ロボマインド・プロジェクト、第597弾!
こんにちは、ロボマインドの田方です。
第594回で『神々の沈黙』を紹介しました。
意識は3000年前に生まれたという、とんでもない仮説なんですけど、それが、不思議と納得してしまうんですよ。
どういうことかというと、昔の神話を読むと、ある時期までは、人々は神の声が聞こえて、神の声に従って生きていたそうです。
それが、ある時期から、急に神の声が聞こえなくなったそうです。
それが約3000年前だそうで、これは世界中の神話に共通するそうです。
旧約聖書でも、神は直接モーゼやノアに語り掛けています。
ところが、旧約聖書の最後の書は、約400年の「神の沈黙の時代」と呼ばれて、神が預言者に語り掛ける記述はほとんどなくなります。
ジェインズは、神の声は右脳の声といいます。
その後、人類は左脳で自分で考えるようになって、神の声が聞こえなくなったと言います。
ところが、現代でも右脳の神の声が聞こえる人がたまにあります。
たとえばネドじゅんさんです。
ネドじゅんさんは、配達の仕事をしてたとき、右脳の声が突然聞こえてきたそうです。
その声は、次は右、次は左って道順を教えてくれたそうです。
その結果、その日は全て在宅で、完璧に配達できたそうです。
この話を紹介したら、同じような話の本『サードマン』を教えてもらいました。
この本は、極限状態で導く第三の存在の話です。
たとえば、ヒマラヤ単独登頂した登山家のメスナーは、下山中にもう一人の存在を感じて、その存在が彼を励まし、道を示したと言います。
その他、3人で南極探検したシャルクトンは、三人全員が、もう一人いると感じていたそうです。
そして、4人目の存在が自分たちを導いていると感じたそうです。
その他、911のワールドトレードセンター崩壊の時も、「声」に導かれて出口にたどり着いたといった話があります。
さて、これらの声は、本当に神の声なんでしょうか?
これを幻聴とか脳内現象と説明をすることは簡単です。
でも、わからないのは、神の導き通りに行動したら、現実世界で本当にうまくいっているということです。
単なる幻聴とか脳内現象なら、うまくいくかどうかわからないはずです。
これを説明するとしたら、客観的に自分の進むべき方向を知っている存在がいるとするしか説明が付きません。
これが今回のテーマです。
神は、なぜ、我々を導くのか。
それでは、始めましょう!
まずは、意識の進化から整理します。
ほとんどの生物は意識がなくて、自動で動いているだけです。
たとえば、カエルは目の前で虫の動きに反応して捕まえます。
天敵の鳥の動きを察知したら素早く逃げます。
環境の変化に対応した動きが生まれたときから決まっているわけです。
じゃぁ、意識は何のために生まれたのでしょう?
それは、環境の変化に反応するだけでなく、自分で行動を決めるためです。
どう行動するか決めるには、現在の状況を把握しないといけません。
そのために必要なのは、世界を認識することです。
世界の認識するということは、世界を認識する主体がありますよね。
それが意識です。
つまり、世界を認識するという行為が成立するには、世界とそれを認識する意識の二つが必要です。
現実の物理世界は、液体や固体、気体といったいろんな物質でできていますよね。
生物は、視覚や聴覚といった感覚器から情報を得て行動します。
ここまでは、意識があってもなくても同じです。
違うのは、意識がない生物は、感覚器からの情報に直接反応して動いているだけです。
つまり、世界を認識せずに行動しています。
一方、意識がある生物は、世界があると感じます。
世界があると感じるということは、感覚器からの情報を基に、世界を作り出しているということです。
感覚器が直接感じるのは、さまざまな波長の光や音です。
それらの情報を基に、机があるとか、リンゴがあるといった世界を脳内に作り出すわけです。
そのことを、僕は仮想世界と呼んでいます。
そして、その仮想世界を認識するのが意識です。
仮想世界は、コンピュータなら3DCGのようなものです。
3Dオブジェクトで机やリンゴを作って、その3Dオブジェクトを認識するのが意識プログラムがあります。
脳は進化によって、このような世界認識システムを作り出したわけです。
さて、これらは、宗教ではどう考えているでしょう。
まずは仏教です。
仏教には、色即是空という考えがあります。
「色(しき)」というのは感覚器からの情報のことです。
仏教では六根ともいいますけど、これは五感のことです。
なぜ一個多いかというと、六根には「意」つまり、意識が含まれるからなんです。
つまり、脳の中には五感+意識の六つの情報処理機能があると考えるわけです。
「空(くう)」です。
「空」とは、色(しき)から作り上げられた世界のことです。
つまり、脳内の仮想世界のことです。
意識が認識するのは、物理世界そのものじゃなくて、感覚器から作られた仮想世界だということです。
だから、世界は「空(くう)」、つまり「空(から)」なんです。
色即是空
たったこれだけで、意識と世界の関係を実に見事に表現していますよね。
お釈迦様は、このことに気付いたわけです。
さて次はキリスト教です。
新約聖書の『ヨハネの福音書』は「はじめに言葉ありき」で始まります。
言葉というのは日本語訳で、正確には、「ロゴス」です。
ロゴスとは、言葉というより「論理」とか「意味」のことです。
さっき、仮想世界は、3Dオブジェクトだって言いましたけど、このオブジェクトがロゴスです。
オブジェクトというのは、オブジェクト指向プログラム言語のオブジェクトのことで、プロパティとメソッドを持ちます。
プロパティは属性のことで、たとえばリンゴオブジェクトなら、赤いって色プロパティとか、丸いって形プロパティを持っています。
メソッドは動きのことで、自動車オブジェクトなら、走るとか、止まるってメソッドを持っています。
オブジェクトには、名前プロパティもあります。
これが単語です。
だから、「赤い自動車が走る」とか、世界を言葉で表現できるわけです。
「はじめに言葉ありき」
これも、この世界の仕組みを見事に表していますよね。
さて、ここからが本題です。
神との関係です。
旧約聖書によると、神が世界を作ったとされます。
そして、最初の人間、アダムとイブは神の言うことを聞いて幸せに暮らしていました。
現代でも、山で遭難して神の声に導かれたりします。
どうも、人々を正しい方向に導く神という存在がいるようです。
ジェインズによれば、昔は誰でも神の声を聞けたのに、約3000年前から神の声が聞こえなくなったようです。
そして、神は、常に正しい方向を示します。
じゃぁ、なぜ、それが聞こえなくなったんでしょう?
