第424回 5人殺傷で無罪判決 〜心神喪失とは!


ロボマインド・プロジェクト,第424弾!
こんにちは,ロボマインドの田方です.

2017年に,神戸で無職の26歳の男が,祖父母や近隣住民5人を殺傷した事件がありました.
その男は,専門学校の同級生の女性のインターネットへの投稿を分析して,女性が自分に好意をもってると思ったそうです.
さらに、「自分と,この女性以外の人間は哲学的ゾンビで,奴らを倒さなければこの子と結婚できない」って妄想を抱いたそうです.
哲学的ゾンビって、意識の思考実験で使うものなんで、ニュースをみたとき、「哲学的ゾンビの使い方を間違ってるなぁ」って思ってたので,この事件のことは覚えていました.

ただ、犯行はかなり残虐でした.
寝てる祖母を金属バットで10回ぐらい殴って殺したそうです.
それから台所に行って包丁を手にして,祖父を殺して、その後,母親や近所の女性を殺傷して,近くの神社にいるところを逮捕されました.
「神社に行けば女性と結婚できる」って妄想があったそうです。
それから、「家族を殺せ」って女性に指示されたともいってたそうです.

逮捕後は,「えらいことをしてしまった」といってたそうです.
「いっそ,自分が死んでしまった方がいい」とも供述してたそうです。

その判決が,今年の9月にありました.
判決は,心神喪失で無罪でした.
殺人事件の無罪判決だったので,ネットでもかなり話題になっていました.

まぁ,僕も,さすがに無罪判決はないよなぁって思いました.
そのことはすっかり忘れてたんですけど,最近、オリバー・サックスの『妻を帽子と間違えた男』読んでたら、よく似た話が出てきたんですよ.

サックス博士の書く話だけあって,患者側の視点で書かれてます。
患者が、どんなふうに感じてるのか,どんな心の状態にあったのかって,リアルに描かれてます。
今まで,殺人を犯した側の気持ちなんか,考えたことなかったですけど,心神喪失って、そういうことかって、ちょっとわかりました。
もちろん,それで罪が許されるかは別の問題ですけど.
ただ,人間の心の複雑さとか,刑罰の意味とか考えさせられました.
これが今回のテーマです.
5人殺傷で無罪判決
心神喪失とは!
それでは,始めましょう!

ドナルドは、フェンサイクリジンといわれる麻薬を使っていました。
フェンサイクリジンは、エンジェルダストともいわれて、幻覚をみたり、錯乱したりします。
中毒になるとてんかん発作を発症するそうです。

ドナルドは、薬が効いている間に恋人を殺してしまいました.
でも,彼には殺人の記憶が一切ありませんでした.
催眠術や催眠剤を使っても何も思い出せませんでした。

殺害の詳細は調査によって明らかになりましたけど,それは,身の毛もよだつもので,法廷で公開することもできなかったそうです.
そこで,審理は非公開で,世間一般にもドナルド自身にも知らされませんでした.

ドナルドの場合,薬物による側頭葉発作による暴力行為でした.
側頭葉てんかんでは,人格障害といわれるほどの性格変化が起こるようです.
辺縁系が過剰に反応することがあるからです.
辺縁系は,不安や恐怖を生み出す偏桃体や異常に攻撃的になったりします.
また,記憶を司る海馬ともつながってるので,その時の記憶が抑圧されることもあります.

記憶がなかったり、暴力をふるう意図もない場合,有罪とされません.
ただ,本人自身や他の人の安全のために収監されます.
ドナルドもそうなって,精神に異常のある犯罪者のための病院で4年過ごしました.

ドナルドは、むしろ,進んで罰を受けたいと思ってたみたいで,監禁されて,ほっとしたみたいでした.
人に聞かれると「私は社会に適応できないんです」って悲しそうに答えてたそうです.

本来の性格はおとなしいのに,病気によって,突然,攻撃性が生まれることがあるわけです.
刑罰っていうのは,本人を更生させたり,教育することが目的です。
なので,本人の意志とか意図とは別に起こる犯罪に対しては適用されません.

厳しい処罰を受けたら,もう,二度と犯罪を犯さないように思うから,刑罰は有効ですし、抑止力にもなります。
ただ、その機能が発揮するのは、一貫した自己とか自我がある場合です.
分かりやすく言えば、犯罪を犯した自分と,処罰を受ける自分が同じ場合です.

犯行の記憶がないということは,犯行時の自分と,その後の自分が別人というわけです.
つまり,その後の別人にいくら刑罰を下したとしても意味がないんです.
処罰されなくても,その人は,元々犯罪なんか犯しません.

処罰するとしたら,犯罪を犯した人格を処罰しないといけないんですけど,普段はその人格は表に出てきてないんです.
極端な言い方をすれば,別人逮捕したようなもんです.
だから,有罪にできないんです.
同じ肉体に別人格が宿ってるとき,刑法で裁くのは難しいんです。

かといって、無罪放免にするわけにもいかないから,治療という目的で病院に収監するわけです.
まぁ,これが妥当なとこでしょう.

