ロボマインド・プロジェクト、第590弾!
こんにちは、ロボマインドの田方です。
さて、この動画、覚えていますか?
https://www.youtube.com/watch?v=LM0T6hLH15k
0:30~0:37ぐらい
Magic LeapというVRシステムのプロモーション動画です。
2016年の動画で、10年近く前の動画になります。
これからはVRの時代だって言われてた頃です。
この動画の何に驚いたかっていうと、裸眼でVRが見れるってとこです。
ついに、こんな時代が来るって、みんな本気で思っていたんですけど、後から、これはコンセプト映像だって言い初めて、最終的に発売されたのはこれです。
ただのVRゴーグルです。
今、「マジックリープ」で検索すると、サジェスチョンで出てくるのは「失敗」です。
まぁ、マジックリープは残念な結果になってしまいましたけど、でも、みんなが求めているのはこれですよね。
ゴーグルなんかつけなくても、目の前にリアルに出現する映像です。
それも、本物と区別がつかないリアルな立体映像です。
できたら実際に触りたり、香りも再現してほしいですよねぇ。
まぁ、それを実現するとしたら空気分子を変換しないといけないので物理的に不可能です。
そう思ってあきらめていたんですけど、まんざら実現できないこともないことがわかってきたんですよ。
どうやって実現するかというと、幻覚です。
この前から読んでいるのが、オリヴァー・サックスの『幻覚の脳科学』です。
この本には、様々な幻覚が見える人の話がいっぱい出てきます。
前回まで紹介してきたのは、主にシャルル・ボネ症候群です。
シャルル・ボネ症候群は、目が見えなくなったりしたとき、見えない視界に見える幻覚です。
ある人は、階段を下りたり上がったりを繰り返す婦人の幻覚を見ました。
本物と見分けがつかないですけど、でも、触ることはできません。
映画を見ているようで、自分とかかわることはありません。
ところが、今回紹介する幻覚は、見えるだけでなくて、実際に触ったりできます。
もし、これが人工的にできたら、究極のエンターテイメントになりますよね。
これが、今回のテーマです。
人工幻覚は究極のVR
それでは、始めましょう!
オリヴァー・サックスといえば、映画「レナードの朝」です。
「レナードの朝」は、嗜眠(しみん)性脳炎の治療を担当したオリヴァー・サックスの実話に基づく映画です。
嗜眠性脳炎は原因不明の運動障害で、患者は長期にわたって半昏睡状態となってほとんど動かなくなります。
サックス先生は、嗜眠性脳炎の患者にLドーパというドーパミンを増加させる薬を投与しました。
すると、なんと、何十年も昏睡状態にあった患者が歩き出したんです。
さらに投与すると、しゃべったり普通に生活ができるようになったんです。
このLドーパという薬は、パーキンソン病の治療薬です。
ただ、このLドーパにはある副作用がありました。
それは、過剰なドーパミン活性によって、幻覚を引き起こすことです。
サックス先生は、嗜眠性脳炎やパーキンソン病で見えるいろいろな幻覚を紹介します。
たとえば、ある患者は目に見えないネズミに追いかけられて転んだそうです。
第568回では、感覚遮断によって誰でも幻覚が見える実験を紹介しました。
幻覚は、最初単純な線や幾何学図形だったのが、だんだん複雑になって、やがて人やものの形になって、最後は、その人が動く場面となります。
これは、脳の視覚処理経路で説明できます。
目からの情報は最初、後頭葉の一次視覚野に送られて、そこから二つの経路に分かれます。
一つは側頭葉の腹側視覚路で、もう一つは頭頂葉の背側視覚路です。
このうち、腹側視覚路は色や形を分析して、最終的に、それが何かを分析するので「何の経路」と呼ばれています。
背側視覚路は、見えたものの位置や動きを分析するので「どこの経路」と呼ばれています。
飛んできたボールを掴んだり、よけたりできるのは「どこの経路」で位置や動きを分析しているからです。
視覚を遮断したとき、単純な図形から徐々に複雑な形となって、最後は何かの物の幻覚が見えたといっていましたけど、これは、幻覚が腹側視覚路に沿って作られるといえます。
一方、Lドーパを投与された患者は、幻覚のネズミに追いかけられて転んだと言っていました。
追いかけるとは、位置や動きにかかわります。
