第428回 究極のサバン! コンピュータより正確に計算する双子


ロボマインド・プロジェクト、第428弾!
こんにちは、ロボマインドの田方です。

最近、ずっとサックス博士の話を紹介してますけど、個人的には、今回のエピソードが一番好きなんですよ。
今回も、『妻を帽子と間違えた男』からですけど、この本、最初に読んだのは30年ほど前です。

その時、一番、衝撃を受けたのが今回の話です。
知能は普通より劣るけど、ある分野の知能はずば抜けてる人のことをサバン症候群っていいます。
今まで、いろんなサバンを紹介してきました。
一回見ただけで、完璧に記憶して正確に絵を描くとか、一回聴いただけの曲を、正確にピアノで弾くとか。
その中でも、今回は究極のサバンです。
なんと、最新のコンピュータでも計算できないような計算を暗算で解く双子の話です。

これが今回のテーマです。
究極のサバン!
コンピュータより正確に計算する双子
それでは、始めましょう!

サックス先生がジョンとマイケルの双子に会ったとき二人は26歳でした。
二人は7歳のときから施設に入っていて、すでにサバンとして有名でした。
過去でも未来でも、日付を言うと、それが何曜日か即座に答えます。
いわゆるカレンダーサバンです。
カレンダーサバン自体は、それほど珍しくなないです。。
ただ、カレンダーサバンにもいろいろあって、数年先のことは答えられても1000年先は答えられないとかあるんです。
この双子のすごいのは、なんと、4万年過去から4万年未来までの曜日を即座に答えられるんです。
質問すると、目玉が素早く動いて、止まったとき答えます。
計算してるというより、8万年分のカレンダーをめくって目で探して答えてるみたいなんです。

でも、いくら何でも8万年分のカレンダーを覚えてるわけないですよね。
たぶん、何らかの計算をしてると思います。
ところが、IQは60しかありません。
だから、足し算や引き算も正確にできないそうです。
掛け算と割り算にいたっては、その意味も理解できません。
どうも、本当に記憶してるみたいなんです。

二人にとっては、数字を記憶するのは簡単なんです。
3桁の数字も、300桁の数字も、どちらも一瞬で記憶します。
ただ、見るだけでいいそうです。

数字だけじゃありません。
二人は、物心ついてから今まで経験したこと全て覚えてます。

たとえば、日付を適当に言います。
そしたら、その日に天気から、その日のニュースまで、その日に起こったことをすぐさま答えるんですよ。
その日に起こったことって、ニュースだけじゃなくて、個人的に経験したことも含まれます。
中には、他人からうけた侮辱や、屈辱といったことも含まれます。
でも、二人の答えには、そんな感情が一切感じられません。
新聞を読み上げるみたいに、淡々とその日あったできごとを語るんです。

これ、かなり興味深いです。
カナダの脳科学者、ワイルダー・ペンフィールドは、側頭葉を直接電気刺激すると、完全な記憶が蘇ることを発見しました。
ここで重要なのは、誰でもってことです。
つまり、サバン症候群だから完璧に記憶してるんじゃなくて、誰でも、生まれてから見聞きしたものを完全に記憶してるんです。
違いは、それを思い出せるかどうかだけです。

過去の出来事の記憶のことをエピソード記憶って言います。
僕らは、嬉しかったり悲しかったり、心が動いたできごとを覚えていますよね。
僕は、心をコンピュータで作ろうとしてるので、プログラマーの視点で考えます。
だから、エピソード記憶なら、感情をキーとした出来事を一まとまりにして記憶するデータベースがあるんだろうなぁって考えます。

それが、この双子のデータベースは、そんな意味的なまとまりで管理してないんです。
どうも、日付をキーにして、その日あったできごとを、まるまる記憶して引き出せるようなんです。
感情でまとめてないので、感情が呼び起こされるってこともないわけです。

