ロボマインド・プロジェクト、第431弾!
こんにちは、ロボマインドの田方です。
前回第430回、前々回、第429回で、脳の新しい理論について提案してみました。
意識がどんな処理をしてるかって理論です。
オリヴァー・サックスの『妻を帽子と間違えた男』を読み終えてまとめたつもりだったんですけど、最後のエピソードが残っていました。
読んでみると、図らずとも、新理論がそっくりそのまま当てはまりました。
今回の登場人物は自閉症のホセです。
ただ、今まで登場した自閉症とはちがって後天的な自閉症です。
ホセが8歳の時、高熱を出して、てんかんの発作が続いて、急性の脳損傷で自閉状態に陥ったそうです。
それまでは正常に話せましたが、病気になったとたん、話せなくなりました。
その後も、1日に20回~30回も大発作が起こりました。
大発作というのは、前進がけいれんして、意識を失うほどの発作です。
こんな状態だったので、地下室に閉じ込められていたそうです。
たぶん、何も起こらなければ、ホセもそのまま一生を終えていたと思います。
ところが、成人するころに、発作がさらに激しくなって、物を投げつけたり狂暴になったため、州立病院に連れてこられたと言うことでした。
そうして、最終的にサックス先生の病院に入ることになったわけです。
ホセはしゃべることができませんけど、絵をかく才能がありました。
第427回で静的と動的の二種類の知性を提案しました。
静的な知性というのは、理論的で言葉で説明できるタイプの知性です。
動的な知性というのは、音楽や絵画、演劇、ダンスといった芸術的な知性です。
これと、前回提案した右脳と左脳の処理が、どうもつながってくるようなんです。
これが今回のテーマです。
言語とアートの違いを脳で解明!
それでは、始めましょう!
サックス先生がホセに初めて会った時、「これをかいてごらん」と彼に声をかけました。
すると、付き添い人が「彼に話しかけても無駄です。彼は、何を言ってるのか理解できませんから」と言いました。
それを聞いたホセは、さっと顔が青ざめました。
さて、まずはここです。
ホセは、言葉の意味が分からないはずなのに、なぜ、青ざめたんでしょう?
実は、失語症の人って、思った以上に何を言ってるのか分かってるんです。
この本の別の章で面白いエピソードがありました。
ある日、失語症の人が集まる談話室から、どっと笑い声が聞こえてきたそうです。
サックス先生が行ってみると、みんなでレーガン大統領の演説をテレビで見てたそうです。
もちろん、全員失語症なので、演説の内容は分かりません。
会話では、顔の表情とか身振り手振りとか、言葉の意味内容以外に多くの情報が伝えられます。
失語症になると、こういった言語以外の情報を敏感に感じ取るようになります。
だから、大統領の大げさな身振りや、顔の表情から、大げさなウソを感じ取って爆笑したんでしょう。
この能力は、犬とかももってます。
家族で犬を飼っていると、言うことを聞く人と聞かない人がいるって、よくありますけど、
これは、犬が家族の序列を見抜いて、主人の言うことだけ聞いてるわけです。
それから、女の人は直観で嘘を見抜くっていいますよね。
第六感とか超能力みたいな感じますけど、これも身振りとかちょっとした表情から読み取ってるわけです。
さて、病院につれてこられたホセは、ちょうどその頃開発された強力な新薬で発作が抑えられて、かなり落ち着いていました。
サックス先生は、懐中時計とペンを渡して、「これをかいてみて」と身振りで示しました。
左がお手本の懐中時計で、右がホセが描いた絵です。
思った以上に細かいところまでかけています。
知的障害でしゃべることも何もできないと言われていたので、緻密な絵が描けることに驚きました。
その日はそれで終わりましたけど、気になったサックス先生は、再びホセと会うことにしました。
次に会った時、ホセは嬉しそうに微笑みました。
サックス先生は、「これをかいてみて」と手元にあった雑誌の表紙を指差しました。
下が表紙の写真で、上がホセがかいた絵です。
よく見るとカヌーを大きくかいてますよね。
人物が大きく描かれていて、カヌーを漕いでる様子がよくわかります。
つまり、コピー機のようにそっくりそのまま書き写してるわけじゃないんです。
雑誌のページをめくって、次はニジマスを書いてもらいました。
左が手本の写真で、右がホセがかいた絵です。
いい絵ですよねぇ。
何がいいかって、表情です。
写真のニジマスは、はく製みたいでのっぺりとしてますけど、ホセの描いたニジマスは、躍動感があって、表情もユーモラスです。
間違いなく、ホセには絵心があります。
