第63回 ヘレン・ケラー① 〜言語の秘密


ロボマインド・プロジェクト、第63弾!
こんにちは、ロボマインドの田方です。

わ~ら~
わ~ら~

今のモノマネ、誰かわかります?
えっ、わかんないかなぁ?

ケラーですよ。
ヘレン・ケラー。

ケラーが、
あっ、ケラーじゃなくて、ヘレンか。

ヘレンが、水って言葉に気づいたシーンです。

前回、前々回と、自閉症について考えてみました。
これは、脳の機能に不具合があって、他には問題がないと、意識はどんな風に世界を捉えるかってことについて考えたわけです。

今回は、その逆です。
脳には問題ないけれど、感覚器に問題がある場合の話です。
目も見えず、耳み聞こえない場合、脳は世界をどう認識するかってことを考えようと思います。
そこでヘレン・ケラーです。

小学校のとき、学校でヘレン・ケラーの「奇跡の人」の映画を見ました。
そのラストシーンが、「わ~ら~」といって、水って言葉を知って驚く有名なシーンです。
言葉そのものの存在に気づいたわけです。

目が見えない、耳も聞こえないって、そりゃ、言葉なんか、理解できひんよなぁ。
言葉があるってことに気づいたら、そりゃ、驚くよなぁ。
そんな風に、ずっと思ってたんですよ。

僕がこの研究を始めて、言葉や意識に興味を持ったとき、「奇跡の人」のあのシーンを、もう一回確認しようとしたんです。
ほんで、この本、ヘレン・ケラーの自叙伝「わたしの生涯」を読んでみたんです。
そしたら、どうも、思ってた話と、ちょっと違ってたんですよ。
いや、ちょっとどころやないですねぇ。
もっと、びっくりするようなことが起こってたんですよ。
あの、「わ~ら~」のシーンの後。
ほんの、10分後です。

一言でいうと、心が生まれたんです。
言葉があるって知った、その10分後、心も生まれたんですよ。
何言ってるのか、ちょっと、分からないですよねぇ。

それじゃぁ、順を追って説明しますね。

ヘレン・ケラーは、目も見えない、耳も聞こえないわけです。
だから、言葉ってものがあることすら知らないわけです。
それを教えるために来たのがサリバン先生です。

サリバン先生が最初に教えようとしたのは、物には名前があるってことです。
どうやったかって言うと、単語のスペルを教えるわけです。
たとえば、人形を左の手に握らせると、すぐに、右の手のひらにd-o-l-lって綴るわけです。
こうやって、これは人形、ドールって名前があるってことを教えたわけです。

ヘレンは、頭がいいんで、すぐに、このゲームを覚えたそうです。
人形を渡されると、d-o-l-l って綴れるようになったんです。
その後、カップとか、ピンとか、いくつもの言葉をすぐに覚えたそうです。

でも、これができたからと言って、まだ、物に名前があるって理解したことにはならないんですよ。

たとえば、犬にポチって名前を付けたとします。
ポチって呼んで、来たら、よしよしって褒めます。
すると、ポチって読んだら、すぐに来るようになります。
さて、その犬は、自分の名前がポチって理解したことになるでしょうか?

それが、これはならないんですよ。
その犬が覚えたのは、ポチって音と、その音が聞こえたときの行動です。
その音が聞こえたら、その音を出した人にとこに行くと、褒めてもらえるってことを覚えただけです。

ここ、もう少し深く考えてみますよ。
犬が生きてる世界は、行動の世界です。
世界に対して、どう、動くかってことです。
世界って言うのは、この、目の前の3次元世界です。
この3次元世界との関わり方が、どう動くかしかないわけです。
関わり方って、別の言い方をすれば、意味っていってもいいと思います。
つまり、「ポチ」って言葉の意味は、その音を出したとこに行くってことになるわけです。

これじゃぁ、まだ、言葉の意味を理解したとは言えないですよね。
ただ、最も原始的な言葉とは言えると思います。
このことは、第60回「ことばの進化 ミツバチの言語と犬の言語」で解説してますので、そちらもご覧ください。

サリバン先生も、この問題に気づいていました。
今、ヘレンが理解してるのは、犬の言語です。
人間の言語を理解してるわけじゃないって。
どうやれば、人間の言語を理解できるでしょう?

