第433回 言葉を話す人の脳 話さない動物の脳


ロボマインド・プロジェクト、第433弾!
こんにちは、ロボマインドの田方です。

さて、去年から今年にかけて、神経学者のオリヴァー・サックスの本をずっと読み解いてきました。
これで、僕なりに心の仕組みがかなり明確になってきました。
次は何を読もうかと思って探してたら、オリヴァーサックスの本訳者がこの本を紹介していました。
『失語の国のオペラ指揮者―神経科医が明かす脳の不思議な働き』です。

読んでみたら、これも、かなり面白いです。
同じ神経科医なんですけど、オリヴァーサックスと、ちょっと視点が違います。
人間だけ、なぜ、言葉を話すのかってことを、他の動物とか、進化の関係とか考察するんです。
これ、今の僕にぴったりなんですよ。
なぜかというと、オリヴァー・サックスの本を読みながら組み立てた理論が、これで証明できるからです。
これが今回のテーマです。
言葉を話す人の脳、話さない動物の脳
それでは、始めましょう!

なぜ、チンパンジーは人間みたいにしゃべれないのか?
ヒトの脳とチンパンジーの脳はどこが違うのか?
ヒトの脳の方が大きいとか、前頭葉が発達してるとか今までも考えてきましたけど、今回、大きなことを見逃してたことに気づかされました。
それは生まれてからの成長です。
生まれたときの脳の大きさは、チンパンジーもヒトもほぼ同じで約350立方センチです。
大人になるとチンパンジーの脳は約450立方センチになるのに対し、ヒトの脳は1400立方センチにもなります。
つまり、チンパンジーが30パーセント大きくなるのに対し、人は300パーセントも大きくなるんです。
なんと、ヒトとチンパンジーで10倍も差があるんです。
どうも、ヒトとチンパンジーの言語能力の違いは、ここにあるようです。

どうも、脳というのは生まれた後の環境で決まることが結構あるようです。
じゃぁ、ヒトの脳は、生まれる前にどこまで決まって、どこからが生まれた後に獲得するのでしょう?
そして、言語はどこまで決まってるんでしょう?

僕は、言葉を話す意識モデルとして、意識の仮想世界仮説を提唱しています。
人は、目で見た世界を頭の中で仮想世界として構築します。
意識は、この仮想世界を介して現実世界を認識します。
これが意識の仮想世界仮説です。

仮想世界というのは、コンピュータなら3DCGで再現できます。
リンゴを見たとしたら3Dのリンゴオブジェクトを生成するわけです。
意識が認識するオブジェクトというのが言葉の基になります。
それじゃぁ、その仮想世界は脳のどこにあるのかですよね。

それは言語野です。
一般に、それは左脳にあります。
ただ、左利きの人の場合、言語野が右脳となる場合が多いです。
さらに興味深いのは、言語野って、入れ替わることがあるんです。
脳卒中は、あらゆる年代で起こります。
そして、左脳が脳卒中になると、うまくしゃべれなくなります。
ところが、子どもの場合、すぐに回復します。
なぜかというと、言語野が左脳から右脳に入れ替わるからです。
そのぐらい柔軟に、脳って変化するんです。
このことを脳の可塑性といいます。
ただ、10代後半以降に脳卒中になった場合は、完全に回復することは難しいです。
つまり、言葉の基本機能は、生まれてから10代半ばまでの間に完成するわけです。

子どもはすぐに言葉を習得しますけど、大人になってから外国語を習得するのは難しいっていいますよね。
これは、脳が成長するとき、言葉を聞くことで言語を獲得するからです。
たとえば、日本人はRとLの発音を聞き取れないって言いますよね。
これは、幼少期にRとLを区別しない言語環境で育ったからです。

これは言語だけに限りません。
ヒューベルとウィーゼルの有名な猫の実験があります。

これは、子猫を縦じましか見えない部屋で育てたら、縦線は識別できるけど、横線は識別できなくなったそうです。
これは、脳の視覚処理の仕組みを考えたらよくわかります。
目からの情報は、まず後頭部にある一次視覚野に送られます。
ここには様々な角度に反応する脳細胞があります。

この脳細胞は、生まれてからいろんな角度の線を見ることで強化されるわけです。
ところが、縦じましか存在しない世界で育てられると、縦線か縦線に近い角度に反応するの細胞しか残らなくて、横線に反応する脳細胞は消えてしまいます。
これが、縦じまの世界で育てられた猫が反応した線です。