何かを捉えて、それを表現する能力があります。
これは明らかにアートですよね。
ところが、世間では、自閉症の人は、イマジネーションや芸術とは無縁と言われていました。
これは、この本が出版された1980年代の話で、今では、自閉症をはじめとした障害者アートが社会的に認知されています。
サックス先生は、それを認めた走りといえそうです。
サックス先生が三度目にホセに会ったのは三週間後でした。
ホセは、サックス先生に会ってかなり嬉しそうです。
今度は、前回かいたニジマスを思い出してかいてもらいました。
それがこの絵です。
最初に書いたのが、下の大きなニジマスです。
3週間も前にかいたものなのに、記憶だけで見事にかいていますよね。
人間っぽい、ユーモラスな表情も健在です。
これで終わりと思ったら、ホセはまだ、何かかこうとします。
水面を書いたかと思うと、水に潜ろうとするニジマスです。
静止したニジマスじゃなくて、一つの動きのある場面をかこうとしています。
さらに今度は、右上に激しく波立つ水面をかきます。
このとき、かなり興奮したようで、奇妙で不思議な叫び声を上げてたそうです。
何かに突き動かされて、かかずにおれないといった感じです。
さて、ホセは何をかいたんでしょう?
もしかしたら、サックス先生との再会に喜んでる様子を表してるのかもしれません。
いずれにしても、ホセは、内から沸きあがる感情に突き動かされてかいたことは間違いないことです。
驚くことに、この後、ホセは話し始めたんです。
「話す」といっても難しい会話は無理で、ただ、「何が欲しい」といった簡単な要求だけです。
でも、15年以上、一切話すことがなかったんですから、これは驚きです。
一体、何が変わったんでしょう。
一つは、薬で発作が落ち着いたことです。
それから、病院に入院して安心できる場所を得たということもあるでしょう。
それまでは、地下室に閉じ込められて、発作が起こるたびに叱られていましたから、安心できる場所とはいえません。
そして、サックス先生と出会って、絵をかく楽しさを思い出しました。
それは、内側から湧き出る思いです。
今までびくびくしながら生きていたのが、心の内から湧きおこる思いを感じることができるようになったわけです。
そのエネルギーで絵をかいたり、言葉にもなったんです。
その後にホセがかいた絵も紹介しておきます。
テーブルにあったクリスマスカードを見つけたサックス先生は、コマドリを指差して、これをかくように言いました。
そして、これがホセの描いたコマドリです。
完全に、自分の絵にアレンジしてますよね。
何と言っても、季節が真冬から春に変わっています。
ホセの絵では、きれいな花が咲き始めています。
ホセには、間違いなくアートの才能があります。
今では、ホセは教会の祭壇の壁を飾ったり、病棟で出すレターをデザインしたりしているそうです。
ここまではホセの物語です。
ここからは僕の考察です。
第426回で取り上げたレベッカはうまくしゃべれませんけど、天性の詩人でした。
インスピレーションをうけて次々と言葉が出てきます。
普段の動きはぎこちないですけど、音楽に合わせると見事なダンスをします。
そして、大好きな演劇で役を演じるときは、スムーズに言葉が出てきます。
それを見た人は、誰も知的障害者とは思いません。
第427回で取り上げたマーチンは、音楽サバンでした。
あらゆるオペラを記憶していて、複雑な音楽理論も完璧に理解していました。
音楽やダンス、演劇といったもののことを、僕は動的な知性とよびました。
一方、理論的な思考とか計算とか、言葉で説明できるタイプの知性を静的な知性としました。
それから、第429回、430回では右脳と左脳の根本的な処理の違いとして、左脳は内向き、右脳は外向きとしました。
それから、最も基本的な考えとして、僕が提唱している意識の仮想世界仮説があります。
人は、目で見た世界を頭の中で、仮想世界として構築します。
意識は、この仮想世界を介して現実世界を認識します。
これが意識の仮想世界仮説です。
仮想世界は、コンピュータなら3DCGです。
リンゴを見たとき、仮想世界に3Dのリンゴオブジェクトを作り出すわけです。
リンゴオブジェクトは赤いって色とか、丸いって形のデータを持っていて、意識プログラムは、このデータを受け取って赤いとか丸いって感じるわけです。
つまり、意識は、現実世界を直接認識してるわけではなく、仮想世界を認識してるわけです。
さて、ホセは激しいてんかん発作のため、左側頭葉を損傷しました。
左側頭葉は、言葉の意味を理解するウェルニッケ野があります。
さて、言葉の意味を理解するとはどういうことでしょう?
