第572回 オリヴァー・サックス衝撃告白 ドラッグ依存


ロボマインド・プロジェクト、第572弾!
こんにちは、ロボマインドの田方です。

今読んでいるのが、オリヴァー・サックスの『幻覚の脳科学』です。

オリヴァー・サックスは、1933年にイギリスで生まれてオックスフォードで医学の学位を取得して、その後、1962年にカリフォルニア大学で神経医学の研修医となりました。
オリヴァー・サックスといえば、映画「レナードの朝」の原作で有名です。

それ以外に、『火星の人類学者』や

『妻を帽子と間違えた男』

など、数々のベストセラーを出しています。
サックス先生の書く本は、患者がどのように感じて、何を見たかって患者の心の中から描かれています。
病気の表面的な症状だけでなくて、人間全体を捉えます。
サックス先生が目指したのは、19世紀の医学秘話です。
患者の物語として病気を記述するスタイルです。
そして、それは、ときに患者だけでなく、自身の体験もあります。
たとえば、『左足を取り戻すまで』は、大けがをして左足の感覚がなくなって、それを取り戻すまでの心の内面を、患者の視点から赤裸々に描いています。

さて、サックス先生の最初の本が出版されたのは1970年の『サックス博士の片頭痛大全』です。

そして、今読んでいるのが『幻覚の脳科学』が出版されたのは2014年で、これは、サックス先生が亡くなる1年前です。
この本のテーマは幻覚です。
さっき言いましたけど、サックス先生は、1960年第にカリフォルニア大学で研修医をしていました。
60年代のカリフォルニアですよ。
LSDなんかのドラッグが出てこないのが不思議でした。
そう思っていたら、やっぱり出てきました。
それも、ありとあらゆるドラッグを試しています。
なんといってもお医者さんですから、ふつうの人より簡単に薬物が手に入ります。
最初、週末だけだったのが、やがて、日常的に使うようになります。
やめようと思ってもやめられません。
完全に依存症です。
そして、どうやってやめることができたのか。
なかなか壮絶な話です。
たぶん墓場まで持っていくつもりだったんでしょうけど、最後の最後に語ることにしたんでしょう。
これが今回のテーマです。
オリヴァー・サックス
衝撃告白 ドラッグ体験
それでは始めましょう!

幻覚が興味深いのは、見える幻覚によって脳内の処理がわかるからです。
重要なのは、脳波やニューロンといった外から観測した脳の活動でなくて、意識が見る世界が見えることです。
僕は、意識の仮想世界仮説を提唱しています。
それは、人は、目からの視覚情報を基に脳内に仮想世界が作ります。
そして、意識はその仮想世界を見ます。
幻覚というのは、現実にないものが見える現象です。
つまり、幻覚の見え方で、どのようにして仮想世界が作られるのかがわかるのです。

たとえば、LSDの幻覚の一つに、物の大きさが大きくなったり小さくなったりすると言います。
ある人は、部屋の高さが15メートルぐらいになったかと思うと、今度は60センチぐらいになったといいます。
さて、意識が感じる物の大きさって、何を基準に感じているでしょ。
それは、ものさしとかじゃなくて、自分の体です。
自分の何倍もの高さの天井とか、自分の半分ぐらいの天井とかって感じているわけです。
自分の半分の部屋に自分が入るのかって疑問が出てきますけど、幻覚なので、今はそんな理屈はあまり関係ありません。
重要なのは、主観は自分の体を基準にして物の大きさを感じるということです。
普通なら、自分よりちょっと上に天井があると感じるところを、自分の10倍ぐらいとか、半分ぐらいに感じたわけです。
おそらく、何かものを見たとき、無意識は、自分の体に対してどのくらいの大きさかを測って、それを意識に提示するんでしょう。
その機能が薬物でおかしくなって、部屋が大きくなったり小さくなったり感じたわけです。
こんな風にして、仮想世界はどのように作られるのかがわかるわけです。

その人は、物の大きさだけでなく、時間も伸びたり縮んだりしたといいます。
アパートのエレベーターに乗ったとき、100年ごとに1フロアを通過するといいます。
自分の部屋に戻ると、数百年をふらふら過ごしたといいます。
まず、意識は、時間を感じる機能があるわけです。
それは、時計を使って測るわけじゃなくて、意識が感じる時間です。
物の大きさが自分の体を基準としているなら、意識が感じる時間は、生まれてから死ぬまでの人生を基準にしているんでしょう。
1年とか10年といった感覚は、自分の人生を基準に感じるものです。
その時間感覚がLSDで思いっきり伸びたというか縮んだんでしょう。
たとえば一生を100年として、それが10秒に縮んだとすると、10秒経過しただけで、100年経った気がするわけです。
だから、エレベーターが1フロア通過するごとに100年かかると思ったわけです。

次はサックス先生自身の体験です。
最初はマリファナたばこから始めたそうです。
二口吸って、自分の手を見つめると、それが視界をふさぐようにどんどん大きくなって、同時に自分から遠ざかっていったそうです。
しまいには、長さ何光年もある手が、宇宙に広がるのが見えたそうです。

