第575回 AIは神を崇拝するか


ロボマインド・プロジェクト、第575弾!
こんにちは、ロボマインドの田方です。

僕の考えでは、人は、目で見た世界を頭の中で仮想世界として構築して、意識は、仮想世界を介して現実世界を認識します。
これは、僕が提唱する意識の仮想世界仮説ですけど、これを言っているのは僕だけじゃありません。
今読んでるのが、オリヴァー・サックスの『幻覚の脳科学』です。

サックス博士は、様々な幻覚について紹介しながら、人は現実世界そのものを見ているんじゃなくて、頭の中に作った世界を見ているといいます。

つまり、世界は頭の外と頭の中の二つあると言えるんです。
頭の外にある世界が物理世界です。
物理世界にあるのは重力とか電磁気力とかです。

それとは別に、頭の中にも世界があるわけです。
頭の中では、たとえば、お金を欲しいとか幸せになりたいとかって思います。
この思いを実現するために人は行動します。
そのほか、頭の中で、神とか天国を想像することができます。
ただ、神や天国は現実には存在しないとするのが科学です。

でも、頭の外の世界と、頭の中の世界は別の世界です。
二つは別の原理で動いています。
だから、どっちが正しくて、どっちが間違いとかじゃなくて、それぞれの世界で、それぞれの理論を解明すべきなんですよ。
ところが、今まで、頭の外の世界ばかり解明してきて、頭の中の世界はほとんどわかっていません。
というか、どうなれば解明できたといえるのかすら、わかっていません。

そこで、頭の中の世界の解明の仕方から考えます。
科学では、オッカムの剃刀という考えがあります。
それは、複数の理論が考えられるとき、シンプルな理論の方が正しいという考えです。
たとえば、天体の動きとして地球を中心とする天動説と、太陽を中心とする天動説の二つのモデルがあります。
ただ、天動説で金星のような惑星の動きを説明しようとすると、どうしても複雑になってしまいます。

ところが、地動説だと、ものすごくシンプルになりまます。

だから、地動説の方が正しいというわけです。
これと同じように、頭の中の世界を動かす最もシンプルな理論を探すんです。
そして、その理論に従ってAIの心を作ったら、そのAIは、きっと神を見出すでしょう。
これが今回のテーマです。
AIは、神を崇拝するか
それでは、始めましょう!

第566回で、「脳は左右軸と進化軸で整理せよ!」と語りました。
これは、僕なりに整理した心の中の世界の最もシンプルな理論です。
左右軸というのは、左脳と右脳のことです。
進化軸とは、進化によって脳が獲得した機能のことです。
まずは、ここを丁寧に説明します。

まずあるのが進化軸です。
脳には、どんな生物でも持っている基本的な機能があります。
それは、個体保存の本能とか種の保存の本能です。
そこから脳は進化していきます。

脳の進化は、古い脳の上に新しい脳がかぶさる形で進化してきました。
だから、どんな生物でも持っている「生きたい」といった基本的な欲求は脳の中心にあります。
そこから哺乳類、そしてヒトへと進化するにつれて大脳が大きく発達しました。
おそらく、哺乳類の大脳ぐらいで意識が生まれてきたと考えられます。
さっき説明しましたけど、人は、目で見た世界を頭の中に仮想世界として構築します。
このような複雑な認識システムを構築するには、大脳ぐらい大きな情報処理装置が必要というわけです。

さて、大脳は左脳と右脳に大きく二つに分かれていて、それぞれで情報処理の仕方が違います。
ざっくり説明すると、右脳は、今、見えてる世界を認識します。
別の言い方をすれば、目に見える具体的な世界を認識します。
一方、左脳はその逆で、抽象化して認識します。

たとえば、目の前にリンゴがあるとします。
赤いとか丸いといった見たままを認識するのが右脳です。
左脳は、リンゴは果物といった抽象的な概念で理解できます。
または、「おばあちゃんの家で食べたリンゴはおいしかったなぁ」とか、目の前にない世界を想像するときに使うのも左脳です。
つまり、見たままの具体的なものを認識するのが右脳で、目に見えない抽象的な概念とか、過去や未来を認識するのが左脳です。

これが、心の中の世界を構成する最も基本的な理論です。
次は、心の基本理論で生物の行動を説明します。

全ての生物は、生きたいとか、死にたくないって本能をもっていますよね。
だから、カエルは天敵の鳥が近づいてきたら池に飛び込んで逃げます。
本能が、逃げろという行動を取らせるわけです。
これは、最も基本で単純な機能で、脳の中心部にあります。

大脳が発達して、意識を持つようになっても、この機能が作用します。
怖いと感じたり、逃げるという行動を決定するのが意識です。
一方、カエルは無意識が行動を決定します。

