ロボマインド・プロジェクト、第567弾!
こんにちは、ロボマインドの田方です。
今回紹介するのは、オリヴァー・サックスのこの本『幻覚の脳科学──見てしまう人びと』です。
オリヴァー・サックスとラマチャンドランは、ロボマインド・プロジェクトに欠かせない脳科学者です。
ロボマインド・プロジェクトは、脳と同じ仕組みをコンピュータで再現することで、コンピュータに意識や心を発生させようとしています。
同じようなことは世界中で行われていると思いますけど、実は、そうでもないんですよ。
なぜなら、まだ、意識や心の仕組みは解明されていないからです。
わかっているのはニューロンレベルの機能です。
そこで、ニューロンレベルの機能をプログラムで再現して、それを組み立て脳を作ろうとしています。
そうやって組み立てたら、いずれコンピュータに意識や心が発生するだろうってのいうが世界中で行われていることです。
これをボトムアップアプローチといいます。
ロボマインドはその逆でトップダウンアプローチです。
脳の一番ボトムがニューロンなら、トップは意識です。
つまり、先に意識の仕組みを解明して、それをプログラムで再現しようとしています。
問題は、どうやって意識を解明するかです。
意識って、今、目の前に部屋があるとか、世界があるとかって感じているものですよね。
主観とも言います。
僕は、意識の仮想世界仮説っていう意識仮説を立てています。
これは、一言でいうと、僕らが見ている世界は、脳内に作った仮想世界というものです。
じゃぁ、この仮説を検証するとしたら、どうしたらいいでしょう?
普通の人の脳だと、目の前に部屋があるとした思えないでしょ。
それが、脳が損傷した場合、普通じゃない世界が見えることがあります。
そこから、意識の仕組みを解明するわけです。
そして、そんな話を一番よく知っているのが、患者の話を直接聞く臨床の脳のお医者さんです。
その第一人者が、オリヴァー・サックスです。
今回紹介する本には、あり得ない光景が見える人の話がいっぱい登場します。
普通の人には見えないけど、その人にはありありと見えるんです。
そこから、脳が意識にどうやって世界を見せているかがわかってきます。
これが今回のテーマです。
幻覚の科学
見てしまう人びと
それでは、始めましょう!
ある日、サックス先生が務める老人ホームの看護師から緊急の電話がありました。
ロザリーという90代の婦人が、突然、幻を見るようになったと言うんです。
急いで駆けつけると、確かに、ロザリーは幻覚が見えると言います。
ただ、看護師は一つ重要なことを伝え忘れていました。
それは、ロザリーが全盲だということです。
ロザリーは数年前に全盲となりました。
これまで、特に何もなかったそうですけど、それが、突然、幻が見えるようになったそうです。
ロザリーは言います。
「東洋風のゆったりしたドレスを着た女性が、階段を上がったり下りたりを繰り返している」って。
彼女は、幻覚を見ている間、目を開けています。
そして、まるで実際の光景を見ているかのように、目が何かを追って動きます。
サックス博士はシャルル・ボネ症候群と診断を下しました。
シャルル・ボネ症候群は目が見えなくなったり、視力が低下したときに幻覚が見える症状で、意外と多くみられる症状です。
特徴は、幻覚を見ていると本人が自覚していることです。
つまり、本人の頭は正常だということです。
統合失調症のような精神疾患でも幻覚を見ることがありますけど、統合失調症の場合、本人はそれが本物と思いこみます。
それから、もう一つの違いは、統合失調症の場合、本人に話しかけたり、あれしろ、これしろと命令することです。
一方、シャルル・ボネ症候群の幻覚は、本人を全く無視して勝手に動くので、まるで映画を見ているようだと言います。
それじゃぁ、幻覚と、頭の中で想像することの違いは何でしょう?