それから、二人は、数字に対する感覚が、僕らとは全く違うみたいなんです。
あるとき、テーブルに置いてあったマッチ箱が床におちて、中身が床に散らばったそうです。
それを見た二人は、同時に「百十一」って叫んだそうです。
それからマイケルが「三十七」っていうと、そのあとジョンが「三十七」といって、またマイケルが「三十七」っていって、それで終わりました。

サックス先生が数えてみると、確かに、マッチは百十一本ありました。
「どうしてそんなに早く数えられるの?」って驚いてたずねました。
そしたら、二人は不思議そうに、「数えるんじゃなくて、百十一が見えるんです」って答えたそうです。
「えっ、なんで見えないの?」って、不思議に思ってる感じでした。

「じゃぁ、三十七を三回繰り返したのは、どういうこと?」って尋ねると、「三十七、三十七、三十七で百十一」って答えたそうです。
つまり、見た瞬間に数えただけじゃなくて、因数分解までしてたんです。
でも、さっきいいましたよね。
二人は、掛け算とか割り算の意味すら分かってないって。
これって、どういうことなんでしょう?

面白くなってくるのはこっからです。
ある日、二人が何やら数字を言い合ってました。

ジョンがある6桁の数を言うと、それを聞いたマイケルは、こっくりうなずいてにこにこします。
そして、別の6桁の数をいいます。
今度は、ジョンがそれをじっくり味わうように考えて、しばらくしてにっこりわらってうなずきました。
まるで、極上のワインを味わうように、二人は数字を味わってるようでした。
サックス先生は意味が分からないまま、数字をメモにとって持ち帰りました。
そして、数表に照らし合わせてみました。
数表というのは、累乗や対数、素数といったいろんな数を書いた表です。
そしたら、思った通りでした。
二人が言ってたのは素数でした。

素数というのは、1とその数自身に約数を持たない数のことです。
これって、じつは、とんでもないことなんですよ。
よく暗号化っていいますよね。
メールを暗号化したり、暗号通貨とかです。
暗号の安全性って、その暗号を解くのにコンピュータでも何十万年もかかるってことで担保されています。
そして、その仕組みの根本にあるのが素数です。
その数が素数かどうかって一つ一つ割り算して確かめるしか方法がないんです。
だから、大きな素数を判定するには、ものすごい時間がかかるんです。
これが暗号の根本を支える仕組みです。
そう考えたら、6桁の素数を暗算で答えるって、とんでもないことって分かるでしょ。

翌日、サックス先生は数表をもって二人の部屋に行きました。
二人は、静かに、6桁の素数を言い合っていました。
そこで、サックス先生は、二人の後ろにそっと座って、8ケタの素数を言ってみました。
そしたら、二人はハッとふりむいて、しばらく押し黙りました。
30秒ほどたって、二人は同時にニコリと笑いました。
二人が驚きと喜びを感じてることははっきりと分かりました。

このゲームは、何となく6桁の素数を言い合うってルールになってました。
それを、サックス先生は、桁数をあげるって、よりエキサイティングなルールを追加したんです。

二人は椅子を引いて、サックス先生を間に入れてくれました。
二人だけの神聖なゲームに、初めて外部の人が招き入れられたんです。
自分ら以外に、はじめて理解できる仲間がみつかって、よっぽど嬉しかったんでしょう。

次はジョンの番です。
ジョンは、たっぷり五分ほど考えて、9桁の数字を言いました。
数表で確かめると、間違いなく素数です。
つぎにマイケルは、同じぐらいの時間をかけて、9桁の数字を言いました。
これも素数でした。
次は、サックス先生の番です。
サックス先生は、数表を見て、十桁の素数を言いました。
時間をおいて、二人は満足そうにうなずきました。

次はジョンの番です。
さっきより長い沈黙がありました。
そして、12桁の数を言いました。
サックス先生のもってる数表には10桁までしかのってなかったので、もう、確かめようがありません。
サックス先生は、そこでゲームを降りました。
でも二人は、まだ、ゲームを続けます。
そうして、1時間後には、二人は20桁の素数をやり取りするようになっていました。