僕なりに定義は完成しています。
それは、言葉の意味を理科するとは、仮想世界にオブジェクトで再現できることです。
たとえば、リンゴの意味を理解してる=リンゴオブジェクトを生成できるってことです。
「リンゴの色は何?」と聞かれたら「赤色」って答えられるのは、リンゴオブジェクトを生成できたからですよね。
色とか形というのは、そのものの意味の一種ですよね。
だから、オブジェクトを生成できるということは、意味を理解してるということになるんです。
おそらくウェルニッケ野というのは仮想世界への入り口じゃないかと思うんですよ。
耳から聞いた言葉は、元にウェルニッケ野を介して処理して仮想世界がつくられるんです。
だから、ウェルニッケ野が損傷すると、仮想世界をつくれなくなって、言葉の意味が理解できなくなるんです。
ウェルニッケ野は左脳にあります。
前回、左脳は内向きの処理と言いました。
内向きの処理というのは、オブジェクトや仮想世界を作り上げる処理とも言えそうです。
オブジェクトは、ああしてこうしてって操作できます。
これが理論的思考です。
そして、オブジェクトの操作内容は、全て言葉で表現できます。
これが、左脳の仮想世界で行われる静的な知性です。
じゃぁ、次は動的な知性について考えます。
動的な知性とは、ダンスとか音楽です。
オーケストラやバンドとか、一緒に演奏するとき、タイミングが命ですよね。
タイミングがずれたら、音楽になりません。
ここでリベットの実験を思い出します。
リベットの実験については、あちこちの動画で語ってるので実験の詳細は省略して重要なポイントだけをいうと、意識が世界を認識するのに、0.3~0.5秒の遅れが生じます。
目の前のスクリーンにパッとリンゴの絵を提示して、意識がそれをリンゴだと認識するまで0.3~0.5秒かかるってことです。
僕は、このタイムラグは仮想世界にオブジェクトを作り出すのにかかる時間だと思っています。
でも、0.5秒も遅れたら、音楽にならないですよね。
つまり、音楽の演奏は、仮想世界を使う左脳の認識とは別だと思うんですよ。
右脳の処理は、仮想世界を使うんじゃなくて、現実世界を直接感じるタイプです。
そのとき、心は現実世界と同期して、リアルタイムに世界を感じます。
一瞬の遅れもありません。
それが音楽を感じるときの脳の処理です。
ダンスも同じです。
それからスポーツもです。
ボールの位置を認識するのに0.5秒もかかってたら、とてもバットで打てません。
仮想世界を使わないということは、言語化できない処理です。
長嶋茂雄は、バッティングのコツを聞かれて、「スーッときた球をガーンと打つ」って答えたって有名なエピソードがありますよね。
こんなのアドバイスにならないっていいますけど、これは仕方ないんですよ。
だって、右脳は言語化して理解してるわけじゃないですから。
右脳で重要なのは、現実との一体感です。
左脳が脳卒中になって右脳で世界を感じたジル・ボルト・テイラーは言いました。
体が膨張して、世界と一体となったって。
さらにこうも言いました。
そこには時間もないって。
そこにあるのは今という瞬間だけだって。
そうなんです。
現実世界には今しかないんです。
時間を感じるのは、過去を感じられるからです。
過去を感じられるのは、過去を仮想世界で再現したからです。
つまり、時間を感じるのは仮想世界を使う左脳の処理なんです。
つまり、左脳と右脳では、現実世界を仮想世界をつかって間接的に感じるか、現実世界を直接感じるかの違いといえそうです。