さて、ここでも物の大きさが大きくなりましたよね。
脳内に作られる仮想世界は、コンピュータでいえば3DCGです。
3Dモデルは、パラメーターを変えることで簡単に大きさを変えることができます。
仮想世界を作るのは無意識が薬物でおかしくなってパラメーター設定がめちゃくちゃになったんでしょう。
だから、手がどんどん大きくなったんでしょう。
それからここで注目すべきは、「視界をふさぐように」手が大きくなったってところです。
僕は、なんとなく、幻覚ってホログラムの立体映像みたいに半透明じゃないかと思っていました。

だから、よく見たらわかるんじゃないかと思ってたんですよ。
でも、視界をふさぐように手が大きくなるっていうことは不透明で、見ただけじゃ、見分けがつかないってことです。
でも、これも考えたらわかります。
ホログラムは、現実世界に投影した立体映像です。
でも、幻覚は脳内の仮想世界に作り出されたものです。
意識は、脳内の仮想世界を現実世界と思ってみています。
だから、脳内の仮想世界に作り出されたら、そりゃ、現実と見分けがつかないわけです。

1960年代の西海岸に住んでいたサックス先生は、そのあと、LSDなどのドラッグを次々に試していくことになります。
ある日、友人に「本当にぶっ飛びたいならアーテンを試せ」と言われたそうです。
そこで、ある日曜の朝、合成麻薬のアーテンを一気に20錠飲んだそうです。
LSDのように世界が崩壊するのを期待してたそうですけど、何も起こらなくてがっかりしたそうです。
しばらくして、いつもくる友人夫妻が訪ねてきたそうです。
いつものようにキッチンでハムエッグを焼いて、その間、リビングから二人のおしゃべりが聞こえていました。
「できたぞ」といってリビングに行くと、そこには誰もいませんでした。
最初から誰もいなくて、すべて幻覚でした。
この時、サックス先生は心底驚いたそうです。

LSDなどの今までの薬物は、おかしな世界だと自覚していました。
本物と見分けがつかないけれど、現実にはあり得ないから、これは幻覚だとわかりました。
ところが、アーテンは違います。
現実にあり得る幻覚を見せるんです。
幻覚を現実と思い込むようになったら、これは精神疾患になります。
サックス先生は統合失調症と同じじゃないかと疑いましたけど、それもちょっと違います。
統合失調症の場合、幻覚が自分に命令したり脅したりするのが特徴ですけど、それはありません。
本当に、普通の会話をしただけです。
この後、サックス先生は家の中に大きなクモをみつけると、そのクモが「やぁ!」とあいさつしてきたそうですけど、それが奇妙だと思わなかったそうです。
不思議の国のアリスで、白ウサギが話しても、アリスが妙におもわなかったのと同じだといいます。
サックス先生も、「やぁ」と返して、しばらくクモと哲学についての会話をしたそうです。
こうなってくると、精神が正常なのか異常なのかわかりません。
ここでは、そのことはちょっと置いておいて、この幻覚について考えてみます。

第570回で説明しましたけど、視覚処理は単純な形からら複雑な形へと段階を追って分析します。
低レベルの処理は、単純な幾何学図形を分析して、

高レベルの処理では、それらを組み合わせて顔とか建物とかを分析します。

これらの分析結果に基づいて無意識が仮想世界を組み立てて、意識はそれを現実と認識するわけです。
LSDだと、手が大きくなったりして、普段と違う世界が見えたと認識していました。
ところが、アーテンだと、普通と違うことがわかりません。
普段起こっていることだけでなくて、クモと会話するとか、あり得ないことが起こっても、それが普通だと思うわけです。
今、見えている世界は無意識が作った仮想世界です。
それが異常か正常かと思うのは、それを見ている意識です。
と、今までそう思っていました。
でも、今の話だと、異常なことが起こってもそれに気づかない幻覚もあるわけです。
仮想世界にあるものは無意識が作っていましたよね。
それは、低レベルの幾何学図形を組み合わせて高レベルの建物とか顔を組み立てます。
どうも、この段階にはさらに高レベルの処理がるみたいなんです。
つまり、これは正常か異常かって判断すら、無意識が設定するんです。
そういう理性的な判断は、意識がやるものだと思っていましたけど、それすら無意識が作り出していて、意識は、それを受け取るだけなんです。
ドラッグの種類によって、どのレベルまで影響するかが決まるわけです。
おそらく、アーテンはもっとも高レベルの部分まで影響しているんでしょう。
夢も同じですよね。
夢でどれだけおかしなことが起こっても、これが夢だと気づかないじゃないですか。

サックス先生は、最初は週末だけドラッグをつかっていましたけど、だんだん、普段の日も使うようになりました。
さらに強力なものを求めて、やがてモルヒネを静脈注射するようになりました。
前日、15世紀の100年戦争の本を読んでいたそうです。
そして、モルヒネを試すと、自分の服の袖の上で、100年戦争の光景が繰り広げられたそうです。

