第546回 左脳だけの男の日常


ロボマインド・プロジェクト、第546弾!
こんにちは、ロボマインドの田方です。

第544回から読み続けている鈴木大介さんの『貧困と脳』の最終回です。
鈴木さんは、脳梗塞で倒れて、高次機能障害となってしまいました。
今まで当たり前にできていたことが、ことごとくできなくなりました。
鈴木さんは、長年、貧困女子の取材をしてきました。
多くは、発達障害であったり鬱になって、うまく働けなくなった人たちです。
彼女らの話を聞くと、なんで、そんなことができないのかって不思議に思うことばかりです。
ところが、鈴木さんも、彼女らと同じ症状になってしまったんです。
難しい本は読めないからと、子供用の折り紙教本の絵本を入院中に差し入れられたそうですけど、そんな絵本ですら、全く読めなかったそうです。
それでも、8年ほどかけて、今は、以前とほぼ同じ状態にまで回復したそうです。

この話、ジル・ボルト・テイラーとよく似ているなぁと思いながら読んでいました。
脳科学者のジルは、脳卒中で倒れて、多くのことができなくなりましたけど、約8年かけて復活しました。
どちらも、文字がよめなくなったり、動けなくなったりと、症状はよく似ています。
でも、ちょっと違うんです。

ジルは左脳が脳卒中となって、右脳だけの世界を体験しました。
脳卒中になったとき、まず、自分の体の境界がなくなったといいます。
どこまでが自分の腕で、どこからが壁かわからなくなりました。
そして、自分の体がどんどん膨張するのを感じたそうです。
最後は、世界と一体となるのを感じました。
その時、この上ない幸福感を感じたそうです。

ここがないんです。
鈴木さんの話に、幸福感など、一切出てきません。
いろんなことができなくなって、不安を抱えながら生きています。
でも、よく読むと、8年の間に8冊も本を出しているんですよ。
えーっ、めちゃ仕事してるやんって思いますよね。
ところが、本人は、できないことばかりだったっていうんですよ。

この本の終盤まで読んで、ようやく、その原因がわかりました。
一行だけ、さらっと書いていただけなので、本人もそれほど重要とは思っていないようです。
でも、僕は、それを読んで、「あぁ、そういうことか」ってわかりました。
何と書いてあったかというと、
「脳梗塞を発症したのは右脳が中心で、左脳はノーダメージでした」と書いてあるんですよ。

ジルと鈴木さんの違いはここにありました。
右脳だけの世界を体験したジルの話は、今まで、何度も解説してきましたけど、左脳だけの世界を体験した人の話は、あまり紹介してきませんでした。
鈴木さんの話と、ジルの話を合わせて読むと、右脳と左脳、どちらも重要だなぁと改めて思います。
これが今回のテーマです。
左脳だけの男の日常
それでは、始めましょう!

鈴木さんは本が読めなくなったといいますけど、全く読めないわけじゃありません。
文字は読めるし、単語の意味も分かります。
じゃぁ、何ができないのかというと、今、どこを読んでいるのかわからなくなるそうです。
集中して読み続けることができなくなるそうです。
そこで、読んでる行の上下を定規や下敷きで隠して読むそうです。
これは、発達障害のライフハックで、取材をしてたおかげで知っていたテクニックだそうです。
そのほか、とっさに言葉がでなかったり、言いたい言葉が出てこなかったりするそうですけど、当初から会話はできていたそうです。

左脳が脳卒中になったジルは、それとはかなり違います。
これはヤバいと思って電話をかけようと名刺を見たとき、どこが文字かわからなかったといいます。
名刺を見ても模様にしか見えなかったそうです。
どこが背景で、どこが文字かの区別がつかなかったわけです。

なんとか職場の電話番号を思い出して電話はできたそうですけど、今度は相手の言っている言葉が全く理解できなかったといいます。
「ウォウ、ウォウ、ウォウ」としか聞こえなかったそうです。
何を言っているのかわからないと言おうとしたそうですけど、自分の口から出たのは「ウォウ、ウォウ、ウォウ」だったそうです。
左脳の言語野が機能しなくなるとはこういうことです。
文字か模様かわからないレベルです。

