ロボマインド・プロジェクト、第569弾!
こんにちは、ロボマインドの田方です。
1973年、『サイエンス』誌にある論文が掲載されると、大論争が起こりました。
論文のタイトルは「狂気の場所で正気でいることについて」です。
ここでいう狂気の場というのは、精神病院のことです。
アメリカの8か所の精神病院で、ある症状を診察してもらいました。
症状はただ一つ、幻聴が聞こえるです。
ただし、幻聴以外はいたって正常で、普通に会話もできるし、ちゃんと生活もできます。
そして、結果は、すべての病院で統合失調症と診断されました。
この論文、何が論争となったかというと、実は、患者は全て偽の患者だったんです。
つまり、声が聞こえるというのは全くのデタラメです。
それなのに、全員が統合失調症と診断されたわけです。
この論文が言いたいのは、精神疾患の診断なんて、それだけいい加減なものだってことです。
精神疾患の診断には、一般にDSM「精神疾患の診断・統計マニュアル」というものを使いますけど、マニュアルどおり診断すると、幻聴が聞こえるというだけで統合失調症と診断されるわけです。
さて、今回も、オリヴァー・サックスの『幻覚の脳科学』からの紹介です。
今回は、幻覚でなくて幻聴の話です。
サックス先生は、統合失調症になると幻聴が聞こえるけど、幻聴が聞こえたからと言って統合失調症とは限らないと指摘します。
第567回でシャルル・ボネ症候群の話をしました。
シャルル・ボネ症候群は、目が見えなくなった時、幻覚がみえる症状で、特徴は、精神は問題ないことです。
つまり、本人は幻覚だとわかってみていることです。
このような場合、自分の頭がおかしくなったんじゃないかと思われたくないので、黙っていることがほとんどです。
そのため、以前は、シャルル・ボネ症候群は非常に珍しい病気と思われていました。
ところが目が見えなくなった人を対象に大規模な調査をしてみると、結構な数の人が幻覚を見ていることが分かったそうです。
それと同じで、サックス先生は幻聴を経験している人は結構いるんじゃないかと言います。
ただ、そういうと頭がおかしくなったと思われるので、あえて病院に行く人はいないだけです。
だから、実際に病院に来て幻聴と診察されるほとんどは統合失調症なので、幻聴が聞こえる人のほとんどは統合失調症だというデータしか存在しないというわけです。
この話、僕も納得します。
なぜかというと、実は、僕も何度か幻聴を経験したことがあるからです。
これが今回のテーマです。
幻聴は、本当に統合失調症か?
それでは、始めましょう!
まず、心の仕組みから説明します。
人は、目で見た世界を脳の中で再構築します。
そして、それを見るのは、この自分です。
意識とか主体です。
意識が、脳の中に再構築した世界を見て、見えると感じます。
これが、意識による「見る」という経験です。
これは、僕が提唱する「意識の仮想世界仮説」による説明ですけど、このことはシャルル・ボネ症候群にも当てはまります。
シャルル・ボネ症候群は、見えない視界に、本物と見分けがつかない幻覚が見える症状です。
これは、逆に言うと、意識は現実世界を直接見てるわけじゃなくて、頭の中に構築した世界を見てると言えます。
だから、その世界に現実にないものを作り出したら、現実と見分けがつかない幻覚が見えるわけです。
今のは視覚の場合ですけど、聴覚でも同じことが言えます。
耳からの聴覚情報が、脳内世界で、音として再現されて、意識はその音を聞きます。
このとき、耳からの聴覚情報にない音を脳内で再現した場合、幻聴となります。
ここまでは幻覚も幻聴も同じです。
では、幻覚と幻聴の違いはあるんでしょうか?
幻聴の場合、たんなる音だけでなく、言葉が聞こえることがあります。
じゃぁ、音と言葉の違いって何でしょう?
