第444回 名医はここが違う! 診断から治療法をみつけるまで


ロボマインド・プロジェクト、第444弾!
こんにちは、ロボマインドの田方です。

お医者さんて、本当に大変だと思います。
何が大変かって言うと、まず、病気を特定しないといけません。
病気が特定できても、どうやって治していいか分からない病気もいっぱいあります。
今回も、ハロルド・クローアンズの『失語の国のオペラ指揮者』からの紹介です。

今回の話は、クローアンズ先生がまだ研修医だった1960年代の話です。
いろんな症状がでる謎の患者を診たそうです。
なんとか、病気を特定することまではできました。
ただ、治療法まではわかりません。
そんな時、その病気を発見した有名な教授がクローアンズ先生の病院に訪問してきたんです。
そこで、その患者を診察してもらいました。
そしたら、今まで、誰もその患者に聞いたことのない質問をし始めたんです。
そして、見事に原因の解明から治療法まで示したんです。
鮮やかとしかいいようがありません。
探偵が最後にトリックを暴くシーンみたいです。
今回の病気の謎解き、神経のメカニズムから始まって、遺伝の謎、最後はナチス政権まで関係してきます。
いやぁ、お医者さんって、何でも広く知ってないとできないですねぇ。
こんな風にして病気を特定するのかって、目からウロコが落ちます。
これが今回のテーマです。
名医はここが違う!
診断から治療法をみつけるまで

クヌート・ヤコブセン(40)はミネソタの森の中の丸太小屋で一人で暮らしていました。
魚を取ったり狩りをしたりして自給自足で暮らしていました。
釣った魚や獣を売りにたまに町に出てきます。
1964年の春に町にやってきたとき、クヌートはかなり具合が悪そうでした。
足が上がらず、よろよろと千鳥足で歩いていました。
町の人は見かねて医者に行くことを勧めました。
それで訪れたのがクローアンズ先生のいる病院でした。
よろよろと歩くことから、神経科のクローアンズ先生が呼び出されたわけです。
こっから診察が始まります。

歩いてもらうと、足首をほとんど動かせないようです。
足首が上がらないので、その分膝を上げて歩きます。
鶏みたいな歩き方で、これを鶏歩といいます。
どちらかの足だけでなく、両方の足首が上がりません。
さらに、足の指先にピンを挿しても何も感じません。
足先の感覚もないようです。
ここから末梢神経の障害と判断できます。

僕は今まで脳の話ばかり読んでたので、神経といえば脳を思い浮かべています。
たとえば、脳卒中で左脳が損傷すると右半身が動かなくなるとかです。
脳にあるのは中枢神経です。
でも、神経は中枢神経だけでなくて、全身に張り巡らされた末梢神経もあります。
クローアンズ先生は、クヌートの足先が動かないことに注目します。
しかも、両足が同じように動きません。
と言うことは、末梢神経に問題があるとわかります。
なぜなら、片方の足だけが動かせないなら、脳のどちらかの半球に問題があるはずですけど、両方の足を動かせないなら末梢神経側に問題があるわけです。
神経科医は、まずそこを見るようです。
なかなか、参考になります。

末梢神経は脊髄につながっています。
脊髄に神経の細胞体があって、そこで神経の代謝をコントロールしています。
末梢神経の先端から死滅していってるということは神経細胞の代謝がうまく行ってないようです。
つまり、原因は脊髄の神経の細胞体にあるようです。
脊髄がおかしいということは、障害は足先だけでなくて手にも出る可能性があります。
両手を見ると筋肉がやせ衰えています。
神経障害特有の症状です。

他に具合の悪いとこはないか聞きます。
そしたら、最近、目が見にくくなってきたって言います。
眼底検査すると、網膜に小さい斑点がいくつもあります。
炎症を起こしてるようです。
目の網膜も神経の先端です。
どうやら、あらゆる神経の先端が死にかけているようです。

診察って、こんな風に診るんですね。
具合の悪い足や手、目だけ見ててもダメなんですね。
それらの共通はなにか。
それは神経の先端だって思いつかないといけないんですよ。

