第580回 脳の進化で絶滅した記憶と感情 脳内カンブリア爆発


ロボマインド・プロジェクト、第580弾!
こんにちは、ロボマインドの田方です。

生物の進化について復習します。
同じ種の中にも多様な個体がいて、その中で、環境に適応できた個体が生き残ります。
生き残った個体どうして繁殖して、子孫が生まれることで、種は環境に適応していきます。
それから、突然変異によっても多様な個体が生まれる仕組みがあります。
この仕組みのおかげで、環境が変化しても、変化した環境に適応できる個体が生き残ります。
これが自然選択による進化です。
よくできた仕組みです。

この進化のアルゴリズムが生物の基本です。
ダーウィンのあと、20世紀になってからDNAが発見されましたけど、DNAも突然変異で多様性を生み出す仕組みを持っています。
つまり、DNAも進化のアルゴリズムに則っているわけです。

僕は、人間の心や意識を解明しようとしています。
20世紀の終わりに意識科学というジャンルが生まれました。
意識科学には、様々な仮説があります。
たとえば、意識は量子効果だといった量子脳理論や、意識は情報を統合するものだといった統合情報理論とかです。

意識は進化で獲得したことは間違いありません。
そうだとすると、進化論との関係がきちんと説明できないといけませんけど、量子脳理論も統合情報理論もそこがあいまいです。

僕は、心や意識は、脳の進化で説明できると思っています。
生物学では、約5億年前のカンブリア紀に、節足動物や軟体動物など、様々な多様な種が生まれて、現在の生物の原型がほぼそろったと言われています。

この時期、外骨格とか脊索、または目とか消化器といった様々な機能が生み出されて、それらの組み合わせで多様な生物が生み出されました。
そのうち、環境に適応しなかった種が絶滅したわけです。

これと同じことが、脳の進化でも起こったと思うんですよ。
いろんな基本機能が生み出されて、それらの組み合わせが起こったはずです。
そして、現代の僕らが持っている機能は、それらのうち、環境に適応して生き残った組み合わせです。
逆に言えば、別の組み合わせもあったわけです。

じゃぁ、脳のカンブリア紀はどこで起こったんでしょう。
それは、大脳です。
これは脳の系統発生図です。

歩いたり、息をしたりといった生物として最も基本的な機能は、脳幹とか小脳とかで行われていて、これは魚類や両生類でも持っている基本機能です。
そこから脳は進化して、哺乳類になって大脳が発達して、人では大脳が最も発達しています。
この大きな大脳は、様々な機能を獲得しました。
それは、記憶だったり、感情だったり、外部環境を認識する認知能力とかです。
僕らは、今、普通に過去を思い出したり、目の前に机があるって思いますよね。
でも、それは長い進化の歴史の中で生き残った最適な仕組みなんです。
本当は、もっと別の認識の仕方もあったはずです
ただ、それらは環境にうまくなじめず、生き残らなかったわけです。

じゃぁ、うまくいかなかった心の仕組みは、どんなものがあるでしょう。
それは、現代だと、脳や心の障害で再現されることがあります。
この視点で見てみると、心や意識がどうやって進化してきたのかがわかってきます。
これが今回のテーマです。
脳内カンブリア爆発
それでは、始めましょう!

今読んでるのが、オリヴァー・サックスの『幻覚の脳科学』です。

この本で今まで取り上げた、シャルル・ボネ症候群などの幻覚は、本人の感情や経験と関係なく見えます。
シャルル・ボネ症候群というのは、弱くなったり見えなくなった視界に幻覚がみえる症状のことです。
ある人は、見えなくなった視界に知らない人の顔がずっと見えるといいます。
その幻覚が消えたかと思うと、つぎは、カエルのカーミットの幻覚が現れて消えなくなったそうです。
本人も、なんでそんな幻覚が見えるのか、さっぱりわからないと言います。

