第86回 人類、最大の発明 〜時間


ロボマインド・プロジェクト、第86弾!
こんにちは、ロボマインドの田方です。

今、生き残ってる人類はホモ・サピエンスだけです。
でも、かつて、ホモ・サピエンスよりも体が大きくて、脳も大きい人類がいました。
ネアンデルタール人です。
どうして、ホモ・サピエンスは、ネアンデルタール人に勝つことができたんでしょう?

『サピエンス全史』の著者、ハラリは言います。
それは、巨大な社会を作れたからだ。
それまでの社会は、せいぜい150人が限界だったそうです。
それを、ホモ・サピエンスは、何千、何万人とまとまることができました。

じゃぁ、どうやって、まとまったんでしょう?
それは、神や神話です。
宗教です。
一つの神の下に、多くの人々が一つにまとまったわけです。

神や神話を作り出す能力、これを獲得したのです。
それが7万年前に起こった「認知革命」です。

ここまでが、『サピエンス全史』に書かれていることです。
ここからは、『サピエンス全史』にも書かれてない、もっと重要な話です。
神や神話を作り出す能力って、具体的にはどういう能力かって話です。
7万年前、いったい、ホモ・サピエンスの脳の中で、何が起こったのか。

これがわかれば、人間と同じ心を持ったAIを生み出すことができます。
もし、それを知らずにロボットの心を創ったとしても、ネアンデルタール人にしかなりません。

それでは、さっそく、始めましょう。
神話を創る能力、つまり、物語りを創ったり、理解する能力です。
物語といって、まず、取り上げようと思うのはHM氏です。
おそらく、脳科学の分野で最も有名な一人です。

HM氏は、医者じゃなくて、患者です。
なぜ、有名なのかと言うと、長期記憶を持てないんです。
脳科学の教科書には、長らく、HM氏として紹介されてましたけど、2008年に亡くなって、今では、ヘンリー・グスタフ・モレゾンって本名と、顔写真も公開されています。

さて、このHM氏、いったいどんな症状なんでしょう。
今、現在、目の前で起こってることは、理解できるそうです。
数分~数十分の短期記憶は持てて、普通に会話もできます。
ただ、昨日、何をしたかとかは、思い出すことができないそうなんです。
毎日、同じ看護師さんと会うけど、会うたびに「初めまして」って自己紹介してたそうです。

朝、起きても、昨日までの記憶が一切思い出せないそうなんです。
思い出そうと思っても、夢を思い出せないみたいに、昨日のことが思い出せないそうなんです。

なんでこんなことになってしまったんでしょう。
それは、てんかんの治療のために、脳の外科手術をしたからです。
昔は、てんかんを抑えるために、脳の一部を取り除く手術が行われていました。
この手術で失ったのが、脳の海馬といわれる部分です。

長期記憶は、意味記憶とエピソード記憶の二つがあります。
意味記憶というのは、リンゴは赤いといったことです。
エピソード記憶というのは、遠足の思い出といった、自分が経験した出来事の記憶です。
HM氏が失ったのは、エピソード記憶でした。
「昨日、こんなことがあったよ」って会話ができるのも、エピソード記憶があるからです。
エピソード記憶こそが、物語りを理解したり、生み出したりする根本的な機能といえるんです。
HM氏のおかげで、脳の海馬が、エピソード記憶を保存する場所ということがわかりました。
ここまでは、脳科学の教科書やWikipediaに書いてあることです。

僕の話は、ここからです。
HM氏の話を、エピソード記憶がどこに保存されてるかって話で終わらせちゃだめなんですよ。
もっと重要なことが、ここには隠されているんですよ。

意識が認識してる世界は、頭の中に創った仮想世界です。
詳しくは、第21回「意識の仮想世界仮説」を見て欲しいんですけど、一言で言えば、世界は頭の中に存在するって話です。

もう少し説明すると、目や耳の感覚器で捉えた外の世界の情報を基にして、頭の中で世界を再構築してて、意識は、その再構築した仮想世界を認識してるわけです。

眼で捉えて創るんですから、見える世界の限界は、眼のセンサーの能力に依存します。
たとえば、人間の眼が捉えれるのは可視光の範囲で、紫外線は見えません。
でも、現実の世界には紫外線があるので、紫外線まで見えると、もしかしたら違う世界が見えるかもしれません。
たとえば、昆虫は紫外線が見えるので、同じ花を見ても見え方が違います。
たとえば、タンポポはこんな風に見えるそうです。

