第65回 ヘレン・ケラー③ 〜言葉を獲得したら、なぜか、心が生まれた?!


ロボマインド・プロジェクト、第65弾!
こんにちは、ロボマインドの田方です。

ヘレン・ケラーシリーズ第3回。
ようやく、一番、言いたかった話です。
ヘレンが、井戸で、「ウォーター」というのは、水の名前だってことに気づいたとき。
その10分後に起こった話です。
その事は、この本、ヘレン・ケラーの自叙伝「わたしの生涯」に書いてあります。

その前に、その日、何があったか、おさらいしておきましょう。
サリヴァン先生は、ヘレンに最初に出会ったときに、人形をプレゼントしました。
ヘレンはその人形をかなり気に入って、ずっと遊んでいました。
サリヴァン先生は、ヘレンに、物には名前があることを教えるために、左手にその人形を持たすと、右手に素早く、d-o-l-l 、ドールって綴ります。
頭のいいヘレンは、すぐに、自分でも同じことができるようになりました。
数日の間に、カップとかピンとか、いろんな物の名前を覚えました。

でも、これができたからと言って、物には名前があるって、理解したわけではないです。
ただ、物に触ったら、それに対応した動作をしてるだけです。

サリバン先生も、その事は分かっていました。
そこで、つぎは、カップと水の違いを教えようとしていました。
水の入ったカップを渡して、中に入ってるのが水で、水を入れてるのがカップだって。
でも、何度やっても、カップと水の区別がつかなくて、ヘレンは機嫌が悪くなってきました。

そこで、サリヴァン先生は、少し休んで、午後から別の方法を試しました。
ヘレンに、新しいお人形を渡して、それも「人形」だってわからせようとしました。
お気に入りの今までのお人形と、新しいお人形を交互に渡して、どっちも「人形」だってわからせようとしたんです。
でも、それも、よくわからないようで、だんだん機嫌が悪くなって来ました。

ヘレンは、両親から甘やかされて育てられていたこともあって、嫌なことがあると、すぐに癇癪を起こしていました。
今回も、とうとう癇癪を起こして、大事にしてた人形を、思いっきり床に叩きつけたんです。
(本を手に取る)この「わたしの生涯」には、この時、壊れた人形の破片が足に当たるのを感じて、痛快に思ったって書いてます。
サリヴァン先生が、人形の破片を掃いて掃除するのを感じて、「ただ、腹立ちの原因が取り除かれて満足した」とも書いてます。

そのあと、サリヴァン先生が帽子を持ってきてくれて、外に散歩に行くとわかって、喜んで躍り上がったって書いてます。
嫌なことがあるとすぐに怒って、楽しいことがあるとすぐに喜んで。
まるで動物です。

そうして、庭先の井戸まで散歩に出かけたわけです。
サリヴァン先生は、ヘレンの左手に井戸の水を流すと、素早く、右手にウォーター、水って書きます。
その瞬間、ヘレンは、はっと、何かに気づきました。
全身の神経を左手に集中しました。
今、右手に書いてる「水」っていうのは、左手を流れる冷たいものの名前だって。
物には名前があるって、気づいた瞬間でした。

この時、ヘレンの脳の中で、何が起ったのでしょう?

それは、(ホワイトボード)
前回の話でいえば、こっちのシステムから、こっちのシステムに切り替わったわけです。
世界に対して行動でしか関われないシステムから、物事を、認識して考えることができるシステムに切り替わったわけです。
ここまでが、「ヘレン・ケラー①」、「ヘレン・ケラー②」で話した内容です。

さて、重要なのは、こっからです。
最も重要なことが、この10分後に起こります。

井戸から離れて家に帰るまでの間、ヘレンは手に触れるもの、感じるもの、全ての名前を確認していました。
木、草、土、・・・
脳に、新しいシステムをインストールし直していたわけです。

これは、普通の人なら、何年もかけて起こる出来事が、一瞬で起こったわけです。
赤ちゃんは、物に触ったり、時には口にいれて、世界を感じ取ります。
そうやって、頭の中に世界を少しずつ作り上げるわけです。
それとともに、言葉も少しずつ覚えていきます。
パパ、ママって言葉と、それが指す人物とを繋げていきます。
そうやって、頭の中に世界を作り上げながら、それと同時に言葉も覚えて行くわけです。
これは、普通、2歳~3歳の間に起こることです。

ところが、ヘレンの場合、目が見えなくて、耳も聞こえないので、言葉に関する情報が一切入らなかったわけです。
サリバン先生に出会う7歳までに、頭の中に、先に、世界だけは完成していたわけです。
ただ、その世界には、名前だけが付けられていなかったわけです。
それが、井戸の水に触れた瞬間、頭の中に作り上げた世界に、一気に名前が与えられていったわけです。
言葉の世界にドドドーって移行したわけです。

ヘレンは、その時のことをこんな風に表現してます。(本持つ)
「私の魂をめざまし、光と希望と喜びを与えた」
それから、こうも書いてます。
「私の手に触れる物が、生命をもって躍動し始めた」
「新しい心の目をもって、全てを見るようになった」
今までと、全く違うシステムに乗り替わったことがわかりますよね。

そうして、家にたどり着きました。
部屋に入って、ヘレンが最初にしたことは何だと思います?