これは、感覚器によっても違いがありますし、同じ聴覚でも左脳と右脳で違いがあります。
たとえば聴覚は、言葉の意味理解の場合は仮想世界を使う左脳です。
一方、音楽は、右脳で直接現実世界の空気の振動を感じます。
それから、嗅覚です。
第423回で犬並の嗅覚を獲得した医者の話をしました。
彼が言うのは、嗅覚が鋭くなると、今までとは考えられないぐらい現実を生々しく感じるそうです。
たしかに、嗅覚は空気中の臭い分子を直接感じる処理です。
仮想世界を介して間接的に感じるのとは違います。
それから、味覚もです。
懐かしい味って、一気に当時の記憶が蘇りますよね。
味覚も舌で味分子を直接感じ取るタイプの感覚なので、現実世界に直結するんです。
そして、現実的で具体的な感覚は、抽象的な思考ができません。
だから、右脳を使った動的な知性が得意な人は、抽象的な思考が苦手です。
それでは、ホセの場合で考えてみます。
ホセは、言葉を理解する能力は失いましたけど絵を描くことはできました。
ウェルニッケ野が損傷して仮想世界がつくれないと言葉の意味理解は難しいです。
でも、絵はかけます。
絵は、現実にあるものをかき写す行為なので、現実に直結していればできます。
現実世界は常に動いてるので、むしろ、仮想世界を介さない方がうまく書けます。
たとえば、この絵、どう思います?
躍動感がありますよね。
これ、じつは5歳の自閉症の女の子がかいた絵なんです。
じゃぁ、こっちは誰の絵かわかりますか?
こっちは、レオナルド・ダ・ビンチのスケッチです。
さっきの5歳の子の絵と同じ躍動感を感じますよね。
仮想世界を介さず、現実をそのまま描くってのは、こういうことなんです。
ちなみに、こっちは、正常な8歳の子がかいた馬です。
躍動感が全く感じられませんよね。
なんでかわかりますか?
これ、左脳でかいてるからです。
つまり、直接感じた現実をかいてるんじゃなくて、左脳の仮想世界にある馬オブジェクトをかいてるわけです。
馬は足が4本あって、首が長くて、たてがみがあってって理屈で理解した馬です。
これ、全部言葉で説明できますよね。
でも、本当の馬らしさとか、躍動感が欠けてるんですよ。
これが左脳と右脳の違いです。
それから、右脳の処理で最も重要なのは、表現するためのエネルギー源です。
それは、内から沸き起こる感情です。
ホセは、実に楽しそうに絵を描きます。
ホセだけじゃありません。
レベッカが演技するとき、マーチンが歌を歌うとき、誰も本当に幸せそうです。
内側から沸き起こる感情です。
これこそが、その人らしさを発揮するものです。
ホセは、安心できる環境に来て、ようやくそれが発揮されました。
内側から沸きおこるワクワク、ゾクゾクする感覚。
それをエネルギーに表現すること。
これが右脳です。
こういう右脳的な精神作用にこそ、その人らしさ、幸せの根源があると思うんです。
左脳の言語的な思考は、秩序だった社会を生み出しはします。
ただ、それにこだわりすぎると、人として、大事なことを見失います。
幸せとは何か、自分らしさとは何か。
今までの社会は何を犠牲にして、これからの社会は、何を大切にすべきか。
この動画が、そのヒントになればいいと思います。
はい、今回の動画がおもしろかったらチャンネル登録、高評価お願いしますね。
それから、動画の中で紹介した意識の仮想世界仮説にかんしては、こちらの本で詳しくかたってますのでよかったら読んでください。
それじゃぁ、次回も、おっ楽しみに!