それは、メッセージです。
映像だけでは伝えられないことも、言葉のメッセージだと伝えることができます。
シャルル・ボネ症候群の人がいうには、幻覚は、ただ、映像が流れているだけだといいます。
無声映画を見ているようで、幻覚と自分とは関係がありません。
一方、幻聴は言葉です。
言葉は、自分に語りかけてきます。
統合失調症の場合、誰かに命令されると幻聴がよく聞こえますけど、それは、精神が正常の場合の幻聴でも起こります。
2007年のダニエル・スミスの著作『ミューズ、狂人そして預言者-幻聴の歴史、』には、スミスの父と祖父の幻聴の話が出てきます。
二人とも精神は正常で幻聴が聞こえましたけど、幻聴に対する対応が正反対でした。
父は、幻聴の声が気になって仕方がないといいます。
その声は、グラスをテーブルの片側から反対側に移せとか、地下鉄で特定の改札口を使えと指示するそうです。
その声に従っている内に、彼の内面生活は耐え難いものになっていったそうです。
一方、祖父も幻聴が聞こえたそうですけど、逆に楽しんでいたそうです。
例えば、幻聴の声を競馬の賭けに使ったりしてたそうです。
ただ、結果はあまりうまくいかなくて、でも、トランプは、うまくいったと楽しそうに語っていたそうです。
精神は正常で、同じように幻聴が聞こえても、捉え方によって、全くちがってくるわけです。
さて、人は頭の中で独り言を言いますよね。
独り言は、自分が言っていると自覚しています。
でも、特殊な状況だと、それがわからなくなることがあるようです。
ロシアの偉大な心理学者、レフ・ヴィゴツキーは自身の体験をこう語ります。
足に重傷を負って山を下りる危険な状況にあったときです。
膝が脱臼してひん曲がった状態で小川を渡ったとき、あまりにも疲れて、ちょっとだけ昼寝しようと思ったそうです。
すると、強くはっきりした声で、「ここで休んではだめだ」と聞こえたそうです。
それは、頭の中の独り言とははっきりと違ったそうです。
明らかに、誰かから声をかけられたように聞こえたそうです。
その声に従ったおかげで、無事、山を下りることができたそうです。
もし、あの時、途中で昼寝してたら、きっと、助からなかっただろうといいます。
同じような話は、探検家の話でもあります。
ある冒険家がアンデスの氷壁でクレパスに落ちたとき、どうすべきかって声が聞こえて、その声にしたがって行動したら、無事、助かったそうです。
状況はかなり違いますけど、僕も、同じような声が聞こえたことがあります。
僕は、よく昼寝というか仮眠を取るんです。
それも、一日に二回も三回もです。
ずっと仕事してたら頭がぼぉーとして、頭が回らなくなるでしょ。
そんな時、ちょっとだけ仮眠をとるんですよ。
すぐ目の前にソファがあって、そこにちょっとだけ横になるんですよ。
15分ぐらいがちょうどいいんですけど、なかなか15分でさっと起きれないんですよ。
ちょっと目が覚めても、もうちょっといいかなって、二度寝、三度寝することがよくあります。
昼間ならまだいいんですけど、夜12時とかにこれやっちゃうと、気が付いたら朝まで寝てるってことがよくあります。
そんなウトウトしてるとき、時々、はっきりと名前を呼ばれることがあるんですよ。
最初は、母親の声でした。
「あっちゃん」ってはっきり聞こえたんです。
まぁ、あっちゃんって呼ばれているんですけどね。
いや、本当に呼ばれたのかと思って、びっくりして飛び起きていました。
さて、僕は、コンピュータで人間と同じ心を作る研究をしています。
そこで、知覚情報から世界を再構築する心のモデルを考えました。
コンピュータで世界を再現するとすると3DCGになりますよね。
目に見えるリンゴは、3Dのリンゴオブジェクトとして再現します。
オブジェクトというのは、データをまとめたものです。
リンゴオブジェクトなら、赤くて丸いって形のデータとか、味は甘いとか、果物とかってデータを持っています。
これらのデータは、言ってみればリンゴの意味です。
さて、前回、幻覚と、思い出すイメージでは、脳内の活性化する場所が違うって話をしました。
目からの視覚情報は、後頭葉の一次視覚野に送られると、そこから側頭葉の腹側視覚路で色や形を分析します。
分析は線の傾きとか形とか低レベルな視覚情報から始まって、徐々に複雑な高レベルな情報を分析して、最終的にリンゴオブジェクトを生成します。
だから、リンゴを見たとき、腹側視覚路の色や形を分析する部分が活性化するわけです。
そして、リンゴの幻覚を見たときも同じ部分が活性化します。
ところが、意識でリンゴを思い浮かべたときは、腹側視覚路は活性化しないんです。
意識で思い浮かべるときに活性化するのは前頭前野です。
意識は前頭前野にあるといいますのでこれは納得できます。
