第544回 貧困と脳 1


ロボマインド・プロジェクト、第544弾!
こんにちは、ロボマインドの田方です。

今回は、先々月発売されたこの本の紹介です。
『貧困と脳 「働かない」のではなく「働けない」』

帯にも書いてありますけど、YouTubeの岡田斗司夫ゼミで紹介されました。
作者の鈴木大介さんは、10年ほど前に出した『最貧困女子』でベストセラーとなりました。

今や働く単身女性の三分の一が年収114万円未満で、10~20代女性を「貧困女子」というそうです。
その中には、家族や地域、社会保障とつながることなく、夜の仕事で日銭を稼ぐしかない人たちがいます。
彼女たちのリアルな実態のルポルタージュが『最貧困女子』です。

鈴木さんは、彼女たちにンタビューして、なぜ、そんな風になるのか、その謎を探ろうとしましたけど、わからないことばかりだったそうです。

なぜ、何度も約束の時間を破るのか?
なぜ、すぐに行動しないといけないのに、他人事みたいにぼんやりして動こうとしないのか?
なぜ、「督促」とかかれた封筒を開けもせず、ポストの中に溜めるのか?
なぜ、手を差し伸べてくれる支援者に限って噛みついて、せっかくの縁をぶち壊しにするのか?

そんなことしてたら、そりゃ、最貧困になりますよね。
鈴木さんも、同じように考えていたようです。
そして、慎重に言葉を選びながらこう言います。
彼女たちには共通点がある。
それは、ASDなどの発達障害とか知的障害、境界知能だと。
脳に問題があるので、彼女たちを責めても仕方がないと。

この指摘は間違っていないと思います。
でも、そのあと、鈴木さんにあることが起こって、自分は、とんでもない勘違いをしていたことに気づきました。
じゃぁ、鈴木さんに何が起こったのか。

2014年に『最貧困女子』を出版した後、2015年に、鈴木さんは脳梗塞で倒れたそうです。
そして、その後遺症として、「高次機能障害」という脳の認知機能障害が残りました。
そのあと、鈴木さんに起こったことは、まさに、取材した彼女たちと全く同じことでした。
約束の時間は守れない。
簡単な計算もできなくなって買い物もちゃんとできない。
相手の言ってることが理解できない。

その時になって初めで分かりました。
ASDとか発達障害とか、そんな原因がわかったところで、自分は、何も理解していなかったと。
あれだけ取材して、本人の口から何度も聞かされてたのに、本当の問題を何もわかっていなかったと。

幸いなことに、鈴木さんはおよそ8年かけて、今ではほとんど回復したそうです。
じゃぁ、鈴木さんがみた世界とはいったい何だったのか。
これが今回のテーマです。
『貧困と脳』
それでは、始めましょう!

鈴木さんがかつて取材した看護師がいました。
彼女は夫の暴力が原因でうつになって失職したシングルマザーでした。
彼女は、買い物もできなくなったといいます。
どういうことかというと、レジに表示される値段を見て、財布からお金を出そうとしたら、もうその時には、いくらだったか忘れるそうです。
だから、レジの値段を見て、財布を見るってことを何度も繰り返すそうです。

たしかに、これだと買い物もできないですよね。
取材していて、この症状は結構聞いてたそうです。
うつを原因とした知能低下はよくあることのようです。
買い物もできないと、確かに普通の仕事に就くのは難しいです。

本にもそう書いたそうですけど、まさに、これと同じことが鈴木さん自身にも起こったそうです。
脳梗塞を起こして高次機能障害を抱えた鈴木さんは、コンビニで買い物しようとしました。
レジに788円と表示されるのを見て、財布に目を落とした瞬間、いくらだったか忘れたそうです。
途方に暮れてる鈴木さんを見かねた店員が「788円です」と言ってくれました。
それを聞いて、財布の中から100円玉を数えようとすると、今度は、何枚数えたかを忘れてしまいます。
今見た数字、聞いた数字が頭の中ですぐに消えていくんです。

消えていくのは数字だけじゃありません。
店内のチャイム、客の声、あらゆる音が耳に届いた瞬間、消えていくそうです。

脳の機能低下とは、こういうことです。
その時になって、ようやく、彼女たちの言っていたことが理解できたそうです。
というか、どういう状況、どういう世界で彼女たちが生きていたのかが分かったそうです。

