第74回 脳の中のCPU① 脳とコンピュータの最大の違いとは 〜ウェイソンの4枚のカード問題


ロボマインド・プロジェクト、第74弾
こんにちは、ロボマインドの田方です。
さて、ここに居酒屋があるとします。
カウンターで4人が何か飲んでるとします。
そこで、未成年が飲酒してないか、チェックするとしましょう。
4人のうち、二人は席を立っていて、飲み物が置いてあるだけです。
残りの二人は、後ろ姿は見えるんですけど、何を飲んでるかわかりません。
こんな状況で、最低限の質問で、未成年の飲酒を確認するにはどうすればいいでしょうって問題です。
分かりやすくするために、ホワイトボードに状況を書きますね。
(ホワイトボード)
はい、1番の席はビールが置いてあって、2番の席はウーロン茶が置いてあるだけで、本人はいません。
3番は60代の親父で、4番の席は、見るからに10代の女子高生です。
後ろ姿だけで、何を飲んでるかは見えません。
こんな状況で、何番に何を確認すればいいでしょう。
ルールは、もちろん、「お酒を飲んでいいのは、20歳以上」です。
簡単ですよね。
1番の人の年齢と、4番の女子高生が何を飲んでるかです。
解説するまでもないと思いますけど、1番が未成年ならアウト、4番がアルコールを飲んでたらアウトです。
問題は、こっからです。
次は、急に難しい問題になりますよ。
今度は、4枚のカードが机の上においてあります。
カードには、一方の面にひらがな1文字、反対側の面に数字が書いてあります。
ルールはこうです。
「ひらがなが母音なら、その裏面は偶数でなければならない」
母音っていうのは、「あいうえお」のことです。
それでは、机の上にどんなカードがあるか、書いてみますね。
(ホワイトボード)
はい、こんな感じです。
1番は「あ」、2番は「か」、3番は「4」、4番は「7」です。
さて、問題は、ルール違反を確認するには、どのカードとどのカートをひっくり返せばいいでしょう?ってことです。
わかりますか?
ルールは、「母音の裏は偶数でないといけない」です。
単純に考えると、母音の「あ」と、偶数の「4」をひっくり返すのかなって思ってしまいます。
でも、それじゃ、ダメなんですよ。
「あ」をひっくり返すのは正解です。
でも、「4」は間違いなんです。
なんでかというと、「母音の裏は偶数」がルールなわけです。
これを逆にした「偶数の裏は母音」は、元のルールと同じ意味じゃないんです。
ところで、皆さん、数Ⅰって覚えてますか。
高校1年で習う数学です。
数Ⅰで、命題とか、逆、裏、対偶とかでてきたんですけど、もう、覚えてないですよね。
「PならばQ」って命題があれば、その逆は「QならばP」とかって話です。
「PならばQ」かつ「QならばP」なら必要十分条件を満たすとかって話です。
必要十分条件って言葉なら、聞いたことありますよね。
そのあたりの話です。
それで、「PならばQ」かつ「QならばP」なら必要十分条件を満たすって、あえて言うぐらいですから、普通は、そうはならないわけです。
「僕のおじいちゃんは総入れ歯です」
でも、「総入れ歯してる人は、全員、僕のおじいちゃん」というわけじゃありません。
そんなの、嫌です。
じゃあ、「PならばQ」と同じ意味になるのはなんでしょう?
それは、「Qでないなら、Pでない」です。
PとQを入れ替えて、さらに、PとQを「でない」として否定します。
このことを、対偶っていいます。
ややこしいですねぇ。
「総入れ歯をしてない人は、僕のおじいちゃんじゃない」
これは正しいですよね。
街でおじいさんを見つけるたびに、「総入れ歯ですか?」って聞くわけです。
「総入れ歯じゃない」って答えた人は、僕のおじいちゃんじゃないわけです。
総入れ歯じゃなかったら、絶対、その人は、僕のおじいちゃんじゃないです。
これは、絶対、間違いないです。
だって、僕が生まれたときから、総入れ歯やったんですから。
総入れ歯やない、おじいちゃんなんて、そんなの、絶対いやや!
元に戻します
今、ルールは、「母音の裏は偶数」なわけです。
これと同じ意味にするには、対偶を取るわけです。
すると「奇数の裏は子音」となるわけです。
これがもう一つの正しいルールです。
それを使って、もう一回見てみましょう。
ひっくり返したらいいカードが分かりましたよね。
それは、奇数の「7」です。
7の裏が子音でなければ、ルール違反となるわけです。
難しい話でしたねぇ。
なんで、いきなり、こんな難しい話をしたかというと、最初の飲酒問題と、2番目のカードの問題、じつは、数学的には全く同じなんです。
同じ問題なのに、飲酒問題は、簡単に解けましたよね。
不思議ですよねぇ。
これ、心理学の問題で、ウェイソンの4枚のカード問題って言うんです。
今回のテーマはこれです。
4枚のカード問題で、奇数の「7」の裏を確認するのと、飲酒問題で、10代の女子高生に何を飲んでるか確認するのと、同じ課題なわけです。
なぜ、女子高生を選ぶのはすぐに分かって、奇数の7を選ぶのは難しいんでしょう。
そりゃ、女子高生がお酒のんだらダメやからやん。
女子高生を選ぶの、当たり前やん。
うん、確かに、当たり前ですよね。
考えなくても、自然に分かりますよね。
でも、それで終わらせていいんでしょうか?
