第434回 人が言葉を獲得するとき、脳の中で何が起こっているのか?


ロボマインド・プロジェクト、第434弾!
こんにちは、ロボマインドの田方です。

前回から読み進めてる『失語の国のオペラ指揮者』の続きです。

作者のハロルド・クローアンズはオリヴァー・サックスと同じ神経科医で、患者を中心に診てるんですけど、オリヴァー・サックスとの一番の違いは、進化も見てるってことです。
今回登場するのは二人のルーシーです。
一人は350万年前に生きていたルーシー、もう一人は、ハロルドの患者の19歳のルーシーです。
人類は類人猿から猿人、原人、旧人、新人へと進化してきました。
類人猿というのはチンパンジーとかゴリラとかです。
19世紀の終わりまでには原人、旧人、新人の化石が発見されていました。
20世紀になっても、まだ見つからないのは類人猿と原人の間の猿人の化石です。
人類の特徴として二足歩行と大きな脳が挙げられます。
二足歩行が先か、脳の巨大化が先か、これがずっとわかりませんでした。
そのカギを握るのが猿人の化石です。
だから、猿人の化石はミッシングリンクと言われて、多くの研究者が探し求めていました。
それが、1974年にアフリカでようやく発見されたんです。
発掘したとき、ラジオからかかってた曲がこの曲

ビートルズのLucy In The Sky With Diamondsで、この曲にちなんでルーシーと名付けられました。

さて、結果はどうだったかというと、ルーシーは二足歩行をしてましたけど、脳は小さいままでした。
つまり、二足歩行が先だったんです。
二足歩行するようになってから脳が巨大化したんです。

前回、ヒトとチンパンジーの脳は、生まれたときはほとんど同じだって話をしましたよね。
ただ、大人になるまでチンパンジーの脳は30%しか大きくならないのに対して、ヒトの脳は300%も大きくなります。
そして、その間に言葉をしゃべれるようになります。

ということは、猿人から脳が大きくなった進化の過程は、赤ちゃんの脳が大人に成長するまでの脳の発達と同じと言えそうですよね。
じゃぁ、その間に脳のなかで何が起こったのか?
そのヒントになるのがもう一人のルーシーです。
これが今回のテーマです。
人言葉を獲得するとき、脳の中で何が起こっているのか?
それでは、始めましょう!

学生だったルーシーは、ある日、原因不明の失神になるようになりました。
突然、意識が途絶えるそうです。
しゃべりかけても触っても反応しなくなります。
数分で意識は戻りますけど、その間のことは全く覚えていません。

どうやら、てんかんの発作が起こってるようです。
ただ、なぜてんかんが起こるのかは原因がわかりません。
考えられるのは脳腫瘍とか、何かが脳に悪さしてることです。
診察してるとき、ハロルドはルーシーが左利きだということに気づきました。
左利きの多くは遺伝なので、たいてい家族にも左利きがいます。
でも、ルーシーの家族に左利きはいませんでした。
これはちょっと奇妙です。

右利きか左利きかっていうのは、手の形は関係なくて、脳が決めています。
右利きが多いのは、地域は文化に関係なくて、人類に普遍的な現象です。

それから、利き手は幼いころに獲得されます。
だから、幼少期なら左利きから右利きに変更することは比較的簡単にできます。
でも、大人になってから利き手を変えることは難しいです。
これは、大人になってから外国語を習得するのが難しいのと同じです。
脳が柔軟なのは子供の時だけです。

さらに調べてみると、ルーシーの右手は明らかに左手より小さかったです。
足も左足の方が右足より1~2サイズ小さいそうです。
母親に聞いてみると、これは小さいころからだそうで、ずっと二つのサイズの靴を買わないといけなかったそうです。
さらに聞いてみると、ルーシーは逆子で、緊急の帝王切開で生まれたそうです。
ちなみに、帝王切開の帝王というのはローマ皇帝シーザーのことで、シーザーも帝王切開で生まれました。
さらに、シーザーもルーシーと同じく、てんかんを患っていたそうです。
おそらく、シーザーもルーシーも出産時に脳に損傷を負った可能性があります。