思い浮かべたり考えたりするとき、重要なのは意味ですよね。
現実のリンゴはよく見ると、ちょっと傷ついてたり、形が歪んでたりするかもしれませんけど、リンゴについて考えるとき、そんなのはあまり関係ありません。
つまり、思い浮かべるとき、線の傾きや色を分析する腹側視覚路は使わないから活性化しないわけです。
ちなみに、シャルル・ボネ症候群の人は、幻覚のリンゴの方が、本物のリンゴよりリンゴらしいっていいます。
それは、たぶん傷とか歪みがない完璧なリンゴを作り出しているからでしょう。
さて、世界構築システムが、意識が認識する世界を構築します。
意識が認識する世界というのは、目に見える部分、耳で聞こえる部分と感覚の数だけ種類があります。
目に見えるのが視覚オブジェクト、耳に聞こえるのが聴覚オブジェクトです。
聴覚オブジェクトの一部に声があります。
声は、言葉を伝えるオブジェクトです。
そして、言葉は、何らかのメッセージを伝えます。
目に見えるリンゴも思い出すリンゴもどちらも脳内に作られたオブジェクトですけど、この二つは意識ははっきりと区別します。
目に見えるリンゴは、世界構築システムが作り出した視覚オブジェクトで、思い出すリンゴは、リンゴの意味だけを持つ概念としてのリンゴです。
同じように、頭の中で独り言で考える言葉と、耳から聞こえる言葉ははっきりと区別されます。
耳から聞こえる言葉は、世界構築システムが作り出した聴覚オブジェクトで、独り言で考えるときに使う言葉は、言葉の意味だけのオブジェクトです。
幻覚も幻聴も、目や耳から入力がないのに視覚オブジェクト、聴覚オブジェクトを作り出したものです。
視覚オブジェクトは、見えるオブジェクトとして作ればいいですけど、幻聴は音だけでなくて、意味やメッセージを入れないといけません。
ここが、幻覚と幻聴の違いです。
頭の中で何かを考えるとき、言葉で考えますよね。
じゃぁ、頭で何かを考えるきっかけは何でしょう。
それは、その時感じたことです。
お腹がすいたと感じたら、何か食べたいなぁと考えます。
寒いなぁと感じたら、上着を着ようと考えるとかです。
これが通常の情報処理です。
例えば、山で遭難して疲れたとき、普通なら、ここで休もうと思ったり、いや、ここで休むと危険だと思ったりするわけです。
この時、体も脳も極度に疲労していて、情報処理が経路が混乱したとします。
たとえば、「ここで休むと危険だ」と無意識で思ったのに、間違って聴覚オブジェクトを作ったとします。
すると、どうなるでしょう?
「ここで休むな」って声が聞こえるでしょ。
これが幻聴です。
クレパスに落ちた冒険家は、こういっていました。
幻聴の声は常に冷静で落ち着いていて、常に正しい道に導いてくれたと。
その声に従ったおかげで助かったと。
幻聴は自分の無意識が作り出した心の声です。
表面的な思考は、今の正直な感想です。
疲れたから休みたいとかです。
でも、心の奥の無意識は休むべきでないと知っているわけです。
そして、無意識の声が幻聴を作り出すんです。
さて、僕の場合です。
僕は、クレパスに落ちるとか、極度の疲労状態とか、極限状態にはなってないです。
ただ、仮眠してて起きかけの意識が朦朧とした状態にはなっていました。
夜12時とかで、このまま眠り込むと、間違いなく朝まで寝てしまうって無意識ではわかっていました。
おそらく、「何とかして起きなければ」という無意識からのメッセージが、聴覚オブジェクトになって現れたんでしょう。
オカンの声で「あっちゃん!」って呼びかけられたんです。
最初、びっくりして起きてたんですけど、だんだん、慣れてくるんですよ。
「わかってるって」ってなって、三度寝とかしてしまうんですよ。
そうなると、今度は、誰か知らない声で起こしに来ます。
でも、びっくりして起きるのは最初だけで、それも慣れてくるんですよ。
そうなると、今度は、ピンポーンって呼び鈴が鳴るようになったんですよ。
びっくりして飛び起きて、急いで玄関見たんですけど、誰もいなくて、幻聴やってわかるんです。
まぁ、それも、最近、慣れてきました。
そしたら、昨日のことです。
ソファで仮眠してたら、ポケットに入れたスマホがバイブ通知で鳴ったんですよ。
メッセージかLINEが来たと思って急いで確認したんですけど、何にも来てなかったです。
聴覚オブジェクトだけじゃなくて、振動オブジェクトまで使って起こそうとしてくるんですよ。
いやぁ、無意識もなかなかやりますよねぇ。
はい、今回はここまでです。
この動画がおもしろかったらチャンネル登録、高評価お願いしますね。
それから、意識の仮想世界仮説に興味がある方は、よかったらこちらの本を読んでください。
それじゃぁ、次回も、おっ楽しみに!
第569回 幻聴は、本当に統合失調症か?