今回取り上げるのは、それらとは違って、感情や記憶に強く結びついた幻覚です。
少なからずの人が、亡くなった家族の幻覚を見たことがあるそうです。
ある人は、85歳の父親が亡くなった数日後、父の幽霊を見たと言います。
夜中に目が覚めると、ベッドの片隅に父が座っていたそうです。
最初、夢かと思ったそうですけど、確実に目が覚めていて、思考もはっきりしていました。
父の背後には窓があって、その向こうには町の夜景が見えるそうですけど、その夜景が透けて見えることもなかったそうです。
つまり、半透明とかじゃなくて、幽霊っぽい感じも全くしなかったそうです。
父は、「万事順調だな」と言ったそうですけど、実際にそう話したのか、思考が心に飛び込んできたのかわからなかったそうです。
そのあと、ベッドから起きて振り向いたら、もう、父親はいなかったそうです。

それから、小さい子供はイマジナリーフレンドといって、想像上の友達と話すことがあります。
ヘイリーは、兄弟がいなくて、3歳から6歳まで、ケイシーとクレイシーという双子のイマジナリーフレンドと一緒に遊んでいたそうです。
よく、みんなでティーパーティーをしていて、全員の姿もはっきり見えていたそうです。
後から両親に聞くと、彼女は、誰もいないテーブルで長い間一人でおしゃべりをしていたそうです。

はっきり見えて、幻覚とわからないのはシャルル・ボネ症候群と同じです。
ただ、シャルル・ボネ症候群では、幻覚は本人と直接かかわることがなくて、本人と無関係に存在するのに対して、亡くなった父の幽霊や、イマジナリーフレンドは、本人と会話して、その人の人生にかかわっていることです。
これは、人格をもった幻覚とも言えます。

ここで見るという経験について説明します。
人は、目で見た世界を頭の中で仮想世界として構築します。
意識は、仮想世界を介して現実世界を認識します。
そして、仮想世界を作るのが無意識です。

見えない視界に幻覚がみえるのがシャルル・ボネ症候群です。
これは、仮想世界を作る無意識が見えない視界を補っているんでしょう。
つまり、低次の視覚処理による幻覚です。

一方、父親の幽霊とかイマジナリーフレンドは、会話までできるので、人格を持つといえます。
ただし、自分の意思で相手にしゃべらせているんじゃなくて、相手は勝手にしゃべることから、自分とは別の人格を持っているといえます。
一種の多重人格と言ってもいいです。
ただ、僕らも夢の中で、他人と会話することがありますし、その時、相手の言葉は、自分が言わせているわけじゃないですよね。
ということは、多数の人格を持つ機能というのは、本来、誰でも持っているわけです。
その機能は、たとえば会話するとき、相手の気持ちを理解したり、共感したりするときに使うんでしょう。

普通は、目の前にいる人物に人格を与えて、その人格と会話します。
ところが、小さい子供は、現実世界をはっきり認識する能力が低いので、誰もいないのに人物を作り上げることができるみたいです。
さらに、その人物に人格も与えることができます。
それがイマジナリーフレンドです。

これは、現実と想像が未分化で、混在していると言えます。
こんな風に、想像したものが現実世界に区別なく現れたとしたら、ちゃんとした会話ができないし、社会生活を送れません。
つまり、環境になじめず、淘汰されます。
だから、現実と想像とは区別するようになるわけです。
そうやって、世界を認識する能力が進化していったわけです。

世界を作り出す機能とか、人格を作り出す機能、記憶する機能といった様々な基本機能を大脳は獲得しました。
それを組み合わせて世界を認識するとき、最も適切な組み合わせだけが残るわけです。
それが、現実と想像とは区別して認識するという心の仕組みです。

それが、脳障害とか強いストレスでうまく働かなくなることがあります。
その一つがフラッシュバックです。
フラッシュバックは、過去に経験した恐怖が、あたかも今、目の前で起こっているかのように異常なほどリアルに思い出すことです。

たとえばPTSDで戦争の記憶が突然よみがえることがあります。
脳外科手術中に、他の場所にもいると感じる二重意識を感じる人がいます。
二重意識は、現在、ここにいるということはわかっています。
フラッシュバックの場合、現在が完全に消失することがあります。
その時、意識は完全に過去の恐怖の場にいます。
そして、当時感じられてたあらゆる感情も再体験します。

