第458回 赤ちゃんから読み解く 人類の言語獲得の鍵


ロボマインド・プロジェクト、第458弾!
こんにちは、ロボマインドの田方です。
先日、発達心理学のスケールエラーの記事を読みました。
スケールエラーというのは、1~2歳の頃の幼児に見られる現象で、おもちゃの自動車に乗ろうとしたり、おもちゃの滑り台に乗ろうとする行動です。

そんなこと、昔から赤ちゃんはしてたと思いますけど、スケールエラーの研究、2004年に報告された比較的新しい研究だそうです。
その後、発達心理学から脳科学、工学までいろんな分野の研究者が関心を寄せてるそうです。
確かに、この話、個人的にもものすごく興味をそそられます。
というのも、この話を突きつめると、人がいかにして言語を獲得したかが見えてくるんです。

19世紀の生物学者エルンスト・ヘッケルは個体発生は系統発生を繰り返す反復説を唱えました。

これは、受精卵から成長す過程が、その動物の進化の過程を繰り返すという説です。
胎児の成長を見ると、たしかに、そうなっているように見えます。
しかも、これは、体の進化だけじゃなくて、脳も同じだという説もあります。
たとえば、これは脳の系統発生図です。

脳の個体発生も、進化の過程を経て成長してるわけです。
そして、脳は生まれた後も成長しますよね。
ということは、脳の発達を観察すれば、脳の進化の過程もわかりそうです。

赤ちゃんが言葉をしゃべりだすのは1~2歳です。
その間に脳が変化して、赤ちゃんが感じる世界の認識の仕方が変わるわけです。
それと同じ変化が、10万年前の人類にも起こったわけです。
赤ちゃんの脳内の変化を読み解くことで、人類がどのように言語を獲得したか分かるんじゃないかってことです。
そう考えたら、1~2歳のころに起こるスケールケラーって、言語獲得のヒントになるかもしれません。
これが今回のテーマです。
赤ちゃんから読み解く
人類の言語獲得の鍵
それでは、始めましょう!

まずは、脳の二種類の処理について説明します。
目からの視覚情報は後頭部の一次視覚野に送られると二つの処理経路にわかれます。
一つは、位置や動きを分析する「どこの経路」、もう一つは、色や形を分析する「何の経路」です。

どこの経路は、外界への反射反応とかで使われて、進化的に古い生物でも持つ処理経路です。
何の経路は、「ものがある」と認識する経路で、進化的に新しい生物がもつ処理経路です。
「何の経路」の特徴は、「ものがある」と認識する意識があることです。
「どこの経路」は、単に外界に反応して動作するだけなので、意識は必要ありません。
僕は、この脳内の処理を基にして心のモデルを提案しています。
これが心のモデルの図です。

上が「ものがある」と認識する「ある系」で、これは「何の経路」に該当します。
下が、外界に反応する「反応系」で、これは「どこの経路」に該当します。

生まれたばかりの赤ちゃんはほとんど目が見えませんけど、だんだん、動くものを目で追うようになります。
外界に反応するようになったわけです。
まず最初に、反応系が稼働し始めたと言えます。

物が見えるようになると、いろんなものを認識するようになります。
色や形が分かるようになります。
これ、ぼやけてたものがはっきり見えるようになるって、単純な話じゃありません。
「もの」が「なに」か分かるようになるわけです。
つまり、「何の経路」が稼働しはじめたわけです。
「何の経路」は側頭葉にあります。
側頭葉には形に反応する脳細胞があります。

「ものがみえる」っていうのは、この脳細胞で分析した形を見てるわけです。
もっと言えば、分析した形で組み立てた「もの」を見てるわけです。
つまり、脳内で世界を再構築してるわけです。
それを、僕は仮想世界と呼んでいます。

そして、仮想世界を認識するのが意識です。
つまり、「何の経路」が稼働し始めた時、意識が生まれたといえるんです。

赤ちゃんが見えるようになるっていうのは、視界がはっきり見えるようになるってことじゃないんですよ。
意識が生まれたってことなんですよ。
こんな風にして、赤ちゃんは進化の過程を辿って成長するんです。