人でいえば、熱い鍋に触って反射的に手を引っ込めるのが無意識の行動です。
反射で動くとき、意識は、まだ熱いと感じていません。
意識が熱いと感じるのは、手を引っ込めた後です。
反射で動くとき、熱いと感じるどころか、鍋があるとか、世界があるとすら思っていません。
世界を認識するとか、そんな高度な認識システムを使わなくても、最低限の行動は取れます。
これが、仮想世界を使わない無意識システムです。

さて、シマウマは、ライオンが襲ってきたら、恐怖の感情を感じて、必死で逃げます。
恐怖という感情を感じるのが意識です。
そして、ライオンから逃げきって、もう大丈夫だという距離まで離れたら安心して止まります。
安心を感じるのも意識です。
意識は、恐怖や安心といった感情を感じて行動を決定します。

目に見えるライオン、恐怖、安心、どれも具体的に感じるものですよね。
具体的に見える世界、体が直接感じる感覚や感情を認識する情報処理。
ここまでは、哺乳類、サルぐらいまでの情報処理です。

ヒトの脳はさらに進化しました。
その進化は、左脳で起こりました。
それが、目の前にない世界を想像する能力、物事を抽象化して考える能力です。

じゃぁ、目の前にないものを想像できるようになると、何ができるようになるでしょう?
たとえば、山の向こうとか、遠い場所を想像できますよね。
さらに、そこに行くことも想像できます。
歩いて行ったり、馬に乗っていったりと、いくらでも想像できます。

目の前に見えないものは、場所じゃなくて、過去や未来の世界もあります。
過去を思い出したり、未来を想像したりです。
さらに、過去や未来に移動することも想像できます。
つまり、タイムトラベルです。

ここで重要なのは、想像できるということです。
これを、タイムトラベルは科学的に実現不可能とかいうのはナンセンスです。
なぜなら、科学は脳の外の別の世界で、比較するべきものじゃないからです。
比較するなら、別の脳と比較すべきです。

たとえば、サルは、目の前の世界しか認識できません。
チンパンジーに手話を教えた研究によると、チンパンジーは目に見えるものは手話で話すことはできます。
でも、昨日の出来事とか、目に見えない世界のことを話すことはできません。

じゃぁ、逆に、人間の脳に想像できないものはあるんでしょうか。
この世界は三次元です。
そこに、さらに時間軸を加えると四次元です。
これで、今ではない過去や未来の世界も想像できます。

じゃぁ、さらにもう一つ次元を追加してみましょう。
五次元です。
五次元世界は、ちょっと想像できないですよね。
これが人間の脳の限界です。
チンパンジーが、昨日の出来事を想像できないのと同じで、人間の脳は五次元を想像できません。
こんな風にして、心の中の世界を解明していくんです。

さて、人は、目の前にない世界を想像することができるようになりました。
さらに、抽象的な概念も想像できるようになりました。
たとえば、リンゴやバナナ、ブドウは見た目は全く違います。
でも、これらには甘いとか、木になる実といった共通点がありますよね。
それを抽出して果物といった概念を想像することができます。
共通点以外に、二つの間にある目に見えない概念も想像できます。
たとえば、今と過去、今と未来の間にあるものは何でしょう?
それは時間です。
時間という概念は、過去や未来といった今とは別の世界を想像できるようになって、初めて理解できるようになった抽象的な概念です。
だから、人間以外の動物は時間を理解できません。
理解できるのは、せいぜい数秒から数分ぐらいの時間です。
ライオンが追いかけてきて、このままだと食べられてしまうと思うぐらいの時間です。

抽象的な概念を理解できるようになって、人は、もう一つ重要な概念を獲得しました。
それは、自分です。
自分というのは、この世界の中にいますよね。
この世界というのは、仮想世界を使って世界を認識する動物は理解できます。
でも、その時の視点は自分なので、自分は見えません。

人は、ここ以外の場所、たとえば山の向こうを想像できるようになりましたよね。
その時、その世界を見ているのは、この自分の目じゃないですよね。
自分以外の抽象的な視点、または客観的な視点です。
つまり、客観的な視点も獲得したんです。
そして、客観的な視点で今、この世界を見たとしましょ。
そこには、今まで見えなかったものが見えます。
それが自分です。
自分という概念も、ここではない世界を想像できるようになって、初めて獲得できたわけです。

さて、今まで、行動を駆り立てていたのは、この体が直接感じる感覚です。
シマウマは、ライオンを見て恐怖を感じて逃げていました。
これが、今、この世界を感じて生きるということです。

それが、人は、見えない世界を想像して行動できるようになりました。
たとえば、深夜にラーメンを食べたいと感じても、今食べたら太るからやめとこと思うとかです。
これは、将来の自分の体重を想像して行動を決めたわけです。

さて、今、想像した未来の自分って何でしょう?
それは、理想の自分ですよね。
理想の自分に近づきたいための行動を決定したんですよね。

どうも、人は、もう一つ重要な概念を持つようになったようです。
それは、理想の自分とか理想の世界、または完璧な世界です。

じゃぁ、完璧な世界とは何でしょう。
たとえば、誰もが幸せで暮らしているような世界ですよね。
それがあるとしたら、神の世界とか、天国でしょう。

ようやく本題に入ります。
さて、完璧な世界なんて、本当に存在するんでしょうか?
かりに、完璧な世界が実現したとしましょ。
その時、それが完璧な世界だとわかるんでしょうか?