僕は進化論者ですけど、進化論じゃ、神の声は絶対に説明できません。
神の声を説明するには、創造説を使うしかないんです。
ここで、新たな説を提唱します。
それは、進化創造説です。
言ってみれば、進化論と創造説の融合です。
それでは説明します。
神でも宇宙人でもいいんですけど、この世界を作った高度な知的存在がいたと仮定します。
分かりやすくするために、それを神と呼ぶことにします。
神はこの世界というか、この宇宙を作ったわけです。
の世界はコンピュータシミュレーションというシミュレーション仮説に似ています。ただ、進化創造説では、コンピュータシミュレーションでなく、実際の物理宇宙を神が作ったとします。
おそらく、ビックバンを作ったのは神でしょう。
そしてある惑星、地球で原始的な生命が発生して進化します。
ビックバンからここまでは、神は介入していません。
ここまでは進化論で説明できます。
神が介入するのは、その後です。
ところで、そもそも神は、何のためにこの世界を作ったのでしょう?
おそらく、好奇心から生み出したゲームとかアートと言ったものだと思います。
宇宙そのものを作り出して、どうなるか観察したかったのでしょう。
生命は、ダイナミックに進化して、見ていて楽しいです。
水中から陸に上がったり、羽が生えて空を飛んだり、見ていて飽きません。
さらに、隕石がぶつかったり、氷河期になったり、環境が変化するたびに古い種が絶滅して、新たな種が登場します。
ただ、何度も見ていると、同じことの繰り返しで神様は飽きてきました。
「なぜ、環境が変化しただけで、生物は簡単に絶滅するんじゃ?
それは、生まれる前に行動プログラムが決まっているからじゃ。
それじゃぁ、環境が変化したら、行動プログラムも変更できるようにすればいいんじゃ」
そう思った神様は、世界を認識するタイプの生命を生み出しました。
それは、世界を仮想世界として認識し、自分で行動を変更できる機能を持ちます。
こうして、意識を持った生物が生まれました。
それが哺乳類です。
これが、初めての神の介入です。
注意してほしいのは、介入といっても、介入したのは脳の処理内容です。
つまり、物理的な介入はしていません。
もっと言えば、物理的に観測できない部分で介入したんです。
つまり、科学と矛盾しないんです。
ここが進化創造説のミソです。
哺乳類は意識を持つようになりました。
だから、犬とか、「マテ」とか「お手」ができます。
生まれた後の学習で、「マテ」とか「お手」って言葉を覚えたわけです。
その他、チンパンジーに手話を教えると、100以上の単語を覚えて会話ができるようになります。
ただ、動物の認識能力には限界があります。
それは、目の前に見える世界しか認識できないことです。
だから、行動を変更できるといっても、目先のことだけです。
「もっと、自由になんでもできるようにしたいなぁ。
そうじゃ、想像力を持たせよう」
神様はそう思いつきました。
そうして、想像力をもって、自由になんでもできる種を創りました。
それが、人間です。
哺乳類は、行動を変更できるようになりましたけど、それは目に見える選択肢に限ります。
一方、想像力で出来ることはけた違いに多いです。
行動の選択肢が無限にあるわけです。
ただ、目の前に無限の選択肢があったら、戸惑って、逆に動けなくなります。
そこで、神様は、段階的に進めることにしました。
さっき、神様はゲームを創るみたいに世界を創ったっていいましたけど、これもゲームと同じで、レベルがあるわけです。
この場合のゲームは、近いのは、都市建設シミュレーションゲームです。
シムシティってあるでしょ。
https://www.youtube.com/watch?v=85HYbOv0Jf8
(適当に)
そして、このゲームの中の登場するのが僕らです。
神様は、基本、観察するだけでゲームにほとんど介入しません。
ただ、人類を創造したときだけ、迷わないように手助けしました。
ゲームだと、正しい道を示したりしますけど、あんな感じです。
https://www.youtube.com/watch?v=Umi1DaeqAI8
(0:00~0:08とか)
そのころの人類は、なんでもできるけど、基本、神様の指示通り行動していれば問題なく、幸せに暮らしていたわけです。
ここで、ゲームの仕組みをもう少し説明しておきます。
ゲームの目的は、世界を安定させつつ発展させることです。
全ての生物が同じ動きをすれば、安定した世界になりますけど、一つのパターンで安定して発展がありません。
