第427回 知的障害者は、なぜ、音楽の才能が開花するのか?


ロボマインド・プロジェクト、第427弾!
こんにちは、ロボマインドの田方です。

前回、第426回では、知的障害者のレベッカを取り上げました。
レベッカは、知能指数が60以下で、文字を読むことも、うまくしゃべることもできなくて、動作もぎこちないです。
でも、音楽をかけると見事なダンスをします。

今回も、オリヴァー・サックスの『妻を帽子と間違えた男』の知的障害の続きです。

マーチンがサックス先生に病院に入所してきたのは61歳の時でした。
マーチンは、子どものときに髄膜炎で死にかけて、それが原因で知的障害者となりました。
半身が痙攣して、学校に通ったのはほんのわずかで文字も読めません。
仕事はメッセンジャーボーイや、ファストフードのコックなど、できることは何でもしてきましたが、動作がのろくて、ぼんやりしてたので、すぐにクビになっていました。

ただ、彼は音楽に関しては特別な能力を持っていました。
オペラなら二千曲以上知っています。
でも、正式に音楽を習ったことはなくて、譜面も読めません。
ただ、一度聞いただけで、どんな曲も記憶できたそうです。
記憶してるのは演奏だけじゃなくて、公演を演じた歌手全員を覚えていたり、背景や演出、衣装、舞台装置の細かい点まで覚えていました。

なぜ、オペラをこれだけ記憶してるかというと、マーチンの父親は、メトロポリタン歌劇団の有名なオペラ歌手だったからです。
そして、マーチンのことをとても深く愛していました。
マーチンも、父親のことを愛していました。
マーティンのこの能力は、サバン症候群といってもいいでしょう。
サバン症候群というのは、知的障害があっても、ごく一部の領域に飛びぬけた才能を発揮する人をいいます。
どうやら、知能にはいろいろな種類があるようです。
そのなかで、音楽は他の知性とは種類が別のようなんです。
これが今回のテーマです。
知的障害者は、なぜ、音楽の才能が開花するのか?
それでは、始めましょう!

さて、マーティンは、全10巻からなる『グローヴ音楽・音楽家事典』を全部暗記してるそうです。

全部で6000ページもあります。
文字を読めないマーティンが、どうやって、これを記憶したんでしょう。
それは、父親が読み聞かせたからです。
父親は、晩年は歌手として表立った活動ができなくなって、ほとんど家で過ごしていました。
そこで、30歳になるマーティンをそばにおいて、たくさんの声楽のレコードをかけて、楽譜も全部だして、次から次へと歌って過ごしました。
そして、グローブ音楽事典を息子に読んで聞かせたんです。
マーティンはそれを全部記憶したんです。
今でも、グローブ音楽事典を思い出すと、父親の声が聞こえて、胸がいっぱいになるそうです。

さて、記憶といえば、自閉症のサバン症候群が有名ですよね。
たとえば、第419回で紹介したスティーブン・ウィルシャーです。

彼は一度見ただけで写真のように記憶して、後から、記憶だけで精密に絵を描くことができます。
サックス博士は、スティーブンとは子供のころからの付き合いでした。
サックス博士が知りたかったのは、スティーブンには心があるのかってことでした。
というのも、自閉症の人は、あまり感情がないからです。
スティーブンが中学のとき、テレビで天才と取り上げられて、イギリス中で話題となりました。
普通の中学生なら有頂天になるところですけど、スティーブンは、何も感じてないようでした。
それから、ある自閉症の子は、お母さんを亡くして周りから心配されたとき、こういったそうです。
「ぼくなら大丈夫です。自閉症は愛する人を失っても、ふつうの人みたいに傷つかないんです」って。

第352回『自閉症を治したら、突然、他人の気持ちが理解できた』で取り上げたロビソンは、アスペルガー症候群で、音響エンジニアとしても活躍してました。
なんと、ピンク・フロイドのツアーにも参加してたそうです。
自閉症の新しい治療法として磁気で脳を刺激するTMS療法というのがあって、ロビソンはそれを受けたら、効果てきめんでした。
初めて治療を受けた後、車で音楽を聴いて運転してるとき、突然、涙があふれたそうです。
音楽を聴いて初めて感動したそうです。
彼は、音の波形が見えるそうで、その能力で音響エンジニアとして活躍してました。
でも、それは音楽を心で聴いてたわけじゃないって、その時、初めてわかったそうです。
それ以来、今まで分からなかった他人の感情が分かるようになったそうです。
悲しい事故のニュースを聞いただけで泣けてくるそうです。
それから、今まで友達と思ってた人が、実は、自分を笑いものにしてたってことに気づいたそうです。
他人の気持ちがわからないと、バカにされてるってことも理解できないみたいです。
そういえば、このチャンネルで何度も取り上げてる自閉症の東田直樹さんもこう言っていました。
他人の失敗を笑う意味がよく分からないって。

