第459回 右脳・左脳、意識・無意識 〜世界を認識するとは


ロボマインド・プロジェクト、第459弾!
こんにちは、ロボマインドの田方です。

第457回で、空間が分からなくなるAさんの話をしました。
目の前の鉛筆を掴もうと思っても鉛筆の右や左を掴もうとして空振りする人です。
Aさんは、目に見える空間の位置をうまく認識できないわけです。
今回登場するBさん(日本のおばさん)は、もっと大きなレベルで位置が分からなくなるそうです。
いつものバス停で降りて、家に帰ろうと思っても方向が分からなくなるそうです。
北にあるはずの駅が南に見えます。
北と南が入れ替わって感じるわけです。
フランス人のCさん(60歳のおじさん)は、何度も行き来してる道なのに、どっちに行けばいいのか分からなくなるそうです。
それから、なじみの店に行っても違和感を感じます。
目に見える光景は、全て記憶にある通りです。
でも、何か大事なものが欠けてる気がするそうです。
窓からは、いつも見てる通りが見えますけど、その通りがどこかにつながってると思えないそうです。
その店だけぽっかり宙に浮いてるように感じるそうです。
ここがどこなのか、それが分からなくなるそうです。

自分の位置を把握するのに目に見える空間把握と、街とか、もっと上のレベルの場所の把握があるわけです。
僕らは、いろんなレベルで自分が今、いる場所を把握します。
どうやらこの人たちは、それがうまく行かなくなってるようです。
世界を認識するには、いろんな方法があるわけです。
今回は、人は、どうやって世界を認識するのか、心のシステムを使って整理します。
どう整理するかというと、右脳と左脳、それから意識と無意識です。
こんな形で整理してる人は他にいないので、今回の話は必見ですよ。
これが今回のテーマです。
右脳・左脳、意識・無意識
世界を認識するとは
それでは始めましょう!

科学で重要なことは誰でも観察できる客観的な外からの視点です。
でも、世界を認識するのは主観です。
だから、主観とか心で感じることは科学の対象となりません。
それは、今のAIも同じです。
今のAIは大量のデータを学習させて、出力データを最適化しますが、対象とするのは外から観察可能なデータだけです。

そんな中、ほとんど唯一、主観とか、心で感じることを対象としてる分野があります。
それは、患者を診る臨床医です。
僕がこのシリーズで読み続けてるオリバー・サックスや、ハロルド・クローアンズ、それから、今読んでる『脳からみた心』の山鳥先生も臨床の神経医です。

そして、脳を損傷すると、本人はどんなふうに感じるかって実例を基に、僕は心のモデルを作り上げています。
だから、観察可能なデータだけで作られたAIとは全く異なるモデルになっています。
何が違うかと言うと、データ処理の方法です。

心のモデルは脳の二種類の処理経路に対応して「ある系」と「反応系」に分かれます。
「ある系」は、「もの」があると認識するタイプの処理経路で、「反応系」は、外界に反応するタイプの処理経路です。
そして、「ある系」でものごとを認識するのは意識です。
一般に、目の前で出来事が起こって意識が認識するのに0.5秒かかると言われています。
ところが、野球でピッチャーが時速150㎞でボールを投げたらキャッチャーに届くのに0.44秒しかかかりません。
つまり、バッターがボールを投げたのを認識したときには、既にボールはキャッチャーミットに収まっています。
これじゃ打てませんよね。
実は、この時バッターが使ってるのは「ある系」じゃなくて「反応系」です。
「反応系」はものを認識するんじゃなくて、ものの動きに反応して直接体が動くので「ある系」より速く反応できます。

じゃぁ、なんで「ある系」は遅いんでしょう。
「ある系」で意識が認識するのは現実世界じゃなくて仮想世界です。
仮想世界というのは、現実世界を基に仮想的に組み立てた世界です。
そして、仮想世界を組み立てるのに約0.5秒かかります。
だから、意識が認識するのに0.5秒かかるわけです。
仮想世界につくられる「もの」はオブジェクトというデータのまとまりです。
ここで重要なのは、仮想世界を作ることで、現実世界が情報に変換されたと言うことです。
そして、意識が認識するのは、この情報です。
これは何を意味するかと言うと、僕らの意識は情報の側、つまり情報の中にいるんです。

反対に、反応系は現実世界、物理世界の側にあります。
だから、スポーツ選手が練習で鍛えるのは筋肉だけじゃなくて、外界に反応する神経とも言えます。
これは、入力と出力の最適化です。
これ、今のAIがやってることと同じといえますよね。