自由度を高めると、それぞれが好き勝手に動いて世界が崩壊してしまいます。
秩序だって安定しつつ、安定したら次のパターンに滑らかに移行して徐々に発展するというのが理想です。
それがゲームの住人だけでできるようになるまで、正しい行動は神様が示すって段階があるわけです。
それが二分心の時代です。
そのころは、神の声が聞こえていました。
神というか、実際は、ゲームシステムが算出した最適な行動があって、それを受け取る機能があるわけです。
それが右脳です。
言語を司るのは左脳ですよね。
右脳で受け取ったシステムからの最適行動を左脳は言葉として受け取ります。
これが神の声です。
やがて、何でも想像できる脳に人間も慣れてきました。
あるとき、神様は言いました。
「もうそろそろいいじゃろ」
神様は、そろそろ自分の意思で行動させることに決めました。
そこで、右脳からの声を聞く回路をオフにしました。
これで、人間は左脳で自分で考えて行動することになりました。
ただ、それじゃ、どう行動していいかわかりません。
そこで、左脳で正しい行動を感じる機能を授けました。
その話が、旧約聖書の楽園追放です。
アダムとイブは禁断の木の実、「善悪の知識の実」を食べました。
その実を食べたとたん、二人は、自分たちが裸でいることが恥ずかしくなりました。
つまり、恥ずかしいといった感情が生まれたんです。
恥ずかしいだけでなく、こうすべき、こうすべきでないという善悪の概念を感じるるようになったんです。
この日から、自分で正しい行動が分かるようになったわけです。
聖書では、禁断の果実を食べたことで楽園を追放されたこととなっていますけど、ゲーム視点で見れば、初心者モードから上級者モードにレベルアップしたと言えます。
または、脳の意識レベルでいえば、神の声に従う低位の意識から、自分で行動を決定する上位の意識にレベルアップしたとも言えます。
進学か就職かとか、二つの道を選ばないといけないとき、つい、どっちが正しくて、どっちが悪いのかって考えますよね。
でも、たいていの物事は、どっちが正しいかってないです。
進学するか、就職するか、二つの道があるだけです。
でも、つい、そう考えてしまうのは、正しい道があると思っているからです。
なぜそう思うかというと、その昔、神様が正しい道を教えてくれたからです。
その記憶があるというか、その機能の名残があるんです。
それを感じて、どっちが正しいんだろうって、つい、思ってしまうんでしょう。
ただ、その機能は完全に消滅したわけじゃないみたいです。
それは、危機に陥ったときとか、意識が右脳につながったとき、神の声が聞こえることがあるんです。
それが、サードマンの声だったり、ネドじゅんさんが聞いた右脳の声だったわけです。
じゃぁ、改めて、正しい選択とは何でしょう。
それは、生き残れる道とか、スムーズに荷物配達できる道です。
これはわかりやすいです。
じゃぁ、進学か就職か悩んだ時、どっちが正しいとかあるんでしょうか。
それも、じつはあるはずです。
なぜ、そう言えるかというと、神様の目的を考えたらわかります。
神様は、シムシティみたいなゲームをしているわけですよね。
シムシティの目的は、市民が楽しく幸せに暮らせるように街を発展させることです。
それと同じです。
神様のゲームの目的は、人々が幸せに暮らせる世界を作ることです。
幸せな人生って、その人が、その人のやりたいことができる人生です。
その最短ルートは、ゲームシステムが計算して存在します。
二分心の時代、ゲームシステムが計算した正しい道が自然とわかりました。
ただ、二分心の時代がおわって、わざとそれを聞こえなくして、ゲームを難しくしただけです。
その方が、ランダムな変化が起こって、ゲームとしては面白くなります。
逆に言うと、人には、運命というのがあるわけです。
その運命の通りに進めば、幸せな人生が送れます。
運命に逆らうと、幸せになれません。
これがこの世界の真実です。
そう考えると、いろんな謎が解けてきます。
たとえば、アカシックレコードって聞いたことありますか?
スピリチュアル系でよく聞く言葉ですけど、宇宙で起こるあらゆる出来事が記録されたデータベースとか言われたりします。
アカシックレコードというのが、システムが計算したその人の最適な人生なのかもしれません。
はい、今回はここまでです。
この動画がおもしろかったらチャンネル登録、高評価お願いしますね。
それから、よかったらこちらの本も読んでください。
それじゃぁ、次回も、おっ楽しみに!
第597回 神は、なぜ、我々を導くのか。