でも、鈴木さんは子供向けの絵本も読めなくなったといっていましたよね。
ただ、読めないと言っていたのは、折り紙教本の絵本です。
つまり、折り紙の折り方なので、イメージ操作です。
イメージは右脳の担当です。
右脳が損傷して読めなくなったのは、字の本じゃなくて、イメージを読み取る絵本だったわけです。

鈴木さんの場合、読めなくなったというより、読んでいる行に集中できなくなったわけです。
集中できないというのは、ADHDとか発達障害でよく言われることです。

鈴木さんは、他にも、予定を聞かれるのが苦手だといっていました。
どういうことかというと、仕事の依頼があって、いつなら取り掛かれるかといったことが答えられないそうです。
今の仕事が、どこまで書けていて、あとどのくらいで終わりそうかといったことは把握できています。
それから、どんな仕事を受けているかもわかります。
ただ、それがいつ終わりそうとか、いつからなら次の仕事に着手でくるかとなると、全く見当がつかないそうです。

同じようなことは、鈴木さんが取材した女性も言っていました。
彼女は、よく約束をすっぽかすそうですけど、よく聞いてみると、ダブルブッキングをしょっちゅうしているそうです。
どうも、スケジュールを把握することができなくて、相手の言うまま約束していたらそうなっていたそうです。

これは右脳の損傷と関係がありそうです。
これは左脳が損傷した人と、右脳が損傷した人に、左の絵を模写してもらったものです。


左脳が損傷して右脳だけで描いたのが真ん中の絵で、右脳が損傷して左脳だけで描いたのが右の絵です。
見てわかるように、右脳は全体がかかれていますけど、真ん中が抜けていますよね。
左脳は、逆に、全体がないですけど、内側の細かいところは描けています。

このことから、右脳は全体をとらえて、左脳は部分をとらえると言えそうです。
どうもこの傾向は、絵とかのイメージだけじゃないようなんです。
自分の抱えてる仕事とか、スケジュールとか、時間も含めた全体が分からなくなるみたいです。
今やってる仕事とか、目先の細かいことは把握できるけど、全体がわからないわけです。

それから、鈴木さんも、発達障害の人も、優先順位がつけられないとよく言います。
これも、全体が把握できないからと思えば理解できます。

ここ、もう少し深掘りしていきます。
鈴木さんは、何かに集中できなくなったといいます。
いろんなものが気になるわけです。
だから、本を読むときも今読んでる行を見失って、読めなくなるわけです。
それから、とにかく脳が疲れるともいいます。

街に出ると、いろんな情報に圧倒されるそうです。
周りの人の話し声、看板、店内のアナウンス。
あらゆる情報が一気に押し寄せてきて、頭が混乱するそうです。
頭が真っ白になって、どうしていいかわからなくなって街中に座り込んでしまうことがしょっちゅうあったそうです。
脳梗塞前はそういうことはなかったので、右脳が損傷したのが原因なことは間違いないです。
じゃぁ、いったい、右脳は何をしていたのでしょう?

おそらく、情報のフィルタ機能です。
いや、正確には、右脳と左脳がバランスをとることで、情報をうまくフィルタイリングしていたんです。

もう一度、この絵をみてください。


右脳は中身が空っぽですよね。
右脳は、外に外に向かいます。
すると、意識は、中身より全体に注意を向けます。
その究極がジルです。
ジルは、意識がどんどん外に向かって、世界と一体となるところまで行きました。

一方、左脳は内に内に向かいます。
だから、意識は、細かいところにどんどん注意を向けます。
障碍者施設でアートを描く「やまなみ工房」の話は何度も取り上げました。
そこの人たちが描く作品はこんなのです。

拡大すると、ちっちゃい人がびっしり描かれています。
意識が部分、部分に向かっているわけです。

こんな感じで夢中になって描き続けます。

普通の人なら、気が遠くなる作業ですよね。
なんで気が遠くなるかというと、こうやって描き続けたら、いつ終わるのかってことを考えるからです。
つまり、全体を見積もったわけです。
それをしない、というか、それができないから、こんな途方もない作業ができるんです。