垂直線には良く反応してますけど、水平線には全く反応してません。

ここで注意してほしいのは、一次視覚野には、元々あらゆる角度に反応する脳細胞があったってことです。
つまりね、縦じまの世界で育ったから、縦じまに反応する脳細胞が生まれた分けじゃないんです。
そうじゃなくて、生まれたときは、いろんな角度の脳細胞が用意されてたわけです。
そして、生まれた後の環境で、必要な脳細胞が強化されて、不要な脳細胞が消えていったわけです。

生まれる前には、どんな世界に生れ落ちるか分からないですよね。
だから、どんな世界に生れ落ちても対応できるように、生まれる前からあらゆるものを識別できるように準備されてるわけです。

ただ、いくらなんでも、あらゆる形を想定するなんて不可能ですよね。
厳密に言うと、用意されてたのは、あらゆる形でなくて、形の基本要素です。
基本的な形を組み合わせて複雑な形を認識する仕組みになってます。
これなら無限の形を認識できますよね。
たとえていえば、あらゆる物質は分解すれば原子になりますよね。
そして、原子は118種類しかありません。
それと同じです。

一次視覚野からの情報は側頭葉に送られて、基本形状を組み合わせた複雑な形を認識します。

側頭葉には、たとえば、十字とか四角とか、いろんな形に反応する脳細胞があります。

これは形だけじゃありません。
音も同じです。
生まれたときは、RとLを聞き分ける脳細胞があったはずです。
それが、RとLを聞き分けない環境で育つと、RとLに反応する一つの脳細胞にまとめられるわけです。
だから、日本人RとLが聞き分けられないんです。
縦じまの部屋で育てられた子猫と同じってことです。

さて、こうして世界に存在するあらゆるものは基本要素で組み立てられます。
これが、意識の仮想世界仮説だとオブジェクトになります。
オブジェクトが配置されるのが仮想世界です。
意識は、現実世界をみてるんじゃなくて、仮想世界を見てるわけです。
意識が見るというか、オブジェクトというデータ構造を受け取るプログラムが意識プログラムとなります。
こうして、世界を構成する最も基本的な要素が、生まれてから大人になるまでの間の経験で決まるわけです。
だから、縦じまの世界で育てられると、その猫にとっては、世界に水平線が存在しなくなります。

だから、こんな光景をみても、真ん中で区切られると思わないんでしょう。

これは目で見える世界だけに限りません。
言葉の世界も同じです。
言葉の世界に配置されるオブジェクトが言葉です。
言葉を構成するのが「あ」とか「お」とかって音素で、その中にRとLがあるわけです。
現実世界にはRとLがありますけど、日本人の世界には、その区別がないわけです。
分かってきましたか?
何が言いたいかっていうと、僕らが感じる世界は頭の外にあるわけじゃないんですよ。
それは頭の中にあるんです。
そして、重要なのは、その世界は生まれてから15歳ぐらいまでの間に完成するんです。

ここ、重要なのでもう少し詳しく説明します。
さっき世界にある物質はすべて原子で組み立てられてるっていいましたよね。
それと同じように、意識が感じる世界も、基本的な要素で組み立てられていています。
それが、縦線だったり横線だったり、RだったりLだったりします。
そして、それを組み立てたものがオブジェクトです。
さらに、世界はオブジェクトで作られます。

さて、この本には、生まれてから一切しゃべられずに育てられた二人の子どもの話が出てきます。
一人はレイシー。
戸棚に閉じ込められてるのを発見されたそうです。
発見当時、推定6歳です。
著者のハロルドが診察したとき、レイシーは一言もしゃべれませんでした。
それが二日目に診察したときには「ミルク」や「テレビ」など数語をしゃべってたそうです。
診察中に使ってた懐中電灯がかなり気に入ったようで、明かりがつくたび「ライト」って言ったそうです。
こうしてみるみるうちに言葉を覚えていきました。
二週間後に退院するときには、会話ができるようになっていました。
つまり、「何がどうした」って文を作れるようになったわけです。

もう一人は18世紀末にフランスのアヴァロンの森で発見された野生児、ヴィクトールです。
ヴィクトールは、森の中で一人で暮らしてるのを発見されました。
発見当時、推定14,5歳だったそうです。
ただ、ヴィクトールは結局、簡単な言葉すら覚えることができなかったそうです。

さて、この二人の違いは何でしょう。
それは、発見されたときの年齢ですよね。
6歳で発見されたレイシーは、まだ、脳が完成途中だったので、言葉を覚えることができたわけです。
でも、15歳で発見されたヴィクトールは、既に脳が完成してしまって、言葉を覚えることができなかったわけです。

普通なら、これで終わりです。
ただ、僕は、会話ができるAIを作ろうとしてるので、この話を、コンピュータで実現できる程度に具体的に落とし込まないといけません。
それでは、やってみますよ。