それが不思議と思わないとダメやと思うんですよ。
カードの問題の方が難しいです。
数学の対偶とか出てきます。
カードの問題の方は、よく考えないと解けないです。
頭のいい人は、つい、難しい問題に挑戦しようとします。
難しい問題が解けたら、簡単な問題はすぐに解けると思っているようです。
何度も取り上げましたけど、1980年代に第二次AIブームがありました。
その時、日本が取り組んだのは第五世代コンピュータでした。
詳しくは、第18回「第五世代コンピュータは、なぜ、失敗したのか」をご覧ください。
この第五世代コンピュータが目指していたのが、述語論理による推論マシンでした。
述語論理っていうのが、「PならばQ」とか言うやつです。
述語論理を組み合わせることで、いろんなことを推論できる人工知能マシンを作ろうとしたわけです。
それこそが、人間の知性だって思ってたようです。
それができれば、人間と同じ知能をもった、まさに、人工知能が完成すると思ったようです。
でも、本当にそうでしょうか?
僕が思うに、人間の知性って、そっちじゃないと思うんです。
難しいことを考えることより、当たり前にできること。
自然にできること。
自然にできるって、どういうこと?
そっちの方が重要じゃないかと思うんです。
今回の問題の場合なら、「女子高生が何飲んでるかチェックしないと」って思うこと。
なんで、これが自然に出てくるんでしょう?
自然にできるって、どういうこと?って思わないといけないんです。
これこそが、一番解明しないといけない人間の脳の仕組みだと思うんです。
その一つが、前回の「赤ちゃんが獲得したもの」シリーズでした。
そこで、繰り返し言ってきたのが、大人が自然にできること。
赤ちゃんには、それができない。
じゃぁ、それは何ってことです。
それは、指差しだったり、言葉だったりします。
こういったことが、当たり前にできる基盤となる脳の仕組みがあるわけです。
それが共通の世界です。
他人と共有できる共通の世界を、赤ちゃんは創り上げたわけです。
そこに、人間の心の鍵があるんです。
今回は、それを、別の方向から解明しようとしています。
脳をCPUに見立てて、脳の中では、どんな形で計算が行われるかを解明しようと思います。
そのために、用意したのが最初に上げた二つの問題というわけです。
同じ課題なのに、解けたり解けなかったりするところから、脳の仕組みを解明しようと思います。
さて、CPUっていうのは、コンピューターの中枢で、計算はここで行われます。
皆さんは、CPUの仕組みは知ってますか?
ちょっと、わからないですよね。
そこで、まずは、そこから説明しようと思います。
CPUを分解していくと、論理回路に行きつくんですよ。
論理回路には、AND回路とかOR回路とかがあります。
デジタル信号は1と0だっていいますよね。
AND回路に二つの入力があって、両方1だと出力が1になるんです。
OR回路だと、片方が1だと出力が1になるんです。
ANDとかORって、元々、論理式で表現してて、それを回路に置き換えたわけなんです。
論理回路とか、論理式とか、あまり面白くないですよね。
でも、面白くなるのは、こっからなんです。
この論理式、ブール代数とか言います。
19世紀の数学者、ジョージ・ブールが考えた理論です。
このブール代数の何がすごいかって言うと、論理式を組み合わせると、足し算とか掛け算ができるんです。
あらゆる計算ができるんですよ。
だから、ANDとかORの論理式をデジタル回路で実行できれば、あらゆる計算ができるコンピュータになるわけです。
CPUの中には、足し算とか割り算をする演算回路が何百って詰まっています。
コンピュータプログラムは、最終的に、そのどれかの演算回路を実行してるわけです。
これがコンピュータの原理です。
CPUの仕組みです。
次は、脳です。
脳は、多くのニューロンが繋がってニューラルネットワークとなっています。
ニューロンっていうのは、一種のデジタル回路です。
だから、脳でできることは、コンピュータでできてもおかしくないんです。
さて、それじゃぁ、脳の中にも、CPUと同じ演算回路がはいっているんでしょうか?
もしそうなら、この飲酒問題も、4枚のカード問題も、どっちも同じように解けるはずです。
でも、人間の場合は、飲酒問題は簡単に解けて、4枚のカード問題はなかなか解けないわけです。
これって、どういうことでしょう?
それは、脳の中のCPUが、足し算回路や、引き算回路で出来てないってことじゃないでしょうか?
じゃぁ、脳のCPUは、どんな回路をもってるんでしょう?
次回は、その事について、もう少し詳しく読み解いてみたいと思います。
それでは、次回も、お楽しみに!