これは、ワーキングメモリの低下で説明されます。
ワーキングメモリというのは作業記憶ともいって、何か作業するとき、脳内で一時的に保持する記憶のことです。
意識は、ワーキングメモリにあるデータを使って考えたり、計算したりといった作業をします。
もし、ワーキングメモリがなくなったらどうなるでしょう。
たった今、見た数字すら覚えておくことができません。
これが鈴木さんに起こったことでした。

できなくなったのはこれだけじゃありません。
鈴木さんは、約束があって出かけるために車に乗った時、スマホと財布を家に忘れたことに気づきました。
家に戻ってスマホと財布を取ってきて車に戻った時、愕然としたそうです。
家と車を往復するだけのほんの数分のことなのに、なんと、30分も時間が経っていたんです。
慌てて、遅れると先方に電話したそうですけど、いったい、なんで30分も時間が経ったのかわからないといいます。
スマホと財布が見つからなくてイラっとしたのは覚えているので、もしかしたら30分近く探していたのかもしれないそうですけど、全く覚えていないそうです。
どうも、時間の感覚がおかしくなっているようです。

そのほか、いろんな仕事に時間がかかるようになったとも言います。
原因は集中できないことです。
モニターに表示される文章を読もうとしても、見るべき1行を見続けることができないそうです。
視線がずれたり、ピントがぼけたりするそうです。
エクセルだと、見るべきセルに焦点を合わせて見続けることができないそうです。

見失わないようにモニターに表示される単語を指で押さえると読むことはできます。
でも、単語が読めても、意味が頭に入ってきません。
話をするときも同じです。
人の話を聞いてるときも、少し複雑な内容だったり、まとまりのない話だったりすると、会話についていけなくなるそうです。

取材した彼女たちも、よく、頭が真っ白になるといっていました。
紅茶にミルクを混ぜてミルクティーを作るみたいに、透明だった頭がミルクでなにも見えなくなるといってたそうです。

これらは脳性疲労といわれる症状です。
脳が疲れるということです。
特に、言葉を選んでメールを書くといった作業や、3人以上の会議など、1時間も続けると脳性疲労で呂律が回らなくなったり手が震えたりするそうです。
そうなると、半日は脳を休めないといけません。

ただ、どんな仕事もできなくなったかというと、そうでもないそうです。
たとえば、インタビューした動画をカットして決められた尺に収めるといった動画編集なら、気が付いたら10時間ぶっ通しで作業をしていたりするそうです。
メールも動画編集も、どちらもパソコンを使ったデスクワークです。
それなのに、メールは1時間も書けば手が震えるほど脳が疲れるのに、動画編集は10時間でも平気で続けられます。
何が違うのか、鈴木さん自身もよくわからないそうです。

でも、僕は、わかります。
僕は、心をコンピュータで実現するために、長年、脳障害や神経疾患の症例を読んできました。
それでは、鈴木さんに起こった症状を読み解いていきます。

鈴木さんは、見たものを一瞬で忘れるといっていましたよね。
その原因はワーキングメモリが機能しなくなったからといっていました。
これは、まさにその通りです。

人は、目で見た現実世界を頭の中で仮想世界として構築します。
意識は、仮想世界を介して現実世界を認識します。
これを意識の仮想世界仮設といいます。

頭の中には仮想世界があるので、目を離してもレジの数字を覚えておくことができます。
この仮想世界が作られるのがワーキングメモリです。
だから、ワーキングメモリが機能しなくなると、一瞬前のことでも覚えておけないわけです。

仮想世界というのは、たとえば3DCGみたいなもので、目に見えるものを3Dオブジェクトとして生成します。
意識は、この仮想世界を現実世界と思って認識しています。
それから、脳は二種類の情報処理をしています。
一つは左脳で、もう一つは右脳です。

脳が認識するのは、見た目と意味に分けられます。
たとえばリンゴを見ているとします。
見た目は3Dオブジェクトで表現して、「リンゴは果物だ」とか「食べると甘い」といった意味の部分は、データをもった意味オブジェクトで表現します。
そして見た目が右脳で、意味は左脳が扱います。

レジで言えば、レジの見た目を扱うのが右脳で、レジに表示されている数字の意味を扱うのが左脳です。
そして、ワーキングメモリに生成されるのは、数字の意味をもった意味オブジェクトです。

それじゃぁ、もし、ワーキングメモリが機能しなくなったとしたらどうなるでしょう。
レジから目を離すと、今見た数字が何か、一瞬で忘れてしまいます。

数字を数えるときも、今、いくつまで数えていたか保持するのにワーキングメモリを使います。
だから、ワーキングメモリが機能しなくなると、数えることもできなくなるわけです。
これが鈴木さんに起こったことです。