さて、これがどれだけとんでもないことかわかりますか。
試しに、僕もネットで素数を調べてみました。
そしたら、このサイトを見つけました。

ここには、20億までのすべての素数があります。
たとえば最後の「19億~20億」をクリックします。
そしたら、ファイルをダウンロードできるんですけど、そこには、ただ、延々と素数が並んでるだけです。
こんな感じです。
   ・
   ・
   ・
1984999823
1984999853
1984999943
1984999957
1984999997

最後を読んでみます。
「十九億八千四百九十九万九千九百九十七」
これで、ようやく10桁ですよ。
二人が最後にやり取りしてたのは20桁です。
それを、暗算で計算するわけです。
もう、わけが分からないでしょ。

さて、このわけの分からないことを読み解いていこうと思います。
いくらわけ分からないといっても、同じ人間です。
基本的な脳の処理の仕方は同じだと思います。
そのどこかが変わると、二人のようになるんです。

逆に言えば、僕らが当たり前に行ってることも、宇宙人からみれば、さっぱりわからないってことがあるのかもしれません。
そういう視点で、僕らの脳が、どんなふうに処理して世界を認識するかを見ていきます
最も基本的な要素は側頭葉にあります。

視覚処理だと、たとえば十字とか四角って単純な形を解析する脳細胞が側頭葉にあります。
その他、色とか動きも基本的な要素として側頭葉で解析されます。

次の段階は、これらの要素を組み立てて複雑な形や、人の顔を解析します。
これが人の脳の情報処理の仕方です。

音楽も同じです。
ドとミとソの音を解析する脳細胞があるわけです。
そして、次の段階だと、それらを組み合わせてCコードを解析する脳細胞があるわけです。
だから、聴いただけでCコードって分かるんです。
音楽理論とか習わなくても、僕でも、きれいな組み合わせか、汚いかってなんとなく感じます。
それは、こんな風に解析する脳細胞があるからです。
分かって欲しいのは、これは、考えて理解するものじゃないってことです。
ただ、感じるタイプのものです。

さて、目の前にリンゴがあるとします。
色は赤で、形は丸で、味は甘酸っぱくて、果物の一種だとかって思ったとします。
これだけで、既に、ものすごい量の情報処理を行っていますよね。
よく考えたらすごいんですよ。

たとえば「僕はリンゴよりブドウの方が好きだ」とかって言ったとします。
何もおかしなことを言ってないですよね。
この様子を外からこっそり観察してる宇宙人がいたとします。
その宇宙人は、なんでリンゴを見てブドウの話が出てくるのかさっぱり分からないと思います。
だって、その人の目の網膜に映った情報には、ブドウの情報なんか何もありませんから。

「リンゴとブドウの共通点は何か?」
「もしかして、どちらも素数じゃないのか?」
「いや、素数は関係ないぞ」
とかって、宇宙人は混乱すると思います。

床に散らばったマッチを見て「111」とか「37が三つ」って言う双子をみたとき、の僕らと同じです。
「なんでそんなことわかるの?」って聞いても、双子は、「えっ、なんでわからないの?」ってなるわけです。

こう考えたら、僕らも、一瞬でものすごい複雑な処理をしてますよね。
じゃぁ、この中で、宇宙人から見て、一番、ぶっ飛んだ処理はどこでしょう?
それは、要素を組み立てるとこです。
僕は、要素を組み立てたものをオブジェクトって呼んでます。
オブジェクトっていうのは、プロパティっていう属性と、とメソッドっていう動きを持っています。
たとえばリンゴオブジェクトなら色プロパティが赤で、落ちるってメソッドを持ってるとかです。