ドナルドの収監された刑務所病院では,落ち着きを取り戻すために園芸が奨励されていました.
ドナルドも,畑が与えられて,野菜や果物,花を育てました.
ドナルドは園芸の仕事がぴったりだったようで,落ち着いて働いてたそうです.
5年目には外出が許可されて週末は病院の外で過ごせるようになりました.

ドナルドは自転車が大好きだったので,自転車を買って過ごしてたそうです.
ここで,第二の悲劇が起こりました.
自転車で急な坂道を下ってたところ,飛び出してきた自動車を除けようとハンドルを切ったとき転倒して,頭から地面にたたきつけられたそうです.

かなりの重症ですぐに手術しました。
側頭葉がひどく損傷したそうです.
昏睡状態が続いてましたけど、二週間後,奇跡的に目覚めました.
でも,これが悪夢の始まりでした.

意識を取り戻した後のドナルドは,何かにおびえてるというか戦ってるようでした.
「ああ,なんてことだ!」
「やめろ,やめてくれ!」って突然叫び出すそうです.

聞いてみると,あの恐ろしい殺人の記憶が,突然,蘇ったそうです.
それも、ただ思い出すってものじゃありません.
そのまま再現されるんです.
まさに,同じ経験をするんです.

ペンフィールドの手術の話は、何度も紹介しましたよね.
カナダの脳外科医,ワイルダー・ペンフィールドは,脳外科手術するとき,除去して問題ない部位を特定するために,脳に直接電気刺激を与えて,患者に質問します.
除去してしゃべれなくなったり,体が動かなくなったりしないようにです.

そのとき,側頭葉を刺激すると記憶がよみがえることに気づきました.
それも思い出すとかじゃなくて,実際に体験してるかのように再現されるんです.
患者は言います.
「今,手術中だということは分かっています.
でも,同時に,30年前の学校の教室にもいるんです」
側頭葉を刺激すると,過去と今を同時に経験するんです.
それも,何十年も思い出したことがなかった記憶です.
忘れてたと思っても,脳の中にはその時の記憶がそっくりそのまま残っていたんです.

それがドナルドにも起こったわけです.
今まで思い出そうと思っても思い出せなかった記憶です.
それも,ドナルドの記憶というより,別人格の記憶です.
たまたま,同じ体というだけです.
もう一人の自分が,恋人を残虐に殺す光景をリアルに思い出したんです.
いや,思い出したんじゃなくて,実際に殺す経験を味わうんです.
恐ろしいのは、その時の感情も再現されることです。
それも、冷静な今の自分と、残虐な別人格の感情を、両方同時に感じるんです。

一番厄介なのは,この症状がいつ現れるか分からないことです.
ある日,突然,目の前で残虐な殺人が繰り広げられるんです.
それも行ってるのは自分です.

その後,警察で検証したところ,その記憶は間違いないことが裏付けられました.
本人にも外部にも知らされない事実を知ってたからです.

ドナルドは,その苦痛に耐えられなくて、病院で二回,自殺を図ったそうです.
まぁ,その気持ちも分かりますよね.
神戸の事件の犯人も,同じ気持ちだったのかもしれません.

ドナルドの脳波を検査したところ,両側頭葉が絶えず興奮状態で,強度のてんかんが起きてることが分かったそうです.
やはり,側頭葉が刺激されて,過去の記憶がリアルに蘇ってたようです.

ドナルドがその後,どうなったかというと,数年前に許可された抗てんかん剤がかなり効いたようで,側頭葉発作が抑制できるようになったそうです.
今では,元の庭仕事に戻れるようになったそうです.

「庭いじりをしてるときが一番心がなごみます.植物は感情を傷つけることがないですから」って言ってたそうです.
フロイトは,労働と愛こそ究極の治療法といってたそうですけど,まさに,そのとおりです.

ドナルドは,過去の記憶に苛まれましたけど,神戸の事件は,妄想によるものです.
実は,記憶と妄想って,区別がつきにくい場合があります.

ペンフィールは,膨大な症例を記録してて,その中に,こんな話があったそうです.
その12歳の少女は,発作のたびにひどい妄想が起こりました.
それは,ヘビが入っていて,中でくねくね動いてる袋があります。
その袋を両手に持った男にニヤニヤ笑いながら追いかけてきて、死にものぐるいで逃げるって妄想です.
むちゃくちゃな妄想やなぁって思いますよね.

ところが,調べてみたところ,これは妄想じゃなかったんです。
少女が7歳のときに実際に経験した出来事だったんです。
そんなおっさんこそ,逮捕してすぐに監禁しとかないけませんよね.

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それから,よかったらこちらの本も読んでください.
それじゃぁ,次回も,おっ楽しみに!