第536回 言語を生み出した脳の進化の痕跡


ロボマインド・プロジェクト、第536弾!
こんにちは、ロボマインドの田方です。

言語は脳内の情報処理っていうのは間違いないです。
ただ、脳があれば言葉をしゃべれるかっていうと、そんなことはないですよね。
言葉をしゃべるのは人間だけです。
じゃぁ、なぜ、人間だけ言葉をしゃべれるのかというと、脳が進化したからです。
つまり、言語は脳の進化から説明できるはずです。

高い木の葉っぱまで食べられる動物が生き残るってのを繰り返してキリンの首は長くなったわけです。
これが進化を進める自然選択です。
でも、複雑な言語が、そんな単純な自然選択で生まれたとはちょっと考えられません。

それに対して、進化生物学者のスティーブン・ジェイ・グールドは外適応を唱えました。
外適応というのは、本来の機能とは別の機能のために進化することです。
たとえばパンダの親指です。
霊長類は、進化で、四本の指に対向する位置に親指が移動して、親指と四本の指で物をつかむことができるようになりました。
ところが、霊長類じゃないパンダも、四本の指に対向する親指を持っています。

でも、よく見るとこの親指、6本目の指なんです。
じつは、パンダの親指、親指じゃなくて手首の骨が進化したものです。
なぜ、進化したかというと、竹や笹を持つためです。
つまり、竹や笹を持つという機能のために、たまたまそこにあった手首の骨を進化させたわけです。
本来の目的とは違うけど、竹を持つ別の機能のために進化させたわけです。
これが外適応です。

じゃぁ、言語が外適応ってどういうことでしょう?
脳は、目や耳からのデータを処理して、体を制御する制御装置の役割がありますよね。
これが本来の目的です。
それが、本来とは別の目的に使われたわけです。
目や耳で知覚するのは目の前の現実ですよね。
それを、目の前にないものを処理できるように進化したわけです。
何のために?
それは、考えるためです。
今まで、目の前にあるものを処理してた脳を、考えるために進化させたわけです。
パンダが、竹をつかむために手首の骨を進化させたのと同じです。
これが、今回のテーマです。
言語を生み出した脳の進化の痕跡
それでは、はじめましょう!

言葉を話すのは人間だけといいますけど、チンパンジーに手話を教えたら、100以上の言葉を覚えたそうです。
たとえば、「もっと食べたい」といった要求もしますし、「ボールを取ってきてこの箱に入れて」と言った文も理解できるようになりました。
ただ、「昨日、動物園にいって象を見た」と言うことはありませんでした。
象を見て、どんなに興奮しても、帰ってからそのことを報告することはないんです。
それができないということは、チンパンジーは思い出すことができないということです。
もっと言えば、目の前にないものを思い出したり想像したりできないということです。

チンパンジーが認識できるのは、目に見えるものだけです。
これが、言語をしゃべれるかどうかの違いです。

じゃぁ、言語に必要な要素とは何でしょう。
それは、単語と意味と文法です。
それじゃぁ、これが脳の中でどんなふうに組み込まれているんでしょう?
これが難しいんですよ。

なぜかと言うと、脳の中でどんなふうにデータ処理されてるか、外から見ることができないからです。
骨とか骨格とかなら見てすぐわかりますし、化石を比べたら、どんなふうに進化してきたかもわかります。
脳はそれができないんです。
そこで手掛かりとなるのが脳障害です。
脳を損傷したら、どんなことができなくなるかから、脳内でどんなふうにデータを管理して、どんな処理をしてるかわかってきます。