朝、9時半にモルヒネを打って、気が付いたら10時になっていたそうです。
でも、外を見るとすっかり暗くなっています。
どうやら、12時間以上、ずっと袖の上の戦争を見続けていたそうです。
これはヤバいと思ってドラッグを止めようと思ったそうですけど、なかなかやめられなかったそうです。
やめると、眠れなくなるので、今度は睡眠薬を服用するようになったそうです。
そしたら、睡眠薬もどんどん増えて、毎日、通常の10倍以上服用していたそうですけど、ある日、それを切らしたら、振戦せん妄という症状になりました。
これは急激に薬物を経った時におこる症状で、脅迫的な幻覚にとらわれるかなり苦しい症状です。
そのあと、サックス先生はニューヨークに移って診療所で働くようになりました。
そこは、片頭痛専門の診療所でした。
片頭痛というのは、実は、ものすごく複雑な現象です。
片頭痛は、発作の数分前の前兆から始まりますけど、そのとき、幻覚がみえることがよくあります。
その数分間に、脳の機能が崩壊して、再統合します。
片頭痛の発作は、脳のあらゆる機能を知っておかないと、その本当のメカニズムを解明することはできません。
ところが、論文を読んでも、血圧とか表面的なデータしか扱っていなくて、サックス先生はそこが不満でした。
片頭痛には、もっと人間的なトータルなアプローチが必要だとずっと考えていました。
その時、図書館で19世紀に書かれた片頭痛に関する分厚い本を見つけました。
そこには、片頭痛によっておこる様々な症状や、患者本人が見る幻覚が書かれていました。
サックス先生は、アンフェタミンを服用して読み始めると、すっかり本の世界に入り込んでしまいました。
まるで、19世紀に自分が診察しているような感覚になったそうです。
それは、物理学や生物学など、幅広い科学の知識と医学を統合して、さらに患者の内面を含めた全体を対象とする人間中心の理想の医学です。
これはとんでもない傑作です。
サックス先生はさらに夢想します。
今の時代、これだけの幅広い知識をもって、これだけの傑作をかけるとしたら誰がいるだろうって、高名な教授を何人か思い浮かべたそうです。
その時、内なる声が聞こえました。
「ばか野郎! お前こそその人物だ!」

「自分が書く」
これこそ、自分しか書けない本だ。
そう思った瞬間、新たな覚醒が起こったそうです。
それは、ドラッグで味わう覚醒とは全然次元が違うというか、魂の奥底から込み上げてくるものです。
いつもなら、ドラッグが切れると、しばらくうつ状態が続いて何もやる気が起こらないのですが、その時は、それがなかったそうです。
それより、人間中心の医学書を書くという構想を考えると、いてもたってもいられなくなります。
その日以来、サックス先生はきっぱりとドラッグを止めたそうです。
あれほどやめたくてもやめれなかったドラッグを断つことができたんです。
そうして、1970年、37歳のとき、サックス先生の最初の著作、『片頭痛大全』を書きあげました。

それから、2015年に亡くなるまで、10冊以上の本を書き続けました。
そのどれもが、患者の心の中を描いた人間中心の心温まる医学エッセイです。

この話を読んで、自分のことを思い出しました。
僕にも同じことが起こりました。
それは、30歳の誕生日でした。
当時、大きな病気をして、5年生存率30%とも言われてて、残りの人生、何をしようかと思っていた時です。
ふと、大学時代のことを思い出したんです。
当時、物語パターンっていうのを考えていたんですよ。
起承転結とか、逆境に打ち勝つとか、物語にはパターンがあるでしょ。
そのパターンに当てはめて、面白い物語を無限に作る方法をいろいろ考えていたんですよ。
そのことを、思い出して、「あれ、今なら、コンピュータでできるよなぁ」って思ったんですよ。
だれか、作っていないかなぁってネットで検索したんですけど出てきませんでした。
「ないかぁ」って思ってたら、心の声が聞こえたんですよ。
「ないなら、自分で作ったら?」って。

サックス先生と同じです。
いやぁ、「プログラムも作ったことないのに、そんなの無理」って思ったんですけど、そのことを考えたら次々アイデアが浮かんで、いてもたってもいられなくなったんですよ。

サックス先生は、心の声で、自分のやるべきことに気付いて、気が付いたらドラッグもやめていました。
僕は、ドラッグはしてなかったですけど、当時、やめたくてもやめれないものがありました。
このまま続けても、人生に何のメリットもないどころか、悪くしかならないことがわかっていてもやめれられないものです。
それは、サラリーマンです。
僕も、自分がやりたいことが分かった瞬間、きっぱりとそれを断つことができました。
気が付いたら5年過ぎて、もう25年以上たちます。
いや、この動画を撮ってるのが5月15日で、明日が56歳の誕生日なので26年です。
ちょうど、26年前、ロボマインド・プロジェクトの構想が降りてきたんです。
いやぁ、よく、ここまで続けたれたとおもいます。
自分のやるべきことさえわかれば、人生、何とかなるののです。