第470回 サヴァンは天才なのか?


ロボマインド・プロジェクト、第470弾!
こんにちは、ロボマインドの田方です。

先日、ChatGPTがバージョンアップされて話題となりました。
ChatGPT4oっていって、テキスト以外に音声や画像にも対応したそうです。
「何かお話を考えて」ってChatGPTに頼むと、「昔々、あるところに・・・」って語ってくれます。
「もっと、怖い感じで」っていうと「むか~し、むかし・・・」って感情を込めて語ってくれるんですよ。
よくてきてますけど、肝心の物語が面白くないんですよ。
僕のとこに寄せられたコメントをみても、みんなその点を指摘してました。
まぁ、そりゃChatGPTは言葉の意味を理解できませんし、まして、面白いかどうかなんか判断できません。

それで思い出すのがサヴァン症候群です。
サヴァン症候群は知能が低いけれど特定の分野でずば抜けた能力を持つ人のことで、自閉症に多いことで知られています。
サヴァン症候群を名付けたのはダウン症を発見したことでも有名な19世紀のイギリスの内科医、ジョン・ラングドン・ダウンです。

ダウンは、ギボンの『ローマ帝国興亡史』全11巻を一字一句間違わずに暗唱できる患者を取り上げています。

ただし、内容は一切理解してないそうです。
サヴァンといえば映画『レインマン』が有名です。

レインマンのモデルとなったのは、驚異的な記憶力をもつキム・ピークです。
たとえば、トム・クランシーの小説『レッド・オクトーバーを追え』を1時間25分で読み終えて、4か月後に、作中に登場するロシア人について質問すると、その人物について書かれたページを答えて、一字一句間違えずにそのページの文章を引用したそうです。
まさにコンピュータです。

こんな話を聞くと、天才だって思いますよね。
でも、知能指数は87だそうです。
『レッド・オクトーバーを追え』は後に映画にもなったジャック・ライアンシリーズの第一作です。
僕らは、「あの本、面白かった?」って聞かれたら「めちゃくちゃ面白かったよ」とか、「いやぁ、つまらなかったわ」って答えることしかできません。
でも、キムやChatGPTは、「57ページを暗唱して」とかいったら簡単にできます。
でも、逆に「面白かった」とか「つまらなかった」とはいえないんです。
ここに知能の本質が見えてきます。
これが今回のテーマです。
サヴァンは天才なのか?
それでは、始めましょう。

サヴァンは自閉症患者の10人に一人、脳損傷患者または知的障害者の2000人に一人の割合でみられます。
また、女性サヴァンより男性のサヴァンの方が4~6倍も多いそうです。
それから、画像診断からサヴァンは左脳の損傷で起こることもわかっています。
左脳は言語や抽象的な思考に関係して、右脳は空間的能力、音楽や手先の器用さに関係します。
だから、サヴァンは言葉はうまくしゃべれませんけど、美術や音楽、彫刻といった芸術的な才能が開花することがよくあります。

たとえばトム・ビートンは話せる単語は100語もなかったそうですけど、一度聴いただけの曲をピアノで完璧に演奏できます。
それから、アロンゾ・クレモンは、

テレビで一瞬、牛を見ただけで、20分以内にその動物の完璧なレプリカを作ることができます。

普通の人は、ざっくりとしか思い出せませんけど、細部まで完璧に思い出せるのがサヴァンの特徴です。

ところが、実は、普通の人も完璧に記憶してるようなんです。
カナダの脳外科医ワイルダー・ペンフィールドは、脳の様々な部分を刺激しながら患者に直接質問することで、脳の切除する部位を決めていました。
そうしてたら、ときどき、過去の記憶が蘇ることがあったそうです。
ある患者は、何十年も前の学生時代に教室で友達と語り合ってる様子をありありと思い出したそうです。
それも、今、目の前で実際に繰り広げられてるように感じたそうです。
そう感じながらも、今、手術室で脳外科手術を受けているということも分かっていました。
サヴァンの記憶というのは、こういうものなのかもしれません。
どうも完璧な記憶というのはサヴァン特有でなくて、実は、誰でももってるようです。
サヴァンの特徴は、その記憶にアクセスできるかどうかといえます。

