ロボマインド・プロジェクト、第490弾!
こんにちは、ロボマインドの田方です。
時々、プロジェクト・エデンはどうなってますかって聞かれるんですけど、着実に進んでます。
ただ、今できてるのがあまりにも地味で、YouTube向きじゃないので公開してないだけです。
この前もプロジェクト・エデンのミーティングでデモを見たんですよ。
真っ黒な画面に白い数字とかアルファベットの文字がダラダラダラって流れて、それ見て、みんなで「スゲェ!」って盛り上がってたんですけど、たぶん、みんながみたいのは、こういう画面じゃないですよね。
もう少し分かりやすいのができたら、また、報告します。
それで、今は、マインド・エンジンの設計書とか見ながら仕様を確定してるとこです。
プログラムレベルで細かい部分まで考えてたら、今まで見過ごしてた細かな違いが見えてきたんですよ。
たとえば、意識と自我の違いとかです。
まぁ、意識って、学術的に決まった定義があるわけじゃなんですけど、厳密に定義していかないと議論もできません。
マインド・エンジンというのは、僕らが作ろうとしてる心のプログラムです。
これができたら今まで曖昧だった心理的な機能をプログラムやフローチャートで厳密に定義できます。
そういう厳密さができて初めて科学的な議論ができるようになります。
それは、新しい学問分野といえます。
それを、ぼくはシステム心理工学と呼んでいます。
いずれ、AIとか、いろんな分野でシステム心理工学が取り入れられると思います。
ただ、心配なこともあります。
それは、「これはシステム心理工学によると・・・」とかって、適当なことを言いだす人が出てくることです。
そうならないように、認定試験を作ろうと思ってます。
試験に通った人しか「システム心理工学士」を名乗れないんですよ。
でも、4級は簡単ですよ。
たとえばこんな問題です。
次の用語の○○を埋めよ。
1.意識の○○世界仮説
みなさん、分かりましたか。
答えは「意識の仮想世界仮説」です。
分かった人は4級合格です。
まぁ資格試験の話は置いといて、今回は、意識と自我をシステム心理工学で厳密に定義しようと思います。
これが、今回のテーマです。
意識と自我の違いをプログラムで定義する
それでは、始めましょう。
僕の考えでは、意識は生物が進化で獲得したもので、哺乳類ぐらいからあると思っています。
意識があるとできるのは学習です。
たとえば、名前を覚えたり、簡単な芸ができるとかです。
「お手」とか「待て」とか犬ならできますけど、カエルには無理です。
これが哺乳類は意識があるってことです。
自我というのは自分のことです。
生まれてから今まで続いてる自分って感覚が自我です。
どこで生まれて、お父さんは誰で、お母さんは誰で、幼稚園はどこで、小学校はどこでって覚えていますよね。
この自分の記憶が自我を作り上げてます。
こんな風に「自分」というのを持てるのは人間だけです。
何年か前、家の近くで野良猫が子猫を産んだんですよ。
お母さん猫は子猫を大事に育てて、子猫もすくすく育ってました。
エサを用意したら、毎日、親子で仲良く食べに来るんですよ。
ところが、子猫がある程度大きくなったら、ある日、親猫が子猫に怒り始めたんですよ。
「自分のエサを勝手に食べるな」って感じでシャーって怒るんですよ。
他の猫が自分のエサを取ろうとしてると感じてるみたいでした。
親猫が子猫に愛情を感じるのはホルモンの影響です。
子供を産むと、子育てホルモンが分泌されて、それで母乳が出たり、子どもに愛情を感じるんです。
子どもが大きくなって子育てホルモンが出なくなると、自分の子どもでも、他の猫と同じように感じるようになるから、「エサを取るな」って怒るんです。
それで、その猫の家族は散り散りになっていきました。
これが動物の世界です。
動物の世界では、親子関係が成立するのは子どもが小さい間だけです。
考えたら、子どもが大きくなっても親子関係を維持する必要なんかないです。
ところが人間は違いますよね。
死ぬまで親子関係が続きますよね。
親子関係だけでなくて、どこの学校を卒業したとか、どこに就職したとかって記憶をいつまでも持ちます。
それが自分とか自我です。
それを持つのが人間です。
別の例でも考えてみます。
第317回~319で記憶喪失になった大庭さんを紹介しました。
大庭さんは41歳の時、急性心筋梗塞で倒れて、それまで全ての記憶を失いました。
さらに、新しい記憶を覚えることもできません。
覚えているのは、起きている間だけです。
朝起きると、自分が誰で、ここがどこかもわかりません。
壁を見ると、A4に拡大した自分の運転免許証が貼り付けています。
毎朝、それをみて、自分が誰かを確認するそうです。
さて、ここです。
なぜ、大庭さんは自分が誰かを確認するんでしょう?