重要なのは、右脳と左脳のバランスです。
全体に向かう右脳と、細部に向かう左脳のバランスです。
全体に向かう右脳は内側の細かいことは気にしません。

左の絵を模写するとしましょう。
線と線とのつながりとか、角度とか細部を気にするのが左脳です。
ただ、細部だけに集中していると、全体のバランスが取れません。
今の作業が、全体のどの部分かを把握する必要があります。
その時使うのが右脳です。
こうやって、左脳と右脳を交互に使うことで、全体を把握しつつ、中身を程よく描いていくことができます。

これで右脳が機能しなくなったら、細かい情報しか入ってきません。
街に出ると、あらゆる情報が一気に押し寄せて情報を処理しきれなくなります。
これが鈴木さんに起こったことです。

目や耳から入ってくるあらゆる情報を、左脳は全部引き受けようとするんです。
外に向かおうとする右脳は、情報が入ってきても気にしません。
というか、情報をどんどん蹴散らかしていきます。
結果として、目立つ情報、大きな音だけが意識に届けられます。
それだけで十分なんです。
鈴木さんは、それができなくて、すべて処理してたから頭が疲れ切ってしまって動けなくなったんです。

本を読むときも、右脳だけだと、意識を外に向けるので、細かいところに注意が向かなくなります。
左脳だけだと、細かいところに注意が行き過ぎて、逆に、どこを読んでいるかわからなくなります。
右脳と左脳を使うと、今読んでいる文字を中心とした、行全体が視野に入ってくるので、スムーズに視線を動かして文を読むことができます。

いやぁ、こんなこと、考えたことがなかったですけど、街を普通に歩いたり、本を読んだりできるのって、右脳と左脳のバランスで成り立っているんですよね。

それから、鈴木さんは、しょっちゅう不安になっていたそうです。
今、目の前のことはわかるけど、それが全体のどこかがわからないから先が見通せなくなって不安になるみたいです。
ある晩、自動車を運転していたとき、対向車のハイビームで一瞬、目がくらんだそうです。
その瞬間、自分が何をしているのかわからなくなったそうです。
運転しているのはわかります。
でも、どこを出発して、どこに向かおうとしているのか、全体が分からなくなったそうです。
たしかに、そんなことになったら不安になりますよねぇ。

ジルは、その反対です。
世界全体と一体となったとき、この上ない幸福感を感じたといいます。
その経験は、脳卒中になった直後だけでなくて、そのあと、数年、ふと、そういった状態になることがあったそうです。
その状態になると、幸せなので、何もする気が起こらなかったそうです。
だから、その状態にとどまりたいと思うんですけど、このままじゃいけないと、わずかに残った左脳の力で、何とか抜け出そうとしていたそうです。

こんな話を聞くと、どっちが本当の幸せか、よくわからなくなります。
ただ、現代人は左脳優位なので、幸せを感じにくいとはいえそうです。

じゃぁ、左脳だけで考えるのはよくないのでしょうか。
これも使いようだと思います。
左脳は集中した作業ができますから。
たとえば、鈴木さんは、動画の編集の作業とか、気が付いたら10時間とかぶっ通しで作業することがあったそうです。
「やまなみ工房」の人たちは、ものすごい集中力ですごい作品をつくりだしていましたよね。

これができるのは、全体を把握していないからです。

僕らが、同じ絵を描くとしたらどうでしょう。
人の形を10個ぐらいかいて、後、どれだけあるかって全体を見て、「うわ、絶対無理」ってなりますよね。
これが普通の人です。

やまなみ工房の人たちは、全体を見ずに、目の前の作業を淡々と続けていたら、気が付いたらとんでもない作品を作り上げていたわけです。
ここに、生きる上で、重要なヒントがあるような気がします。



はい、今回はここまでです。
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それから、よかったらこちらの本も読んでください。
それじゃぁ、次回も、おっ楽しみに!