今回も、ラマチャンドラン博士の『脳のなかの天使』からの紹介です。

頭頂葉は上下に分けられて、下側には縁上回と角回があります。

縁上回は、複雑なスキルが必要な行動とか、模倣に関わっています。
ここは、チンパンジーなどと比較しても人間がかなり発達していることがわかっています。
そして、左の縁上回が損傷すると、失行という興味深い障害が起こります。
失行患者は、精神的には正常で、言葉の理解も発言も問題なくて、普通に会話することができます。
ところが、失行患者に簡単な動作を指示してみるとうまくできないんです。
たとえば「ハンマーで釘を打つふりをしてください」って言います。
そしたら、普通だったら、こんな風にハンマーを動かす動作をしますよね。
それが、失行患者に指示すると、こんな風になるんですよ。
つまり、ハンマーがなくて、こぶしでテーブルをたたく動作をするんですよ。
「櫛で髪をとかすふりをしてください」っていうと、普通なら、こんな風に櫛をもって髪をとかす真似をしますよね。
ところが失行患者だと、指を髪にいれて、指で髪をとかすんです。

失行患者は、ハンマーがなくても、こぶしで釘を打っていましたよね。
つまり、釘を打つ意味は分かっているんです。
髪をとかすも、意味は分かっています。
ただ、ハンマーや櫛を持つふりができないんです。

さらに興味深いのは、ハンマーを実際に渡すと、ちゃんとハンマーを手に持って釘を打てるんです。
櫛を渡すと、櫛で髪をとかすんです。
つまり、失行患者にできないのは、目の前にないものがあると想像することです。
でも、意味は分かるから、こぶしで釘を打ったり、指で髪をとかすんです。
どうも、縁上回を損傷すると、目の前にないものを想像できなくなるようです。
でも、意味は分かります。
ここから、少なくとも、目の前にないものを想像する機能と、意味とは別に管理されてると言えそうです。
意味というのは、この場合だと、釘を打つには釘の頭をたたくとか、髪をとかすには、細いものを髪の間に通して動かすとかです。

そして、失行患者は目の前にないものを想像する機能が損傷してると言えます。
というか、人類は、進化によって目の前にないものを想像する機能を獲得したわけです。
チンパンジーでも、石をつかって固い木の実を割ることができます。
でも、木の実も石もない状態で、木の実を石で割る動作をするってことはできないんです。
でも、目の前に木の実と石があれば、石で木の実を割ることができます。
じゃぁ、失行患者と何が違うんでしょう?

それは、意味と単語が分離して管理されていないことです。
目の前に全ての状況がそろって初めて、行動ができるんです。
おそらく進化の過程で、物と意味と行動を分離して管理するようになったんでしょう。
物というのがハンマーや櫛で、意味は釘を打つとか髪をとかした結果、どうなるかってことです。
行動は、その時の動きです。
これらを分離して管理してるから、普通の人は、目の前になくても、それをつかったふりをすることができるんです。
目の前にないものを想像する能力を失ったのが失行患者です。
でも、意味と行動は残されているので、手を使って釘を打ったり、髪をとかすふりができるんです。

つぎは、行動をさらに分解していきます。
たとえば、ハンマーで釘を打つって行動があるとします。
これは、ハンマーを使って、こんな動きして、釘を打つって目的を達成することですよね。
道具を使うってことと、動きと、目的って三つの機能を結びつけているわけです。
結びつけるって機能、これが文法です。
この場合だと「ハンマーで」の「で」です。
「で」という助詞は、道具を、動きと目的に結びつける機能があるわけです。
つまり、チンパンジーだと一体として認識してた物と動きと目的を分解することで、それをつなげる接着剤が必要になったんです。
それが文法です。

さらに進めます。
チンパンジーも人も目に見えるものは認識できますよね。
これは、目からの入力に基づいて、ハンマーというオブジェクトを頭の中に作り出して、それを認識したわけです。
オブジェクトというのはデータのまとまりです。
ハンマーオブジェクトだと、どこを持つとか、どんなふうに動かすとかってデータをまとめたものです。

今度は脳の神経細胞で考えてみます。
オブジェクトを作り出してるのは脳の神経細胞です。
チンパンジーは、目からの刺激からオブジェクトを生成する神経細胞の処理はあるわけです。
さらに、石を持って木の実を割る行動を処理する神経細胞もあります。
これらが一体となっているわけです。

