第530回 マインド・エンジンとは何か?科学、哲学、言語から解説


ロボマインド・プロジェクト、第530弾!
こんにちは、ロボマインドの田方です。

第520回から、プロジェクト・エデンのマインド・エンジンの設計を見直して、概要はほぼ決まりました。
システム開発でいうところの要件定義が固まってきたという段階です。
つぎは、これをさらに詰めて行って、仕様書まで落とし込むようにします。
その作業は引き続き開発者と一緒に行うんですけど、肝心なことを語っていないことに気づきました。

通常のシステム開発なら、これで問題ないんですけど、僕らが作ろうとしているのは人間の心とか意識です。
人類が、未だかつて作ったことのないシステムです。
便利なツール開発って視点でできるようなものではありません。
いろんな視点から見る必要があります。

まず、意識は科学で解明できるのかって視点があります。
これは突き詰めていくと、科学とは何かとか、科学の限界といった話にもなります。
それから哲学の視点も必要です。
哲学だと、「意識のハードプロブレム」という意識の根本問題がまだ解決されていません。
それは、主観的な意識体験はいかにして生まれるのかって問題です。
さらには言語とは何かといった視点も必要です。
最近では、シジュウカラが文法をもった言語を話すこともわかってきました。
じゃぁ、人間の言葉とは何がちがうのか。
もっと言えば、人と動物の心の根本的な違いは何なんでしょう?

心や意識を作るとなると、科学から哲学、言語学まで様々な問題を解決しないといけません。
はたして、マインド・エンジンはこれらの問題を全て解決しているんでしょうか?

これが、今回のテーマです。
マインド・エンジンとは何か?
科学、哲学、言語から解説
それでは、はじめましょう!

まず、科学について考えます。
科学は、現実世界、つまり物理世界を対象にしますよね。
近代科学が生まれたのはおよそ500年前です。
ガリレオの時代です。
近代科学が重視するのは、客観的な観測です。
誰が観測しても同じ結果となることです。

客観性を担保するのは、観測装置です。
だから、望遠鏡を発明したガリレオの時代、近代科学が生まれたんです。

その反対が主観です。
主観とは、意識的体験のことです。
同じ映画を見ても、人によって感想が異なりますよね。
これが主観です。
同じものを観測しても、人によって結果が異なるなら科学にならないですよね。
だから、近代科学は徹底的に主観を排除してきました。

20世紀も終わりころになって、意識を科学からアプローチする意識科学という分野が登場してきました。
たとえば意識とは量子力学的な効果が深くかかわっているとする量子脳理論とかです。
物理現象である量子力学で意識を説明しようとするので科学であることには間違いありません。
ただ、なぜ、量子から意識が説明できるのかの肝心の説明が抜けています。

主観的体験をするのが意識です。
意識がどのように世界を認識するかを解明して、そこから必然的に量子効果にたどり着くならわかります。
それが、「意識とは量子効果だ」から出発して意識を解明したっていうのは、意識を解明したことになっていないですよね。

同じことは意識の統合情報理論でも言えます。
意識の統合情報理論というのは、「意識とは統合された情報である」から出発します。
これも説明になっていないですよね。
なぜ、心や意識を解明しようとしないんでしょう?

たぶん、理系男子は、心とかはあんまり興味がないからだと思います。
理系男子が好きなのは、宇宙とかブラックホールです。
壮大な謎を、科学的に解明することに魅かれるんでしょう。
そう考えたら、意識って壮大な謎を、量子力学とか使って科学的に解明することのに魅かれるのもわからないではないです。
そういえば、最近、圏論という数学理論が流行っています。
すると、さっそく、「意識とは圏論だ」って話が出てきています。
理系男子が飛びつくのもなんとなくわかります。
意識科学は科学理論より、どちらかというとマーケティングで説明できそうです。

それじゃぁ、心や意識とは何かについて誰も考えてないのかというとそんなことはありません。
一番真剣に考えているのは哲学です。
有名なのは、哲学者ディヴィッド・チャーマーズが提唱した意識のハードプロブレムです。
それは、物質としての脳からいかにして主観的な意識体験が生まれるのかという問題で、未だに解明されていません。

主観的な意識体験は心の世界のことです。
一方、物体が存在するのは現実世界、または物理世界です。

目の前のリンゴを見て、「リンゴがある」と思ったとします。
では、どうなれば、「リンゴがある」と思ったといえるのでしょう?