じゃぁ、普通の人がアクセスする記憶とは何でしょう?
それは、漠然とした思い出ですよね。
学生時代、教室で友達とおしゃべりして楽しかったとかって漠然とした記憶です。
これ、何を思い出してるかわかりますか?
これ、実際にあった出来事をまとめたわけです。
一種の抽象化といってもいいです。
抽象化は左脳の役割です。
そして、抽象化した概念は言葉で表せます。
言語も左脳の重要な機能です。

目で見た光景や聴いた音楽は具体的な知覚です。
それをそのまま記憶するのが右脳です。
牛を見たら、全体の正確なプロポーションから、角の角度まで見たままを記憶するのが右脳です。

「テレビで牛を見た」と出来事を抽象化して記憶するのが左脳です。
抽象化した時点で、牛の姿かたちは消えています。
だから漠然としか思い出せません。
その代わり、言葉では表現できます。
これが重要なんです。

重要なのは「テレビで牛を見た」ということです。
角の角度とかはどうでもいいんです。
「学生時代、友達とおしゃべりして楽しかったねぇ」というだけで十分なんです。
完璧に再現する必要なんかないんです。

重要なポイントだけ記憶したらいいんです。
重要なポイントというのは、しいて言えば「意味」です。
つまり、出来事を意味に変換して記憶するのが左脳の処理です。
そして、左脳には、もう一つ重要な役割があります。
それは言語です。
ここで言葉と意味がつながります。
文字や音声で意味を指し示したものが言葉です。
文字や音声って、見たり聞いたり具体的に知覚できるものですよね。
抽象化した意味を知覚できるように具体的に表現したものが言葉です。

そして、言葉は、他人に伝えることができます。
自分が体験した出来事の意味を伝えるわけです。
人間社会は、言葉で意味を伝え合うコミュニケーションで成り立っています。

第463回で僕は「右脳に意識はない」と主張しました。
第465回では、「意識は、なぜ、左脳にしか宿らないのか」を解説しました。
この考えを、今回はさらに押し進めます。
それは、一言で言えば「意識とは言語そのものである」となります。
どういうことか、もう少し丁寧に説明します。
言葉というのは、口から発せられた音声とか、文字で書かれた文ですよね。
これはいってみれば言語の表面です。
それに対して言語の本質は意味です。
意味というのは物事や出来事を抽象化した概念です。
抽象化した概念に具体的な記号を割り当てたもの、それが言葉です。

記号化することで、抽象的な概念を操作できます。
それが思考です。
記号の操作手順を書いたものが文です。
そして、文は他人に伝えることができます。
文を読んだ人は、頭の中で再現して意味を理解します。
これがコミュニケーションです。

これをインターネットでたとえます。
インターネットは決められたプロトコルに従って通信します。
パソコンやスマホをインターネットにつなげることで、メールを送受信できます。

ここで、インターネットを人間社会とします。
すると、パソコンやスマホが人間になります。
人間社会で使われる通信プロトコルが言葉というわけです。
そう考えると、インターネットにつながるのは左脳といえます。

ここで、インターネット、または人間社会を中心に考えるんです。
人間を中心に考えるんじゃないってことです。
社会というシステムを中心に人間をとらえ直すんです。

そうみると、巨大な社会システムに接続される端末が人間ってなりますよね。
その視点でみると、人間社会にとって重要なのは左脳ってなりますよね。
いいか悪いかとか、人間本来のあり方とかは別の話です。
今は、人間社会というシステムを正確に把握しようとしてるだけです。

その視点からみると、人間社会というネットワークに参加できるのが人間の条件といえます。
人間社会で使われる通信プロトコルが言葉なので、言葉を使えるかどうかが参加条件といえます。
逆に言えば、言葉がうまく通じないと、人間社会への参加条件を満たさない劣った存在とみなされます。