意味オブジェクトは数字だけでなくて言葉の意味も扱います。
ワーキングメモリの機能が低下したということは、意味オブジェクトをうまく生成できなくなったとも言えます。

モニターに表示される文字は見た目なのでこれは右脳です。
だから、モニターに文字が表示されていることまではわかります。
その文字の意味を理解するには、意味オブジェクトを生成して、それを読み取らないといけません。
そこがうまく機能しないと頭に意味が入ってきません。

鈴木さんは焦点が合わないとか、どこを読んでたのか見失うといっていましたけど、これは、文字を右脳で認識してるからです。
右脳は見た目を認識するだけなので、どの文字も同じに見えて、どこを読んでるのかわからなくなります。
意味オブジェクトとして認識してないので、頭に意味が入ってきません。
これが、頭が真っ白になるとか、ミルクティーになって何も見えなくなるって感覚なのでしょう。

こういった話は、自閉症の作家の東田直樹さんが参考になります。

https://www.youtube.com/watch?v=_xO0t4mo62M
2:13~2:32,2:45~2:54

頭が真っ白になるとか、同じようなことを言っていましたよね。
これを最初見たとき、文字盤なんかなくても話せるんじゃないかと思ったんですよ。
だって、声はだせるし、言葉の意味も理解してますから。
でも、鈴木さんの話を聞くと、なぜ文字盤が必要かよくわかりますよね。
ワーキングメモリがないと、何をしゃべっているのか、言葉が一瞬で消えてしまうわけです。
それを、文字盤を指さすことで、今何をしゃべっているか目に見える形でとどめておくことができます。
つまり、文字盤がワーキングメモリの代わりをしてるわけです。

それから、鈴木さんは時間の感覚がなくなったとも言っていましたよね。
これは、脳卒中で左脳が停止したジル・ボルト・テイラーも同じことを言っていました。
ジルは、左脳が停止して、右脳だけの世界を体験しました。
そして、その世界は時間の感覚がないとも言っていました。
おそらく、時間の感覚というのも、左脳が認識する世界にあるんでしょう。
左脳が停止して、右脳だけで世界を認識すると、そのとき、時間の感覚が消えるんです。

右脳の世界は、目に見えるものそのままの世界です。
鈴木さんはスマホと財布を探すのに30分もかかったけど、そんなに時間をかけたたとは思えないといっていましたよね。
物を探すというのは、見たままの世界で行う作業です。
つまり右脳の作業です。
右脳には時間の感覚がありません。
だから、気が付いたら30分も経っていたんでしょう。

それから、動画編集も、10時間ぶっ続けで仕事してたとも言っていました。
動画編集も、視覚処理なので右脳です。
右脳の仕事なので、時間を忘れて没頭していまうんでしょう。

でも、メールを書いたり、会議はすぐに脳が疲れるといっていました。
話したり文章を書いたりするのはワーキングメモリを使う左脳の処理です。
ワーキングメモリの機能が低下したので、左脳の処理は脳が疲れるようになったんでしょう。

同じような話は、知的障害の作業所のやまなみ工房でも聞きます。
やまなみ工房では、こんなアート作品を作っています。


これ、拡大するとこうなります。

小さい人がびっしり描かれているんです。

こんな風に、ていねいに描いていきます。
気が遠くなるような作業ですけど、みなさん、夢中になって作業をします。
これも、右脳の作業と考えたらわかりますよね。

それから、鈴木さんは100均など、大量の商品が並んでいるところから目的の商品を探し出すのが苦手になったといいます。
コンビニで牛乳を探すのに、10分もかかるようになったとも言います。
目的の商品を探すには、そのものの意味を考えないといけません。
意味というのは左脳の処理です。
左脳の機能が低下したから、難しくなったんでしょう。

これが鈴木さんが認識する世界です。
貧困女子も、鈴木さんも、左脳の機能が低下したわけです。
現代社会は、言語や論理的思考など左脳の仕事が多いです。
でも、動画編集とか、絵をかいたりとか、右脳の仕事もあります。

うつや発達障害で失業する人が、最近、どんどん増えてきています。
ただ、そういう人は、左脳の機能は低下しても、その分、右脳は普通の人より優れている可能性が高いです。
現代の貧困問題を解決する鍵は、右脳にあるのかもしれません。

はい、今回はここまでです。
この動画が面白かったら、チャンネル登録、高評価お願いしますね。
それから、動画で紹介した意識の仮想世界仮説に関しては、こちらの本で詳しく説明していますのでよかったら読んでください。
それじゃぁ、次回も、おっ楽しみに!