たぶん、猫だったら、自分が誰かなんか気にしないと思います。
大庭さんは、自分がどこの誰かがわからなくて不安になってるんですよね。
まぁ、大庭さんでなくても、ある日突然、今までの記憶が全てなくなったら、誰でも不安になります。
注意してほしいのは、記憶を全部忘れたけど、「記憶があるはず」って思ってるとこです。
思ってるのは意識です。
ここから分かるのは、まず最初にあるのは、自分のデータを入れる箱、またはデータ構造です。
その箱が空っぽだったから、意識は不安に感じたわけです。
人間以外の動物は、そんな箱すら持ってないわけです。
自分の記憶を入れる箱、これが自分または自我の大前提です。
そして、もう一つ重要なのは、自分に関する記憶がつながってることです。
または、自分は一つだということです。
もう少し詳しく説明します。
たとえば、「駅前に9時に待ち合わせ」とかって友達と約束したとします。
当日行かなくて、後日、友達と会った時「なんで来なかったんだ」って言われたとします。
そのとき、「いや、約束したのはその時の自分で、今日は、あの時の自分とは違う」とかっていう人いないでしょ。
同じ体に一人の自分がずっといるってのが大前提になってますよね。
でも、自分っていうのは記憶の集合です。
つまりデータです。
データをどうまとめるかは、プログラムの作り方によります。
毎日、新たな自分を作り出すプログラムがあってもいいわけですけど、そんな人はいません。
ということは、自分は一人だとまとめるプログラムがあるわけです。
こういう風に、普段、当たり前に感じてることをプログラムで実現するとするとどうなるやろって考えるのがシステム心理工学の考え方です。
それじゃぁ、そういう自分とか自我を持てるプログラムを考えていきましょう。
まず、大前提とする心のモデルはこれです。
目の前の現実世界は、目からの視覚情報をもとに無意識が仮想世界を構築します。
意識は、この仮想世界を介して現実世界を認識します。
これは、僕が提唱する意識の仮想世界仮説を基にした心のモデルです。
これをコンピュータで実現するとすると、仮想世界は3DCGで作れます。
ここまでは今までも説明していました。
今回、この部分をさらに分解してみます。
今、目の前にリンゴがあるとします。
仮想世界は3DCGで再現するんですけど、実は、仮想世界は目に見える部分と、意味的な部分の二つに分けられるんです。
そのうち、目に見える部分が3DCGで作られた部分です。
それに対して意味の部分はオブジェクトで作られます。
オブジェクトというのは、プログラムで使われるデータ構造で、色とか形、位置や味ってデータを持っています。
意識が記憶するのはこのオブジェクトの方です。
3DCGの部分は、リンゴの見た目の部分です。
「リンゴが見える」って感じてるとき、この見た目の部分と、意味の部分を合わせて認識してるんです。
これが「見る」って経験です。
そして、目をつむった時、見た目の部分は消えますけど、目の前にこのぐらいのリンゴがあったってことは覚えてますよね。
重要なのは、どういう形式で記憶してるかってことです。
記憶したものは、後から思い出したり、考えたり、他人に説明したりできますよね。
つまり、記憶したものがその人の考えや認識する世界を作りだすんです。
そう考えたら、どんな形式で記憶するかが最も重要だといえますよね。
つまり、重要なのは記憶してるもののデータ構造です。
この場合なら、オブジェクトの方です。
見た目の情報はそれほど重要じゃないってことです。
この記憶のデータ構造という観点で、もう少し見ていきます。
たとえば、昨日、リンゴを食べたとしましょ。
その出来事を覚えてるわけですよね。
つまり、記憶っていうのは出来事として覚えるわけです。
たとえば、部屋の中に机が合って、机の上にリンゴが置いてあったとします。
そのリンゴを手に取って食べたとします。
そのことを覚えてるってことは、そういうまとまりとして記憶するデータ構造があるわけです。
それを場面とすると、こんな感じです。
これが場面のデータ構造です。
このリンゴ・オブジェクトがさっきのリンゴ・オブジェクトに対応してて、赤いとか丸いってデータを持ってます。
それから重要なのは、自分もオブジェクトとして認識することです。
つまり、これが自分に関する記憶です。
思い出すとき、映像としてありありと思い出されるんじゃなくて、「昨日、リンゴを食べた」って出来事の内容として思い出されますよね。
このタイプの記憶をエピソード記憶と言います。