それは、幻覚は目を開けて見ますけど、想像の場合、目を閉じます。
人が想像するときは、目を開けると逆に想像できなくなるので、目を閉じます。
ロザリーは、以前は見えてましたけど、年を取って白内障か緑内障で目が見えなくなったようです。
つまり、眼球の問題で見えなくなっただけで、脳のなかの「見る」という機能は持っているわけです。
シャルル・ボネ症候群は、頭は正常ですけど、本物と幻覚の違いがつかないと言います。
つまり、本人にしたら、実際にあるように見えるわけです。
ロザリーも、本当に婦人が階段を上がったり下がったりしているように見えると言います。
ということは、これは実際に「見る」という「経験」をしていると言えますよね。
逆にいうと、「見る」という経験には、実際に見えるかどうかは関係ないとも言えます。
どういうことかというと、「見る」という経験は、現実世界を「見る」ということじゃなくて、脳の中の世界を見るということなんです。
シャルル・ボネ症候群で現実と幻覚の見分けがつかないということは、現実の世界を見ているときも、脳が作り出した世界を見ているわけです。
つまり、脳の中に仮想世界を作り出して、意識は、それを見ていると言えます。
別の見方をすると、脳は、仮想世界を作り出す機能を持っているとも言えます。
そして、普通は、目が見た世界を脳内に作り出します。
だから、意識は現実世界が見えるわけです。
そこに、緑内障で目が見えなくなったとします。
見えないところに、何らかの脳障害で仮想世界を作り出す機能が動き出したとします。
たとえばランダムに仮想世界を作り出すとかです。
それがシャルル・ボネ症候群です。
こう考えたら、すっきりしますよね。
そしてこの脳のモデル、まさに、意識の仮想世界仮説そのものといえますよね。
僕らは、今、意識の仮想世界仮説を基にしたマインド・エンジンというコンピュータの心を作っています。
具体的にはメタバースを作って、その中に、マインド・エンジンを実装したAIアバターを作っています。
マインド・エンジンは、AIアバターが見た光景を仮想世界として内部に再構築します。
仮想世界は3DCGのアニメーションで再現します。
3DCGのアニメーションっていうのは、たとえば、3Dキャラクターに「歩く」ってモーションを当てはめて動かします。
キャラクターの動きはプログラムで制御します。
「誰々が歩く」ってプログラムを実行すると、仮想世界の中でキャラクターが歩き出すわけです。
脳のなかで、この機能が勝手に動き出したのがシャルル・ボネ症候群と言えそうです。
ロザリーの場合だと、「ドレスを着た女性が階段を上がったり下りたりする」ってプログラムが動き出したんです。
上がったり下りたりを繰り返すって、いかにもプログラムっぽい動きですよね。
そう考えたら、脳がどんなふうにして世界を作り出しているかわかってきます。
今の場合だと、3Dモデルと、その動きを持っていて、その組み合わせで世界を作り出しているわけです。
その他の例も見てみましょう。
シャルル・ボネ症候群は、完全に失明したときだけでなく、視力が弱くなったりとか、見えている時にも起こります。
ゼルダは物が二重三重に見える幻覚を見るそうです。
料理をしていると、お皿がいくつにも見えるので、何人分作ったのかわからなって困るそうです。
レストランで会計を待っているとき、同じストライプのシャツを着た人が6,7人並んでいて、全員が同じ動きをしていたそうです。
しばらく見ていると、折りたたまれて一人になったそうです。
車を運転しているとき、目の前の道路が4本に分裂していくのが見えたそうです。
分裂するだけじゃなくて、道を歩いている人物がどんどん大きくなって、家の屋根ぐらいの高さにまで大きくなる幻覚も見たそうです。
体全体じゃなくて、顔の一部が変形する幻覚も見ることがあるそうです。
ある時、郵便配達員と話していると、その人の鼻がみるみる大きくなって、しばらくすると元の大きさに戻ったそうです。
ある時、サックス先生がゼルダを診察をしているとき、ゼルダがサックス先生の顔をじっと見ていたそうです。
「どうかしましたか?」って聞くと、「先生のひげがどんどん広がって、顔と頭全体を覆っていきます」って言ったそうです。
いやぁ、これらの話、どれもCDアニメで簡単に作れますよね。
道路や、同じシャツを着た人が分裂するのは、3Dモデルのコピー機能で簡単に再現できます。
人物が大きくなるのも、3Dモデルを大きくすれば簡単に実現できます。
それから、3Dモデルの顔は目や鼻、ヒゲといったパーツから組み立てられています。
だから、鼻だけ大きくしたり、ヒゲを増やしたりといったことも簡単にできます。
じつは、これ、3Dモデルだけの話でなくて、実際の脳の中も同じように管理しているんですよ。
たとえば、顔のパーツは、側頭葉の紡錘状回顔領域というところで管理しています。
つまり、ここに鼻とかヒゲの3Dモデルがあって、それらを組み合わせて顔を再現しているわけです。
それから、上側頭溝領域は人の様々な動きを管理しているところです。
たとえば、これは歩くです。
https://michaelbach.de/ot/mot-biomot/
(適当に再生)