でも、リンゴをみて赤いって思うなんて、当たり前のことですよね。
でも、これ、当たり前じゃないんですよ。

このチャンネルで何度も紹介したジル・ボルト・テイラーって人がいます。
ジルは、脳卒中になって左脳が停止して右脳で世界を感じるようになりました。
そのとき、自分の体から境界がなくなって、自分が世界に溶け込んだように感じました。
自分と世界が一体となったんです。
これが右脳で感じる世界です。
または、右脳の情報処理の仕方です。
つまり、同じ世界を経験しても、情報処理の仕方で、全く違う世界を感じるわけです。

そこから、ジルは8年かけて元の感覚を取り戻しました。
最初、遠近感とかも分からなかったそうです。
近くにあるのが大きく見えて、遠くにあるのが小さくみえるとかが理解できないわけです。
手前に物があると、奥にある物が隠れて見えないとかも理解できません。
そんなことから、学習しなおさないといけなかったそうです。

そして、最後に分かったのが色だったそうです。
たとえば黄色い三角の積み木があるとするでしょ。
形とか色は分かります。
でも、積み木と黄色が結びついてなかったそうなんです。
たまたま三角の積み木がある場所に、黄色い色が見えるって風に感じてたそうです。
それを、「物には色があるのよ」って言われて、ハッと気が付いたそうです。
「そうか、この黄色は積み木の表面に含まれてるのか」って気づいたわけです。

これ、脳の情報処理で考えたらよくわかります。
側頭葉で色と形の分析までできてました。
そのあとはオブジェクトの組み立てです。
まず、三角形の3Dの積み木オブジェクトを作ります。
でも、このとき、オブジェクトには色プロパティがあるって、まだ学習してなかったんです。
だから、三角の形の黄色って別のオブジェクトを作ってたんです。
三角の積み木オブジェクトと同じ位置に、三角形の黄色オブジェクトがあるって感じてたわけです。
色と形をバラバラに扱ってたわけです。
そこに、複数の要素で一つのオブジェクトにまとめられるって気づいたんです。
この気づきは、大きいですよね。

物に色があるって当たり前です。
でも、それは要素を一つのオブジェクトに組み立てるって情報処理の仕組みがあって、初めて理解できるんです。
同じ情報処理をしてる者同士だから理解できるんです。
でも、その情報処理をしてない人からしたら、「なんでそんなことわかるの?」ってなるわけです。

双子がどんな情報処理をしてるのかまでは分からないです。
ただ、オブジェクトが要素から組み立てられるって情報処理は僕らと同じです。
そのオブジェクトが数字で、要素が素数ってだけです。
そう考えたら、ちょっとだけ、二人のことが理解できる気がしますよね。

さて、二人はその後、どうなったでしょう?
二人は、いつも一緒で、二人にしか理解できなゲームを静かにしていました。
でも、「これではいけない」と言われました。
これじゃ、いつまでたっても社会に適応できないって。
それで、二人を引き離すことにしたんです。
そして、社会に適応する訓練をさせられました。
そのおかげで、一人でバスに乗ることもできるようになりました。
簡単な作業仕事を割り当てられて、小遣い程度のお金をもらうこともできるようになりました。
でも、二人は、もう、二度と素数の計算ができなくなりました。
こうして二人の天才が失われたんです。

二人は知的障害と診断されてましたけど、穏やかに生きていました。
二人にしか理解できないですけど、新しい素数を見つけたときは、本当に幸せそうでした。
でも、無理やり引き離されて、その幸せも奪われました。
さて、本当にこれが正しいことだったんでしょうか?
僕らが理解できないからといって、それは価値のないことなのでしょうか?
僕らにとって価値があると思ってることを、無理やり押し付けてできるようにすることが、その人に取って本当の幸せと言えるのでしょうか?
いろいろ考えさせられます。

はい、今回はここまでです。
面白かったらチャンネル登録、高評価お願いしますね。
それから、よかったらこちらの本も読んでください。

それじゃぁ、次回も、おっ楽しみに!