動物は,感情に従ってすぐに行動します.
思考できるようになったのも、認知革命からです。
さて,スティーブンは,ある日,突然、動物の感覚に戻りました.
ただ,それも3週間で終わったそうです.
始まった時と同じで,終わりも突然やってきました.
ある朝目覚めたら,もとの人間の感覚に戻ってたそうです.
あれは何だったんだろうって,今でも不思議に思うそうです.
さて,本には,スティーブンと逆の人の話も出てきました.
その人は,事故で嗅覚神経を損傷したみたいで,完全に嗅覚を失ったそうです.
それまで,匂いのことなんか気にせずに生きてきたのに,いざ,失ってみると,嗅覚がどれだけ重要かってわかったといいます。
嗅覚がなくなると,どんだけ人生が味気ないかって気づかされたそうです.
あらゆる物から風味というものが消えたそうです.
風味っていうのは,結局は,臭いなんです.
人の臭い,本の臭い,町の臭い,春の臭い.
無意識でこういったものを感じとっているから、生々しい現実を感じてたわけです.
それが一切なくなると,本当に,現実を生きてるのかって確信が持てなくなったそうです.
生きることに喜びが見いだせなくなって,何とかして,嗅覚を取り戻したいと願ったそうです.
そしたら,数か月後,臭いが戻ったそうです.
朝、コーヒーを飲もうとしたら,コーヒーの香りを感じたそうです.
何か月も手を触れることのなかったパイプをおそるおそる吸ってみたそうです.
そしたら,芳醇な香りを,かすかに感じたそうです.
興奮して,急いで医者に駆け付けました.
神経医からは直る見込みはないと言われてましたので、医者も驚いて,検査をしてみました.
結果は,嗅覚は全く戻っていなかったそうです.
では、なぜ,コーヒーやパイプの香りを感じたんでしょう.
これは,損傷したのが嗅覚神経系だけだったからのようです.
意識の仮想世界仮説では,意識が直接受け取るのはオブジェクトです.
目の前のリンゴもオブジェクトですし,リンゴの赤い色も,甘い香りもオブジェクトです.
目や鼻からの感覚器からの情報を元に,無意識がオブジェクトっていうデータを生成して,意識は,それを認識するわけです.
このオブジェクトはクオリアといってもいいです.
その人の場合,オブジェクトを生成するところは生きていたんでしょう.
ふつうは嗅覚刺激から臭いのオブジェクトを生成します.
それが,視覚でコーヒーを認識したら,コーヒーの香りオブジェクトを生成できるようになったようなんです。
パイプを吸ってるって目で見たら,パイプの香りを生成したのでしょう.
逆に、オブジェクトを生成できなくなったのが,第416回で紹介したジョナサンです。
ジョナサンは、交通事故で色を感じなくなりました.
トマトをみても真っ黒に見えます.
それだけじゃなくて,思い出すトマトも,夢で見るトマトも真っ黒です.
これは,色オブジェクトを生成するところを損傷したからです.
でも、嗅覚が損傷した男は,臭いオブジェクトを生成するところは生きていたんです。
だから、コーヒーやパイプの香りを感じれるようになったんです.
でも、それは,本物の臭いじゃありません.
ただ、意識が臭いオブジェクトを感じてるのは間違いないです.
すくなくとも、以前のような、味気ない人生ではなくなりました。
今では,春の香りも感じ取れるようになったそうです.
はい,今回はここまでです.
おもしろかったらチャンネル登録,高評価お願いしますね.
それから,意識の仮想世界仮説に関しては,よかったらこちらの本も読んでください。
それじゃぁ,次回も,おっ楽しみに!