サヴァンは、飛びぬけた記憶力や、芸術の才能をもっていても知的障害とみなされます。
知的障害というのは、言語でちゃんとしたコミュニケーションがとれないともいえます。
これを別の言い方で表現すると、知覚した具体的な出来事を抽象化して理解する能力ともいえます。
これが言語処理システムです。
そして、意識というのは、言語処理システムの内、抽象概念を操作する部分を差します。
「意識とは言語そのもの」とは、こういうことです。
言語処理システムの一番上のコントロール機能が意識です。
言語処理システムの一番下にあるのが単語とか文法です。
意識が一番下の言葉を操って人間社会でコミュニケーションするわけです。
これが人間社会です。
つまり、言語処理システムがつながったネットワークが人間社会です。

こう考えると、人間社会は左脳で作られてるんですよ。
ということは、右脳は必要ないんです。

いや、必要ないは言いすぎです。
正確には、言語処理システムで作られた人間社会にあっては、右脳がなくてもそれほど困らないということです。
実際、左脳と右脳を切断した分離脳患者がいますけど、切断しても以前とさほど不自由なく生活しています。

右脳の処理は、見たまま、知覚したままをそっくりそのまま記憶するとかです。
読んだ本は、何ページに何が書いてあったか完璧に暗唱できます。
でも、その能力がなくても、そんなに困らないですよね。

それより必要なのは、経験したことを言葉で表現することです。
言葉で表現するには抽象的な概念に変換することです。
本を読んで「面白かった」とか「つまらなかった」と判断するのは、実はものすごく難しい処理なんです。

サヴァンは女性より男性の方が圧倒的に多いっていいましたよね。
この原因もほぼ分かっています。

左脳は右脳より遅れて発達するので、胎児のとき左脳の方がいろんな影響を受けやすいとされています。
男の胎児は男性ホルモン、テストステロンの影響で左脳の発達が遅れることがるそうです。
そうなると、それを補うように右脳が発達します。
つまり、右脳が優位となるわけです。

右脳が優位となるというのは、意識が右脳に宿るとも言えます。
意識というのは、言語処理システムの一番上でコントロールする機能でしたよね。
言葉を使って社会システムに参加するのが意識の役目です。
その意識が右脳に宿るわけです。
でも、右脳は抽象化能力がありません。
その代わり、知覚したものをそのまま記憶します。
だから、右脳に意識が宿った人は、言葉をうまくしゃべれない代わりに、完璧な記憶を手に入れます。
これがサヴァンです。

抽象化能力が低いと、言葉の意味を理解できないので、言葉をそのまま解釈してしまいます。
だから、ASDやアスペルガー症候群の人は、言葉の意図を読み取るのが苦手といわれます。

冒頭に紹介したキム・ピークはレストランで大声でしゃべっていて、「もっと声を低くして」と注意されたとき、席がらずり落ちるようにして頭の位置を下げたそうです。
「声を低く」というのは、喉の位置を下げることと解釈したからです。

高い低いって言葉の意味を物理的な高い低いに当てはめたわけです。
普通なら、大きな声を注意されてる状況と「声を低く」っていう言葉から、「小さい声で話せ」って自然と理解できますよね。
自然とできるってことは、その機能が無意識に働いているってことです。
その機能というのは、出来事や言葉を抽象化して、その場に応じた意味に変換する機能ってことです。
その機能がない右脳で社会システムに接続してるから、ちぐはぐな言動となってしまうんです。

こう考えると自然な会話ができるってものすごく重要だってわかりますよね。
最近のAIはチューリングテストに合格したっていう人がいますけど、まだまだできてないってわかりますよね。
チューリングテストに合格するには、抽象化や具体化を自由にできる言語処理機能が必要だからです。
AIが言語処理機能を獲得したとき、初めて人間社会に受け入れられるんです。
そして、そのAIこそ、意識を獲得したといえるんです。
なぜなら、意識とは言語そのものだからです。

はい、今回はここまでです。
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それから、よかったらこちらの本も読んでください。
それじゃぁ、次回も、おっ楽しみに。