意識が認識するのが仮想世界です。
仮想世界には、側頭葉で分析した色や形で作られた「もの」があります。
これを僕はオブジェクトと呼んでいます。
オブジェクトというのはコンピュータプログラムの一種のデータ構造で、色とか形とかってデータを一つの「もの」にまとめたものです。
たとえば、リンゴオブジェクトなら、赤いとか丸いとか果物ってデータを持っています。
これ、どういうことか分かりますか?
「赤い」とか「果物」って意味ですよね。
つまり、「ある系」の情報処理の仕組みが生まれて、意味が生まれたんですよ。

じゃぁ、「反応系」はどうでしょう?
たとえばカエルは反応系だけで生きています。
目の前の虫に反応して捕まえたり、天敵の鳥の影に反応して逃げたりします。
反応系には仮想世界も意識もありません。
つまり、カエルは、意味のない世界で生きてると言えるんです。

第449回で、言葉は発話から始まったって話をしました。
これは、意味と発話は別だってことです。
人類は、二足歩行することで喉の形が変わりました。
口で呼吸ができるようになって、自由に発声できるようになりました。
つまり、発話機能は、体の進化で獲得した機能です。
一方、意味は別です。
意味は、「反応系」から「ある系」に情報処理の仕方が変わったことで獲得したものです。
つまり、情報処理の進化で意味が生まれたといえます。

別々に生まれた発声と意味が合体して言語となったわけです。
言語を考える時、書かれた言葉や文法を見るよりも、脳の進化の視点で見る必要があるんです。

第390回、第454回では、動物のもつ言語について取り上げました。
たとえば鳥も言葉をしゃべることがわかっています。
なんで人間と鳥が言葉をしゃべれるかって言うと、実は、口呼吸が関係します。
口呼吸だと、息を自由に止めることができます。
息を止めることで、音声を区切ることができるようになります。
変化した音を区切ることで単語になります。

複数の単語を区切って発声すれば、文法を持った言語になります。
これが、言葉の始まりです。
つまり、言葉の始まりは、意味よりも発声が先というわけです。
意味はその後です。

意味とは、頭の中で考えたことです。
それを表現するのに、声を使ったわけです。
たとえばジュウシマツは「タカがいる」とか「ヘビがいる」って仲間に鳴いて知らせるんですよ。
もはや、言葉をしゃべるのは、人間だけの特徴とはいえないんです。
じゃぁ、人間と他の動物の言語の違いは何なんでしょう?

それは、動物の言葉は、目の前の出来事しかしゃべれません。
逆に言うと、人間は、目の前にないことも考えることができるんです。
目の前にないものを考えることができるってことは、昨日の出来事を思い出したり、将来のことを想像したりできるってことです。
目の前にないことを想像できるようになると、たとえば神とか神話も作り出すことができます。
宗教の始まりです。
一気に、精神世界が広がりますよね。
目の前にないことを想像するって、ものすごい進化といえます。
今回は、ここをもう少し掘り下げて考えていきます。

まずは、目の前にないものを想像できるように、心のシステムの「ある系」をバージョンアップします。

意識は仮想世界を介して現実世界を認識していました。
このときに使う仮想世界を現実仮想世界と呼ぶことにします。
これに対して、想像するときに使う仮想世界を想像仮想世界として追加します。
想像仮想世界は、目の前にない世界を想像するときに使います。
そのため、意識が自由に生成したり、操作したりできます。
だから、昨日の出来事を思い出したり、こんなことができたらいいなぁって思い浮かべることもできます。

赤ちゃんが最初に話す言葉は、ママとかパパとかです。
これは目の前にいる母さんとかお父さんのことです。
目の前に見えるので、この時つかってるのは現実仮想世界です。

少し大きくなるとおもちゃの自動車や動物のぬいぐるみで遊びます。
おもちゃの自動車をブーブーといって動かしたり、犬のぬいぐるみをもってワンワンって言ったりして遊びます。
ごっこ遊びです。
さて、ここです。
この時、おもちゃの自動車や犬のぬいぐるみを、実際の自動車や犬に見立ててるわけですよね。
つまり、本物とは違うけど、本物に見立てて遊んでるわけです。
おそらく、この時、想像仮想世界ができ始めたんですよ。