つまり、ルーシーは出産時に左脳に損傷を負ったんです。
右手や右足が小さいのは、おそらくそれが原因です。
本来なら右利きになるはずが、左脳が損傷して右手より左手の方がコントロールしやすかったので、左利きにシフトしたってことです。

ここまで分かると、てんかんの原因は左脳にあると思われます。
その原因を取り除かなければなりません。
ただ、ここで一つ問題があります。
それは、左脳の一部を除去すると、その後の生活に影響がある可能性が高いことです。
何かって言うと、それは言語です。
普通、言語野は左脳にあります。
だから、左脳の一部を除去すると、言葉がしゃべれなくなる可能性が高いんです。
ただ、ルーシーの場合、利き手が右手から左手にシフトしています。
もしかしたら、言語野も左脳から右脳にシフトしてる可能性もあります。
それを確認しないといけません。

実は、それを確認する比較的簡単なテストがあるんです。
それを、ワダ・テストといいます。
カナダの神経学者ジュン・A・ワダが完成させたテストだそうです。
日本人っぽい名前なので、気になって調べてみたら、日系のカナダ人で、てんかんの研究で世界的にも有名な先生でした。
このワダテスト、どういうテストかというと、即効性のある鎮静剤を左右の頸動脈にそれぞれ注入します。

頸動脈は脳の片方だけに血液を送っているので、左側の頸動脈に鎮静剤を注入すると、左脳だけ眠らすことができます。
同様に、右側の頸動脈に鎮静剤を注入すると右脳だけ眠らせることができます。
片方の脳だけ眠らせても、もう片方の脳の意識はあるので、質問したりして、会話ができればその半球に言語野があるとわかるわけです。

このテストのことを読んだとき、「えぇ、こんなことできるの!」ってかなり驚きました。
このチャンネル、ずっと見てた人なら分かると思いますけど、左脳と右脳で何をしてるのかを解明するのって、かなり大変なんですよ。
実際、どうやって解明してきたかっていうと、脳卒中なんかで左脳、または右脳が損傷した人の話を聞くしかなかったんです。
このチャンネルで何度も取り上げてるのが、左脳が脳卒中になった脳科学者、ジル・ボルト・テイラーです。
左脳が停止して、右脳で感じる世界がどんなものか、今まで何度も語ってきましたよね。
それから、第260回、430回では、脳卒中で右脳が損傷した医者、山田規矩子さんの話も取り上げました。
そんな人の話を集めて、左脳だけで見る世界、右脳だけで見る世界ってどんなものか、ずっと考えてきたんですよ。
それが、こんな簡単なテストで誰でも確認できるんです。
いやぁ、機会があれば、いつか僕も受けてみたいです。

さて、ルーシーはどうだったでしょう?
左脳を眠らせても普通に会話ができました。
右脳を眠らせると、重度の失語となりました。
言語野は右脳にシフトしていました。
そこで、損傷した左脳の一部を取り除く手術をすることで、無事、てんかんの症状だけ取り除くことができたそうです。

さて、こっからが本題です。
整理すると、ヒトもチンパンジーも、生まれたときは脳の大きさは同じです。
そこから大人になる間に脳は3倍にもなります。
それから、人類は、二足歩行するようになって、脳が巨大になりました。
ヒトと、ほかの動物を分けるカギは、脳のうち、生まれた後に大きくなる部分にありそうです。
それから、生まれたときは左脳と右脳は同じで違いがありません。
それが、成長する過程で左脳に言語野生まれるわけです。
言語野は、子どものうちなら一週間ほどで左脳から右脳に完全にシフトします。

言語機能ってかなり複雑な機能ですよね。
それが、幼少期とはいえ、左脳から右脳に比較的簡単にシフトするって、どういうことでしょう?
それは、言語機能はプログラムだってことです。
プログラムだから、コピペするだけで、簡単に別のコンピュータにインストールすることができるわけです。
それじゃぁ、言語機能って、どんなプログラム何でしょう?

