第491回 脳と心をつなぐ システム心理工学


ロボマインド・プロジェクト、第491弾!
こんにちは、ロボマインドの田方です。

アイザック・アシモフの壮大なSF小説、『ファウンデーション 銀河帝国興亡史』に歴史心理学者のハリ・セルダンという人が登場します。

分子の一つ一つの運動は予測できないですけど、分子が大量に集まった気体になると予測できますよね。
数学者のハリ・セルダンは、個人の行動を予測するのは難しいけど、集団の動きは予測できると考えました。
そこから、心理学と統計数学を使って人類の未来を予測する歴史心理学を打ち立てました。
これ読んだとき、僕も歴史心理学を専攻したいと思って、どこの大学行けば歴史心理学部を学べるか探したんですけど見つかりませんでした。
調べたら、歴史心理学ってアシモフが考えた学問だったんです。

最近、僕がしきりに語ってるシステム心理工学も、僕が考えた新しい学問です。
SF作家が新しい学問を提案できるなら、僕も提案してみようと思ったわけです。

まぁ、最初はYouTubeのネタとして気軽に作ったんですけど、これ、考えれば考えるほど、よくできてるんですよ。
それを言えば、意識の仮想世界仮説も、最初、インパクトのあるブログ記事を書こうと思って作ってみただけです。
それが、考えれば考えるほど、「これ、マジで意識を説明できるやん!」って確信に変わっていったんです。

システム心理工学は現実の物理世界と、心の中の世界を取り持つ学問です。
最近分かってきたのは、これ、脳にもちゃんと対応してたってことです。
これが今回のテーマです。
脳と心をつなぐシステム心理工学
それでは始めましょう!

今、ラマチャンドランの『脳のなかの幽霊、ふたたび』って本を読み返しているんですよ。

これは、『脳のなかの幽霊』で有名なラマチャンドランの講演集です。
久しぶりに読んだんですけど、ラマチャンドランが考えてたことのかなりの部分がシステム心理工学で説明できるんですよ。

まず、大前提となるのが心のモデルです。

人は、目で見た現実世界を頭の中で仮想世界として構築します。
仮想世界を作るのは無意識です。
意識は、仮想世界を介して現実世界を認識します。
これが、意識の仮想世界仮説です。

たとえば、目の前にリンゴがあるとすると、三次元空間にリンゴのオブジェクトが配置して仮想世界が作られます。
僕らは、この心のモデルをマインド・エンジンとしてコンピュータで作ろうとしています。
だから、システム心理工学では、マインド・エンジンが中心となります。

プログラムの国家試験で一番有名なのが基本情報技術者試験です。
この試験では、単純な架空のCPUとしてCOMETっていう仮想マシンが登場します。

インテルのCPUとかはあまりにも複雑で難しいので、コンピュータとして機能する最低限のCPU、COMETを使って学習するわけです。

マインド・エンジンは、システム心理工学のCOMETに相当するものです。
実際の脳はかなり複雑なので、「心」の機能をもった最低限の架空の脳としてマインド・エンジンを用意したというわけです。
システム心理工学認定試験では、マインド・エンジンの知識は必須となるので、今回もマインド・エンジンを使って説明していきます。

さて、仮想世界にはオブジェクトが配置されて構築されます。
オブジェクトというのは意識が直接認識するもので、「見た目」と「意味」の二種類のデータで作られます。

「見た目」の部分は3DCGで実現されて、「意味」の部分は意味オブジェクトで実現されます。
オブジェクトというのは、色とか形、味とか果物といったデータをまとめた一種のデータ構造です。

今、目の前にリンゴがあって、意識はそれを見てるとします。
目をつむると、目の前が真っ黒になりますよね。
でも、このあたりにリンゴがあったって記憶は残ります。

真っ黒になった部分が、リンゴの見た目です。
目をつむっても残っていたのがリンゴの意味の部分です。
そして、心のシステムではオブジェクトの部分は記憶するけど、見た目の部分は記憶しません。
だから、目をつむると見えなくなるけど、このあたりにリンゴがあったってことは覚えてるわけです。
もし、オブジェクトも記憶しないのであれば、目をつむったとたん、今、どこにいて、何をしてたか分からなくなりますよね。
目をつむっても部屋の中にいて、目の前にリンゴがあったって覚えてると言うことは、心は、そういう形式で記憶してるとか、世界を認識してるってことです。

ここで重要なのは、3DCGの部分は、は物理世界を直接反映してて、意味オブジェクトの部分は心が感じる部分ってことです。
目からの視覚情報は後頭葉の一次視覚野に投影されて、そこから側頭葉の腹側視覚路で色や形が分析されます。