赤ちゃんが、目が見えるようになるって言うのは、仮想世界をつかって認識することだって言いましたよね。
仮想世界にあるのはオブジェクトだから、名前ってデータを付けることができます。
だから、ママとかパパっていうことができます。
「反応系」から「ある系」に情報処理の仕方が進化したわけです。

それと同じです。
今まで、目の前にある世界しか認識してませんでした。
それが、目の前にない世界を想像できるようになってきたんです。
想像仮想世界が生み出されたわけです。
ソフトウェアが進化したわけです。

ただ、いきなり、想像仮想世界が稼働するわけじゃありません。
現実仮想世界から想像仮想世界に移行する過程があります。
その時使われるのがおもちゃの自動車や動物のぬいぐるみです。
現実世界にあるものを通して想像仮想世界にアクセスするんです。
ブーブーって言いながら現実世界のおもちゃの自動車を動かしてるとき、想像仮想世界の町で自動車が走ってるわけです。

おそらく、10万年前の人類の脳の中でも同じ変化が起こっていたんでしょう。
何かを見立てて、目の前にない世界を頭の中で想像するって機能の獲得です。
そのころ、人類は絵を描き始めました。
これも、目の前にない世界を想像できるからできることです。
赤ちゃんも1~2歳頃から絵を描くようになります。
これも、同じです。
ねぇ、人類の脳の進化の歴史を、赤ちゃんもそっくり再現してるでしょ。

さて、最初の話です。
スケールエラーです。
1~2歳の赤ちゃんは、おもちゃの自動車に乗ろうとしたり、おもちゃの滑り台に乗ろうとしたりします。
これは、現実仮想世界と想像仮想世界の区別がまだ、うまくできてないと考えたらわかります。
想像世界の中で車に乗ったり滑り台に乗ったりしてるんだから、現実世界のおもちゃの車や滑り台にも乗ろうとしたわけです。
何度か試すと、おもちゃの自動車に乗れないことが分かります。
こうやって、現実にある物、頭で想像したもの、本物の自動車とおもちゃの自動車。
こういった関係が脳の中で更新されて行くんでしょう。

脳の中のニューロンやシナプスは1歳の頃がピークと言われています。
生まれてから1歳ぐらいまではニューロンもシナプスも増えます。
おそらく、この間に想像仮想世界ができるんでしょう。
そして、15~6歳までシナプスの刈り込みが行われます。
このとき、現実仮想世界と想像仮想世界をつなぐシナプスが刈り取られて行くんです。
そうやって、想像仮想世界が確立されるわけです。
つまり、想像と現実とは違うってことを学ぶわけです。
これが大人になるってことです。

想像したものはそのまま現実にはならないけど、いくらでも想像できます。
想像するとは、想像仮想世界にオブジェクトを生成して、それを操作することです。
頭で想像したことは表現したくなります。
その時使うのが、自由に変化させることができる音声です。
頭で想像したものとは、想像仮想世界に生成したオブジェクトですよね。
オブジェクトとは、意味のかたまりです。
ここで、音声と意味が結びついたわけです。
意味を持った言語の誕生です。

人類学は化石から人類の進化を解明します。
化石からわかるのは、いつ頃二足歩行したかとか、いつ頃から脳が大きくなったかと言ったことです。
これは、言ってみればハードウェアの進化です。
でも、言葉は、ソフトウェアです。
ソフトウェアの進化は化石に残りません。
だから、人類がどうやって言語を獲得したかわからないんです。
でも、個体発生が系統発生を繰り返すと考えたら、赤ちゃんの発達を見れば、人がどのように意味を獲得したかが分かりました。
1~2歳頃に起こるスケールエラーとは、人類が想像仮想世界を生み出した瞬間を見せてくれてるのかもしれません。

はい、今回はここまでです。
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それから、今回紹介した意識の仮想世界仮説に興味があるかたは、こちらの本を読んでください。
それじゃぁ、次回も、おっ楽しみに!