そう言われてみれば、笑いって、結構複雑です。
たとえば、立派な身なりのおじさんがバナナの皮を踏んでこけるって、典型的な笑いがありますよね。
これは、上の立場にいる者が、自分より下に落ちたときに生じる笑いです。
これが理解できるには、まず、どっちが上か下か判断できないといけません。
さらに相手より上ならプラス、下ならマイナスの感情が発生するって心の機能がないと、この笑いを理解できません。
自閉症の人は、相手の立場になって感じれないといいます。
だから、自分がバカにされてると気付かなかったり、他人の失敗を笑うこともしないわけです。
スティーブンがテレビで賞賛されても、特に嬉しいと感じないのも同じです。

その点、今回のマーチンも、前回のレベッカも知的障害ですが、こういった心の機能はあります。
だから、レベッカは極度の恥ずかしがりですし、マーチンは、自分が記憶力が高いことを自慢して、煙たがれたりしたそうです。
知能が低いからといって、複雑な感情がないというわけではなさそうです。

それじゃぁ、知能と記憶力はどうでしょう。
マーチンは音楽事典を丸暗記できる記憶力を持ってますし、自閉症のスティーブンは見た光景をそのままを記憶できる写真記憶を持っています。
ただ、どちらも知能は低いと診断されています。

でも、記憶力が高いって、普通は頭がいいってイメージがありますよね。
たとえば、イーロン・マスクも百科事典を丸暗記してたそうです。
それから、明治時代の大博物学者、南方熊楠も子供時代、友達の家に通って百科事典を暗記したって逸話があります。
百科事典の丸暗記って、天才あるあるみたいです。
そういえば、イーロン・マスクは、以前、自身はアスペルガー症候群だと告白して話題になりました。
どうも、知能の高さと記憶力は直接関係ないようです。

さて、マーチンは音楽事典を暗記してましたけど、それは単に書いてある文字を機械的に記憶してるわけじゃないようです。
サックス先生が、マーチンとバッハを一緒に聴いたとき、バッハの解説してもらったそうですけど、複雑な音楽理論を完全に理解してたそうです。
それは、紛れもなく、本物の音楽的知性だったそうです。

この本には、もう一人、ハリエットという5歳の音楽サバンの少女が紹介されていました。
ハリエットも、完璧な記憶力を持っていて、電話帳を読み聞かせたら丸暗記するそうです。
そして、ハリエットも音楽の才能はずば抜けています。
曲を一度聞いたれ、そっくりピアノで弾けます。
それだけでなくて、その曲のスタイルを真似して作曲することもできました。

普段は、動作がぎこちない垢ぬけない女の子です。
ところが、ピアノを演奏するときは別人に変わります。
ピアノの椅子に腰かけると聴衆が静まるのを待って、何かを待ちます。
しばらくして、うんって、うなずいたかと思うと、突然嵐のように弾き始めます。
まさに、天性のピアニストです。

僕が思うに、知性というのは二種類あるんです。
一つは、理論的な思考のです。
抽象化したり、「AならばB」といったふうに理論的に考えるタイプの知性です。
これは、スタティックというか、静的な知性です。
もう一つは、ダイナミックというか動的な知性です。
動きとか流れの中にあるもので、たとえば音楽とかダンスです。
それから物語もです。
音楽理論って、コードCならドミソでとかです。
でも、これは、無理やり静的な理論に落とし込んだものです。
そんな理論を習わなくても、ドミソのコードは気持ち良く聞こえますよね。
それから、曲をきいてると、どこが曲の終わりもわかりますよね。
そういうのって、習わなくても自然とわかりますよね。
つまり、それは生まれつき脳の中にあるわけです。

目で見たものは、側頭葉で分析されます。
それは、側頭葉に四角とか十字とか、いろんな形に反応する脳細胞があるからです。

音楽も、これと同じように、コードとかリズムに反応する脳細胞があるんです。
音楽の脳細胞が反応するから、習わなくても分かるんです。

脳科学者のワイルダー・ペンフィールドは、側頭葉を直接電気刺激したら、忘れてた記憶をありありと思い出すってことを発見しました。
まるで、目の前で実際に起こってるように、その時の光景をそのまま思い出すわけです。
側頭葉を刺激すると、過去の光景だけでなくて、音楽も再現されることも発見しました。

つまり、人は誰でも見たままを記憶したり、一度聞いた音楽をそっくり記憶する能力があるんです。
マーチンやハリエットとの違いは、それを完璧に思い出せるかどうかです。
マーチンらは、側頭葉の脳細胞に直接アクセスして、完璧に思い出すことができるんです。