つまり、この人が見た幻覚は「どこの経路」に作用していたと言えるんです。
その意味で、Lドーパによる幻覚は、脳の広範囲が影響しているといえます。
その他、嗜眠性脳炎のおばあさんは、目に見えない針と糸をつかって、ずっと縫物をしていたそうです。
ある時、サックス先生に「あなたのためにベッドカバーに刺繍をしたのよ」といって見えないベッドカバーを広げて見せてくれたそうです。
これなども、物をもったり広げたりという動作にかかわってくるので「どこの経路」が関係する幻覚といえます。
「何の経路」だけの幻覚の場合、漠然と空中に見えるといったものですけど、「どこの経路」もかかわると、自分や実在するものとかかわります。
たとえば、Lドーパを投与されたある患者は、何も映っていないテレビの画面に顔が見えたそうです。
別の患者は、部屋にかかっている西部の町の絵を見ていると、酒場から人が出てきたり、カウボーイが通りを疾走するのが見えるといったそうです。
それから、いろんなものが変形する幻覚が見える人もいたそうです。
その人は、椅子に掛けてあったサックス先生の青いセーターが、象みたいな怪物に変形するのが見えたそうです。
それから、いっしょにラーメンを食べていたら、どんぶりのなかの麺が人間の脳に変形したと言っていたそうです。
そう言いながら、普通にラーメンを食べていたそうです。
また別の人は、酒場のダンサーの肌が全身タトゥーでおおわれているのを見たそうです。
そのタトゥーがだんだん光り始めて、そのあと脈打って、やがてのたうち回り始めたそうです。
その時点で、これは幻覚だと気づいたそうです。
じつは、僕も昔、幻覚を見たことがあるんですよ。
15年ぐらい前、和室がある古いアパートに住んでた時です。
僕が見たのは、はっきりした映像じゃなくて、ぼんやりした黒い影みたいなものです。
知らない間に昼寝してたみたいで、目が覚めたとき、すでに、あたりが薄暗くなっていました。
電気をつけないと思ってぼぉーっとしてたら、目の前の壁に10cmぐらいの黒いぼやっとした影がみえるんです。
はじめ、壁の染みかとおもったんですけど、そんなとこに染みなんかなかったはずです。
そう思って見てたら、ぼやっとした影が柱にそって上に上がっていくんですよ。
もしかしてクモ?と思ってそっと近づいて見に行ったんです。
寝起きでぼぉーっとしてるから見えるだけで、近づいたら消えるだろうとおもったんですけど、近づいてもそれは消えませんでした。
その時には、頭もはっきり目覚めています。
ただ、近づいても、まだ輪郭がはっきりせずぼやけて、そのまま、ゆっくりと上にあがっていきます。
そのころから、僕は心の仕組みとかに興味があったので、これは、僕の心の中が投影されているんじゃないかと思ったんですよ。
それで、心の中で「右に動け」とか言ってみたんですけど、思った通りには動きませんでした。
今度は、「触ったらどうなるやろう?」と思ってそっと指で触れてみたんですよ。
でも、何も感じませんでした。
ところが、今度はその黒い影の方が僕の指に近づいてきて僕の手にまとわりつくんですよ。
しばらく僕の手の上で動いたかと思うと、だんだん色が薄くなっていって最後は消えてしまいました。
これ、一回だけじゃなくて、そのころ、数回経験しました。
ただ、そのあとは一切、その影を見ることはなかったです。
それでは、この話を分析していきます。
あのころに比べて、僕も、かなり心の仕組みがわかってきました。
さっきも言いましたけど、「何の経路」では色や形を分析します。
側頭葉には、こんな形がいっぱいあって、これを使って形を分析して、それを組み合わせてものを作り出します。
色や形といった低レベルの要素を組み合わせて高レベルの複雑な物体を作り上げて、最終段階ではかなり具体的な物体となります。
たとえば、後頭葉腹外側領域では、様々な立体の形を認識して、紡錘状回顔領域では人の顔を認識して、海馬傍回場所領域は風景や場所に認識します。
それだけじゃなくて、上側頭溝領域では様々な動きを分析します。
たとえば、これは「歩く」です。
https://michaelbach.de/ot/mot-biomot/
(適当に再生)
僕らが認識するものは、こんな要素が組み合わされて、最終的にオブジェクトとなります。