側頭葉には様々な形に反応するニューロンがあって、ここで丸とか四角とかって形が分析されます。

これが心で感じる意味の部分です。
つまり、意識が認識するリンゴの意味は、側頭葉の丸いとか赤いってニューロンで作られたわけです。
リンゴの記憶は、これらのニューラルネットワークが活性するパターンといってもいいです。


一方、一次視覚野に投影された像が見た目の部分です。
目をつむるとリンゴの像が消えたのは、一次視覚野の像が消えたわけです。

こうして説明すると、脳内で物理世界と心の世界が結びついてるのがわかりますよね。
マインド・エンジンだと、3DCGの見た目の部分が一次視覚野で、意味オブジェクトが側頭葉で活性化するニューロンのパターンとなるわけです。
システム心理工学が、物理世界と心の世界を結び付けるとうのは、こういうことです。

さて、こっからラマチャンドランの本の話に入ります。
ラマチャンドランは、脳の損傷で起こる様々な神経症を解明しています。
そこで、ラマチャンドランが解明した神経症をマインド・エンジンで再現できるか見ていきます。

デイヴィッドは交通事故で頭をケガして昏睡状態におちいりましたが、2,3週間後に目が覚めました。
見たところ、特に問題はないようでした。
ところが、おかしなことを言うようになりました。
自分の母親を見て「この人は母にそっくりですが母じゃありません。母のふりをしている偽物です」って言うんです。
さて、これはどういうことでしょう。

身近な人が偽物に感じる症状をカプグラ症候群と言います。
カプグラ症候群がなぜ起こるのか、それは、偏桃体が関係します。
偏桃体は自分が今見ているものが情動的にどれぐらい重要かを判定します。
たとえばヘビをみたら、「怖い」と感じるのは偏桃体が反応してるからです。
母親を見て「安心」とか「身近な人」「家族」といった情動を感じるのも偏桃体です。
カプグラ症候群は、偏桃体で分析される「身近な家族」って情動と、視覚から分析された母親とをつなぐ配線が切れたと考えられます。
視覚から作られる母親が、母親の見た目の部分です。
「安心できる家族」って情動が母親の意味の部分です。
意識はこれらから「母親」と判断するわけです。
でもカプグラ症候群の場合、配線が切れてるので、見た目では母親と思っても、「安心できる家族」って情動が感じられないので、「母親の偽物だ」って感じるんです。

マインド・エンジンでは、オブジェクトは無意識プログラムが生成して、オブジェクトを認識するのは意識プログラムです。
「母親」オブジェクトの意味を作る時、通常は、意味オブジェクトに「身近な家族」ってデータを設定するんですけど、これを設定しないバグをわざと作ります。
そしたら、意識プログラムは「見た目」は母親だけど、「身近な家族」とは感じなくなりますよね。
これが、カプグラ症候群を発症したマインド・エンジンです。
ねぇ、カプグラ症候群をコンピュータで再現できたでしょ。
これがシステム心理工学です。

次は、幻肢です。
事故で手や腕を切断された人の中に、ないはずの手や腕を感じる人がいます。
これを幻肢と言います。

ラマチャンドラン博士は、幻肢の研究で有名です。
ある日、博士が幻肢患者の左の頬にふれたとき、「あれ、今、左の親指を触られた感じがしました」って言います。
失った左手の親指を触られたと感じたんです。
さらに調べてみると、頬に失われた左手の指がこんな風にマッピングされてることがわかりました。
「1」が親指で、「2」が人差し指で、「5」が小指です。
なぜか、親指が不自然に大きいです。

さて、じゃぁ、なんで頬に手の指がマッピングされたんでしょう?
手が切断されたんだから、手の切断面を触った時、指を触られたと感じるのなら、まだ分かります。
でも、手と顔じゃ、あまりにも離れすぎてます。
これが不思議なんです。

でも、脳から考えたら理解できます。
脳には体性感覚野といって体がマッピングされた部分があるんです。

体性感覚野を刺激すると、対応する体の部分を触られたと感じるんです。
体性感覚野をよく見ると、手と顔が隣り合ってることがわかりますよね。
しかも親指が異様に長いです。
どうも、ここに原因がありそうです。

患者は手が切断されたので、体性感覚野の手の領域には刺激が来なくなりました。
神経細胞は可塑性という一種の自動修復機能があります。
これによって、刺激が来なくなると、刺激を感じるところを探して神経細胞が伸びて、一番近くの顔に辿り着いたんでしょう。
だから、顔を触られたとき、失われた手の指を触られたと感じたんです。