まず、二人とも、ものを認識することはできます。
つまり、仮想世界にオブジェクトを生成して、それを認識する意識プログラムはあるということです。
ただ、二人とも話しかけられることのない環境で育ったわけです。
子猫の実験なら、縦じまの世界、日本人ならRとLを区別しない世界で育ったのと同じです。
その結果、これらを識別する機能が消えてしまったわけです。
じゃぁ、話しかけられなかったことで何が消えたんでしょう。
これを考えることで、今まで誰も指摘してこなかった、言語の本質が見えてきます。

ここに、リンゴがあるとします。
意識が認識するのはリンゴオブジェクトですよね。
オブジェクトは、色とか形ってデータから組み立てられます。
色とか形ってデータは、側頭葉の脳細胞で解析されますよね。
それが世界を構成する基本要素です。
この基本要素は、生まれる前に既に存在してたんですよね。
赤い色とか、丸い形って要素を組み合わせてリンゴオブジェクトが組み立てられるわけです。

さて、ここから言語について考えます。
単語って、オブジェクトに名前を付けてわけですよね。
リンゴオブジェクトに、「リンゴ」って名前を付けたわけです。
そう考えたら、名前もオブジェクトを構成する基本要素の一つといえそうです。

基本要素って、後から学習して獲得するものじゃなかったですよね。
基本要素は、生まれたときから持っていて、使わなかったら消えるタイプものです。
ということは、ものに名前を付けるって機能も、生まれたときから持ってるわけです。
使ってるうちに、その機能が強化されて、何にでも名前を付けて呼ぶようになります。
ただ、15歳まで使わなかったら、その機能自体が消えてしまいます。
だから、ヴィクトールは、簡単な言葉も話せるようにならなかったわけです。

レイシーは、スポンジが水を吸収するように単語を覚えていきました。
それは、レイシーが6歳だったからです。
そして、2週間後には、文を作って会話できるようになりました。

文というのは、仮想世界の状況を表現したものです。
文を作成するときに使われるルールが文法です。
文法に従って文を作れるってことは、文法も既に知ってたってことですよね。
と言うことは、文法も基本要素として生まれつき持ってたといえそうです。

おっと、ここは、ちょっと慎重にならないといけません。
言語学を勉強したことがある人ならチョムスキーの生成文法のことは聞いたことがあると思います。
チョムスキーは、ヒトは生まれつき普遍的な文法を持ってると主張しました。
それが生成文法です。
生成文法って、主語と述語の位置を交代できるとかできないとか、Xバー理論とか、とにかく複雑で難しことで有名です。
あまりにも複雑なので、最近はあまり人気がなくて、生まれつき文法を持ってるって考えも、今は多くの人が疑問をもっています。

僕も、そう考えていました。
ところが、今回、改めて考えてみると、文法は生まれつき持ってないとおかしいってなりました。
これ、どっちが正しいんでしょう?

僕は、あの複雑な生成文法は正しいとは思えませんけど、生まれつき文法を持ってるという考えは正しいと思います。
いや、文法って言い方はちょっと厳密じゃないです。
文法っていうのは、あくまでも、単語の順番とか変形の規則ですよね。
僕が言う文法というのはそうじゃなくて、仮想世界のオブジェクトを文に変換する規則のことです。

たとえば、三次元の物体が宙にういてるとするでしょ。
その物体に光を当てて二次元平面に影が落ちたとします。
この影が文だと思ってください。

文は、三次元の物体を表現したものです。
ただ、二次元なので完全に表現できません。
その不完全な影の動きの規則を記述したのが文法です。
だから、どうしても複雑なルールになってしまうんですよ。
でも、本来の三次元の物体の方を見ればシンプルです。
だから、三次元の物体を二次元平面の影に落とすルールもシンプルです。
それが文法です。
このシンプルなルールを生まれつき持ってるわけです。
そして、生まれてから話しかけられなかったり、会話したりしないと、このルールも使うことがありません。
使うことがないのと消えてしまいます。
だから、しゃべるようにならないんです。
それが、ヴィクトールです。
どうです?
言語の本質がきれいに説明できたでしょう。
人がどのように世界を認識して、どのようにして言葉を話せるようになるのか。
生まれつき何を持ってるのかに注目すれば、よくわかりました。

はい、今回の動画がおもしろかったらチャンネル登録、高評価お願いしますね。
それから、今回紹介して意識の仮想世界仮説については、こちらの本で詳しく語っていますので、良かったら読んでください。
それでは、次回も、おっ楽しみに!