第581回 自己とは ドッペルゲンガーと喧嘩した男


ロボマインド・プロジェクト、第581弾!
こんにちは、ロボマインドの田方です。

1999年に公開されたデヴィッド・フィンチャー監督のファイト・クラブは見ましたか?

主人公はエドワード・ノートンで、不眠症に悩む会社員です。
ある日、ブラッド・ピッドと出会って、ブラッド・ピッドは力いっぱい、俺を殴れといって、駐車場で本気で殴り合いをします。
それを見ていた観客も参加するようになって、一対一で素手で殴り合うファイト・クラブが作られました。

ファイト・クラブはバーの地下室に場所を移して、毎週開催されます。
ネタバレすると、ブラッド・ピッドは実は存在しなくて、主人公が作り出した別人かくでした。
主人公は解離性同一性障害、つまり多重人格だったんです。
一対一で殴りあっていたと思っていたんですけど、実は、主人公が自分で自分を激しく殴っていたんです。
予想外の展開ですけど、ヒッチコックの『サイコ』とか、多重人格ものの一種と言えます。
エンタメとしては面白いですけど、まぁ、現実にはありえないです。

と思っていたんですけど、同じような話が実際にあったんですよ。
その話は、今読んでるオリヴァー・サックスの『幻覚の脳科学』のドッペルゲンガーの章に出てきます。

側頭葉癲癇を患う男性が、自宅前で倒れていたそうです。
どうやら、3階の自分の部屋から転落したようです。
病院で意識が回復して話を聞くと、驚くべきことが起こっていたんです。

彼は、その朝、めまいを感じながら起きたそうです。
部屋を見渡すと、なんど、ベッドに自分が寝ていたそうです。
早く出ないと仕事に遅刻するのに、いつまでもベッドに寝ている自分に腹が立って「起きろ」と呼びかけたそうです。
それでも起きないので、揺さぶったそうですけど、それでも起きません。

考えたら、自分がもう一人いることがおかしいです。
「自分と一体にならなければ」
そう思って、今度はベッドに寝ている自分に飛び乗ったそうです。
それでも、一体になりません。
早くしないとと思って、何度も、自分に飛び乗ったそうです。
そうこうしてたら、今度は、意識がベッドに寝てる自分に移ったそうです。
気付いたら、ベッドで寝ています。
目は覚めていましたけど、体が一切動きません。
金縛りの状態です。
そうしたら、ベッドのそばに立っている自分が自分に飛び乗ってくるんです。
そしたら、また、意識が起きている自分に戻りました。
そんな入れ替わりが何度も起こったそうです。
何回目かのとき、ベッドに寝てる自分がおびえた目で自分を見ていることに気付きました。
そりゃ、そうです。
だって、金縛りで動けないところに、自分がダイブしてくるんですから。
それを見て、今になって怖くなってきたそうです。
「冷静に考えろ。
 問題は、自分が二人いることだ」
「ということは、自分が一人になれば、この問題は解決するはずだ」
「そうだ、あの窓から飛び降りて自分が死ねばいいんだ」
そう思って、窓から飛び降りて、意識を失ったところを発見されたわけです。
後から確認したそうですけど、ベッドの上には、もう、自分はいなかったそうです。

さて、自分の幻覚を見ることを自己幻覚とかドッペルゲンガーと言います。
ドッペルゲンガーでよくあるのが、「街であなたを見かけて声をかけた」と言われて、自分そっくりのもう一人の自分がいると気づかされるとかです。
一般に、ドッペルゲンガーも幽体離脱も、お互いに干渉することはありません。

ところが、今紹介した話は、ドッペルゲンガーに話しかけたり、飛び乗ったりします。
まさに、ファイト・クラブです。
このタイプの自己幻覚のことを、ホートスコピーと呼ぶそうです。
どういう脳状態にあるときこうなるのか、ある程度は原因がわかってきています。
そこから、自己とは何か、自分はどうやって生み出されるのかがわかってきました。
これが今回のテーマです。
自己とは
ドッペルゲンガーと喧嘩した男
それでは始めましょう!

体外離脱で有名なのは、カナダの脳外科医、ワイルダー・ペンフィールの話です。

脳外科手術は、致命的な箇所を傷つけないために、手術時に脳の徹底的なマッピングが行われます。
どうやるかというと、意識がある状態で脳に刺激を与えて、患者に今、何を感じているかを報告してもらいます。
すると、ある患者は、脳の右角回を刺激すると、自分が体のイメージが変化すると言います。
顔の方に移動するとか、軽くなって浮き上がる感覚がするといって、しまいには天井まで浮き上がって自分を見下ろしていると言います。
完全に幽体離脱です。

右角回は、空間認知にかかわるところで、体性感覚野と前庭をつなぐ部位にあります。
体性感覚野はボディイメージを作り出すところです。

体性感覚野には、自分の体がマッピングされています。
このマッピングを作ったのもペンフィールドです。

前庭は、三半規管を持っていて、重力を感じたり平衡感覚を司ります。
つまり、この二つをつなげる右角回は、自分の体が、外の物理世界のどこに位置するかを決める役割があるわけです。
だから、右角回を刺激すると、自分の体の大きさや位置がずれたり、体から離れた感覚を持つわけです。