これを、マインド・エンジンのオブジェクトに対応して考えてみましょう。
見た目の部分が、今の場合、自分の体です。
体の表面、つまり皮膚には神経神経が張り巡らされています。
その神経が集まるのが脳の体性感覚野です。
そう考えると、この体性感覚野の人体マップが体の意味となります。

これをロボットで再現するとしましょう。
体性感覚野が身体の意味オブジェクトです。
ロボットの体の表面に張り巡らされた接触センサーは身体の意味オブジェクトに集約されます。
意味オブジェクトは身体マップを持っていて、体の接触センサーとニューラルネットワークでつながっています。
身体マップは脳の体性感覚野と同じで顔の隣に手がマッピングされています。
ロボットの手が切断されたとします。
ニューラルネットワークは入力がなくなると、入力があるところに配線をつなぎ変えます。
すると、手の接触センサーは、一番近くの顔につながりました。
これで、このロボットは、顔を触られると失った指にさわられたと感じるようになります。
システム心理工学で幻肢が再現されたわけです。

次は共感覚です。
別の感覚が同じに感じることを共感覚といいます。
たとえば、特定の音を聞くと色を感じるとかです。
それから、数字を見ると色を感じる人もいます。
ある共感覚者は、数字の5が緑、数字の2が赤に見えるそうです。
たとえば、こんな図を見せます。

数字の5がランダムに散らばった図です。
でもよく見ると、2が混ざっています。
でも、どこに2があるか分からないです。
でも、その共感覚者なら、こんな風に見えるんです。

これなら、2がどこにあるか一目瞭然ですよね。
それじゃぁ、なぜ、共感覚が起こるんでしょう?

数字とか色を分析するのは脳の中の紡錘状回という領域です。

ラマチャンドラン博士は、この紡錘状回のマップを見てた時、ある事に気が付きました。
それは、紡錘状回の色の識別する領域と数字を識別する領域が隣り合ってることです。
体性感覚野で手と顔が隣り合ってるのと同じです。
おそらく、共感覚者は、紡錘状回で混線が起きたんでしょう。
数字と色が結びついてしまったんです。

これをマインド・エンジンで考えてみましょう。
目で見た現実世界は仮想世界として構築されます。
仮想世界はオブジェクトで構成されます。
数字も一種のオブジェクトです。

さて、今、この図を見ました。
C:\Users\takata\AppData\Local\Microsoft\Windows\INetCache\Content.Word\4タイトルなし.png
無意識は、枠の中に黒色の数字の5オブジェクトを多数配置した仮想世界を作ります。
オブジェクトは見た目と意味から作られます。
見た目は、視覚情報そのままです。
でも、意味は記憶から作られます。
記憶はニューラルネットワークの発火するパターンです。
たとえば、リンゴならは赤や丸、甘酸っぱいってニューロンが発火します。
だから、リンゴを見ただけで、甘酸っぱいって分かるんです。

さて、今、数字の意味を作るニューラルネットワークで混線が起きてたとします。
つまり、数字の5の意味オブジェクトは緑、数字の2の意味オブジェクトは赤にむずびついてたとします。

視覚情報から数字オブジェクトを作るのは無意識です。
5オブジェクトを作る時、見た目オブジェクトの色は黒です。
ところが、意味オブジェクトを作る時、混線が起こっていて、5の色のところに緑が設定されました。
だから、見た目の部分は黒を感じるんですけど、意味の部分で緑を感じるんです。
この感覚、たぶん共感覚者でないと分からないですよねぇ。
同じように、数字の2は見た目は黒だけど、意味は赤に感じるわけです。
だから、意識はこんな風に見えるんです。

はい、共感覚もマインド・エンジンで再現できました。

これで、マインド・エンジンは、脳と同じ仕組みで世界を認識してるってことが分かったと思います。

ただ、脳をコンピュータで再現するプロジェクトは世界中で行われています。
じゃぁ、それらとマインド・エンジンの違いは何でしょう?
それは、主観や意識まで再現してることです。

実は、現代の脳科学では意識や主観は解明されてないんです。
だから、世界中で行われてる脳をコンピュータで再現するプロジェクトは、もっと低レベルの再現までです。
今回の話でいえば、色や形を分析する脳細胞と同じものをプログラムで再現しようとしてるわけです。

それに対して、マインド・エンジンは、色や形から作られたリンゴといった意味、そしてそれを認識する意識といった、一番上のレベルまで再現しています。
そして、コンピュータシステムで心を再現することで心を解明しようとするのがシステム心理工学です。

はい、今回はここまでです。
面白かったらチャンネル登録、高評価お願いしますね。
それからシステム心理工学の基本となる意識の仮想世界仮説に関しては、こちらの本で詳しく語っていますのでよかったら読んでください。
それじゃぁ、次回も、おっ楽しみに!