左が人間が見てるタンポポ。
右が、紫外線撮影した、昆虫が見てるタンポポです。

タンポポは黄色一色だって思ってるのは、人間だけなんです。
本当は、タンポポは2色だったんですよ。

月見草はこんな感じだそうです。

左が人間が見てる月見草、右が昆虫がみてる月見草です。

これは、センサーの性能の話です。
脳へ入るデータの入口の話です。

面白くなるのはこっからです。
意識が認識するのは、頭の中に創った仮想世界でしたよね。

仮想世界が3次元世界なら、形と色で作られます。
でも、意識が認識するのは、物の色や形だけじゃありません。

ここでHM氏の話が出てくるわけです。
HM氏は、昨日の出来事を思い出すことができません。
これは、起こった出来事を記憶できないからです。

目の前で起こってることは普通に認識して、会話も普通にできます。
今、現在経験してることは、頭の中に構築することはできるわけです。
出来ないのは、その出来事を保存したり、引き出したりすることです。

逆に言えば、僕らは、起こった出来事を記憶することができるわけです。
それを起こった順に保存することができるわけです。
思い出すとは、その出来事を引っ張り出して、再生するわけです。
過去の出来事を再生して、それを意識が眺めることが思い出すってことです。

起こった出来事を覚えたり、思い出したりするには、どんな仕組みが必要でしょう?
それはには、現在、体験している出来事を、時間順に保存する仕組み、そして、それらを取り出して、再生する仕組みです。

HM氏は語ってましたよね。
毎朝、起きて、昨日のことを思い出そうとしても思い出せないって。
さっきまで見てた夢を思い出せないみたいに。

人の意識を司るのは前頭葉です。
現在の出来事が構築される仮想世界も前頭葉にあります。
出来事を保存する場所が海馬です。
HM氏で破壊されたのは海馬です。
海馬から過去の出来事を読みだす機能も前頭葉にあります。
HM氏は、前頭葉は機能してたわけです。
だから、思い出そうとする行為はできたんです。
思い出そうとするけど、データが保存されてなくて、思い出せないから辛かったんだと思います。

話を戻します。
7万年前、ホモ・サピエンスが獲得したのは、この機能なんです。
目の前で起こった出来事を、海馬に保存する機能。
そして、それを取り出して、再現する機能です。
これが、エピソード記憶の仕組みです。

さっき、昆虫の話をしましたよね。
現実の物理世界に紫外線があったとしても、それを認識できる眼をもってないと、それは見えません。
だから、人間が認識する世界には、2色のタンポポは存在しないんです。

つぎは、エピソード記憶の仕組みがない場合を考えてみましょう。
意識は、今、現在しか認識できません。
昨日、起こった事を考えることもできないんです。
目の前の、現在起こってることしか認識できません。
タンポポが、黄色一色にしか見えないのと同じです。

ホモ・サピエンスは、エピソード記憶の仕組みを獲得することで、過去を認識することができるようになったんです。
もっと重要なことをいいます。
「時間」を認識できるようになったんです。

紫外線は、眼のセンサーの波長の可視領域を広げれば見れます。
じゃぁ、時間は、どうやったら認識できるんでしょう?

それは、エピソード記憶の仕組みです。
具体的には、出来事を、起こった順に格納する仕組みです。
出来事データを、時間順に格納するデータ構造が時間なんです。
逆に言えば、この仕組みを持ってない生物は、時間を認識できないわけです。

現実の物理世界には時間は存在します。
それは、間違いないです。
でも、時間は、エピソード記憶の仕組みがないと感じれないんです。

眼の可視領域を広げれば、紫外線まで見えるって理屈はわかります。
でも、理屈がわかったからといって、実際に紫外線が見れるようになるわけじゃないです。

時間の流れを感じるのも理屈じゃないんです。
出来事を時間順に管理する仕組みをもってないと、時間を感じれないんです。
時間は過去から現在に流れて、過去に戻ることはできないって感覚を持てるのは、そのように管理する仕組みになってるからです。
時間のアルゴリズムと言ってもいいと思います。
その仕組みがあるから、受験に失敗して、「あ~、もっと勉強しとくんだった」っていう後悔の感情が生まれるんです。

時間を感じることができるのは、現実の物理世界に時間があるからじゃないんです。
時間を感じることができるのは、現実の物理世界と同じように動作する時間のアルゴリズムを持ってるからなんですよ。

僕が、HM氏の話を読んだとき、ずっと、引っかかっていたのは、こういう事です。
重要なのは、海馬がエピソードの保存場所だとか、そういうことじゃないんです。
出来事を保存する仕組み、アルゴリズムこそが時間だってことです。

人間が見たり、感じたりできるのは、それは、頭の中に、そういう仕組みがあるからです。
頭の外の世界にあるから認識できるわけじゃないんです。

ということはですよ。
逆に言えば、現実世界に存在しないものがあったとしましょう。
でも、それを認識できる仕組みさえあれば、それは、存在するって言えるんです。
ということは、神も神話も作り出せるってことでしょうか?

面白くなってきましたねぇ。
この話は、次回に続きますよ。
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それでは、次回も、お楽しみに!