さぁ、こっからです。
「わたしの生涯」には、わずか、数行しか書かれてないんで、少しずつ読み解きますよ。

部屋に入って、まずしたのは、「自分が壊したお人形のことを思い出した」そうなんです。

はい。
まず、「思い出した」んです。
「思い出す」って行為が出てきたんですよ。
ここ、重要なんで、覚えといてください。
今は、先を続けますね。

そして、人形の破片を探して拾い上げて、それをつなぎ合わせようと試みたけど、だめだったそうです。
ほんで、その後、こう続きます。
「自分の目には涙がいっぱいたまっていました。自分のしたことがわかったので、私は生まれて初めて、後悔と悲哀とに胸を刺されました」

わかりましたか。
「後悔」ですよ。
生まれて初めて、「後悔」って感情が出てきたわけです。
後悔なんて感情、人間にしかないですよね。

見たことないでしょ。
犬が後悔してるとこなんか。
「あ~、あんなこと、言うんじゃなかったな。
なんで、あんなこと言うたんやろ」
って後悔してる犬。

さて、ヘレンに起こったこと、これ、どういうことか、わかりますか?
人間らしい感情って、言葉を使わないと、生まれてこないってことなんですよ。
犬も、「待て」とか「お手」って言葉は理解できます。
でも、犬の持ってるシステムはこっちです。
世界との関わりが、行動だけのシステムです。

10分前までのヘレンもこっちのシステムを生きていました。
でも、今は、違います。
こっちのシステムに切り替わりました。
物には名前があることがわかったことで、完全に、こっちのシステムが発動したんです。
それが、「言語システム」です。

「私の生涯」に書いてるのは、今読んだ、数行だけです。
でも、この数行には、とんでもないことが書かれてるんです。

でも、そのことは、本人すら気づいてないんで、僕らが解き明かさないといけないんです。
それでは、少しずつ解き明かしていきますよ。

まずは、最初に出てきた「思い出す」って行為。
それから「後悔」って感情。
これらの意味を理解するのに絶対必要な概念があります。
何かわかりますか。
それは「時間」です。

「思い出す」って過去の出来事ですよね。
「後悔」って、過去に自分がした行為に対する感情ですよね。
どちらも、「過去」って時間が理解できて、初めて成り立つことなんです。

ヘレンは部屋に戻ってきて、「思い出した」って言ってましたよね。
人形を壊したことを思い出して、生まれて初めて「後悔」って感情が生まれたって言ってましたよね。
全て、言葉を獲得してからです。
ということは、言葉を話せないと、時間って概念も生まれないってことなんです。

えっ、どういうこと?
じゃ、犬には時間って概念がないの?

そう、なりますよね。
まず、そこから説明しましょ。

前回、オブジェクト指向言語の話をしました。
これのことです(ホワイトボード)
簡単な例として、売上管理システムの話をしたの覚えてますか?

商品オブジェクトってのを作って、商品が売れるたびに、それを売上台帳に登録していくってシステムです。
売上台帳は、複数の商品オブジェクトを登録できるわけです。
複数のオブジェクトを管理する仕組みをデータ構造っていいます。

さて、同じものでも、時間によって変化しますよね。
植物なら、最初、種があって、芽が出て、葉っぱが出て、花が咲いて、種が落ちるとか。
人間なら、赤ちゃんから始まって、成長して子供になって、大人になって、年取って、やがて亡くなるとか。

これを、まず、赤ちゃんオブジェクト、子供オブジェクトってオブジェクトで表すわけです。
それを、順番を管理できるデータ構造に、順に格納するんです。

さて、この、オブジェクトの順番を管理するデータ構造、何を意味してるかわかりますか?

そう、時間です。
つまり、時間っていうのは、オブジェクトを管理するデータ構造なんです。

(ホワイトボード)
このペンや水みたいに、オブジェクトじゃないってことです。
これらオブジェクトを管理するデータ構造が、時間なんですよ。

さて、そう思って、もう一回、これ見てください。
こっちが、言葉を話す前のヘレン、または、犬とかの動物のシステムです。
こっちが言語システムです。

オブジェクトを管理するのは、こっちのシステムしかできませんよね。
こっちのシステムは、時間って理解することできないんです。
名前だけじゃなくて、時間も理解できないんです。

それじゃ、こっちのシステムには、時間がないんでしょうか?
正確に言うと、時間がないわけじゃありません。
こっちのシステムは、何か入力があると、それに応じた行動をするわけです。

つまり、こっちのシステムにあるのは、外の世界との関わりだけです。
外の世界とは、いつ、関わってますか?

そう、今です。
常に、今、現在、しか存在しないわけです。
こっちのシステムには、今って時間しかないわけです。

だから、こっちのシステムを使ってる限り、時間ってものが理解できないんです。
時間が理解できない限り、過去の出来事を思い出すことはないんです。
「後悔」なんて、感情も生まれないわけです。

時間に関しては、第24回「時間が存在しない」でも語っていますので、よかったら見ておいてください。
それから、チャンネル登録もお願いしますね。

それでは、まとめます。
言葉を理解できて、初めて、人間らしい心が生まれるってことなんです。
言葉を使うってことが、じつは、人間の根本にかかわってくることなんです。

ここ、まだまだ重要な話がありますので、次回も、この続きをお話します。
それでは、次回も、お楽しみに!