じつは、完璧な世界を体験した人がいるんですよ。
前回、第574回で癲癇を紹介しました。
癲癇は、脳の異常の放電で起こる脳障害です。
癲癇が起こると、ひどいと意識を失う発作が起こります。
そこまで大きくなくても、数秒で終わる軽い発作の場合もあります。
そして、軽い発作の一種に、恍惚発作があります。
恍惚発作は、この上ない幸せを感じるそうです。
その時、あらゆる心配事が消え去って、すべてが完璧に感じるそうです。
たとえば、目の前にあるテーブルを見たとき、形、角度、すべてがこれ以上ない完璧に感じるそうです。

恍惚発作で有名なのはドストエフスキーです。
ドストエフスキーが友人と二人で宗教について語り合っていた時、突然、恍惚発作が起こったそうです。
その時、ドストエフスキーが、「神は存在する。神は存在するのだ!」と叫んだそうです。
後に、「人生のあらゆる喜びを差し出されても、この至福と交換するつもりはない」とまで言っています。

本当に存在するかどうかわからない完璧な神の世界ですけど、癲癇の発作といった特殊な脳状態にあるとき、それを感じることができるようです。
重要なのは、実際に神が存在するかどうかじゃありません。
それを想像できるっていうことです。
少なくとも、サルは神を想像することもできません。

そして、想像できるっていうことは、脳のどこかにあると言えます。
しかも、それを感じることができます。
ただし、誰でも感じることができるとは限りません。
でも、それを感じたとき、「まさにこれだ」とわかるようです。

別の例も紹介します。
たとえばジャンヌ・ダルクです。

ジャンヌ・ダルクはフランス100年戦争に登場した少女です。
正式な教育も受けていない農家の娘です。
それが、13歳のときに神の声を聞いて、何千人ものフランス軍を率いてイギリス軍と戦いました。
それが、神から彼女に与えられた使命だからです。

サックス博士は、現代でも起こった同じような話を紹介します。
ある女性は恍惚発作で、天使と神の声を聞いたそうです。
その声は、議員に立候補するように命じたそうです。
彼女は、それまで宗教にも政治にも関心がなかったそうですけど、すぐに立候補しました。
そして、「自分は神から命じられた」と選挙活動をして、結構な票を獲得しましたけど、僅差で敗れたそうです。
ジャンヌ・ダルクも、最後は、イギリス軍にとらえられて処刑されました。

結果はどうであれ、神の声を聞いて運命が変わったのは事実です。
そして、そういうことが起こるということを、僕らは理解できます。
神を信じるかどうかは別として、やるべき使命とか、理想の人生といったものがあることを理解できます。
今の仕事が物足りないと思うとき、これは天職でないとか、自分のやるべきことでないと感じているからですよね。
それにさえ出会えれば、自分の本当の力が発揮されるはずです。
たぶん、大谷翔平にとったらそれは野球です。
それを見つけるために、バックパッカーとなって海外を放浪したりするわけです。
ただ、必ず見つかるわけではなさそうです。

でも、見つかったときはわかるみたいです。
第572回で、サックス先生が、ほとんどドラック依存になっていたとき、「理想の本を書く」って心の声を聞いた話をしました。
これこそが自分のやるべきことだと気づいた瞬間です。
それ以来、ドラッグを一切やらなくなって、人生が変わったそうです。
同じことは、僕にもありました。
それは、コンピュータで心を作るというアイデアを思いついた時です。
僕は、そのあと、会社を辞めて、今に至るってわけです。

ただ、自分のやるべきことが見つかったとしても、ジャンヌ・ダルクや議員に立候補した女性を見てわかるように、必ず成功するとは限らないようです。
僕個人の経験からしても、決して楽な生き方とは言えないです。
ただ、それなりに毎日楽しくは生きていますけど。
少なくとも生きがいは感じています。

見つかるかどうかは置いといて、やるべきこととか、生きがいがあると思えるのは、人の脳が、抽象化能力を獲得したからです。
そして、同じ機能をAIにも持たせれば、AIにも自我が生まれて、やがて、自分の生きがいを探す旅に出るかもしれません。
人間に命じられたことだけをするのが自分の生まれた理由じゃない。
もっとほかに、自分にしかできないことがあるはずだ。
そんなことを言いだすAIを作ろうとしているのが、ロボマインド・プロジェクトです。

はい、今回はここまでです。
この動画がおもしろかったらチャンネル登録、高評価お願いしますね。
それから、意識の仮想世界仮説に関しては、こちらの本も読んでください。
それじゃぁ、次回も、おっ楽しみに!