これって、3Dアニメの歩くのモーションそのものです。
これを人の3Dモデルに適用したら、その人が歩き出すわけです。
頭の中には世界の部品があって、脳はそれを組み合わせて世界を作り出しているってことがわかるでしょ。
シャルル・ボネ症候群で見える幻覚は、人とかものだけじゃなくて、文字や数字、楽譜の幻覚を見る人もいます。
ただ、幻覚の文字を読もうと思っても、母音がなかったり、文字が素早く動いて読めなかったりするそうです。
楽譜の場合も同じです。
五線が4本だったり6本だったりするし、一本の縦棒に6個以上の音符がついた複雑な和音だったりで、演奏不可能な楽譜だそうです。
実は、これに近い幻覚は僕も見たことがあります。
学生時代、家で机に臥せって昼寝してた時です。
腕に額をのせて寝てたんですけど、目が覚めたとき、目の前にお札があるのが見えたんです。
机の上にお札でもおいてるのかと思ったんですけど、目はつぶったままです。
どうも、半分夢を見ているような状態でした。
何でお札と思ったかというと、お札によくあるモアレ模様が見えたんですよ。
こんな模様がゆらゆらしてるのが見えたんです。
次に、何円札だろうって思って数字を読もうとしたんですけど、それが読めないんですよ。
数字ってことだけはわかるんですけど、具体的な数字が読み取れないんですよ。
たぶん、僕がみたのは、脳の中にある数字の原型みたいなものだったんじゃないかと思います。
その数字の原型に、中身の数値が入って、僕らは数字として認識するわけです。
音符も同じです。
音符の原型があって、それに具体的な「ド」とかいう音が入って音符になるんです。
目に見える記号は、数字か音符か、種類を示す原型と、その中身の値の組み合わせで作られるようです。
このうち、値の部分が「意味」です。
これは、色も同じです。
まず、色を表す原型があるんです。
色の原型に、意味としての具体的な色が入ります。
たとえば、リンゴをみたとき、赤いなぁと思いますよね。
その時、色の原型と、それに設定された赤をまとめて、赤い色と感じているんですよ。
これは種類としては色で、値は赤というわけです。
さて、色は脳の中だと側頭葉のV4野で処理します。
そして、シャルル・ボネ症候群の人が赤いリンゴを見ているとき、このV4野も活性化します。
ところが、幻覚を見るんじゃなくて、赤いリンゴを想像したときにはV4野は活性化しないんですよ。
ここ、重要なので詳しく解説します。
頭で考えるとき必要なのは意味ですよね。
意味というのは、色だったり、数字だったら具体的な値、音符だったら具体的な音です。
原型というのは、意味とか値を入れる箱です。
そして、それが現実世界にあるわけです。
つまり、原型の箱が現実世界と意味とをつなげる役割を果たしているわけです。
逆に言うと、意識が、これは現実世界だと感じるのは原型の箱を感じているからです。
箱なしで、中身の意味だけ感じるのが想像です。
想像したものは、意識で自由に操作できます。
それが考えるとか論理的思考です。
一方、原型の箱は、意識が作り出すことはできません。
原型を作り出すのは無意識です。
無意識は、目や耳からの知覚情報を基に仮想世界を作り出すわけです。
意識は、それを認識して、目の前に世界があるとか、色があると感じます。
ところが、目が見えなくなった時、無意識のこの機能が作動して、仮想世界をランダムに作り出すことがあります。
これがシャルル・ボネ症候群です。
無意識は仮想世界を原型をつかって作ります。
だから、意識にとっては、実際に見えると変わらないわけです。
これが幻覚です。
僕らの意識、主観が認識する世界が、どんなふうに管理されていて、どんなふうに作られるかわかりましたよね。
これが冒頭で説明したトップダウンアプローチによる解明です。
このやり方、誰もやっていないんですけど、かなり有効だってことがわかりますよね。
僕がやっているのは、意識や主観がみる世界を、いってみれば顕微鏡で分解する作業です。
17世紀後半に顕微鏡が発明されて、生物は細胞というものでできていることがわかりました。
その後、どんどん倍率が拡大していって、この世界は分子とか原子でできていることがわかりました。
これは物理世界の話です。
僕が解明しようとしているのは、物理世界でなくて、主観世界です。
主観世界を分解して、主観が見る世界を構成する材料を見極めようとしているわけです。
物理世界を解明する手段が顕微鏡なら、主観世界を解明する手段が、脳を損傷した人が見る世界です。
そして、それを基に心のモデルを考えて、そのモデルをコンピュータで実際に作って動かすわけです。
それがロボマインド・プロジェクトです。
世界で誰もやってない方法ですけど、この方法でここまで具体的に意識の仕組みが解明されてきました。
良かったらロボマインドを応援してください。
はい、今回はここまでです。
この動画がおもしろかったらチャンネル登録、高評価お願いしますね。
それから、意識の仮想世界仮説に興味があれば、よかったらこちらの本も読んでください。
それじゃぁ、次回も、おっ楽しみに!
幻覚の脳科学
見てしまう人びと幻覚の脳科学
見てしまう人びと
第567回 幻覚の脳科学 見てしまう人びと