つまり、AIは大量のデータを入力して最適な出力が得られるように学習します。
そう考えると、AIの学習って「反応系」の学習といえそうです。
だから、「反応系」をいくら最適化しても意識は生まれなわけです。

「反応系」は物理世界に属します。
一方、意識は情報世界の中にいます。
だから、意識を解明するには、入力と出力の関係じゃなくて、情報世界の中で、意識がどんな風に情報処理してるかって処理の中身を解明しないといけません。

そのために、僕が参考にしてるのが、脳を損傷した人が、どんな風に世界を感じるかです。
残念ながら、ここに注目してるAI研究者はほとんどいません。
AI研究者が注目するのは脳に電極を埋め込んで、脳細胞をより高精度に観察するといったものです。
でも、これで観察できるのは物理世界のデータです。
でも、意識があるのは、物理世界から変換された情報世界の方です。
じゃぁ、情報世界の様子を実際に観察するにはどうすればいいでしょう?
それは、人に直接聞くことです。
「先生、ここがどこかわからなくなるんです」っていう患者の声を聞く神経科の先生の話が一番参考になるんです。
だから、僕はそんな本ばかり読んでるわけです。

さて、ここからは、意識が認識する「ある系」の話をします。
最近分かってきたのは、「ある系」の情報処理も大きく二つに分かれるってことです。
それは、右脳と左脳です。
さっき、仮想世界はオブジェクトで作られるって言いましたけど、オブジェクトを扱うのは左脳です。
右脳はオブジェクトを扱いません。
ここで、もう一度、「反応系」も含めた視覚処理の全体像を説明します。

目からの情報は後頭部の一次視覚野に送られて、そこから二種類の処理経路に分かれます。
一つは位置や動きを分析する「どこの経路」で、もう一つは色や形を分析する「何の経路」です。
僕がいつも説明する脳障害に「盲視」というのがあります。
盲視というのは、一次視覚野が損傷して目が見えなくなる障害です。
でも、盲視患者は光の点を指差したりできます。

「どこの経路」は頭頂葉にありますけど、頭頂葉には視覚野だけじゃなくて、上丘ともつながっています。
だから、視覚野が損傷しても目からの情報は「どこの経路」に行くことができます。
だから、見えなくても外界に反応することができるんです。
この経路が「反応系」です。
スポーツ選手が鍛えるのもこの経路です。
それから勘違いしてほしくないのは、動きの認識は全て「反応系」が行ってるわけじゃないってことです。
視覚野も「どこの経路」につながってるってことは、意識も位置や動きを認識するってことです。
僕も、ここがごっちゃになってたんですけど、それがようやく整理されてきました。
僕が勘違いしてたのは、意識が認識するのは全て仮想世界のオブジェクトと思い込んでいたんです。
でも、そういうわけじゃありません。
もう一回この図をみてください。

一次視覚野から側頭葉の「何の経路」、頭頂葉の「どこの経路」と二つの処理経路に分かれますよね。
これら、すべて意識が認識します。
「何の経路」では色や形が分析されて、それらを使ってオブジェクトがつくられます。
ただし、この認識の仕方は意識が認識する一つの形態でしかありません。
意識は別の形態でも世界を認識します。

オブジェクトを使った認識の仕方って、「リンゴは赤い」とか「リンゴは果物の一種だ」とかって理論的思考です。
これは、言葉で語れる部分です。
それから、「赤」とか「果物」ってリンゴの意味ですよね。
つまり、オブジェクトを使った情報処理は、言葉や意味に関連します。
でも、意識が感じるのはそれだけじゃありません。
言葉にならない雰囲気とか、感覚ってありますよね。
たとえば美人とかかわいいとか、かわいくないとかって感覚です。
これらは理論的に説明できるものじゃなくてパッと見た雰囲気です。

第456回で、人の顔を見分けがつかなくなった人の話を紹介しました。
その人に家族の写真を見せても、「髪を真ん中で分けてるから息子かなぁ」と自信なさそうに言います。
髪の分け方とか、言葉で説明できるのはオブジェクトを使う左脳の処理です。
一方、「誰」っていうのは、顔全体の雰囲気から一瞬で判断しますよね。
これが右脳の処理です。
つまり、右脳はオブジェクトを使いません。