僕は、心や意識をコンピュータで再現する研究をしていて、心のモデルを提案しています。
人は、目で見た現実世界を頭の中で仮想世界として構築します。
意識は、仮想世界を介して現実世界を認識します。
これを、意識の仮想世界仮説と言います。

この心のモデルに従えば、脳の中に三次元空間を作って、そこに外の世界をそっくり再現するわけです。
空間認識するのは右脳です。
現実空間で重要なのは、どっちが上でどっちが下かですよね。
それを判断するのが三半規管を持つ前庭です。

そして、この脳内の三次元空間に自分の体の3Dモデルを配置します。
身体の3Dモデルは、脳だと、体性感覚野のボディイメージです。
こう考えると、僕の提案する心のモデルがぴったり脳に当てはまることがわかりますよね。

そして、重要なのは意識です。
意識というか、自分という感覚です。
自分というのは、考えたり感じたりする主体です。
今、世界を見て、ここにいると感じている、まさにこの自分です。
これが意識ですよね。

20世紀の終わりごろ、意識科学という新しい学問が生まれましたけど、意識とは何か、どのジャンルに属するのかすらまだ決まっていません。
ある人は、意識とは量子力学だというし、ある人は意識とは情報だと言います。
人によってバラバラですけど、少なくともいえるのは、意識とは脳にあるっていうことです。
そして、脳はこの体を制御する制御システムですよね。
だから、僕は、意識は制御システムとして捉えるのが正しいと思っています。

心を制御システムとして考えると、次に考えないといけないのは、そのシステムはどんな設計になっているかです。
この視点で、もう少し読み進めています。

この本には、自己幻覚として作家のモーパッサンの例を挙げています。
モーパッサンは、当時、神経梅毒を患っていて、鏡に映った自分を認識できなくなっていました。
鏡の中の自分の像に挨拶してお辞儀したり、握手をしようとしていたそうです。
この話を聞いて思い出したのが半側空間無視の話です。

半側空間無視というのは、たとえば左側にあるものを無視するという症状です。
眼球は問題ないんですけど、脳が損傷して左側を無視します。
たとえばご飯を食べたとき、左側のおかずを残したりします。

第261回で、半側空間無視のエレンを取り上げました。
エレンの顔の前で、右から左にペンを動かすと、右側の視界にあるときは見えますけど、左の視界に入ると見えないと言います。
そこで、脳科学者のラマチャンドラン博士は、全身が映る鏡を持ち出してきてエレンの前に置きました。
これで、エレンの左側にあるペンが見えるかというと、見えると言います。
「それじゃぁ、そのペンを取ってください」というと、なんとエレンは、鏡に手を伸ばしたんです。
当然、鏡に手が当たって取ることができません。
しばらく苦労していましたけど、何かに気付いたようです。
「そうか」といって、今度は鏡の裏に手をまわしたんです。
鏡が邪魔で取れないから、手を鏡の裏に回すとペンを取れると思ったみたいです。
これって、どういうことでしょう?

エレンは右脳の頭頂葉を損傷しています。
右脳は左側の担当です。
頭頂葉は空間認識をするところなので、左側が見えなくなるだけでなくて、左側の空間自体が認識できなくなります。
空間を認識できないというのは、エレンにとって左側は存在しないということです。

さて、脳の中には現実世界がそっくりそのまま再現されるんでしたよね。
この時、左側を認識できないとしたら、脳はどんな世界を作り出すでしょう。
鏡に自分の左側が映っています。
すると、左側の空間が鏡に映っているんじゃなくて、鏡の中に実際の世界を作ってしまうんです。
だって、自分の左には空間が存在しないので、左に何かものを配置することなんかできませんから。

でも、エレンは、知性ある普通の女性です。
当然、鏡の奥にペンがあるなんておかしいと思います。
でも、なぜ、それに気づかないんでしょう?

それは、システムとして考えたらわかります。
頭の中に世界を作り出しているのは無意識です。
意識は、無意識が作り出した世界の中にいます。
意識というのは自分です。
たとえて言えば、3Dゲームの中のキャラクターが自分です。
3Dの世界を作り出しているのが無意識です。
ゲームのキャラクターは、ゲーム世界がすべてで、ゲームの外に本当の世界があるなんて思ってもいません。
それと同じです。

僕らは、現実世界そっくりの仮想世界にいるわけです。
こうして見えてる世界は、実は脳内の仮想世界ですけど、それが現実と思い込んでいます。
ゲームとの違いは、ゲームは架空の世界ですけど、脳が作り出しているのは現実です。
だから、現実との違いがつかないわけです。
仮想世界にある物体に手を伸ばせば、現実世界の物体に触ることができます。
そうなっていると、見えているものが現実か仮想かなんかわからないです。