サリバン先生は、新しいやり方を考えました。
ヘレンに別の人形を持たせて、同じように、右手にd-o-l-lって綴りました。
別の人形でも、同じ名前だって、分からせようとしたわけです。

ただ、その日は、ヘレンは機嫌が悪かったようです。
というのも、水の入ったカップを渡して、中に入ってるのが水で、それを入れてる容器がカップって、その違いを教えようとしてたんですけど、ヘレンは、どうしても、水とカップの違いがわからなかったようなんです。

午後から、別の人形でも、ドールだって説明しようとしたんですけど、今度も、上手く理解できなかったヘレンは、癇癪を起してしまったんです。

その頃のヘレンは、機嫌が悪いと、すぐに癇癪をおこしてたんです。
目も見えないし、耳も聞こえないしで、可哀そうだからと、親から甘やかされて育てられていたみたいなんです。
癇癪を起したヘレンは、手に持っていた人形を思いっきり床に叩きつけました。
すると、人形が床に砕け散りました。
人形の破片が足に当たるのを感じて、清々したって言っています。

サリバン先生が、床に砕け散った人形の破片をほうきで履いてるのを感じながら、癇癪の原因が取り除かれて満足してたとも言っています。
その後、サリバン先生が、帽子をかぶる気配を感じて、外に散歩に行く準備をしてるってわかって、ヘレンは、すぐに機嫌がよくなって、嬉しくなったそうです。

嫌なことが起こると、すぐに癇癪を起して、楽しいことが起こると、すぐに喜んで。
まるで、犬のようです。
たぶん、この時のヘレンの心のレベルは、犬と同レベルだと思います。

ヘレンは、機嫌よく散歩に出かけました。
サリバン先生は、井戸までヘレンを連れて行くと、ポンプで水をくみ上げました。
そして、ヘレンの左手に水を流して、素早く、右の手のひらに、w-a-t-e-r と綴りました。

その時、ヘレンは何かを感じたようなんです。
じっとして、動かなくなりました。
何かに気づいて、戸惑ってるようです。

左手に流れる冷たい水。
その綴りがw-a-t-e-r.

さっき、カップの中の水に触れたときも、w-a-t-e-r.
このウォーターというのは、今、左手に流れてる冷たい水のことだ。
ウォーターというのは、物の名前だ。
物には名前がある。
それに気づいたんです。

さぁ、こっからです。
ここからが、一番重要なとこです。
ヘレンが戸惑って、動かなくなった数秒ほどの間。
その間、ヘレンの頭の中で、何が起こったかを、詳しく見ていきますよ。

ヘレンは、ウォーターっていうのが、物の名前ってことに気づいたわけです。
今までは、左手に何か物が触れたら、右手に、その単語の綴りを書くって思ってたわけです。
何かを認識すると、それに応じた行動を取る。
世界とは、そう関わって生きてきたわけです。

それが、世界は、それとは別の見方があるって気づいたわけです。
何かを認識する。
「何か」です。

行動するんじゃなくて、「何か」を認識するだけ。
新しい、世界との関わり方です。
じゃぁ、何かを認識するってどういうこと?

行動するっていうのは、世界の中で行われることです。
自分が、世界の中に含まれているわけです。

物を認識するってことは、世界の中に物があるってことを理解するわけです。
世界の中にあるって理解するには、自分が世界のなかにいたんじゃ、わからないんです。
世界から抜け出ないとわからないんです。

自分が世界から抜け出て、世界そのものを見るわけです。
世界そのものを見渡した時、その中に、認識した物が含まれてるってわかるわけです。
世界というのは、いろんな物でなりたってるって。
その物を入れておく入れ物があると。
その入れ物が世界だって。
その世界を認識するには、自分が世界の外にでないとわからないんです。

ヘレンが感じた戸惑いは、自分が世界の外に出たって戸惑いだったんです。
生まれて初めて、世界を外から認識したんです。
何、これ?
この世界って。
これって、さっきまで自分がいたとこ?
えっ、どういうこと?