オブジェクトというのは様々なデータを集めたものです。
たとえばリンゴを見たら赤くて丸いって思いますけど、これはリンゴオブジェクトは赤って色データと、丸いって形状データを持っているからです。
そして、幻覚も、こういった要素を組み立てて作られます。
さて、僕のみた幻覚の場合、どうも色や形といった要素が抜けていたようです。
だから、漠然とした黒い影といったオブジェクトになっていたようです。
その代わり、他の物体とかかわる動きの要素は持っていたようです。
動きの要素は、そのオブジェクトにかかわる要素で自動的に動きが決まります。
たとえば歩くなら、人体のどの部分を動かすとか、足は地面を蹴るとか動きのパターンが決まってます。
僕がみたのは、何かわからない黒い影のオブジェクトでしたけど、ゆっくりと動いてまとわりつくって動きを持っていたわけです。
だから、手を差し出すと手にまとわりついてきたわけです。
たぶん、タトゥーの幻覚は、光るとか、脈打つ、のたうち回るって動きを持っていたんでしょう。
いやぁ、こんなリアルな幻覚を自由に再現できたら、これこそ、究極のエンターテイメントになりますよね。
ただ、幻覚は見えはしますけど感触がありません。
僕が見た影も、手の上に載ったとき、何も感じませんでした。
ところが、触った感触を感じる幻覚もあるんです。
パーキンソン病と診断されたある患者は、触覚の幻覚を感じると言っていたそうです。
その人は、物体の表面にふわふわした綿毛とか綿菓子みたいな幻覚が見えるそうです。
ふわふわって言葉があるってことは、ふわふわって概念があるわけです。
ふわふわの概念は、きっと脳の側頭葉にあって、オブジェクトの要素にもなり得るんです。
その人が、あるとき、机の下の落とした消しゴムを拾おうとしたとき、消しゴムを覆っているふわふわに触れた感触をはっきりと感じたそうです。
視覚による幻覚があるのなら、触覚の幻覚があってもいいわけです。
じゃぁ、触覚はどこで感じるんでしょう?
手で感じると思いますけど、厳密には脳で感じています。
脳には体性感覚野って領域があって、そこには身体がマッピングされています。
そして、手に何か触れたとき、体性感覚野の手の部分が活性化します。
つまり、ふわふわした感覚を感じるときも、この部分が活性化するわけです。
さて、幻覚は一次視覚野に投影された映像を色や形の要素の分解して、それを組み立てて最終的にオブジェクトを作り出しましたよね。
今回、生み出されたのは触覚です。
シャルル・ボネ症候群とかで起こる幻覚は、「何の経路」が活性化して、視覚オブジェクトを作り出したわけです。
パーキンソン病の原因物質はレビー小体と言われています。
レビー小体というのは、タンパク質が異常に折りたたまれた塊です。
これが、神経細胞に作用すると神経障害が起こります。
このレビー小体はいろんな神経細胞に作用するので、視覚処理の神経以外にも様々な神経が活性化します。
この場合だと、おそらく感覚野の手の部分の神経が活性化したんでしょう。
活性化というより、逆に伝播したんです。
普通なら、手の末梢神経から感覚野に伝わって、それが脳内で作られるオブジェクトの触感になります。
それが、幻覚に触れたとき、幻覚のオブジェクトから逆に感覚野に伝播して、幻覚に触ったと感じたんでしょう。
実際に触れる幻覚まで再現されたら、これはかなりリアルなエンターテイメントになりますよね。
ここ数年、脳に電極を埋め込むブレインマシンインターフェイス技術が盛んに研究されています。
有名なのはイーロンマスクのニューラリンクです。
今、研究されているのは、考えるだけで文字を入力したり、ロボットアームを操作するといった脳からの出力です。
でも、いずれ、脳への入力も研究されます。
たとえば、脳に埋め込んだデバイスが幻覚を作り出すとかです。
見えるだけじゃなくて、触ることもできます。
そこまでできたら、もう、現実との違いがつきません。
これが未来のエンターテイメントです。
今の進歩だと、10年以内に実現されているかもしれませんよ。
はい、今回はここまでです。
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それから、よかったらこちらの本も読んでください。
それじゃぁ、次回も、おっ楽しみに!
第570回 人工幻覚は究極のVR