そして、マーチンやハリエットは、音楽の脳細胞にもアクセスできます。
音楽理論を理解してるっていうのは、音楽の脳細胞レベルにアクセスできる能力といってもいいかもしれません。

僕らは、漠然としか思い出せませんよね。
写真みたいにはっきり思い出せません。
音楽を聴いても、楽しい曲か、悲し曲かって漠然としたことしかわかりません。
たぶん、音楽家は、訓練することで、音楽の細かいところまで分解して識別できるようになるんです。
それは、音楽の脳細胞レベルで識別することです。
マーチンやハリエットは、それを訓練しなくても識別できるわけです。
それが、音楽理論の理解です。
音楽は、音の流れです。
止まってては音楽になりません。
動くことで、脳の奥の脳細胞にアクセスするんです。
脳に直接刻まれた原始的な記憶です。
そこには、動くことで到達します。
だから、動的な知性なんです。

それじゃぁ、静的な知性とは何でしょう?
静的な知性に動きは必要ありません。
静的な知性は、学んで積み上げるものです。
それは、理論的に従って、一つ一つ考えるものです。
だから静的なんです。

それから、もう一つ重要な違いがあります。
それは、感情です。
静的な知性は、感情を排除します。
物事を抽象化して、「AならばB」「BならばC」って論理的に思考します。
感情が紛れ込むと、誤動作します。
だから、感情を排除する必要があるんです。

でも、動的な知性は、動くためのエネルギーが必要です。
エネルギーの源は感情です。
音楽や物語は感情にドライブされて動かされます。
様々な感情に突き動かされて疾走します。
これがダイナミックな知性です。

マーチンは、子どものころから教会の聖歌隊で歌っていました。
歌ってるときが何より楽しくて、幸せでした。
マーチンのエネルギー源は歌です。
動的な知性です。

自閉症の画家、スティーブンは、あまり感情を見せません。
サックス先生は、スティーブンは感情とか心があるのかって、ずっと考えていました。
それが、ある時、スティーブンに新たな才能が開花したって連絡を受けました。
それは、音楽の才能です。
音楽の先生が言うには、ジャズの複雑な音楽理論も、教えなくても完全に理解してたそうです。
これはサックス先生も、何となく予想してました。
写真記憶ができるということは、側頭葉に直接アクセスできるから、音楽理論を理解してたってのも納得できます。
サックス先生が驚いたのは、スティーブンの歌です。
スティーブンの歌には、明らかに感情が込められていました。
内側から湧き出る感情が歌に乗っていたんです。
スティーブンが持ってるのも動的な知性でした。
それは、歌によって発動し、感情に突き動かされて表に現れたんです。
物静かなスティーブンにも感情があるって、初めて確認できました。

前回紹介したレベッカは、知的障害で文字も読めません。
知能を鍛える訓練をさせられても、一向に上達しません。
おとなしいレベッカが、ある時、「こんな訓練をしても無駄です」ってサックス先生にはっきりと言いました。
そして、「私が本当にしたいのは演劇です」って訴えました。
その後、演劇グループに入ると、レベッカは、見事に役を演じます。
普段はたどたどしくしゃべるのに、役になるとスムーズにセリフが言えます。
レベッカがもってるのも動的な知性です。
感情で駆動されて、その人らしい動きができるんです。
それが、音楽やダンス、演劇や物語です。

さて、マーチンです。
マーチンは、自閉症じゃないので、他人の感情が分かります。
だから、病院に入所した頃、人にばかにされると怒ったり、自分の記憶力を自慢したりしていました。
そうなると、ますますうまく行きません。
マーチンは、憔悴しきって苦しんでいました。

ある時、サックス先生にこう言いました。
「私は、歌わなくてはいけないんです」って。
そこで、サックス先生はマーチンを教会に連れていって聖歌隊に参加させることにしました。
教会は、マーチンの音楽の教養に驚いて、聖歌隊の相談役に招き入れました。
マーチンはみんなと一緒に聖歌を歌い、いつ何を歌うかも決めました。
マーチンは、いつどの聖人の祝日で、何を歌うべきか完璧に把握してたからです。
ここでは、マーチンの能力が遺憾なく発揮され、他の人から尊敬もされます。
そして、歌はエネルギーとなって、その人らしさを出します。
人は、自分らしさを表現できて、それを認められた時、一番輝くんです。

はい、今回はここまでです。
面白かったら、チャンネル登録、高評価お願いしますね。
それから、よかったらこちらの本も読んでください。
それじゃぁ、次回も、おっ楽しみに!