第552回 最新の意識科学は、どこを勘違いしているのか?②


ロボマインド・プロジェクト、第552弾!
こんにちは、ロボマインドの田方です。

今、読んでるこの本『脳の本質』です。

最終章が意識なんですけど、意識について語ると、つい、熱くなってしまって、2回に分けて語ります。
この本の全体のテーマは、じつは、フリストンの自由エネルギー原理です。
自由エネルギー原理というのは、環境に適応する生物システムを説明する原理です。
具体的には、環境に関する予測モデルを作って、予測誤差を最小にするようにモデルを調整することで環境に適応するという考えです。
意識は、予測モデルをつかって環境を認識することで、うまく環境に適応できるというわけです。
この自由エネルギー原理こと、意識を解明するカギになるんじゃないかといわれているんですけど、そこに、僕は違和感を感じるんです。

ただ、意識が、何らかのモデルを使って環境を認識するというところは異論はありません。
じゃぁ、どこに違和感を感じてるかというと、自由エネルギー原理ですべてを説明しようとしているところです。
意識の問題って、世界の認識から、言語や思考、感情までと幅広いです。
それをたった一つの原理や数式で説明できるとは思えません。
でも、それをやってしまっているんですよ。
これが、今回のテーマです。
最新の意識科学は、どこを勘違いしているのか?
それでは、始めましょう!

まず、なぜ、予測モデルが必要かから説明します。
人は、目や耳などの感覚器を通して環境を知覚しますよね。
目の網膜からの視覚情報は、まず、後頭葉の視覚野に送られます。

視覚野からの情報は二つの経路に分かれます。

一つは側頭葉に向かう腹側経路、もう一つは頭頂葉に向かう背側経路です。
腹側経路は、物の色や形を分析して、背側経路は、奥行きや位置を分析します。
そうして、最終的にコーヒーカップがあると認識するわけです。
認識するのは意識です。
こんな風に、網膜に投影されたコーヒーカップの映像は、数々の処理を経て意識に到達するわけです。
網膜に投影されてから意識が認識するまで、0.5秒ほどかかります。
これ、どういうことかわかりますか?

これ、意識が認識する世界は、0.5秒遅るってことです。
0.5秒ぐらい遅れても問題ないと思うかもしれませんが、それじゃぁ困るんですよ。
たとえば、プロ野球だと、ピッチャーがボールを投げてからバッターに届くまで約0.5秒かかります。
ボールを認識するのに0.5秒もかかってたら、ボールを打てないですよね。

たとえば、時刻t-1にボールが目の前に来て、網膜に映るとします。
意識がそれを認識するときには、それより少し遅れた時刻tとなります。
ただ、その時は、実際のボールは時刻t+1の位置にいます。
つまり、意識が認識したボールは過去の位置のボールで、その時には、実際のボールは未来の位置にあるわけです。
これじゃ、絶対、打てないですよね。
打つとすれば、未来のボールを打たないといけないですよね。
そんなことできるんでしょうか?

それを可能にするのが予測モデルです。
網膜にボールが映ったら、それをそのまま意識に提示するんじゃなくて、未来の位置を予測して意識に提示するんです。
そうすれば、目の前にボールがあると思ったその瞬間、その位置にちゃんとボールがありますよね。
これで、バッターはボールを打てます。
こんな風に未来を予測するときに使われるのが自由エネルギー原理です。
練習で、高速のボールを何度も見てるうちに、予測モデルの精度が上がってきて、打てるようになるわけです。

予測モデルって、過去から未来を予測するわけです。
そして、予測と結果が違ったら、その誤差の分だけモデルを修正するわけです。
それじゃぁ、本当にモデルの修正なんか行っているんでしょうか?
それを示す面白い実験があります。

他人の腕を、0.1秒間隔で3回タップします。
タップする位置は、最初の二回は手首に近い位置A,三回目はそこから20㎝離れた位置Bです。
相手には、どこを叩いたかは見えません。
そして、どこを叩いたかを質問します。
すると、おかしなことに2回目の位置を、一回目と三回目の中間の位置と答えるんです。
ここでモデルの修正が行われたんです。