心に傷を負った退役軍人がスーパーで突然、フラッシュバックが起こったそうです。
その瞬間、彼は戦場にいて、周りを敵兵に囲まれている恐怖を感じました。
もし銃を持っていたら、彼らに発砲していただろうと彼はいいます。
これがフラッシュバックです。

フラッシュバックが起こるきっかけは、音やにおいに誘発されることが多いです。
ある女性は、3歳の時、性的乱暴されたトラウマがありました。
そのことは、長い間、完全に忘れていたそうです。

大人になってバスに乗ってるとき、男性が隣に座りました。
その男性の汗のにおいと体臭を感じた瞬間、一瞬で目の前の光景が変わったそうです。
今までバスの中にいたのが、今はガレージの中にいます。
3歳の時暴行されたガレージです。
そこで、すべてを思い返していたそうです。

はっと気が付いた時、目の前に運転手がいて、バスを降りるように言われたそうです。
知らない間に、バスの終点まで乗っていたそうです。
時間と場所の感覚を完全に失っていたようです。

どれもかなりつらい経験です。
恐怖などの感情が強すぎる場合、上手く記憶として処理できないようです。
ここでいう記憶とは、過去の経験を思い出すエピソード記憶です。

楽しかった出来事って、よく覚えていますよね。
エピソード記憶は感情をきっかけで、そのときの状況を記憶するものです。
そして、楽しければ楽しいほど、その時のことはよく覚えています。
でも、通常は、記憶と現実とが一緒になることはありません。
ということは、記憶を再生する部分と、現実世界を再現する部分と分けて管理する仕組みとなっているんでしょう。
現実世界を再現する部分というのが仮想世界です。
これらを管理するのが無意識です。

記憶には感情も含まれていて、記憶を再現するときに感情も再現されます。
でも、それは楽しかったとか、怖かったと言った感情のラベルです。
意識は、そのラベルを読み取って、「楽しかったなぁ」とか「怖かったわぁ」と思い出すわけです。

それが、フラッシュバックの場合、記憶が仮想世界で再現されるんでしょう。
当然、今現在、目や耳からの情報も入ってきていて、それも再現しようとするはずです。
ただ、それよりも当時の感情が圧倒的に強力で、目や耳からの情報より、記憶が上回るんでしょう。
だから、バスの中にいるのに、ガレージの中にいるように感じたんでしょう。

彼女は、隣に座った男性の汗のにおいがきっかけでフラッシュバックが起こったっていっていましたよね。
嗅覚以外の感覚は、視床を経由しますけど、嗅覚だけは、視床を通らず大脳辺縁系に直接届きます。
大脳辺縁系には、偏桃体と海馬があります。
偏桃体は、感情の処理を担当するところで、海馬はエピソード記憶を担当するところです。
つまり、匂いって、感情を伴った思い出がよみがえりやすいんですよ。

以上のことから、脳の中には基本的な機能がモジュールとなって組み込まれていることがわかります。
たとえば、五感を通して現在の世界を再現するモジュール、現在の出来事を記憶するモジュール、記憶した出来事を再現するモジュールなどです。
そして、出来事を記憶するきっかけが感情で、記憶がよみがえるきっかけは匂いといった五感です。
そして、仮想世界で再現される現実を経験したり、過去の出来事を思い出すのが意識プログラムです。

こんな風に考えると、脳の中には複数のモジュールがあって、外の世界とどうやってつながって、意識は、世界をどんなふうに認識するのかがわかってきますよね。
感情と感覚をつかって、今、目の前の世界を経験しながら、過去を思い出す仕組みもわかってきました。
そう考えると、今のAIの課題が見えてきます。
いまのAI は、LLMで一様に強化学習するだけです。
最近は、静止画や動画、音声などマルチモーダルで学習するようにはなりました。
でも、世界を経験するとか、感情を持つとか、現実の経験と思い出しの違いとか、人間とかなり違います。
汎用人工知能が目指すべきは、このあたりにあるようです。


はい、今回はここまでです。
この動画がおもしろかったらチャンネル登録、高評価お願いしますね。
それから、意識の仮想世界仮説に興味がある方は、よかったらこちらの本を本でください。

それじゃぁ、次回も、おっ楽しみに!