ただ、これだけじゃ、まだ何の病気かわかりません。
クローアンズ先生のすごいのは、この症状からある病気をひらめいたんです。
それは、遺伝性失調性多発神経炎というかなり珍しい病気です。
多発神経炎というのが、いろんな神経が炎症を起こすってことです。
まさに、手や足、目の神経が炎症を起こしてるクヌートの症状にぴったりです。
ただ、遺伝性失調性多発神経炎って、あまりにも長い名前なので、ふつうは発見者の名を取ってレフサム病と呼ばれています。

レフサム博士はノルウェーの神経科で、ノルウェーがナチスに占領されていた3年間に4人の珍しい症状の患者に出会いました。
今までにない新しい病気です。
4人は別の家系に属していましたけど、症状は同じで遺伝病ということが分かりました。
前回紹介したハンチントン病は優性遺伝でしたけど、レフサム病は劣勢遺伝です。
つまり、両親ともがレフサム病の遺伝子を持ってないと発症しません。
だから、それほどそれほど強い遺伝病というわけではありません。
ただ、結婚相手はランダムに選ばれません。
たとえば同じ人種とか同郷の者同士で結婚しがちです。
ミネソタに住んでるクヌートは、先祖はノルウェーからの移民だそうです。
おそらくノルウェーの移民同士で結婚したんでしょう。
それで、レフサム病がクヌートに遺伝したんでしょう。

さて、最初に発見された4人の一人が亡くなって、遺体が調べられた結果、神経に脂肪がたまっていることがわかりました。
どうやら、神経の代謝異常が起こってるようです。

人の体を作る細胞を体細胞といいます。
筋肉細胞、皮膚細胞、神経細胞などです。
細胞は栄養を取り込んでエネルギーに変えて活動します。
細胞の栄養となるのが脂肪です。
運動すると脂肪が燃焼して痩せるっていいますよね。
これは、筋肉細胞で脂肪が分解されてエネルギーに変換されるからです。
これが脂肪の代謝です。
これは神経細胞でも起こっています。
レフサム病では、神経細胞の脂肪の代謝に問題があるわけです。
そして、それを引き起こしてたのが遺伝子の異常です。

遺伝子から代謝異常が起こるメカニズムも分かってきました。
遺伝子は最終的に何らかのタンパク質をつくります。
レフサム病の異常遺伝子がつくっていたタンパク質は酵素でした。
何の酵素かというと、細胞内の脂肪の代謝を促す酵素です。
酵素が異常で神経細胞の脂肪代謝がうまくいってなかったんです。

レフサム病によく似た病気にテイ-サックス病という遺伝病があります。
テイ-サックス病は脳の神経細胞の代謝経路に異常を来たします。
脂肪を排出するのに必要な酵素が働かなくなるので、脳の神経細胞は、溜まった脂肪で風船のように膨れ上がって死んでいきます。

レフサム病もそれによく似ています。
それが、末梢神経の脂肪の代謝経路で起こっているようです。
クローアンズ先生が調べて分かったのはここまででした。
こっから先が分かりません。
それは、異常を起こすのは、どの脂肪かです。
それが分からないとどう治療していいかもわかりません。
どうしたらいいか思いあぐねていたところ、なんと、当のレフサム教授がクローアンズ先生の病院に講演に来ることになったんです。
高名な先生は、製薬会社がスポンサーについてて、各地の病院を講演して回るという習わしがあるそうです。
病気に発見した人の名前がつけられることってよくありますよね。
じつはこれは意外と最近のことで、レフサム教授のレフサム病が二番目だったそうです。
それほどレフサム教授は有名人でした。

病院の講演では、その先生の得意な病気を公開で診察するそうです。
レフサム先生ならレフサム病なんですけど、この病気はかなり珍しくて、どこも患者を探すのに苦労してたそうです。
それが、今回は運よく患者がいました。
それがクヌートです。

さて、講演当日、主治医のクローアンズ先生が車いすでクヌートを連れて壇上に上がって症状の説明をします。
続いてレフサム先生が、その場で問診します。
レフサム病は遺伝病なので、おそらく生まれや家系図について質問するはずです。
そう思っていたら、そんな質問は一切しませんでした。
それどころか症状の質問もしません。
何を聞いたかというと食事についてでした。
普段何を食べてるのかとかを根掘り葉掘り聞き出します。
こんな質問、今まで誰もしたことがありません。