まず、一つは意識の仮想世界仮説です。
意識の仮想世界仮説というのは、僕が提唱する意識仮説です。
人は、目で見た世界を頭の中で仮想世界として構築します。
意識は、仮想世界を介して現実世界を認識します。
こうやって意識は世界を認識するって仮説です。

さっき、ルーシーはワダテストで左脳と右脳を眠らせましたけど、どっちを眠らせたときにも意識は有りました。
つまり、世界を認識する仮想世界は左右の脳のどちらにもあると考えられます。
ただ、言語野がある半球を眠らせたとき、失語症になったわけです。
言葉の意味も分からないし、言葉を話すこともできなくなったわけです。
それが言語機能のプログラムです。

じゃぁ、その言語機能のプログラムって、一体どんなプログラムなんでしょう?
これは、左脳が損傷して右脳が生きてる人と、右脳が損傷して左脳が生きてる人が描いた絵です。

右脳は全体は捉えていますけど、内側は空っぽです。
左脳は、内側は細かくかけてますけど、輪郭とか全体はうまくとらえられていません。
このことから、僕は、右脳は外向きの処理、左脳は内向きの処理と考えました。
ここでいう左脳っていうのは、言語野がある半球のことです。

内向きっていうのは、もっと言えば、仮想世界を組み立てる処理です。
仮想世界というおはオブジェクトで作られます。
オブジェクトというのはデータのまとまりです。
たとえばリンゴオブジェクトなら、赤いって色とか、丸いって形を持っています。
そうやってオブジェクトをきちんと組み立てる処理が左脳ってことです。
このことを内向きの処理と呼んでいます。

一方、外向きの処理の右脳は広がる方向だったり、全体を見渡す処理です。
右脳が損傷した山田規久子さんは、時計の針が何時を指してるのかわからなくなったそうです。
つまり、線があったら、それを延長するってイメージできないわけです。
それから、道路にセンターラインってありますよね。

このセンターラインが、こんな風にバラバラに感じるそうです。

なにかを延長したり、全体のイメージを感じる機能が右脳にはあるようです。
逆に、左脳を損傷して右脳だけの世界を感じたジル・ボルト・テイラーは、自分の体の境界が分からなくなりました。
体がどんどん膨張して、やがて世界と一体となる感覚を感じました。
注意してほしいのは、二人とも、見えてる世界は同じだということです。
ただ、世界の感じ方が異なるわけです。
意識は、左脳と右脳の処理結果を受け取ります。
その処理内容が違うから、違った世界を感じるわけです。

ジルは、名刺に書いてある文字が読めなくなったとも言ってます。
背景から文字を切り出して認識することができなかったそうです。
これなんかも内向き処理といえそうですよね。
つまり、背景からオブジェクトを切り出して、オブジェクトを作り出す処理です。
それができないから文字が読めなくなったわけです。
そして、オブジェクトは色とか形ってデータを持ってましたよね。
色とか形って一種の意味といってもいいですよね。
オブジェクトとして認識することで、どっちのリンゴの方が大きいとか、赤いとかって比べることができますよね。
これが、意味を理解して世界を認識するってことです。
これが言語機能のプログラムです。

この機能が停止するということは、世界の細かい意味を理解できなくなるわけです。
細かい意味は理解できないですけど、世界全体を感じることはできます。
それが右脳が感じる世界です。

ルーシーの場合、どっちの半球を眠らせると失語症になったかだけしか調べなかったようです。
僕なら、いっぱい調べたいことがあります。
文字を書いた紙を見たら、どんなふうに感じるのか。
時計は読めるのか。
体や物の境界を感じられるのか。

もし、この動画を見てる中に神経科の先生がいましたら、ワダテストを受けさせてもらえないでしょうか?

はい、今回はここまでです。
この動画がおもしろかったらチャンネル登録、高評価お願いしますね。
それから、動画で説明した意識の仮想世界仮説に関しては、こちらの本で詳しく説明してますのでよかったら読んでください。
それじゃぁ、次回も、おっ楽しみに!