ここで、脳が進化して、これらの一連の神経細胞の処理が機能によって分解されました。
こっからここまでの神経細胞の処理がオブジェクトを生成する機能で、ここは行動する神経細胞とかって。
分解したら、それをつなげる神経細胞も必要ですよね。
それが、文法です。
機能と機能をつなげる役割を果たす助詞とかです。

ただ、データを処理するだけだった神経細胞が、別の機能の処理と、別の機能の処理の機能をつなげる役目を果たしたんです。
これって、一種の外適応と言えますよね。
本来の役目じゃないけど、他の機能を実現するために、たまたまそこにあった神経細胞を使ったんです。
パンダの親指と同じです。
ねぇ、脳の進化で言語が説明できてきたでしょ。

さらに続けます。
神経細胞の処理の一つが、目からの入力に基づいてオブジェクトを作ることでしたよね。
これをさらに分解します。
つまり、オブジェクトを作る機能だけを分離するんです。
そしたら、外部入力がなくても、思うだけでオブジェクトを作れるようになりますよね。
つまり、目の前になくても想像できるんです。
これが、人間が獲得した能力です。
これ、とんでもない能力だってわかりますか?

だって、今まで、目の前にある物しか認識できなかったわけです。
それが、目の前になくても、いつでも想像できるようになったんですよ。
それだけじゃないです。
それをつなげることでいろんな動きを再現できるんです。
ハンマーで板にくぎを打とう。
そうだ、板をつなげてテーブルを作ろう、とか。
いくらでも想像できますよね。

ただ、まだ、これだけじゃ足りないものがあります。
今は、自分の頭の中で想像しただけですよね。
これを人に伝えないと言語になりません。

じゃぁ、それには何が必要でしょう?
それは、名前です。
最後は、オブジェクトの名前について考えます。

ラマチャンドラン博士は名前からわかると思いますけどインド人です。
僕らはあまりなじみがないですけど、インド人は子供のころからインド神話を聞かされて、インドの神さんのことをよく知っています。
人気のインド神にハヌマンとガネーシャがいます。
ハヌマンは猿の神様で、

ガネーシャは象の神様です。


インド人なら、この二つを間違えることはないです。
ところが、あるインドの患者は、ハヌマンの像をみてガネーシャと言ったんですよ。
さらに、シヴァ神とパールヴァティの息子とも言いました。
これも、ハヌマンでなくてガネーシャのことです。
どうも、その人の中でハヌマンとガネーシャが入れ替わったようです。
つまり、ハヌマンの姿かたちに対して、ガネーシャの名前と両親を持たせたわけです。
ここから、脳内で認識するオブジェクトがどのようなものかわかってきます。

まず、入れ替わったのは名前とか両親ですよね。
何に対して入れ替わったかというと、見た目です。
見た目は現実世界の「もの」です。
つまり、現実世界の「もの」単位でオブジェクトは管理しているわけです。
そして、そこに名前とか両親とかって意味データを持たせるわけです。
これは、あとから追加したデータですよね。
つまり、あとから勝手にデータを追加できる機能を獲得したんです。
一方、現実世界の「もの」は勝手に変更できません。
見えるものをそこにあると受け入れるしかできません。
変更できない現実の「もの」に対して、データを任意に追加できる機能が追加されたんです。
この機能も、神経細胞の外適応と言えます。
本来、現実世界の「もの」に固有のデータを持たせていた神経細胞があったわけです。
たとえば、リンゴなら「赤い」とか「甘い」とかです。
それに、あとから任意のデータを関連づけられるように進化したわけです。
それによって、「リンゴ」とかって名前を付けることができたわけです。
ここまでできて、ようやく言語といえます。
「もの」に自由に名前をつけます。
そして、それを文法を使って他の「もの」や動詞と関連付けて、一つの動作を表現したのが文です。
たとえば、「ハンマーで釘を打つ」とかって文を作れます。
これを繰り返せば、どんな複雑な状況も言葉で表現できます。
これが言語です。
複雑な言語が脳の神経細胞の外適応の進化で生まれたわけです。

はい、今回はここまでです。
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それから、よかったらこちらの本も読んでください。

それじゃぁ、次回も、おっ楽しみに!