森で自給自足で暮らしているクヌートは野菜や果物を中心に食べていました。
どんな野菜か?
ジャガイモや根菜は食べるか?
どんな果物を食べるか?
果物は皮をむいて食べるのか?
肉や魚はどうか?
野菜は葉物野菜を中心に食べてました。
果物もだべます。
肉や魚は町で売るために獲ってるだけで、自分ではほとんど食べないそうです。
そもそも魚は嫌いだそうです。
肉はきれいにさばいて町に売りに行くので、食べるのはもっぱら脂肪ばかりだそうです。
ようやく、レフサム教授の狙いがわかってきました。
クヌートが食べてるものには共通点がありました。
それはどれもフィタン酸を含む食べ物ばかりです。
フィタン酸は、植物だと葉緑素から作られます。
葉物野菜や果物の皮に含まれます。
根菜にはフィタン酸は含まれません。
動物だと、フィタン酸は脂肪に蓄えられます。
そして、フィタン酸は脂肪酸です。
それも神経細胞で分解されます。
すべての謎が解けました。

神経細胞はフィタン酸を取り込んで分解します。
ところが、レフサム病は遺伝子異常でフィタン酸を分解できません。
だから、神経細胞に取り込まれたフィタン酸が分解されず、神経細胞が死滅していくんです。
神経細胞は末梢末端から死んでいきます。
だから足先の感覚がなくなり、足首が上がらなくなります。
手もむくみます。
視神経の末梢末端の網膜にも炎症がおこります。

レフサム先生の講演はさらに続きます。
自分が、なぜ、この病気の第一発見者となったかの話です。
当時、ノルウェーはナチスの占領下にありました。
1940年、ナチスは北欧に侵攻しました。
そのとき、ノルウェーにナチスを手引きしたのが、ヴィドグン・クヴィスリングです。
クヴィスリングはヒトラーに首相に任命されました。
ノルウェーはナチスの傀儡政権となったんです。
クヴィスリングは、ノルウェーで獲れた海産物を全てドイツに送るように命令しました。
そのおかげで、国民の食生活ががらりと変わりました。
豊かな海産物が一切食べられず野菜中心の生活となったのです。
おそらく、レフサム病はそれまでも存在してたんでしょう。
本来、それほど重症化することのない病気ですけど、フィタン酸を過剰に摂取すると分解できずに発症します。
この時代のノルウェーがまさにその状況でした。
レフサム病の遺伝子をもった人が、魚を食べず、野菜中心の生活となったため、病気が発症したわけです。
レフサム先生がこの病気を発見したのには、そんな暗い歴史があったわけです。

クヴィスリングは、大戦終了後、国家反逆罪の罪で銃殺されました。
クヴィスリングの名前は、今ではノルウェーで「売国奴」の代名詞として使われてるそうです。

さて、レフサム先生は、最後にクヌートにどうすればレフサム病がよくなるか教えました。
それは食生活を変えることです。
葉物野菜をやめて根菜を食べることです。
果物は、必ず皮をむいて食べる事。
体に溜まったフィタン酸が消えるのに1年ぐらいはかかるかもしれませんが、これで必ず良くなります。
見事な診察です。
さすが名医です。

講演が終わってレフサム先生はクローアンズ先生に一冊の本をプレゼントしました。
この本には、正常な脳の気脳図が掲載されてるといいます。
気脳図というのは、脳の造影法のひとつです。
脳室に酸素を注入してレントゲン撮影を行う原始的な撮影法です。
CTやMRIがない時代には、こんな撮影法しかなかったわけです。
かなりの苦痛を伴うので、よっぽどの重症患者でないと撮影することはありません。
だから、正常な脳の気脳図が存在すること自体珍しいんです。

「いったい誰の気脳図なんですか?」と聞きました。
「クヴィスリングの気脳図だよ」とレフサム先生は答えます。
国家反逆罪の裁判にかけられたとき、脳に異常があったかどうか確認してくれと頼まれたそうです。
撮影した結果、完全に正常な脳だったそうです。
そうして、世にも珍しい完全に正常な脳の気脳図の写真が残されたわけです。

はい、今回はここまでです。
いやぁ、やっぱり名医って違いますね。
何が違うかって言うと、本質を突く質問をするんですよね。
表面だけ見てたらダメなんですよね。

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それから、よかったらこちらの本も読んでください。
それじゃぁ、次回も、おっ楽しみに!