目の網膜からの信号が脳内でどのように伝わるかを客観的に観測することはできます。
果たして、これで「見る」とか「ある」という主観的体験を説明したことになるのでしょうか?
これがチャーマーズの疑問です。

脳やニューロンは物理世界にあります。
ただ、物理世界の中をいくら探索しても、主観的意識体験にはたどり着きません。
なぜなら、意識は心の世界にあるからです。
物理世界と心の世界は別の世界です。
物理世界から心の世界にいかにして入り込むのか。
これがわからないんです。
これが意識のハードプロブレムです。

それではこれを、マインド・エンジンを使って説明します。



心の世界にあるのがマインド・エンジンです。
現実世界に見えるものは、まず、現実仮想世界に投影されます。
そして、右脳と左脳の二種類に分けて処理されます。
これを認識するのが意識です。

現実仮想世界は、現実世界をそのまま投影したもので、さらに物体認識もしています。
見たままとか、五感で感じた世界を忠実に再現したのが右脳です。
左脳は、認識したものを、たとえば「リンゴ」と名付けて記号として認識します。

見たままを感じる右脳には、3D世界があって、物体を3Dとして認識します。
たとえば、これは立方体ですよね。

立体に見えますよね。
でも、実際は白い背景に黒い線で描いた二次元です。
それが三次元に感じられるのは、3D世界で再現してるからです。
それを認識してるのが意識です。
現実世界にあるものを心の中で再構築して認識するわけです。
はい、これで、意識のハードプロブレムが解決しました。
わかりましたか?

それじゃぁ、もう少し丁寧に説明しますよ。
心の世界で現実世界が仮想世界として再構築されていましたよね。
認識するのは、意識プログラムです。
これが主観的な意識体験です。

意識プログラムが、3D世界のデータを受け取ることが「見る」という体験です。
たとえばカメラで現実世界を撮影して画像データに変換することで、意識プログラムは現実世界のデータを扱えるようになります。
カメラで撮影してデータに変換した瞬間、現実世界から心の世界に入り込んだんです。
ここで意識のハードプロブレムが解決したんです。

この点について、もう少し考えて行きます。
今、画像データを3D世界に変換したとします。
3D世界なので、奥行きもあります。
だから、これを見た時、奥行きのある立体に感じるんです。

ただ、これを二次元平面と思ってみたら、二次元平面と感じることもできますよね。
その場合は、右脳の2D世界をつかって認識してるってことです。

何が言いたいかというと、意識は現実世界を直接見ていないってことです。
撮影したデータを、意識が認識できる世界に変換したわけです。
三次元世界に変換すれば立体に感じますし、二次元世界に変換すれば平面に感じます。

ここで重要な点を指摘しておきます。
二次元にしろ三次元にしろ、それを受け取って二次元だ、三次元だと認識するのは意識プログラムです。
つまり、プログラムがデータを受け取ることが主観的体験ということです。
何が重要かというと、主観的な体験をしているのはコンピュータ・プログラムだということです。

近代科学に必要なのは客観でしたよね。
そのために排除したのが主観です。
意識を科学で扱うことができない理由はここにありましたよね。
ところが、意識をコンピュータ・プログラムで実現することで、客観的に観察可能となったんです。
つまり、主観を科学に取り組むことができるんです。
コンピュータを使うことで、意識を科学で扱えるようになったんです。

そして、もう一つ重要なことがあります。
それは、意識プログラムを外から見てはいけないってことです。
YouTubeでコメントで、
「意識の機能的側面をプログラムにしても主観的体験にならない」って指摘されたたことがあるんですよ。
ここ、そんなつもりはなかったんですけど、見方によっては、そう見えてしまうみたいです。

理解してほしいのは、プログラムとしては同じです。
ただ、それを見る側が、視点を変えないといけないんですよ。
意識プログラムが、どんなデータをどう処理してどう出力してるって外から見たとします。
これが意識の機能的側面です。
これじゃぁ、たしかに主観的体験になっていません。

そうじゃなくて、プログラムを内から見るんですよ。
つまり、あなたが意識プログラムになったと思ってください。
あなた自身が、データを受け取とるんです。
そして、それを受け取って、何を感じたのか。
何を出力するのか。
あなたがプログラムになったつもりで、プログラムの動きを見て欲しいんです。
あなたはデータを受け取りました。
これが、世界を感じるということです。
そして、これが主観的体験です。
これが意識プログラムなんです。

重要なのでもう一度いいます。
主観的体験を再現できるのはコンピュータ・プログラムだからです。
ということは、コンピュータ以前の科学は、主観や意識を扱うことはできなかったと言えます。

心や意識は、動いています。
つまり、動いているものを観察しないと意味がありません。
文章で説明しても、意識を再現したことになりません。
意識を再現するには、実際に動くコンピュータが必要なんです。