ただ、システムにバグがあって、現実を忠実に反映できなくなると、ちょっとおかしくなります。
それがエレンです。
現実には自分の左側にも空間があるのに、それを認識できなくなります。
現実と頭の中の世界の整合性を取ろうとして、鏡の裏のペンを取ろうとするわけです。

じゃぁ、鏡の裏に手を回せばペンが取れると考えたのは誰でしょう。
それは、意識です。

ここにこのシステムの中の意識と無意識の関係が見えてくるんです。
自分の体を動かすのは意識ですよね。
どう動かすかとか考えるのも意識です。
ただ、この自分の体も、体がある世界も、作り出しているのは無意識です。
意識が制御できるのは、無意識が作りだした世界の中の体です。
制御できるのは、体の可動範囲だけです。
でも、制限はそれだけじゃないです。
動きだけじゃなくて、想像できる範囲も決められているんです。
エレンの場合なら、想像できるのは右側の空間だけです。
左側の空間は想像できないんです。
想像できる範囲でしか考えることもできません。
そうなると、ペンを取ろうとしたら、鏡の裏に手を回すしかありません。

僕らは空間全て想像できますよね。
それが世界の全てです。
でも、それは、無意識が作り出している世界です。
もしかしたら、現実世界には、僕らが想像できないものがあるのかもしれません。
このことを考えると深みにはまりそうなので、この話はここまでにしといて、話を戻します。

モーパッサンの話です。
モーパッサンは、鏡の中の自分にお辞儀したり、握手しようとしたりしましたよね。
これも、鏡に反射しているんじゃなくて、実際の人間がいると無意識が世界を作り出したからです。
エレンとの違いは、鏡の中の人が人格をもった人間と思っていることです。
思っているのは自分の意識ですよね。
そして、人格を与えているのは無意識です。

無意識は、見た目の世界を作り出すだけじゃなくて、人格とか目に見えないところまで世界を作り出します。
逆に言えば、無意識はいろんな人格を作り出すことができるわけです。
もっと言えば、多重人格も可能というわけです。

冒頭で紹介したもう一人の自分と格闘した男も、一種の多重人格と言えます。
あの男性は、ベッドに寝ている自分と、起きて立っている自分とに自分が分裂しましたよね。

人格というのは一種のプログラムと言えます。
プログラムなら、コピーしていくらでも作り出すことができます。
無意識は、ベッドに寝ている自分と、起きている自分の二人の自分を作り出したんでしょう。
今の場合、起きてる自分が本物で、ベッドに寝ているのは無意識が作り上げた幻覚です。
ただ、意識はプログラムなので、本物の自分にも、幻覚の自分にも入れることができます。
意識の入れ替えをおこなっているのは無意識です。

本体の体に意識があるときには体を動かせますけど、幻覚に入ったら体を動かせません。
だから、金縛りと感じたんでしょう。

さて、ここでわからないことが一つあります。
それは、意識は入れ替わることがあっても、二つに同時に入ることはないということです。
なぜ、分からないかというと、意識もプログラムですよね。
プログラムなら、コピーしていくつでも作れるじゃないですか。

同じことは、多重人格でも言えます。
第106回で多重人格のharuさんを紹介しました。
haruさんは、13人の人格をもつそうです。
そして、その中の一人が自分であるharuさんです。
頭の中で、いろんな人格が話し合ったり、時には喧嘩するそうです。
でも、自分が同時に複数の人格に入ることは絶対にないそうです。
自分という意識は、必ず一つだそうです。

こういうとき、心をシステムとして考えるとういうことが役に立つんです。
どういうことかというと、自然科学とは考え方が違うということです。
自然はただそうあるだけです。
それを読み解くのが自然科学です。

一方、システムは、誰かが設計したものです。
だから、システムの解明は、まずは、どうのように設計されているかを読み解きます。
誰が設計したかとか、なぜ、そう設計したかはそのあとです。
まず解明すべきは、どのように設計されているかです。
これが正しい意識の解明の仕方だと思うんですよ。

この場合だと、意識は必ず一つしか生み出されないように設計されていると読み解くわけです。

ソフトウェア開発にデザインパターンというのがあります。
主にオブジェクト指向言語の開発で使われるもので、何度も使われるパターンをまとめたものです。
有名なこの本は僕も何度も読んでいます。

開発するとき、「ここは、何々パターンで作ろう」と言ったりします。
その中に、「シングルトン」ってパターンがあります。
これは、オブジェクトが一つしか作れないようにするデザインパターンです。
コピー不可にして、呼ばれたら、一つのオブジェクトを返す仕組みになっています。
おそらく、心のシステムでは、意識はシングルトンで実装されているんでしょう。
僕らの心を設計したのは神か宇宙人かわかりません。
その意図も分かりません。
ただ、意識はシングルトンで設計したのは間違いないようです。

はい、今回はここまでです。
この動画がおもしろかったらチャンネル登録、高評価お願いしますね。
それから、意識の仮想世界仮説に関して興味がある方は、よかったらこちらを読んでください。
それじゃぁ、次回もおっ楽しみに!