ゆっくり解説しますよ。
今、手首を二回目に叩きました。
同じような事象が二回繰り返されると、脳は予測モデルを組み立てます。
この場合だと、0.1秒間隔が手首が叩かれるって予測モデルです。
すると、当然、3回目も手首を叩かれると予測します。
ところが、実際は3回目は20㎝離れた位置でした。
そこで、この誤差をなくすようにモデルを修正するんです。
つまり、0.1秒間隔で10㎝離れた位置を叩くってモデルです。
この修正されたモデルに従うと、2回目の位置は1回目と3回目の中央の位置となるわけです。

注意してほしいのは、2回目が実際に叩かれたとき、意識は手首を二回たたかれたと思ってはずです。
それを後から思い出したとき、2回目の位置が修正されたわけです。
つまり、自分が思っていたことを、後から上書きされて修正されたんです。
それから、後から修正されるのはモデルだけじゃなくて、自分の考えまで修正されるんです。
このことをポストディクションといいます。
日本語では、後付け的再構成と訳されます。

これは日常生活でもあります。
たとえば、ペーパーテストを受けたとしましょう。
選択問題で、答えがAかBか、どうしてもわからない問題があったとします。
教科書に何と書いてあったか思い出せないので、あてずっぽうでAと書きました。

試験結果は合格でした。
あの悩んだ問題もAで正解でした。
それを見て、やっぱりAで正解だったと思いました。
ちゃんと覚えておいてよかって思ったりします。
こんなこと、ありますよね。

でも、回答したときは、あてずっぽうで答えたんです。
その記憶が、後から書き換えられているんです。

これも、予測モデルの誤差修正が起こったからです。
予測誤差を最小にするように自動修正するのが自由エネルギー原理の核心です。
意識が感じることが、すべて、自由エネルギー原理で説明できました。

さて、ここからが本題です。
それじゃぁ、今までの説明を全てひっくり返していきますよ。

このチャンネルで何度も紹介しましたけど、脳内の視覚処理が損傷してものが見えなくなる盲視という視覚障害があります。
盲視患者は目が見えないはずなのに、黒板をレーザーポインターで示して光点の位置を指さしてというと、ちゃんと指さしできるんです。
どういうことかというと、盲視患者が損傷しているのは脳の腹側経路です。

腹側経路は、物の色や形から、そのものが何かを解析する処理経路です。
この経路が損傷したから、何も見えなくなったわけです。
ところが、盲視患者は背側経路は生きています。
背側経路は、物の位置を解析する経路です。
だから、光点の位置を指さしできたんです。

ここで注意してほしいのは、その人の意識は、見えないと言っていましたよね。
つまり、意識は腹側経路の先にあるといえるんですよ。
逆に言えば、物の位置を判定して行動するだけなら背側経路だけでいいんです。

そして、進化的にみて、背側経路は古い生物も持っていて、腹側経路は新しい生物しかもっていません。
つまり、意識を持たない古い生物は背側経路をつかって動きを解析して、それに自動で反応して生きているわけです。
意識を持つまで進化した生物は、見たものが何かを感じて行動を決定できるようになったわけです。

これを踏まえて野球の話を考えてみましょう。
ピッチャーの投げたボールって、物の位置や動きですよね。
ものの位置や動きを解析するのは背側経路です。
つまり、バッターは背側経路を使ってボールを解析して打つわけです。
さっき、背側経路には意識は存在しないっていいましたよね。
自由エネルギー原理の予測モデルっていうのは、意識が環境を認識するためのモデルでしたよね。
今の話から、バッターがボールを打つのに意識も、自由エネルギー原理も関係ないといえます。

それから、背側経路は進化的に古い生物が持っている処理経路です。
たとえば、トカゲを捕まえようとしても、すぐに逃げられますよね。
あれは、背側経路をつかって、動きに反応して行動しているからです。
腹側経路は、色や形といった多段階の処理を経てものを判定するので、時間がかかります。
このことからも、バッターがボールを打つとか、高速で処理するときにつかわれるのは背側経路だとわかりますよね。

次は後付け的再構成について考えてみます。
後付け的再構成というのは、テストの結果を見た後とか、後から結果にあわせて、過去の自分の行動を修正するものです。

この話は、このチャンネルで何度も紹介した分離脳患者を思い出します。
分離脳というのは、左脳と右脳をつなげる脳梁を切断する手術です。
重度のてんかん患者に行われる治療です。
左脳と右脳を切断するなんて、かなり大きな手術で後遺症が心配ですよね。
ところが、意外と本人は何も気づかなくて、今まで通り生活できます。
ただ、よく調べてみると、やはり、おかしな行動が見られます。