いや、厳密に言うと、コンピュータだけじゃ足りません。
主観的な意識体験とは、現実世界を体験することです。
そのために必要なのは、まず、現実世界を感じるセンサーが必要です。
さらに、現実世界で動く体も必要です。
つまり、意識プログラムを持つ心のシステムを作るとすると、現実世界を感じ、行動する体をもったロボット・システムとなるんです。
現実世界を感じる体なくして、量子効果とか圏論といっても意味がないんです。

それでは、単純なロボットを考えながら、意識とは何かについてもう少し考えて行きます。
最も単純なロボットとしてライントレーサーを考えます。
ライントレーサーは、白い紙に描いたラインに沿って走るマイコンロボットです。

ライントレーサーは、車体の前には四つのセンサーがあって、センサー入力に基づいてモーターを制御するマイコンを持ちます。
マイコンの中で動くプログラムがコントローラーです。
センサーは、白か黒かを判定し、中央の二つが黒で、両端の二つが白となるようにモーターを制御します。

センサーとモータを持つ車体が現実世界にありますよね。
センサーは白か黒かの四つの点です。
これが一種の仮想世界です。
仮想世界を認識するのがコントローラーです。
これらが心の世界にあります。
こうしてみると、コントローラーは意識の一種と言えそうです。
ここで、心というシステムを定義してみます。

「心とは、現実世界の検出データから作られる仮想世界と、仮想世界を介して現実世界を認識する意識プログラムを持つ」です。

ライントレーサーの心のシステムが最も原始的です。
これをレベル1と呼ぶことにします。
レベル1の仮想世界は四つの点だけです。
それでも、右に行くか、左に行くかの決定することはできます。
ライントレーサーにとっては問題ないわけです。
ただ、これだと何があるかわからないですよね。
つまり、「ものがある」ということが理解できません。

それに対して、マインド・エンジンは目の前に「リンゴがある」と思うことができます。
この「ものがある」と認識できる心をレベル2と呼ぶことにします。
じゃぁ、「ものがある」と認識できると何が嬉しいんでしょう?
それは、世界から「もの」を識別できることです。
ものを識別できると、識別したものに対する行動を変更できます。
たとえば犬はしつけたら「オテ」とか「マテ」ができるようになりますよね。
これは一種の言語とも言えます。
シジュウカラなどは、泣き声で「タカがいる」って仲間に知らせることもできます。
文法を持った言語です。

それじゃぁ、人と動物の違いは何でしょう?
人は右脳で認識したものを記号化して左脳で扱うことができます。
これが人の言語です。
じゃぁ、人の言語と動物の言語の違いは何でしょう?

左脳にあるのは論理世界です。
論理世界は意味オブジェクトを持ちます。
論理世界は、意味オブジェクトを操作するメソッドを持っています。
リンゴを移動させるとか、リンゴを食べるとかです。
意識は、メソッドを使って意味オブジェクトを操作できます。
さて、ここです。
オブジェクトを操作した時点で、現実世界に起こっていないことを想像してますよね。
これが動物にはできなくて、人間にしかできないことです。
それは、考えるとか想像するってことです。
これができる心をレベル3と呼ぶことにします。

マインド・エンジンでは、意味オブジェクトの操作は専用のスクリプト言語で行います。
スクリプト言語を自然言語に変換したものが人間の言葉となります。

人の心は、目の前にない世界を想像する仕組みを獲得することで様々なものを生み出すことができるようになりました。
たとえば、神話とか神です。
『サピエンス全史』で作者のユヴァル・ノア・ハラリは、これを認知革命といいます。

目の前にないものを想像する能力の一つが記憶です。
経験した出来事を記憶して、あとから思い出すタイプの記憶です。
これが、前回529回で語ったエピソード記憶です。
そして、生まれてから今までの記憶が自分を生み出します。
つまり、レベル3まで進化した心のシステムが必然的に獲得するのが自分という概念です。

そして、自分という概念を共有するのが人間社会です。
ここまでシステムができて、善悪といった倫理観や、他人を思いやるといった感情を定義できます。
ここまでシステムが整理されたマインド・エンジンは、科学、哲学、脳科学、言語学といった様々な分野にまたがる問題を矛盾なく説明できます。
部分的に説明する理論はあったかもしれませんけど、これらをすべて説明できる心のモデルはありませんでした。
マインド・エンジンとは、まさに、人間の心、そのものです。

はい、今回はここまでです。
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それから、意識の仮想世界仮説に関してはこちらの本を読んでください。
それじゃぁ、次回も、おっ楽しみに!