オブジェクトを生成せずに、見た全体の光景から判断するのが右脳です。
おそらくそれは、一次視覚野に投影された見たままの光景を使うんでしょう。
左脳が脳卒中になった脳科学者、ジル・ボルト・テイラーは右脳だけで感じる世界を体験しました。
左脳が停止した時、体の境界が消えたといっていました。
目で自分の腕も、壁も見えます。
でも、それらが別々の物体だと感じられなくなったそうです。
つまり、体と壁が別の物体と感じてたのは、腕オブジェクト、壁オブジェクトって別のオブジェクトを作り出して、それを意識が認識してたからです。
左脳が停止して、オブジェクトを作れなくなると、見たままの光景を感じるだけです。
それが右脳の情報処理です。

仮想世界は、コンピュータでいうと3DCGだって僕はよくたとえます。
どうも、このたとえがよくなかったようです。
これ、間違いじゃないんですけど、右脳と左脳の処理をごっちゃにしてるんですよ。
正確には、3DCGの見た目の部分が右脳で、3DCGのデータオブジェクトの部分が左脳といった感じです。
たとえば3Dで顔をつくったとき、顔の形のパターンとかが右脳で、名前とか、男性か女性かといったデータの部分が左脳となります。
仮想世界も、右脳と左脳で分けて考えないといけないんです。

さっき、目の前の鉛筆を掴もうと思っても、右や左に空振りして掴めないAさんの話をしましたよね。
これは、見た目の空間把握の話なので右脳の処理です。
ものを掴むには、仮想世界の空間と、自分の身体モデルが必要です。
おそらくAさんは空間に正しく自分の身体モデルを配置する機能が損傷していたんでしょう。
だから、鉛筆を掴もうと思っても空振りばかりするんです。
ここから、脳の中には空間と自分の身体モデルの位置関係を決める機能があるってわかります。
その機能が不具合を起こすと、目の前にある物すら掴むことができなくなるわけです。

次はBさんです。
Bさんは、家の方角がわからなくなったり、北と南が入れ替わったりします。
Cさんは、なじみの店にいても、その店がどこにあるのか分からないと言います。
これらは、目の前の目に見える空間の話じゃなくて、街とか地図レベルの場所の話です。
これは、目で見えるものじゃありません。
目で見えない世界を想像するときに使うのは想像仮想世界です。
意識が認識するのは仮想世界ですけど、これは現実世界を認識するときに使う現実仮想世界と、想像するときに使う想像仮想世界の二種類があります。

自分が街の中のどのあたりにいるとか、どっちが北だといった方角が分かるのは仮想的な地図を持ってるからです。
その地図があるのが想像仮想世界です。
その地図を意識は感じとって、自分はこの辺りいいるとか、どっちが北で、どっちに家があるとか分かるわけです。
これは考えるタイプの情報処理じゃなくて、パッと感じるタイプなので右脳の処理でしょう。
つまり、想像仮想世界も右脳の処理と左脳の処理に分かれてるわけです。

目の前に現実仮想世界をつくってるのは無意識さんです。
それと同じように、想像仮想世界の地図を作ってるのも無意識さんです。
意識して作ってるわけじゃないので、あるのが当たり前に感じるものです。
目の前に机や壁が見えるのは当たり前に感じるのと同じです。
それと同じで、無意識さんは自分がどこにいるのかも作り出してるわけです。
あまりにも当たり前なので、普段、そのことに気づくことはありません。
それに気づくのは、その機能がなくなった時です。
それがなくなると、「あれ、ここはどこ?」とか、「北ってあっちじゃなかった?」ってなるんです。
目に見えてる光景は、全く同じなのに、何かが足りないって違和感を感じるんです。
それが、いつも感じてた「ここ」って感覚です。

よく、AIには常識がないとか、常識を持たせないといけないっていいますよね。
でも、一言で常識といっても、いろんな種類があるし、言葉で言い表せないものもあります。
言葉で言い表せないってことは、それは右脳で処理するタイプです。
言葉で表現できる常識は、オブジェクトで再現できるタイプです。
そして、オブジェクトや仮想世界を作りだしてるのは無意識です。
こんな風に、主観が感じる心の中の世界は、意識、無意識、右脳、左脳と分けて考えるときれいに整理できます。
あとは、これを実際に作るだけです。
この心のシステムを実装したマインド・エンジンは、今、急ピッチで開発しているところですのでもう少しお待ちください。

はい、今回はここまでです。
今回の動画が面白かったらチャンネル登録、高評価お願いしますね。
それから、意識の仮想世界仮説に興味があるかたは、こちらの本を読んでください。
それじゃぁ、次回も、おっ楽しみに!