右側の視界は左脳、左側の視界は右脳で処理します。
だから、右側の視界、左側の視界に、ちらっとカードを見せることで、左脳のみ、右脳のみに指示を出すことができます。

ある分離脳患者の右脳に「歩け」ってカードを見せました。
そしたら、その人は立ち上がって歩き出します。
そこで、「どこに行くんですか?」って質問したんですよ。
そしたら、その人は、「いやぁ、喉が渇いたから、コーラでも買いに行こうかとおもって」って答えたんですよ。
いったい、同行ことなんでしょう?

詳しく説明します。
その人は、右脳に見せられた「歩け」の指示に従って、立ち上がったんですよね。
でも、左脳と右脳が分離しているので、そのことは左脳は知りません。
言葉を扱うのは左脳です。
「どこにいくんですか?」といった質問に答えるのも左脳です。

ここで、左脳と右脳の処理の違いを簡単に説明しておきます。
右脳はイメージとか直観です。
ぱっと見て、美しいと感じたりするのは右脳です。
それに対して、左脳が扱うのは言語とか思考です。
AならばBといった論理的思考とか、原因結果といった因果関係です。
だから、左脳は因果関係に基づいた理路整然とした世界観を持ちます。
その世界観だと、自分の行動には、何らかの原因がなければいけません。

右脳にしても左脳にしても、感じるのは意識です。
そして、意識にそう感じさせているのは無意識です。

左脳は「どこに行くのですか?」と聞かれましたけど、「歩け」ってカードを見せられたことは知りません。
そこで、原因結果の世界を作り出す左脳の無意識は、無理やりでも原因を作り出すわけです。
そこで、「コーラでも買いに行こうと思って」といった理由を作り出したんです。

注意してほしいのは、これは意識が作ったわけじゃないってことです。
意識が作ったら、それはただのウソとか言い訳です。
そうじゃなくて、無意識が作り出したんです。
そのことを意識はまったく知りません。
だから、本気で、「喉が渇いたから」と思っています。

もしかして、「そんなこと、本当にあるの?」って思ってないですか。

でも、これ、左脳と右脳を分離した人の右脳だけに指示をだすって、ほとんどあり得ない状況だから確認できたわけです。
もし、そんな状況じゃなかったら、「コーラを買いに行こうと思って」といわれたら、「あっ、そう」としか思わないでしょ。
質問した方も、答えた本人すらも、それが嘘だなんて思わないし、確認もできないわけです。
そう考えたら、こんなこと、意外と起こってるかもしれないですよね。
本当はテストでわからなくて適当に答えたくせに、合格したとわかったとたん、ちゃんと知ってたと思い込むとかです。

こう考えたら、この現象も、自由エネルギー原理の予測誤差の修正とは、あまり関係ないといえそうですよね。
この現象が起こるのは、左脳の仕組みによるものと思えます。

前回も言いましたけど、意識科学は、根本的な考えが間違っていると思うんですよ。
根本的な考えというのは、一つの数式とか、一つのモデルですべてを説明できるって考えです。
意識の役割って、知覚したり、感情を感じたり、考えたり、記憶したり、言葉をしゃべったりすることです。
意識を持った生物のなかでも言葉をしゃべるのは人間だけです。
赤ちゃんも言葉をしゃべれませんし、記憶できるようになるのも物心ついてからです。
これらを無視して、自由エネルギー原理一つですべて説明しようとするのは無理があると思うんですよ。

意識を解明するとしたら、どうなったら意識を解明したといえるのか、その定義から決めないといけません。
全てを説明できる数式が存在しないとしたら、意識と同じように動くものを作るしかありません。
もし、人の意識と同じように動く意識を作れたら、それこそが、意識を解明したとなります。
これを構成論的アプローチといいます。

そして、それを実際に作っているのが、僕らが作っているマインド・エンジンです。
マインド・エンジンのお披露目まで、もう少しお待ちください。




はい、今回はここまでです。
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それから、マインド・エンジンの基となる意識の仮想世界仮説に関しては、よかったらこちらの本を読んでください。
それじゃぁ、次回も、おっ楽しみに!