左手に冷たい水を感じながら、しばらく動けなかったのは、ここに気づいたからでした。
ヘレンの頭の中で、世界がひっくり返ったんです。
えっ、世界って、外から認識できるものなの?

世界を外から認識して、ようやく理解できるのが、物の名前です。
世界は、様々な物があります。
そして、その物、物自体はいろんな意味があります。
例えば、このペン。

長さは15cmぐらいだとか。
色は黒だとか。
ホワイトボードに書くこともできるぞとか。

当たり前のことを言ってると思いますよね。
でも、これって、当たり前じゃないんです。
今までがヘレンがいたのは、世界の中です。
世界の中にいる自分が、世界と関わる方法って、行動でしたよね。

物を認識したとき、それに対する意味付けは、どう行動するかです。
「ポチ」と言われたら、言った人のところに行くって行動です。
世界の中にいる限り、物の認識に結びつくのは行動しかありません。

それが、世界の外に出ることで、行動するんじゃなくて、その物自体を、ただ、認識することができるようになったんです。

行動でなく、ただ認識することができると、今度は、いろんな見方ができるようになります。
その一つが「名前」です。
物の名前です。

物に名前があるって、名前の概念を理解するって、じつは、すごいことなんですよ。
みんな、あまりに、当たり前すぎて、何がすごいか、まだ、分からないでしょ。

目の前の世界の中から、ぼわぁ~んと、名前の世界がゆっくり出現したわけです。
左手に感じてる水に、なにか、その物を指し示す矢印みたいなのを感じるわけです。
水だけやなくて、木や草や、土にも。
認識した全てに、その物を指し示す矢印を感じるわけです。
そして、その矢印の付け根に、言葉を当てはめるわけです。
それが、「名前」ってわけです。
この世に存在するもの、それを指し示す概念があるって気づいたわけです。

名前のホンマにすごいのは、こっからです。
名前を言うことで、その物のイメージを思い浮かべることができるわけです。
今の逆です。
言葉が根っこに付いた矢印があるわけです。
その矢印の先に、その言葉のイメージが思い浮かぶわけです。

「水」って言葉をいうことで、冷たくてさらさらしてて、流れる、水のイメージを思い浮かぶわけです。
そして、それは、今、ヘレンの左手に流れる物でもあり、さっきは、カップの中にはいってたものでもあるんです。

その、冷たくて、さらさらしてて、流れ落ちるもの、それが「水」なんです。
「水」と言うだけで、水を思い浮かべることができるんです。
スゴい仕組みですよね。

ほんで、重要なのは、そのスゴさが理解できるには、その仕組みを持ってるってことです。
名前を理解するには、このスゴい仕組みを、脳の中に持ってないと理解できないってことです。

おそらく、犬やチンパンジーの脳には、その仕組みがないと思います。
犬やチンパンジーには、名前の概念は、絶対に理解できないと思います。

人間の脳だけ、その仕組みがあるわけです。
赤ちゃんから成長する過程で、自然と、その機能を使いこなせるようになるわけです。
それが言葉です。

でも、ヘレン・ケラーは、目も見えず、耳も聞こえないため、その機能があっても、それを使えてなかったわけです。
ある程度成長してから、突然、その機能にアクセスできるようになったわけです。

重要なんで、もう一度いいますよ。
名前というものを理解するには、世界そのものを外から認識できる必要があります。
世界には、あらゆる物があります。
そして、全ての物に矢印があって、その根元に、その物の名前が書かれてるわけです。
いままで、サリバン先生が、手のひらに書いてくれてたのは、その、物の名前だったんです。

ヘレンが井戸の水に触れたとき、これらのことを一瞬で、全て理解したわけです。
おそらく、ほんの、数秒のことだったと思います。
今回の動画も、十数分になると思いますけど、まだ、数秒の話しか、してないんです。

最初に言いましたけど、とんでもないことが起こるのは、その10分後なんです。
今回は、時間がなくなったので、その話は、次回に説明します。

それでは、次回もお楽しみに!