そして、リンゴは赤いとか、丸いってタイプの記憶を意味記憶といいます。
意味記憶は具体的な出来事と結びついてなくて、辞書に書いてあるタイプの記憶です。
これは、マインド・エンジンではオブジェクトというデータ構造で実現されます。
エピソード記憶は、場面というデータ構造で実現され、場面を構成する要素がオブジェクトです。
さて、今、場面には「自分」が登場しましたよね。
この自分が登場する場面を集めたものが、まさに、自分を作り上げてるんですよね。
どこの小学校に行って、修学旅行はどこに行ったとかって記憶のまとまりです。
つまり、場面をまとめるデータ構造もあるわけです。
記憶の中には、あらゆる場面が保存されていて、必要に応じてそれを引き出せるようになってるんです。
思い出すとき使うのは仮想世界です。
目の前の現実世界を認識するときに使う仮想世界は現実仮想世界です。
それに対して、思い出したり、想像したりするときに使う仮想世界は想像仮想世界です。
図にするとこうなります。
現実仮想世界は、目からの視覚情報から見た目の部分は3DCGで再現されていて、意味の部分はオブジェクトで再現されていましたよね。
このうち、記憶されるのはオブジェクトの部分でした。
だから、想像仮想世界で再現される思い出もオブジェクトを使った場面となります。
オブジェクトというのはメモリ上に展開されるプログラムです。
プログラムは、処理を実行できます。
たとえば、人間オブジェクトなら「食べる」ってプログラムを持っていて、「食べる」を実行すると空腹が満たされるとかって状態が変化します。
一方、記憶にあるのはデータです。
コンピュータで言えばデータベースに保存されてるわけです。
データのままでは処理を実行できません。
それをメモリに展開して初めてプログラムとして実行できます。
展開される場所が想像仮想世界です。
思い出すと言うのはデータベースから場面データを取り出して、それを想像仮想世界に展開してプログラムとして実行できるようにすることです。
そして、プログラムとして実行すると何らかの状態変化が起こります。
その一つが、その時の感情とか感覚を思い出すってことです。
「リンゴを食べた」って出来事を実行すると、「美味しい」って感じるとかです。
自分が何かを感じた出来事、これが「経験」です。
場面にいるのは自分以外にも他人がいる場合もあります。
久しぶりに小学校時代の友達にあったら、その友達でデータベースを検索して想像仮想世界に展開します。
たとえばそれは修学旅行の場面で、夜、枕投げをして遊んだって出来事があったとします。
それを実行すると、「楽しかった」って感情が発生しました。
意識はそれを受け取って、「修学旅行いって、夜、枕投げしたよなぁ」って語りかけるわけです。
そしたら、友達も同じ出来語を思い出して、「あった、あった。懐かしいよなぁ」って言います。
「懐かしい」は、遠い過去の楽しい思い出と定義しておきます。
こうやって「懐かしい」という言葉の意味もマインド・エンジンで定義できます。
さて、生まれてから死ぬまで続く「自分」という感覚は、自分に関する出来事を積み重ねることで作られます。
あるはずの自分に関する記憶が消失したのが記憶喪失です。
今まで生きてきた自分という存在が消えたので、大庭さんは不安になるんです。
だから、毎朝、免許証を見て、自分を作り直すんです。
記憶があるから、相手との関係がいつまでも維持されるんです。
猫の場合、親子関係は記憶で作られるんじゃなくて、子育てホルモンで作られます。
だから、子猫が大きくなると、親子関係でなくなるわけです。
これが、動物と人間との違いです。
これで、マインド・エンジンでどうやって「自分」が作り上げられるかわかりましたよね。
必要なのは記憶と想像仮想世界の仕組みです。
これは結構複雑なので、システム心理工学認定試験だと2級ぐらいの問題になります。
1級はもっと難しいです。
1級は記述式で、実際にプログラムを書いてもらいます。
たとえば、「本物の愛」と「偽りの愛」の違いをプログラムで示せとかです。
これは難しいですよねぇ。
僕は、偽りの愛しか知らないので、たぶん、1級はむりちゃうかなぁ。
はい、今回はここまでです。
面白かったらチャンネル登録、高評価お願いしますね。
それから、マインド・エンジンの基本となる意識の仮想世界仮説に関してはこちらの本で詳しく語ってますのでよかったら読んでください。
それじゃぁ、次回も、おっ楽しみに!
第490回 意識と自我の違いをプログラムで定義する
